•Nat Med
1)喘息
幼児期腸ウイルス叢は細菌とは独立して就学前喘息と相関する(The infant gut virome is associated with preschool asthma risk independently of bacteria) |
腸には細菌叢だけでなく,バクテリオファージ(ウイルス)も多数存在する。Copenhagen Prospective Studies on Asthma in Childhood 2010 (COPSAC2010)というコホート研究があり,デンマークのコペンハーゲン大学からの報告である。今回の論文の責任著者は2018年に1歳児の便の細菌叢が未熟だと5歳での喘息リスクが高まること,母親が喘息の場合には特に顕著なことを2018年にNat Commun誌に報告している(
リンク)。その後,同じく1歳児の便から解析されたウイルス叢が2023年にNature Microbiologyに同じ大学から報告されており(
リンク),今回はファージが構成するウイルス叢の情報と喘息との関係性を調べた研究となっている。
647名の1歳児から採取された便のウイルス叢の構成成分
vOTUを調べたところ,個人間でバラバラですべての小児に共通のvOTUは見つからなかったため,共通性の高いものから順にファージを分類して解析することにした。ウイルスの分類には階級(
リンク)があることを理解しておく必要があるが,vOTUをfamily(科)レベルに束ねていくと個人間の差は消え,半数以上の小児で共通性が見出せるようになったとのことである。familyよりも大きな分類となるcaudovirusは幼児ウイルス叢の大部分(vOTUの82%)を占め,microvirus(16%),inovirus(3%)と続くことがわかった(
Fig.1)。caudovirusが多いと5歳時の喘息罹患率が高く(オッズ比1.33),microvirusが多いと罹患率が低い(オッズ比 0,73),また,caudovirusの多くを占める溶原性(temperate)ファージが多いと喘息罹患が多かった(オッズ比1.41)ことから,ファージの量が喘息と関係することがわかった。喘息罹患を予想できる溶原性ファージの組み合わせを調べていったところ,19の溶原性ファージファミリーとその宿主となる菌を明らかにした。特にFaecalibacterium, Ruminococcus, Roseburiaはこれまでにも喘息罹患との関連が報告されてきた菌である(
Fig. 3)。
次にウイルス叢と細菌叢の喘息罹患への寄与をそれぞれ調べていくと,細菌叢スコアの高い場合は母親に喘息がある場合に小児の喘息罹患と相関していたが,ウイルス叢スコアは母親の喘息の有無とは関係がないなどの違いが見つかった。また,溶原性ウイルス叢と細菌叢のスコアのそれぞれの高値と低値で喘息との関係性を調べると,高値ではいずれも喘息罹患率が高いことがわかった(オッズ比はウイルス叢スコア高値で1.87,細菌叢スコア高値で1.71)が,溶原性ウイルス叢スコアは一過性の喘息罹患と関係し,細菌叢スコアは遷延性の喘息と関係しているなど,ウイルス叢スコアが細菌叢スコアと独立している点が多いことが詳細に述べられ,それぞれのスコアの高値と低値を組み合わせて,5歳時の喘息罹患頻度についてKaplan-Meier曲線を描いたところ,高値-高値>低値-高値=高値-低値>低値-低値の順に罹患頻度が高いことがわかった(
Fig. 5d)。
幼少期の条件曝露とウイルス叢スコアの関係性を調べたところ,兄弟姉妹の有無,生まれた時期が夏だったかどうか,生誕時の体重,妊娠中の魚油の摂取歴はウイルス叢スコアと負の相関があり,生誕時の猫の飼育はウイルス叢スコアと正の相関を認めた(
Fig. 6)。最後にウイルスの非メチル化CpG DNAに対して直接的なセンサーとして働くことの知られているTLR9のSNP(rs187084 (A>G))に着目した。SNPそのものは喘息罹患への影響を認めなかったが,AAもしくはAGの場合はGGよりもウイルス叢スコア高値と喘息罹患のリスクの関連が強いことがわかった。一方で細菌叢スコアとTLR9の関連は認めなかったことから,ファージが宿主の自然免疫系に直接作用することを示唆した。
今回の解析対象からは除かれているが,ウイルス叢にはまだよく生態のよくわかっていないmicrovirusやinovirusも多数含まれており,今後,様々な病態との関わりが明らかにされていくであろう可能性を考えると大変興味深いと感じた。
•Sci Transl Med
1)発生学
胎児期のヒストンアセチル化阻害によって先天性横隔膜ヘルニアを回復させる(Rescuing lung development through embryonic inhibition of histone acetylation) |
先天性横隔膜ヘルニア(congenital diaphragmatic hernia: CDH)は出生1/3000~3500の頻度で致死率10〜50%とされる比較的多い疾患で,原因遺伝子が複数報告されてきた。今回,UCSDの研究者たちはエピジェネティックな遺伝子発現制御がもたらす疾患に注目し,827症例の患者とその両親のコホートから見つけてきた複雑性CDHの2症例の重症患者から新たに見つかった原因遺伝子SIN3Aに着目して解析を進めた。
①マウスでの遺伝子発現部位を調べて,上皮だけでなく間葉細胞にも発現することを確認した。
Sin3aの4種類のコンディショナルノックアウトマウスを作成した。すなわち,Prx-Creは側板中胚葉(
wiki)由来の線維芽細胞に特異的な
