今週は,重症インフルエンザに対する新たな治療の期待が持てるネクロプトーシス阻害薬,そしてビタミンDのがん免疫への関連性,どちらも臨床医にとって興味深い内容ではないか。インフルエンザ重症例は発症から48時間以上経過してしまうと抗ウイルス薬の期待はもてないが,このネクロプトーシスへの治療ターゲットはまさに発症後の重症化に使用できる。ビタミンDは,カルシウムの吸収を促進して骨を丈夫にし,筋力を高める,というのが一般的知識であるが,ビタミンD摂取量が少ないとがん発症リスクが高くなると言われる日も近いか。ちなみに,ビタミンDは,野菜や穀物,豆,イモ類にはほとんど含まれていない。多く含まれている食材は,魚・キノコ類である。1日のビタミンD摂取量目安は5.5μgとされるが,イワシの丸干し一尾15.0μg,サケ一切れ(80g)で25.6μgである。それに対して,キノコ類で最も多い干し椎茸2個でも0.8μgと圧倒的に魚からの摂取を薦める。
•Nature
1)インフルエンザ肺障害
ネクロプトーシス遮断が重症インフルエンザ肺障害を予防する(Necroptosis blockade prevents lung injury in severe influenza) |
本研究では,米国フィラデルフィアのフォックスチェイスがんセンターからの論文で,重度のインフルエンザウイルスA感染症(IVA)による肺の有害な細胞死プロセスを停止させ,体のウイルス防御に影響を与えずに生存率を向上させるネクロプトーシス遮断作用薬UH15-38を報告している。ネクロプトーシスは,感染した肺上皮細胞においてIAVが活性化したプログラム壊死のほとんどを占めることが知られており,ネクロプトーシスは宿主のセンサータンパク質であるZフォーム核酸結合タンパク質1(ZBP1)によって開始され,ZBP1はIAVが生成したZ-RNAを検出し,RIPK3(receptor interacting protein kinase)を活性化する。このRIPK3と強い結合によりネクロプトーシスを強力に阻害するのがUH15-38で,これまでに開発された化合物とは異なる阻害効果を示している(
Fig.1)。
以前からネクロプトーシスの制御としてRIPK1阻害と重症感染症の関連やRIPK3阻害と急性膵炎モデルなどの試みはあったが,十分な効果ではなく今回のUH15-38への期待は大きい。ネクロプトーシスの誘導機序については,大阪薬科大学の先生の記事(
リンク)は参考になる。
マウスのIVA感染モデルでは,ウイルスmRNA量は線毛上皮細胞や杯細胞やⅡ型上皮細胞よりもⅠ型上皮細胞で最も多くみられ,それは感染後3日目以降に明らかで同時期にZbp1も発現してきている。そして細胞培養実験でもZbp1
-/-では細胞生存率が高いことを確認している。このZBP1下流のRIPK3を阻害するUH15-38投与でIVA感染モデルの細胞生存も高く,かつヒト肺組織を用いたIVA感染モデルにおいてもUH15-38投与でネクロプトーシスの指標になるpMLKLも減少させていた(
Fig.2)。また,マウスのIVA感染モデルにおいて,UH15-38は血漿中の8倍のレベルで肺に蓄積して肺内の炎症性サイトカイン産生を抑制かつpMLKLも減少させ,肺胞障害を著明に抑制していることを明らかにしている(
Fig.4)。
UH15-38は,ウイルスに対する免疫反応に影響を与えることなく,重症インフルエンザウイルス感染での肺の炎症を大幅に軽減し,生存率を改善している。いわゆるインフルエンザウイルスの増殖を抑える抗ウイルス薬とは異なり,このネクロプトーシス抑制を治療指標とした薬剤は,感染後遅れて治療を開始した場合でも,インフルエンザによる重篤な肺障害の治療に有望の可能性を示している。
•Science
1)ビタミンD
ビタミンDは微生物依存性のがん免疫を制御する(Vitamin D regulates microbiome-dependent cancer immunity) |
