•Nature
1)がん
転移を促す椎骨骨格幹細胞系譜(A vertebral skeletal stem cell lineage driving metastasis) |
骨は形状によりいくつかに分類されるが,手足の骨に代表される長管骨と脊椎を構成する椎骨では,その性質や病気の種類も異なることが知られている。特に肺癌や乳癌や前立腺癌などの固形がんの転移先としては,長管骨に比べて椎骨では5倍近く多いと言われているがそのメカニズムは不明であった。米国ニューヨークのコーネル大学からの本研究は,長管骨にはない椎骨特異的な骨格幹細胞を同定し,がん細胞の椎骨への転移のメカニズムについて解析した興味深い内容である。
はじめに,マウスで椎骨骨格幹細胞(vertebral skeletal stem cell:vSSC)を長管骨の幹細胞と比較検討して検索していく中で表面抗原としてLin
-CD220
+CD105
-THY
-6C3
-EMB
-を同定している。そしてこれらの細胞の遺伝子発現解析から長管骨と比較して椎骨の幹細胞(vSSC)では,
Pax1,
Zic1,
Pax9,
Prdm6といった特異的な遺伝子の発現を確認している(
Fig.1)。そこで
Zic1-creマウスや
Pax1-creERT2マウスを作製して幹細胞としての性格を確認している。すなわちvSSC由来オルガノイドを作成すると骨芽細胞への分化を示し,
in vivoでのvSSCのマウスへの連続移植(
Zic1陽性細胞を再分離して移植する系)では自己複製能を維持することや分化能を有するといった幹細胞の性質が確認された(
Fig.2)。
Zic1-creマウスを用いたコンディショナルノックアウトマウスを用いて,骨芽細胞分化に重要なosterix遺伝子(
リンク)を欠損させると椎骨の形成不全がみられた。同様に骨芽細胞分化に重要なSTAT3の欠損では長管骨に比べて椎骨の骨量の低下が確認された。逆に骨芽細胞の分化を抑制することが知られているSchnurri-3(
リンク)という遺伝子を欠損させると長管骨に比べて椎骨でのみ骨量の増加がみられた。
マウスの複数の乳癌細胞株を静脈注射する転移モデルでは,ヒトで知られているように長管骨よりも椎骨への転移がより多く観察され,転移したがん細胞は上記の椎骨骨格幹細胞(vSSC)に近接した部位への局在が多く確認された。長管骨と椎骨への血流について調べてみてもその差はなく,血管内皮細胞の微細構造についても差がみられなかったことから,長管骨よりも椎骨へ転移が多いことは血流や血管内皮細胞の構造の違いによる理由ではないことが示唆された。長管骨の幹細胞と椎骨骨格幹細胞から各々オルガノイドを作成してマウス大腿部筋内に植え込んで4週間後に同様のがん転移の実験をするという系で評価しても,椎骨骨格幹細胞由来オルガノイドへのがん細胞の転移浸潤が長管骨幹細胞由来オルガノイドよりも多く観察された。また,
Zic1-creマウスを用いたSTAT3のコンディショナルノックアウトマウスでは椎骨骨格幹細胞(vSSC)由来の骨芽細胞が減少しているが,がん転移実験では野生型マウスでみられていた椎骨への転移が減少していた(
Fig.3)。
椎骨骨格幹細胞(vSSC)由来のがん細胞の転移誘導性因子を検索していく中で,milk fat globule epidermal growth factor 8 (MFGE8)(
Wiki)の分泌増加があることが示された。
in vitroでがん細胞との共培養の系で転移の際の遊走がMFGE8依存的であることが示され,
in vivoのMFGE8遺伝子ノックアウトマウスを用いたがん転移実験では椎骨への転移が減少すること,同マウス由来の椎骨骨格幹細胞(vSSC)オルガノイドにおいても転移がんの遊走の減少が確認された(
Fig.4)。
最後にヒトでも
ZIC1と
PAX1の共発現する幹細胞が椎体終板標本において特定され,マウスと同様の表面マーカー(Lin
- THY
- CD105
- CD220
+EMB