Sin3a欠損マウス,Pax3-Creは壁側中胚葉由来の骨格筋に特異的な
Sin3a欠損マウス,Tbx4-rtTA; Tet-o-CreはE6から薬剤誘導性に横隔膜中皮特異的に
Sin3aを欠損したマウスである。このうち,Pax3-Cre は横隔膜に筋成分が含まれなかったほか,Tbx4-rtTA; Tet-o-Creは左側の横隔膜ヘルニアを起こして,胃,腸,肝臓が左胸腔にヘルニアを起こし肺は低形成となっていた(
Fig.2)。Cdh5-Creは血管内皮特異的に
Sin3aを欠損し,E11-12で広範囲な出血を認め,気管支が分岐できなくなった。
②Tbx4-rtTA; Tet-o-Creを用いてE12で薬剤誘導性に
Sin3aを欠損させると,間葉特異的に
Sin3aを欠損し,上皮の
Sin3aの発現は保たれていた。生後28日目に病理を調べると肺気腫が起きていた。肺血管の数の減少,血管平滑筋の肥厚,右心室肥大,肺高血圧,右室最大収縮期圧の上昇を認めた。生後0日では肺間質の肥厚,気腔の単純化,肺血管数の減少を認めた (
Fig.3) 。また,間葉特異的
Sin3a欠損マウスではEDUの取り込みが低下し,アポトーシスやDNAダメージマーカーの陽性細胞数が増加していることや,
Sin3a欠損間葉細胞のシングルセルRNA-seqを行い,間葉細胞のサブクラスター毎の数の比較を行い,
Sin3a欠損によって間葉細胞の筋線維芽細胞等への分化が損なわれることがわかった。
③Sin3a欠損によりヒストンアセチル化が増加していることがわかり,HDAC阻害薬であるTrichostatin A(TSA)を用いてSin3a欠損と同様の結果が得られることを確認した。次にE12の時点でHAT阻害薬A-485を用いてSin3a欠損状態でもヒストンアセチル化のバランスを制御できるかを調べたところ,DNAダメージを減らす効果を認めた。次にA-485の1/1000のHAT阻害効果とされるanacardic acid(AA)を投与してみたところ,野生型肺ではEDUを取り込む細胞数もDNAダメージも不変だったが,Sin3a欠損肺ではEDU取り込み細胞数は増加し,DNAダメージは減って,嚢胞期の発生が進み,血管数も増加,右心室肥大や肺血管抵抗も低下した。これらのデータからHAT阻害薬はヒストンアセチル化と脱アセチル化のバランスが崩れた状態を部分的に戻せることがわかった。
Sin3aのII型肺胞上皮細胞特異的欠損マウスは肺線維症モデルとして報告されており(
リンク),エピジェネティクス制御の異常が呼吸器の病態に深く関与している可能性を感じた。
•NEJM
1)遺伝子治療
遺伝性血管性浮腫に対するCRISPR-Cas9 によるKLKB1の生体内ゲノム編集の第I-II相臨床治験(CRISPR-Cas9 in vivo gene editing of KLKB1 for hereditary angioedema) |
以前のTJHではトランスサイレチン(TTR)アミロイドーシスに対するCRISPRによる
in vivo遺伝子編集が紹介され(
TJH #156),安全性試験とともに標的であるTTRを減少させる効果が報告された(NTLA-2001)。今回は2つ目のパイプラインである遺伝性血管性浮腫を対象としたNTLA-2002のニュージーランド,オランダ,イギリスで実施された第I-II相臨床治験の報告である。遺伝性血管性浮腫は5万人に1人の有病率とされ本邦でも
診断コンソーシアムや患者会も立ち上がっていて,呼吸器専門医として診る機会は多くはないが,喉頭浮腫による窒息の危険性を伴うことがあり,注意を要する疾患である。
遺伝性血管性浮腫のメカニズムとしてC1 esterase inhibitor(C1-INH)は,血液凝固因子であるXIIa因子や血漿中カリクレインを抑制することで,ブラジキニン産生を抑制するが,C1-INH欠損(Type I)もしくは機能低下(Type II)ではブラジキニン産生が亢進し,血管浮腫の発作を引き起こす(
リンク)。血漿中カリクレインはブラジキニンを前駆体であるキニノーゲンから直接切り出すことがわかっていて,血管性浮腫の治療や予防の分子標的として,阻害薬が承認されており,RNA治療の臨床治験も行われてきたが,一生投与し続ける必要があることが問題となっており,CRIPSR-Cas9を用いて1回の治療で根治する方法としてNTLA-2002が開発された。肝臓に取り込まれやすい脂質ナノ粒子(LNP)を用いて,Cas9のmRNAとカリクレインを狙ったガイドRNAを投与する戦略である。血漿中カリクレインはTTRの時と同様ほぼ肝細胞のみで産生されるので,LNPで送達させるのは理に適っている。
2021年12月から2022年8月にかけて10名の患者がNTLA-2002を投与された。安全性試験についてはGrade 2までの注射反応,一時的な肝酵素上昇等の軽微な反応だけだった。CRISPRのオフターゲットのゲノム編集については前臨床試験では念入りに調べられて問題なかったが,15年間フォローアップするとしている。血漿中カリクレイン濃度は25mg投与群で67%低下,50mg投与群で84%低下,75mg投与群で95%低下を認めた。血管浮腫発作については今回の目的は安全性試験がメインとのことでプラセボ比較群は設定されていないが,投与前に比べると観察期間中の発作回数は95%抑制し,治療を要する発作回数でみると93%抑制したとのことである。各患者の経過が
Figure 2にまとめられている。
今まで治療困難だった難病がCRISPRで遺伝子治療できる時代に着実に近づいていることを感じた。
今週の写真: 吉田神社の節分行事の一つ,火炉祭を見てきました。 |
(後藤慎平)