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呼吸臨床
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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 255

公開日:2023.10.26


今週のジャーナル

Nature  Vol.622 Issue 7983(2023年10月19日) 英語版 日本語版

Science Vol.382 Issue 6668(2023年10月20日)英語版

NEJM  Vol. 389 Issue 16(2023年10月19日)英語版 日本語版








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がん治療薬候補のポルチミン/セミから生態系を考える/関節形成術の予防投与にバンコマイシンは不要

 今週は呼吸器分野からのトピックはないが,Natureからは自然毒素であるポルチミンが抗がん活性を示す新たながん治療薬になるかもしれないという情報,サイエンスからは今週号の表紙になっているセミからはじまる食物連鎖の変化がバイオマスパルスになる話題,そしてNEJMからは関節形成術の予防投与としてバンコマイシン併用の有用性に有意差なしという臨床試験を紹介したい。個人的には,何年ごとに米国で大量発生するセミから生態系の変化を考えたScienceの論文を読んでもらいたい,「風が吹けば桶屋が儲かる」的な自然界の食物連鎖から,改めて自然破壊の怖さを考えさせられる内容である。

•Nature

1)化学
ポルチミンの全合成と抗がん活性の基盤(Synthesis of portimines reveals the basis of their anti-cancer activity
 海洋微生物から分離された自然毒素であるポルチミンは,独特な化学構造と抗がん活性をもっていて抗がん治療への可能性が注目されてきた。しかし,このポルチミンは自然界からは微量しか得られず,その生物学的活性メカニズムもわかっていなかった。米国サンディエゴにあるスクリプス研究所は,ポルチミンの全合成法を開発し,そのメカニズムを解明したことを報告している。
ポルチミンは貝毒として知られている環状イミン毒(渦鞭毛藻類によって生産される海洋生物毒)の1つで,スピロイミン環を有する脂溶性の化合物である(リンク)。ポルチミンにはAとBの2つの化合物が存在し,ポルチミンAは多くの癌細胞に対して毒性を示し,動物に対して毒性は低いという特性がある。ポルチミンはヒトの癌細胞に対するアポトーシスを誘導することは示されてきたが,本研究では2段階のアプローチを用いてポルチミンの全合成法を開発することでアポトーシス誘導のメカニズムを明確にしている。第一段階では,最小限の装飾を施した炭素骨格を構築し,第二段階では,戦略的な酸化と環鎖異性化を行い,高度に酸化された14員環系ポルチミンを完成させている。これによりポルチミンBの再帰構造やポルチミンAの詳細な機能評価を可能にし,さらに,この合成法はポルチミンAとBの両方を大量に作成することも可能にした。
 この合成法の過程からポルチミンAの分子標的が60Sリボソーム核外輸送タンパク質(NMD3)であることを明らかにし,ポルチミンAはNMD3と結合することでリボソームの機能を阻害し,癌細胞のアポトーシスを誘導させている。ヒトがん細胞株(転移性ヒト線維肉腫細胞HT-1080,トリプルネガティブ乳がん細胞MDA-MB-231,原発性膠芽腫脳腫瘍の細胞株など)において強い細胞毒性活性でアポトーシスを選択的に誘導し,腫瘍クリアランスモデルにおいてin vivoで有効であることも示している(リンク)。
 本研究は,ポルチミンの化学合成と抗がん活性の基礎的成果を示しただけではなく,新たながん治療薬候補の開発に大きく貢献する可能性を示唆している。