-)が発現し,オルガノイドの免疫不全マウスへの移植の系で自己複製能や分化能といった幹細胞の特徴が確認された(
Fig.5)。以上のようにヒトでもマウスでも椎骨特有の幹細胞が同定され,がんの椎骨転移に関与することが示された。本研究はNews and Viewsにわかりやすい
図と共に紹介されている(
リンク)。
•Science
1)がん免疫
がんのミトコンドリア電子伝達系を操作して腫瘍免疫原性を強化する(Manipulating mitochondrial electron flow enhances tumor immunogenicity) |
米国ソーク研究所からの本研究では,腫瘍のミトコンドリアの電子伝達系の一部の複合体が,コハク酸を介したエピゲノム機構により腫瘍の抗原提示機能に関与し,腫瘍免疫に影響することを報告しているので紹介する。
ミトコンドリアにおけるエネルギー代謝はがん細胞の増殖や浸潤に重要な働きをしている。特にミトコンドリア内膜では4つの呼吸鎖複合体(I~IV)により構成された電子伝達系において,電子が一連の酸化還元反応を通してNADHやユビキノール等の電子供与体から,最終的な電子受容体である酸素分子に移動する。これに伴い,呼吸鎖複合体がプロトンを膜外に能動輸送しプロトン濃度勾配を形成する。そして複合体VともよばれるATP合成酵素はイオンチャネルとして働き,プロトン濃度勾配を利用して酸化的リン酸化によってアデノシン三リン酸(ATP)の合成を行う。
一方で腫瘍増殖はT細胞を中心とした抗腫瘍免疫により抑えられるが,腫瘍細胞のミトコンドリア機能がT細胞などの免疫細胞へ与える影響については不明であった。
本研究ではまず,マウスの悪性黒色腫細胞〔YUMM1.7 (Braf
V600E/Pten
−/−/Cdkn2a
−/−)〕を用いて,ミトコンドリア呼吸鎖複合体I およびIIの遺伝子(
Ndufa1および
Sdha)を欠損させた細胞を作成しマウス皮下での増殖について調べた。
in vitroの結果とは異なり,
in vivoでは複合体II遺伝子欠損腫瘍の増殖はコントロールの腫瘍や複合体I欠損腫瘍の増殖と比べて大きく抑えられた(
Fig.1)。また複合体II欠損腫瘍にはCD8
+T細胞を始めとした免疫細胞の浸潤がより多くみられ,IFN-γやgranzyme-Bの強い産生も観察されたが,CD4
+T細胞数や制御性T細胞の数には差がみられなかった。また,T細胞やB細胞の無いRag1欠損マウスでの実験では複合体II欠損腫瘍に対する抗腫瘍効果が消失することが確認された。さらにT細胞への抗原提示に重要なMHC-Iの発現について調べると,複合体II遺伝子欠損腫瘍ではコントロールの腫瘍や複合体I欠損腫瘍と比べてMHC-Iの発現が有意に亢進していた。ヒトのがんのデータベースでも複合体IIの遺伝子発現低下と細胞傷害性T細胞の遺伝子発現亢進との相関がみられ,抗原提示が亢進しT細胞による強い抗腫瘍反応が生じていると考えられた。すなわち複合体IIの欠損や機能低下は,ミトコンドリアの電子伝達系以外のメカニズムで抗腫瘍免疫に影響を与えていることが示唆された。
複合体IおよびIIの機能は各々rotenoneや3-NPAといった試薬で薬理学的に阻害できるが,複数の細胞株で調べてみると複合体IIの阻害によってのみMHC-Iの発現亢進が確認された。IFN-γはMHC-Iを発現させることが知られているが,複合体IIの阻害によるMHC-I上昇はIFN-γを介さない機構によることが確認された(
Fig. 2)。
複合体II はコハク酸をフマル酸へ酸化する酸化還元酵素(succinate dehydrogenase:SDH,コハク酸デヒドロゲナーゼ)であり,コハク酸はさまざまな遺伝子発現を調節することが知られている。実際に複合体IIを阻害すると細胞内のコハク酸が増加すること,正常細胞で細胞内コハク酸を増やすとMHC-I発現が亢進すること,コハク酸の源であるグルタミンを枯渇すると複合体II阻害によるコハク酸の増加やMHC-I発現亢進が抑制されることが確認された。さらにヒトがん細胞のデータベースでも同様の遺伝子発現の相関が確認され,ミトコンドリアの複合体IIの阻害はコハク酸の増加を介してMHC-I発現亢進および抗原提示関連分子の発現の亢進が考えられた。
