•Nature
1)感染症
リポ多糖輸送体を標的とする新規クラスの抗生物質(A novel antibiotic class targeting the lipopolysaccharide transporter) |
近年の抗菌薬耐性細菌の拡大はサイレントパンデミックともいわれ世界的脅威となっている(
リンク)。WHOや米国CDCは人類の健康を脅かす新規抗菌薬が緊急に必要な耐性菌について分類しており,その筆頭に薬剤耐性アシネトバクター属細菌
Acinetobacter baumannii(
A. baumannii)を挙げている。特にカルバペネム耐性アシネトバクター属細菌(
A. baumannii)(CRAB)(
リンク)は,治療選択肢が限られた主要な世界的病原菌であり,その侵襲的感染症では40〜60%の死亡率を示す。しかしながらアシネトバクターに有効な新規薬剤については50年以上も出現していなかった。
今週号のNature誌では,スイスバーゼルのロッシュ製薬研究所からの本論文と米国ハーバード大学からの一報の2つの論文が薬剤耐性アシネトバクターに有効な新規抗菌薬・ゾスラバルピン(zosurabalpin)について報告しており,
News & Viewsでも紹介されている。
本研究ではまず,約45000種類の環状ペプチド(環状ペプチドと創薬:
リンク)のライブラリーから抗菌活性を有するものについてスクリーニングを行った。その中でテザード環状ペプチドであるR07036668が他の細菌に比べてアシネトバクター属細菌のみに抗菌活性の高い分子として同定された。さらにそこから改変した分子であるR7075573について
in vitroおよび
in vivoでの抗菌活性が示された(
Fig.1)(
Table 1)。しかしながら
in vivoでの投与でLDL/HDLと凝集する副作用が明らかになったが,両イオン性のテザード環状ペプチドであればこうした凝集沈殿が減少することが判明し,さらに改変して最終的にゾスラバルピンを選定した(
Fig. 2)。
次にゾスラバルピンの標的分子を探索するのにあたり,本剤に耐性になった菌株について全ゲノム解析を行ったところ43の遺伝子変異を同定した。その多くがグラム陰性細菌の細胞壁の外膜存在するリポポリサッカライド(LPS,エンドトキシン)の輸送や生合成機構に関わる遺伝子であり,LptFをコードする遺伝子に28種類の遺伝子変異が,LptGの遺伝子には2つの遺伝子変異が認められた。これらの分子はグラム陰性菌の細胞壁内膜に存在するLPS輸送システムを担うLptB2FGC複合体のコンポーネントであった。実際に調べると
A. baumanniiにおけるLPS輸送が特異的に阻害されることが確認された(
Fig. 3)。
さらに種々のヒト耐性菌(CRAB)の臨床検体について薬物動態を調べたところ既存の抗菌薬に比べて強い抗菌活性があるとともに,チトクロームP450系との相互作用のないことも確認され,
in vivoでも複数の感染モデル(敗血症,深部感染症,肺炎)で十分な有効性が示された(
Fig. 4)。
本研究では多剤耐性菌に対して期待できる有望な新薬という点でも,細菌壁におけるLPSの輸送阻害という新たなメカニズムによる抗菌薬の開発という点でも興味深い内容である。なお本論文は
AASJでも紹介されている。
•Science
1)リキッドバイオプシー
採血前にセルフリーDNAの除去を一時的に抑制する因子を投与することによりリキッドバイオプシーの精度を向上させる(Priming agents transiently reduce the clearance of cell-free DNA to improve liquid biopsies)
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肺癌診療における遺伝子検索のための検体収集には難渋する経験もあることと思われる。この20年間ほどにわたり,血液などの体液を使ってセルフリーDNAなどを調べる「リキッドバイオプシー(液体生検)」の開発が研究されてきた。様々な腫瘍自体の生検に比べると手技ははるかに容易であり大きな期待が寄せられているが,どうしても得られるDNA量をはじめとした様々な理由による感度の低さが問題となっている。大量に採取すれば理論的には可能な場合もあるが,血漿交換などは経済的にも妥当な方法とは言えない現実がある。
米国ボストンのハーバード大学・マサチューセッツ大学のブロード研究所からの本研究では,このリキッドバイオプシーの感度を上げるための方策として,生体内でのセルフリーDNAが除去されることを一時的に抑制する方法を開発し,検査感度を上昇させられることを報告している
(Structured abstract)。
血液中には腫瘍由来のDNA(circulating tumor DNA)などのセルフリーDNAが存在するが,生体内で除去される仕組みとしては,(1)肝臓の貪食細胞であるクッパ―細胞による貪食と(2)DNA分解酵素による分解が考えられた。貪食細胞の機能を阻害する目的にsuccinylphosphoethanolamine-basedのリポソームを注射することで肝臓におけるセルフリーDNAの除去を阻害できることを示している(
Fig. 1)。また,Fc受容体と反応できなくしたDNAに結合する抗体で処理することによってもDNA分解酵素にから守ることができることが示された(
Fig. 2)。どちらも採血の1~2に時間前に注射することによってマウスモデルにおけるセルフリーDNAの検出感度を数十倍以上にあげることができ,小さな腫瘍モデルでは検出感度を10%以下から75%以上へと改善できることが示された(
Fig. 4)。
本論文はPERSPECTIVESでも取り上げられており,その中では他の研究としてセルフリーDNA自体を増やす方法として,局所に対して放射線照射(
リンク)や超音波処置を加える方法(
リンク)なども紹介されており興味深い。また,本論文は
AASJでも紹介されている。
•NEJM
1)新型コロナウイルス感染症
成人の軽症~中等症 Covid-19 患者に対する経口シムノトレルビル(Oral simnotrelvir for adult patients with mild-to-moderate Covid-19) |
シムノトレルビル(
simnotrelvir)は中国国産初の 3-キモトリプシン様プロテアーゼ阻害薬であり,第1b相試験において新型コロナウイルス感染症(Covid-19)に有効である可能性があることが明らかにされている(
リンク),同国では2023年1月に緊急承認されている。中国35施設からの本研究は,症状発現3日以内の軽症~中等症のCovid-19に対する第2・3相二重盲検無作為化プラセボ対照試験で,シムノトレルビル750mg+リトナビル100mg 1日2回を5日間投与する群をプラセボ群と比較して持続的な症状消失までの時間を主要評価項目としている。2022年8月から12月までに1,208例が登録され,603例がシムノトレルビル群,605例がプラセボ群に割り付けられた(
Figure 1)。
持続的なCovid-19症状消失までの時間は,シムノトレルビル群の方がプラセボ群よりも有意に短かく(180.1時間vs216.0時間),35.8時間早く症状が消失することが示された(
Figure 2)。試験開始時のウイルス量については2群で同等であり,その後評価した第3・5・7・9日目のウイルス量は,シムノトレルビル群でプラセボ群より減少していた(
Figure 3)。ウイルスのリバウンドはシムノトレルビル群で4.7%,プラセボ群で4.9%が観察された。症状のリバウンドについてはシムノトレルビル群で0.2%,プラセボ群で0.5%みられた。有害事象の発現率はシムノトレルビル群のほうがプラセボ群よりも高かった(29.0% 対 21.6%)が,その大部分は軽度または中等度であり,明らかな安全性の懸念は認められなかった。
(鈴木拓児)