•Nature
1)腫瘍学
細胞外マトリックスの粘弾性上昇は,非肝硬変でも肝細胞癌の進行を促進する(Matrix viscoelasticity promotes liver cancer progression in the pre-cirrhotic liver) |
肝細胞癌(HCC)は肝硬変に合併することが知られている。その背景には細胞外マトリックス(ECM)の構造的機能の変化が発癌に関与して,硬度の増大は肝硬変状態でのHCC進行を促進している。また2型糖尿病が肝硬変やHCCの主要なリスク因子にもなっており,GLP-1受容体作動薬の使用が死亡・肝性脳症・肝不全リスクを低下させること(https://www.cghjournal.org/article/S1542-3565(23)00482-2/abstract)報告されている。
この2型糖尿病には,ECM中に終末糖化産物advanced glycation end-products(AGEs)(
リンク)が蓄積する特徴があるようだ。
米国スタンフォード大学からの報告は,AGEsが非肝硬変状態にあるHCCにどのような影響を与えるのかを研究したもので,2型糖尿病/非アルコール性脂肪肝炎(NASH)の患者および動物モデルの肝組織を用いて解析している。まず,AGEsがコラーゲン構造の変化を促進してECMの粘弾性を増強するとともに,粘性散逸を高め,応力緩和を速くするが,硬度は変化させないことを明らかにしている。そして高レベルのAGEsと高い粘弾性に発癌性βカテニンシグナル伝達が組み合わさるとHCCの誘導は促進,しかしAGE産生の阻害,AGEクリアランス受容体AGER1の再構成,もしくはAGEを介したコラーゲン架橋の破壊を行うと,粘弾性およびHCC増殖が抑制された(
Fig.2)。また,AGEを包み込んだコラーゲンマトリックスの相互接続性の低下(線維長の短縮と不均一性増大を特徴とする)は,粘弾性を増強させていた。HCC細胞の増殖と浸潤を促進するメカニズムとしては,動物での研究と3D細胞培養から,粘弾性の増強がインテグリンβ1–テンシン1–YAPメカノトランスダクション経路が関与しているとのことであった(
Fig.5)。つまり,AGEを介した構造変化がECMの粘弾性を増強すること,そして粘弾性は硬度とは無関係に,癌の進行を促進する可能性を示している。
•Sci Transl Med
1)肺幹細胞移植
COPDに対するP63陽性自家肺幹細胞移植(Autologous transplantation of P63+ lung progenitor cells for chronic obstructive pulmonary disease therapy) |
肺実質および末梢気道の障害で不可逆性の変化を示すCOPDに対し,機能改善を積極的に挑む肺幹細胞移植(自家P63+肺前駆細胞の早期非盲検臨床試験)が,上海の同済大学で行われた報告である。この論文は西川先生のAASJ(https://aasj.jp/news/watch/23966)においても紹介されている。
II期からIV期の慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者28人を対象に,気管支鏡検査でブラッシングにより気道基底層からの細胞を採取し3~5週間培養した後,再び気管支鏡検査で体重1kgあたり0.7×10
6~5.2×10
6個を患者の肺に投与している。最終的に20例(介入群 n=17,対照群 n=3)が試験終了でき,grade 3-5の有害事象はみられていない。結果は,介入群において,12週目で7割の患者にDL
COの改善がみられ,24週でも53%で改善が維持されていた。その移植24週時点で,介入群ではDL
COの改善(ベースラインからの変化:*18.2%)あり,対照群では減少していた(ベースラインからの変化:−17.4%,p=0.008)(
Fig.3)。また,介入群では6分間歩行距離も30m以上増加していた。さらに胸部画像所見としても気腔拡大の領域が減少していることも示されている(
Fig.4)介入群における効果の有無は,分離した前駆細胞のトランスクリプトーム解析から,P63の高発現が治療効果と関連している。
肺幹細胞移植により組織学的な変化やDLCO改善の機序は興味深いところである。有害事象がなく,かつ機能改善が持続するというのが本当だとすると,本当に衝撃的なニュースである。
•NEJM
1)禁煙指導
電子たばこシステムを用いた禁煙方法(Electronic nicotine-delivery systems for smoking cessation) |
電子たばこを禁煙システムとして用いることができるかを検証したもので,スイスにおけるESTxENDS試験の報告である。非盲検比較試験で,1日5本以上喫煙し,禁煙日の設定を希望している成人を対象にして,介入群は標準的な禁煙カウンセリングに加えて,電子たばこ(デバイスとe-リキッド:6種類のフレーバーと4種類のニコチン濃度から好みの組み合わせを使用可)が手渡され,6カ月間,好きな時に好きな量,好きなニコチン濃度やフレーバーの電子タバコを使用し,治験看護師を通じて電子リキッドを注文することができた。主要転帰は6カ月時点での生化学的に確認された禁煙の継続で,副次的転帰は6カ月時点での参加者から報告された禁煙,あらゆるニコチン(たばこ,電子たばこ,ニコチン代替療法由来)からの離脱,呼吸器症状,重篤な有害事象であった。
結果は,1,246人が無作為化され622人が介入群,624人が対照群となり,禁煙の継続が生化学的に確認された割合は,介入群28.9%,対照群16.3%であった(相対リスク 1.77,95%信頼区間 1.43~2.20)と電子たばこシステムの有用性がみられた。また6カ月時受診の前の7日間の禁煙を報告した参加者の割合は,介入群59.6%,対照群38.5%であった(
リンク)。しかし,あらゆるニコチンからの離脱を報告した割合は,介入群で20.1%に対して対照群では33.7%であった。重篤な有害事象は介入群では25人(4.0%),対照群では31人(5.0%)に発現し,有害事象はそれぞれ272人(43.7%)と229人(36.7%)とほぼ有意差はなし。
日本で販売されている電子たばこには,そのe-リキッドにニコチンが含まれていない(
リンク)。そのため普及率は低く,ニコチンを含有する加熱式たばこの普及率が高い。20~30歳台の若い喫煙者では加熱式たばこは,男性で40%,女性で50%まで増加してきているため,その世代においても本研究デバイスによる禁煙指導の有用性は期待できるかもしれない。
今週の写真:ドゥミスフェール(美学と味覚)というチョコレート
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(石井晴之)