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呼吸臨床
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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 256

公開日:2023.11.3


今週のジャーナル

Nature  Vol.622 Issue 7984(2023年10月26日) 英語版 日本語版

Science Advances Vol.9 Issue 43(2023年10月27日)英語版

NEJM  Vol. 389 Issue 17(2023年10月26日)英語版 日本語版








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新規計算論的アプローチで流行前に変異株を推定する/スタチンと鉄欠乏性貧血/患者血漿でCOVID-19を治療する

•Nature

1)ウイルス学:Article
パンデミック前のデータ学習からウイルスの免疫回避を予測する(Learning from prepandemic data to forecast viral escape
 COVID-19のパンデミックはWHOが緊急事態宣言の終了を発表し,今年の5月以降は通常の感染症として扱われる方向へ向かっている。流行開始から3年と少しでここまでたどりついた要因としてワクチン開発は非常に大きな役割を担ってきた。ゲノムシークエンスのリリースから1年以内に臨床での提供が始まるという驚異的なスピードで開発されたわけだが,最近の流行株は旧来のワクチンからはエスケープすることも知られ対応する新しいワクチンの接種も始まっている。この対応をタイムラグなく,あるいはウイルス進化の方向性を確実な予測の上での準備ができていれば,非常に効果的なパンデミック対策となる。従来の予測手段としては宿主の抗体を網羅的に調査した上での実験的な手法,バイオインフォマティクスの計算手法を用いる場合には現在の株の流行情報が必要とされる。これらは“事前の予測”という点はクリアできてないということとなる。この“事前の予測”を可能とするAIツールの開発と実装をハーバード大学とオックスフォード大学のグループが報告をしている。
 このグループは2021年にnature誌にEVE(Evolutionary Model of Variant Effect)という疾患遺伝子における蛋白質変異の病原性を定量化するAIツールを報告している。EVEは生物全体の配列変異の分布をディープラーニングし,Fitness(生存可能かどうかの適合度)を維持するアミノ酸配列の制約を暗黙のうちに計算することにより,Unsupervisedな予測を可能とするツールである(EVE.org)。今回の報告ではEVEの適合度予測に,生物物理学的情報と構造的情報を組み合わせたモジュール式に構成されるEVEscapeと名付けられた新たなツールを用いてSARS-CoV2のパンデミック情報との照合を行いながら,ツールの有用性を説明した報告である。個人的に馴染みが薄くなかなか理解が難しいところであるが,単純化して示すとFig1aがEVEscapeの予測アルゴリズムの背景となる。つまり,生じる変異が以下の3つの条件を満たすように予測を行う。
 ①ウイルスの侵入門戸であるACE2との適合性(Fitness)を維持する。
 ②宿主が産生する抗体がアクセス可能な領域で生じる(Accessibility)
 ③抗体の結合を阻害する可能性を持つ(Dissimilarity)
 これら,3つの情報の積として変異の出現する可能性をスコアとしてアウトプットする。
今まで記載したように,この過程にはパンデミック後の情報である患者抗体に関する情報は不要であり,理論的には免疫逃避を生じる事前に変異そのものを予測することが可能となる(Fig1b)。
 論文中では,EVEscapeが予測しスコア化した変異は免疫原性の高いウイルスの部位に集中し(Fig2),COVID-19パンデミックの進行に伴い予測された変異が“当たる”割合が増加し続けること,中和抗体における耐性変異を予測したこと(Fig3)などが実証されている。また,このシステムはSARS-CoV2だけでなく,ラッサウイルスやニパウイルスでも確認がなされ,同様に既知の免疫回避変異を高スコアで予測することができた。
 このAIによる計算論的アプローチはモジュール式フレームワークを採用していることから,逐次モジュールごとの改訂も可能であり,すでにリアルタイムの免疫回避変異株の毎月の予測結果をevescape.orgで公開を行っている。既存の抗体や血清の情報に基づいた実験による予測に何カ月も先んじて高精度に予測が可能であり,mRNAワクチンであれば速やかな対応を可能とする。今後も新興ウイルス感染症によるパンデミックは可能性が十分に考えられる中で,その対処への重要な役割を果たすことが期待される。