細胞内のαケトグルタール酸とコハク酸の比はヒストンの脱メチル化に影響を与えることが知られている。本研究でもミトコンドリアの複合体IIの欠損や阻害によるコハク酸の増加によりαケトグルタール酸とコハク酸の比は低下し,ヒストンの脱メチル化が阻害される。こうしたエピゲノム変化はH3K4やH3K36のトリメチル化を介して抗原提示に関連する遺伝子の発現を亢進し,T細胞による抗腫瘍効果が増加すること,αケトグルタール酸の投与で機能回復できることがChIP-seqの実験などで示された(
Fig. 3)。
ミトコンドリアの複合体I相互作用タンパク質であるメチル化制御Jタンパク質(Methylation-controlled J protein:MCJ)の遺伝子ノックアウトにより,複合体Iを通る電子の流れが強化され,相対的に複合体II活性が低下したが,電子伝達系およびATP産生には影響を与えなかった。複合体II活性低下の結果,コハク酸の細胞内蓄積とMHC-I発現亢進や抗原プロセシングや抗原提示関連の遺伝子の発現上昇がみられ,抗腫瘍免疫の向上が確認された(
Fig. 4)。このアプローチは,特に抗原プロセシング遺伝子と抗原提示関連遺伝子の発現が低い腫瘍において,免疫療法の成功率を向上させる可能性が考えられた。
本研究はPERSPECTIVEにわかりやすい
図とともに紹介されている(
リンク)。
•NEJM
1)感染症
Covid-19 の外来治療に用いる吸入フルチカゾンフランカルボン酸エステル(Inhaled fluticasone furoate for outpatient treatment of Covid-19)
|
わが国では5月に5類に変更になった新型コロナウイルス感染症(Covid-19)であるが,現在も通称「エリス」というオミクロン株の新たな系統「EG.5」の流行により第9波として感染者が多く発生している。
酸素投与が必要な中等症II以上ではデキサメタゾンなどステロイド投与が推奨されているが,吸入ステロイドの有効性については明らかではない。これまでの臨床試験では吸入ステロイドの有効性の報告もある一方で,有効性が示せなかった研究も複数報告されている。
全米多施設の研究グループ(ACTIV-6 Study Group)による本研究では,米国91施設で2021年8月から2022年2月までの30歳以上の外来患者について行われた。登録前7日以内に発現した急性感染症状を2つ以上有する非入院成人を「フルチカゾンフランカルボン酸エステルを200μgの用量で1日1回で14日間吸入投与する群(715人)」と,「プラセボを投与する群(692人)」に無作為に割り付けた。3日連続で症状がない場合の3日目を持続的回復と定義し,持続的回復までの期間を主要評価項目とした。28日目までの入院または死亡や,28日目までの緊急診療所または救急部受診の必要性,入院,死亡の複合転帰など副次的転帰とした。結果としては吸入ステロイド群とプラセボ群で回復期間に差はみられなかった(
Fig. 2)。フルチカゾンフランカルボン酸エステル群では,24例(3.7%)が緊急診療所受診,救急部受診,入院のいずれかに至り,プラセボ群では13例(2.1%)であった。各群3例が入院したが,死亡は発生せず,有害事象の頻度は両群とも低かった。
軽症~中等症のCovid-19の外来患者における,14日間の吸入フルチカゾンフランカルボン酸エステルによる治療はプラセボを投与した場合と比較して回復までの期間は短くならず有効性は示せなかった。こうしたネガティブな研究結果もいまだに掲載されるだけ,本疾患は依然として注目度の高い。なお本研究は
QUICK TAKEに短い動画でまとめられている。
今週の写真:関東平野の最東端,太平洋と犬吠埼の灯台
|
(鈴木拓児)