•Nature
1)アレルギー:Article
マスト細胞が免疫学的感知と抗原回避行動を介在する(Mast cells link immune sensing to antigen-avoidance behaviour) |
「偏食」,平たく言えば好き・嫌いかと思われるが,その理由は好きな味,嫌いな香り,好きな食感,等々などだろう。これがアレルギーを持つ食物であった場合には好き,嫌いとは言っていられず,食した場合には命を脅かされる可能性もあることから,可能な限り避ける努力をしなくてはならない。ヒトの場合には以前の経験を踏まえてアレルゲンを含む食材を避ける,つまりは学習することにより条件づけられた行動がとれることになるであろうことは想像に難くない。ただ高度な認知機能を持ったヒトだけでなく,動物においてもアレルギー機序は存在し,それが一撃必殺となる可能性,もしくは繰り返しの曝露による組織障害を生じる可能性が存在する。その中でアレルゲンを回避すべく生体システムを保持することは生存に有利であろう。
1990年代より,OVA感作されたマウスは,「水vs.少量のOVA+砂糖水」を提供すると,自然とOVA含有砂糖水を回避する行動をとることが知られていた。今回のNature誌ではBack to Backでマスト細胞がアレルゲンの免疫学的感知とその先の回避行動を介在することが報告された。そのうち
ドイツからの報告を中心に取り上げる。
OVAの腹腔内投与感作モデルマウスを用いて検討は進められている。
Fig.1bにあるようなケージ装置を用いて,マウスに「水」または「OVA+砂糖水(OVA水)」の両方を飲めるような状態で飼育する。通常であれば栄養分が含まれ味のあるOVA水を好んで飲む行動が観察される。しかし,事前にOVA感作を行っておくと,実験開始から1日以内,最速では1回飲んだだけでOVA水を回避するようになった。マスト細胞を消失させると,この回避行動は軽減することから,この行動の大部分はマスト細胞に異存することが示唆された(
Fig.1)。また,IgE欠損マウスを用いて同様の検討を行うと,IgE欠損マウスでも回避行動が消失した(
Fig.2a)。加えて,ナイーブマウスにOVA-IgEを輸注したモデルでも同様の回避行動が認められた(
Fig.2f)ことから,この行動には抗原特異的IgEも必要であることが明らかとなった。
次に腸管における炎症シグネチャーを検討している。Avoidance条件(ケージ装置で水かOVA水の選択ができる条件)または,non-Avoidance条件(胃管を用いて強制的にOVA水を注入される条件)における,水しか飲んでいないマウスとの腸管における遺伝子発現をバルクRNA-seqで解析したところ,胃と小腸で広範な免疫活性化,炎症,リモデリング関連遺伝子の痕跡が認められ,そのほぼすべてが回避行動をとれることにより抑制された(
Fig.3e)。つまり,回避行動は生体の組織障害の進行を抑制する方向に働くことが遺伝子発現レベルで実証されたことになる。
次に腸管内でのOVAによって活性化されるマスト細胞分布をみるために,GFPレポーターマウスを作成し検討している。OVA感作マウスにOVA水負荷を行うと食道と大腸ではほぼ検出されなかったが,負荷3時間の胃,小腸での活性化マスト細胞が検出された(
Fig.4a)。さらに,マスト細胞からの様々な脱顆粒メディエーターのうち,どれがさらに下流の情報伝達に関与しているのかを検討している。脂質メディエーターとして知られるロイコトリエンの合成経路に必須の酵素である5-リポキシゲナーゼを活性化させるFLAPの阻害薬を実験開始1時間前に用いると回避行動が抑制されることが示された(
Fig.4c〜e)。その他の候補物質としてヒスタミン,トリプターゼ,セロトニンなどに関してはKOマウス,阻害薬を用いた検討では回避行動には影響しなかったことから,ロイコトリエンがマスト細胞からの情報伝達の下流で役割を果たすことが示唆された。
ここまでで,①アレルゲンの回避行動が速やかに出現すること,②回避行動により組織障害の抑制というプラスの効果を生体にもたらすことができること,③マスト細胞と抗原特異的IgEが必須であること,④抗原刺激によって合成されるロイコトリエンがより下流分子として役割を果たすこと,が明らかになった。当然,最終的なアウトプットが行動であることから,この先には神経回路が関わっているはずであるが,横隔膜下迷走神経切断や,神経毒素による後根神経節感覚の障害などの検討では回避行動の抑制を認めず回路の同定には至っていない。