•Science Adv

1)疫学:Research Article
スタチンと鉄欠乏性貧血の関連―韓国のおけるコホート研究よりー(Possible link between statin and iron deficiency anemia: A South Korean nationwide population-based cohort study
 仮説に基づかない実世界の疫学研究により薬剤の思わぬ効果を監視することはファーマコビジランスとして重要な研究である。しかしながら,様々なバイアスを最小にするために細心の注意を払う必要があり,データ整備状況に大きく影響されることになる。今回の報告は韓国からの報告であり,スタチンが影響する様々な副次的な影響を国民健康保険サービスが提供する10年間の追跡データを含む大規模コホートデータベースを使用することにより,実際の世の中の代表データであることが担保されたバイアスの最小化を図った基盤データを用いて明らかにした疫学研究の結果である。
 内容は非常にシンプルであり,用いた研究方法はスタチン曝露の時間依存性を加味した後方視的コホート研究と,自己対象ケースシリーズ(SCCS)研究である。そのデザインはFig3に図示されている。傾向スコアに基づきマッチさせたデータセットは7,847人のスタチン使用者と,39,235人のスタチン非使用者で構成された。コホート研究からはスタチン使用と関連する疾病として二型糖尿病(T2DM),鉄欠乏性貧血(IDA),胃潰瘍,片頭痛,睡眠障害,老人性白内障,前庭機能障害,胃食道逆流症,痛風,変形性関節症,脊椎症,骨粗鬆症,膀胱炎,前立腺肥大症が挙げられた(Fig2A)。このうちSCCSのデザイン基準を満たすものはT2DM,IDA,胃潰瘍だけであった(Fig2B)。
 T2DMと胃潰瘍は過去のメタ解析や疫学研究にてスタチンとの関連が複数報告されていたことから,本研究の妥当性が担保されたと考えられた。IDAに関しては本研究のように仮説に基づかない実データ研究では初めて示されたスタチン関連副次効果である。この事象は病態生理学的には合理的なものと考えられる。鉄は過剰になった際には炎症プロセスを促進するメディエーターとして知られており,スタチンはその鉄動態を調節する重要なホルモンであるヘプシジン発現を阻害する。よって,スタチン使用により鉄レベルが低下することが予測される。さらにはその結果として炎症プロセスが抑制され心血管イベントの低下にも寄与する可能性が推定されるわけである。
 今回の研究のように交絡因子やバイアスを極限まで排除した観察研究は後ろ向きながら,確固たる科学的な示唆を提示することができ,薬剤における効果だけでなく様々な医療研究に応用できると考えられる。

•NEJM

1)感染症:Original Article
回復患者血漿によるCOVID-19に伴う人工呼吸器使用ARDSへの効果(Convalescent plasma for Covid-19–induced ARDS in mechanically ventilated patients
 私が知る範囲のCOVID-19症例では耳にしたことはないが,世界的にはCOVID-19症例に対しては回復患者血漿療法による受動免疫が行われてきた。しかし,ARDSに至った例に対しての治療効果は確立したデータがなかった。今回ベルギーのグループから人工呼吸器使用下のCOVID-19によるARDS症例における回復患者血漿療法の結果が報告された。本試験は非盲検試験であり,475例の人工呼吸器導入5日未満の成人例を中和抗体価 1:320 以上の回復患者血漿を投与する群と,標準治療のみを行う群に,1:1 の割合で無作為に割り付けて行われた。ステロイドは全体の98.1%の例に使用された。主要評価項目である28日目までの死亡率は,血漿投与群で35.4%,標準治療群で45.0%の結果であり,血漿投与群で有意に低下した(p=0.03)。層別化解析によると,主な効果は人工呼吸器管理開始から48時間後までに使用された群で観察された(Fig1)。また,有害事象には両群で差は認められなかった。
 試験の行われた期間は2020年9月から2022年3月までであり,流行株はアルファ株からデルタ株,オミクロン株まで様々である。ワクチン接種も進みつつある状況下での研究であり,こうしてみると様々なバイアスもあると感じられる。重症例に対しての薬剤も複数が使用できる状況となっており,回復患者血漿を積極的に使用していく気にはなかなかならないと感じる。

今週の写真:夜の水前寺成趣園
近所の水前寺公園での竹あかりイベントです。旧藩主細川氏のお庭です。

(坂上拓郎)


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