•Science

1)生態系
周期セミは鳥類の採餌状況の変化を通じて食物連鎖を混乱させる(Periodical cicadas disrupt trophic dynamics through community-level shifts in avian foraging
 北米東部の落葉樹林では13~17年に一度,数十億匹ものセミが一斉に土の中から出現する(リンク)。それは,鳥類を含め多様な生物に恵みの時期となり,複雑な生態系の食物連鎖に対する資源パルスになっている。この研究は米国のジョージワシントン大学の報告で,2021年のブルードX(米国東部全体に出現する周期セミの大群の1つ)出現の影響を定量化し,80種以上の鳥類が日和見的にセミの採餌し,草食性昆虫を捕食しなくなり,樫の木におけるイモムシの密度と累積草食レベルを解析している。サケの産卵や樫の木の伐採といった地域的なバイオマスパルスは,断続的な資源を利用する捕食者,生産者,分解者の群集全体に莫大な栄養補助を与える。またバイオマスパルスは,種の相互作用を変化させ,直接的・間接的な影響の連鎖を引き起こすため,生物生態系にとって重要視されているものである。米国東部で定期的に発生する周期セミの出現は,自然界でみられる最大かつ最も劇的なバイオマスパルスの1つとされている。
 本研究では,2021年のブルードX出現期間に注目し,セミの出現が鳥類の採食行動にどのような影響を与えるか,そしてその行動変化が地域の栄養動態にどのような結果をもたらすかを調査している。予想通り,多様な鳥類群によってセミが大量に消費され,その結果,食虫性鳥類によって例年大量に消費されるカシノナガキクイムシに対する鳥類の捕食が顕著に減少していた。このイモムシは通常,鳥類によって大量に食害されるが,その2021年シーズンは劇的に減少していた。その減少は,セミの幼虫が出現し始めた5月から7月上旬までの時期であった(Fig.3)。
 次に,イモムシ(n=26種)と白樫の木においても調査している。ブルードX出現の2021年では大きなサイズのイモムシの割合が4~50倍に増加していた(Fig. 4)。そして白樫の木は2021年真夏に葉の累積被害が急増していた。これはイモムシ密度のピークと一致しており,鳥類の採餌におけるコミュニティ全体のシフトが連鎖的に植物被害に影響を与えたことを示している。
 定期的なセミの出現は5~6週間と短命だが,食物連鎖の上下に伝播する生態系への影響の連鎖を引き起こす可能性がある。捕食者には豊富な生きた獲物を提供し,スカベンジャーや分解者に死骸を提供し,陸上生態系と水生生態系の両方に栄養分を注入する。セミの分解による栄養付加は,植物の葉面窒素含量,栄養利用効率,植物バイオマス,草食のパターンを変化させる可能性もある。さらに,セミの出現は物理的環境にも長期にわたって痕跡を残す。セミの幼虫が構築する何十億もの永続的な地下穴や出現トンネルは,土壌の通気性と水の浸透を劇的に増加させ,植物や他の土壌棲生物に影響を及ぼしている。
 本研究は,周期的なセミの出現が森林の食物網を「再配線」し,相互作用の強さやエネルギーの流れの経路を変化させ,複数の栄養レベルに影響を与えることを示している。生態系の食物連鎖は常に変化している自然の複雑なコミュニティを考えさせられる内容である。
(写真は,編集長である貫和先生が1987年に留学中体験した17年セミ。ゾンビのように地上に這い上がってきているセミの大群)

•NEJM

1)感染症
人工関節置換術におけるバンコマイシンとセファゾリンの予防的投与の検証(Trial of vancomycin and cefazolin as surgical prophylaxis in arthroplasty
 一般的には関節形成術後の黄色ブドウ球菌感染を防止するために予防的なβラクタム系薬投与を行う。しかしMRSA感染症も考慮しバンコマイシンを併用することの有効性と安全性は明らかでない。オーストラリアのメルボルンにあるモナシュ大学が中心となり,関節形成術が予定されているMRSA保菌が確認されていない成人患者を対象に,多施設共同二重盲検優越性プラセボ対照試験が行われた。セファゾリンの予防投与にバンコマイシン1.5g投与の併用群と,セファゾリンと生理食塩水投与のプラセボ群に無作為に割り付けられた。主要評価項目は術後90日以内の手術部位感染とし,4,239例が無作為化された。修正intention-to-treat集団4,113例(2,233例が膝関節形成術,1,850例が股関節形成術,30例が肩関節形成術を受けた)のうち,手術部位感染はバンコマイシン群の2,044例中91例(4.5%)と,プラセボ群の2,069例中72例(3.5%)に発生した〔相対リスク1.28,95%信頼区間(CI)0.94~1.73,p=0.11,Table 2〕。膝関節形成術を受けた患者では,手術部位感染はバンコマイシン群の1,109例中63例(5.7%)と,プラセボ群の1,124例中42例(3.7%)に発生(相対リスク 1.52,95% CI 1.04~2.23)。股関節形成術を受けた患者では,手術部位感染はバンコマイシン群の920例中28例(3.0%)と,プラセボ群の930例中29例(3.1%)に発生(相対リスク 0.98,95% CI 0.59~1.63)。有害事象は,バンコマイシン群の2,010例中35例(1.7%),プラセボ群の2,030例中35例(1.7%)に発現し,そのうち過敏反応はそれぞれ2,010例中24例(1.2%)と2,030例中11例(0.5%)(相対リスク 2.20,95% CI 1.08~4.49)。また急性腎障害はそれぞれ2,010例中42例(2.1%)と2,030例中74例(3.6%)であった(相対リスク 0.57,95% CI 0.39~0.83)。MRSAの保菌が確認されていない患者の関節形成術時に,手術部位感染予防抗菌薬として投与するセファゾリンにバンコマイシンの併用することの優位性は示されなかった。本試験では,ASA-PS(American Society of Anesthesiologists physical status)は重度の全身性疾患を有するクラス 3の症例が3割以上を占め,そしてBMI中央値が30以上というリスク因子の対象者での検討結果である。

今週の写真:北海道余市にあるOcciGabiワイナリーでいただいた珍しい真っ赤なスパークリングワイン。
(石井晴之)

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