ここで,back to backの論文である
米国イエール大学からの報告を見てみると,同じようなコンセプトの実験結果を得ており,同様に神経回路の同定はできていないもののOVA感作により回避シグナルを処理するであろう,脊髄と脳幹からの入力を受ける孤束核,傍上腕核,中枢偏桃体の活性化を明らかにしている(
Fig.1h)。また,過去の条件付き味覚回避の検討では,甘味を与える際にシスプラチンを静注(倦怠感をもたらす)すると,GDF-15(成長分化因子)という液性因子が循環系に放出され,GFRAL陽性脳幹神経を介して傍上腕核に甘味の回避をシグナルする(つまり甘いものを回避するようになる)ことが示されている。 このことから,GDF-15に関する検討を行い,これが肥満細胞-ロイコトリエンの下流で誘導されることを明らかにしている(
Fig.4a〜c)。さらに,抗GDF-15抗体の投与により回避行動が解除されることも示しており,液性因子であるGDF-15の循環系の放出と脳幹神経を介したシグナル伝達が回避行動を維持している可能性が示唆される。
「アレルギー反応を起こしたら次から当然それを避ける行動するでしょう!」ではあるのだが,それはヒトにおける高度に状況を認知する(学習する)背景があるからそのように感じてしまうのではないだろうか。今回の検討では感作後の回避行動(偏食)はよりprimitiveな経路が示唆され,その一部としてマスト細胞と抗原感作IgEが必須であることが明らかとなった。その後の経路はブラックボックスであるものの,最終的には神経システムに投射されることにより回避行動に帰結しなければならないのであり,いわばマスト細胞-神経軸というようなものが存在することを示している(
Fig.5)。
•Sci Transl Med
1)感染症:Research Article
前臨床モデルにおいて吸入ACE2デコイはコロナ感染を防ぐ(An inhaled ACE2 decoy confers protection against SARS-CoV-2 infection in preclinical models) |
コロナ感染,皆さんの地域での勢いはいかがであろうか? 簡便で安価な薬の供給が行われない点が感染制御においての1つのボトルネックであり,世界中で薬剤の開発は継続されている。本論文は本邦の医薬基盤研究所や複数の大学を含む研究グループからのコロナ治療薬の前臨床での報告である。このグループはコロナ流行当初よりACE2デコイの開発を進めており,今回は耐性化の抑制,効率的な薬剤送達,必要薬剤量の減量を諮ることに成功した吸入薬の可能性を提示した。
SARS-CoV-2がACE2を認識して細胞に感染することは周知の事実である,現在の治療薬ではコロナ側のACE2認識部位であるRBD(Receptor Binding Domain)を認識して中和させる抗体医薬品がラインナップされている。しかし,コロナ自身は同部位の変異を生じることによって耐性化する株が優位になることを繰り返しており,いたちごっこの様相である。一方でACE2デコイはコロナ側に認識させるという逆のコンセプトを用いた薬剤ということになる。研究グループは分子工学の手法によりACE2自身より100倍程度強く結合できる高親和性ACE2デコイを作成した。もちろん酵素活性は持たない設計である。複数の候補分子から免疫原性のスクリ―ニングを行い3N39v4-Fcと名付けた分子を薬剤の候補デコイとして後の検討を進めている。
1つ目の課題である耐性化の抑制の確認が
Fig.2に示されている。他のデコイや既存の中和抗体では7世代後には中和活性が著しく低下する変異株が出現するが,候補デコイはまったく耐性化を生じさせなかった。野生型ACE2に対して耐性を生じている株に認められたRBD変異のうちY489Hという変異株だけが候補デコイからエスケープする傾向を示したが耐性基準には至らなかった。また,この変異株はオミクロン世代前に実際に出現したものの優位株とはならなかったという事実と,
in vitroの実験で野生型株と競合飼育をすると次第に淘汰される方向に向かうことが確認されたことから,実臨床では問題とならないと判断されている。
Fig.3で現行のオミクロン変異株に対しても効果があることを確認した後に,ハムスターを対象に候補デコイの全身投与実験を行い,仮説通りに抗ウイルス効果を発揮する確認している(
Fig.4)。その上で2つ目の課題である効率的な肺への薬剤送達の可能性を吸入投与により確認している。核医学イメージングでは約60%が肺に送達され,30%が速やかに代謝,残りの30%が薬剤として効果を発揮する可能性が示された(
Fig.5)。マウスモデルでの吸入実験では20mg/kgでの静注と,1mg/kgでの吸入が同様の薬効を持つことが確認され,3つ目の課題である使用薬剤の減量(より安価な薬剤)がはかられることが示された(
Fig.6)。最終的に,前臨床で必要とされる動物モデルであるカニクイザルを用いた検討が行われた。下気道に親和性が強く,呼吸器内科医が最も苦しんだと思われるデルタ株を用いた検討が行われ,静注モデル(
Fig.7),吸入モデル(
Fig.8)の両者で肺炎抑制が認められた。候補デコイを使用することによる大きな有害事象は認められていない。
今後,先に示した3つの課題をクリアする高親和性ACE2デコイが臨床試験を経て実臨床に登場するのかは不明だが,呼吸器感染症に対峙する手法としては応用が利くと考えられる。ちなみに今週号の本誌の
表紙は猿のCT写真である。
•NEJM
1)血液:Original Article
鎌状赤血球症を治療するための CRISPR-Cas9 による HBG1 および HBG2 プロモーターの編集(CRISPR-Cas9 editing of the HBG1 and HBG2 promoters to treat sickle cell disease) |
高校生物の教科書で見た覚えのある疾患である
鎌状赤血球症に対しての米国からの遺伝子治療の報告を取り上げたい。この治療と同様のコンセプトを用いた既知のγヘモグロブリン発現抑制機能を持つBCL11Aに対しての遺伝子編集治療はTJHの
No.130で紹介されている。
ヘモグロビンは酸素運搬の主体である。私達は空気中より肺を経て酸素をヘモグロビンに受け渡すわけだが,胎児は母体のヘモグロビンから直接酸素を受け取る必要がある。これは母体より強固に酸素を結びつける機能を
胎児のヘモグロビンが保持する必要があるわけだが,その差はヘモグロビンを構成するサブユニットの違いによる。成人ヘモグロビンは2つのαサブユニットと2つのβサブユニットで構成され,胎児ヘモグロビンではβの代わりに2つのγサブユニットが用いられている。
鎌状赤血球症はそのβサブユニットの遺伝的な機能不全による疾患であり,変形赤血球が低酸素化で重合・溶血して血管閉塞を生じる結果,進行性の臓器障害を引き起こす。βサブユニットを用いない胎児ヘモグロビンが主体である1歳頃までは発症しないが,その後に緩徐に症状が出現する。よって,治療戦略として胎児ヘモグロビン量を増やすことが考えられてきた。
研究グループはβからγサブユニットへ切り替わる際にγヘモグロビン発現が抑制的に調節されるところに注目し,11番染色体上に位置するγヘモグロビンローカスにおける調節領域(プロモーター)のCRISPR-Cas9システムを用いたgRNAスクリーニングから開始している。gRNA-68が最も効率よくオンターゲット効果として発現抑制を解除することを,胎児ヘモグロビンを発現する細胞(F細胞)の誘導効果から確認し,臨床開発を進めた。gRNA-68を用いたCRISPER-Cas9で編集したCD34+HPSCは,オフターゲット変異を呈することなく,免疫不全マウスへの移植では持続的に胎児ヘモグロビンを産生した(
Fig.1)。
次に,第1/2相試験を行っている。重症鎌状赤血球症例を対象に多施設でリクルートし治療が行われた3例の結果が示された。被検者より採取したCD34+HPSCを編集し,増殖分化させたOTQ923と名付けた治療細胞を骨髄アブレーション後に自家移植し6〜18カ月間経過観察した。全例で骨髄は生着し,胎児ヘモグロビンが安定的に誘導されることが確認され,胎児ヘモグロビンを持つF細胞は赤血球全体の69.7%~87.8%)であった。症候としての関連合併症は観察期間中に減少した(
Fig.2)。
Bed to Bench to Bedというトランスレーシナルリサーチをきれいに示す事例と感じた。
今週の写真:オワンクラゲ 夏季休暇中,山形県にある加茂水族館に寄ってきました。クラゲで有名な水族館です。 こちらはオワンクラゲ,このクラゲからGFPを見出しノーベル賞を受賞された下村博士の来館時の様子も展示してありました。 |
(坂上拓郎)