この研究はロンドンの生物医学研究を盛んにしているFrancis Crick Instituteからの報告である。ビタミンDの利用可能性を増加させたマウスでは,免疫チェックポイント阻害療法に対する反応が増強されることを,メラノーマ細胞を移植させたマウスモデルを用いて免疫調節と癌におけるビタミンDの役割を示唆している。ますは,ビタミンD結合蛋白として知られているblood carrier protein group-specific component(Gc)globulinの欠失マウス(Gc-/-)に注目しているが,野生型と比較してメラノーマ腫瘍量の増加は乏しく,腫瘍内のCD8+およびCD4+細胞は増加していた。またGc-/-マウスでは,抗CTLA-4治療が著しい腫瘍抑制効果を認めていた。GcはN末端に25-OHDに対して高い親和性を示し,25-OHDを組織から隔離して血液中の貯蔵庫として機能する。つまり,Gc-/-マウスは血液中のVitD濃度が低く,組織内でのVitD濃度が高くなっているのである。
興味深いのは,野生型にGc-/-マウスの糞便移植をしても同様の腫瘍抑制効果を認め,Gc-/-マウスでもvancomycin投与やVitD3摂取量減少では腫瘍抑制効果がみられなかったことである。さらに,高VitD3食を与えたGc-/-マウスの糞便を野生型マウスに移植すると,より大きな腫瘍抵抗性を誘導させていた(Fig.4)。そして,ビタミンD受容体が誘導する遺伝子は,免疫チェックポイント阻害剤治療に対する反応性の改善と相関し,治療に対する反応性の改善や,癌に対する免疫や全生存期間の延長と相関していた。これらは腸管上皮細胞におけるビタミンDの活性に起因しており,Bacteroides fragilisが,がん免疫の制御に大きく関与している(Fig.5)。今回の研究結果は,ビタミンDと微生物常在細菌叢,そしてがんに対する免疫応答との間に,これまで認識されていなかった関係があることを示している。
本論文は西川先生の
ASSJにおいても紹介されている。
•NEJM
1)セマグルチド
肥満関連心不全および2型糖尿病患者におけるセマグルチドの効果(Semaglutide in patients with obesity-related heart failure and type 2 diabetes) |
セマグルチドは,グルカゴン様ペプチド-1(GLP-1)受容体作動薬で,脳細胞のGPL-1受容体に作用してエネルギー消費を減らさずに満腹感を高めて食欲を抑える。日本でも2023年3月に商品名ウゴービがBMI 35以上の肥満治療薬として認可された。また商品名オゼンピックは2型糖尿病治療薬として認可されたが,肥満症治療薬の適応がないにもかかわらず自費診療などで肥満症に使用されていることで話題になったこともある。
本臨床試験は,肥満症と2型糖尿病患者を対象とした,GLP-1受容体作動薬の心不全コントロールを評価したもので,米国カンサスシティーのセント・ルークスホスピタルを中心とした多施設共同研究の報告である。肥満症と2型糖尿病の合併例では,左室駆出率の保たれた心不全患者が高く,症状の負荷が大きいのが特徴とされている。
18歳以上,左室駆出率の保たれた心不全,BMI 30以上,2型糖尿病の患者に対して,セマグルチド(2.4mg)を週1回,52週間投与する群と,プラセボ群を1:1で無作為割付している。主要評価項目は,カンザスシティ心筋症質問票・臨床サマリースコア(KCCQ-CSS;スコア範囲は0~100で,数値が高いほど症状と身体的制限が少ないことを示す)のベースラインからの変化量と,体重の変化量にしている。このKCCQ-CSSは患者報告アウトカム指標を取り入れた心機能層別化スコアであり,NYHAから置き換わっていく可能性があるものであり,5点以上の改善は死亡リスク低下や心不全入院での死亡リスク低下につながるものとされている(
リンク)。
副次的評価項目は,6分間歩行距離の変化量,死亡・心不全イベント・KCCQ-CSSの変化量の差・6分間歩行距離の変化量の差などが含まれる階層的複合エンドポイント,CRP値の変化量であった。
616例が無作為化され,KCCQ-CSSの変化量(平均値)は,セマグルチド群13.7点に対して,プラセボ群6.4点と有意に改善していた。また体重の変化(平均値)も-9.8%,-3.4%と有意な差を認めていた(Fig.1)。また副次的評価項目においても,セマグルチド群のほうがプラセボ群よりも良好であった〔6分間歩行距離の変化量の群間差の推定値14.3m(95%CI 3.7~24.9,p=0.008),階層的複合エンドポイントのwin比 1.58(95%CI 1.29~1.94,p<0.001),CRP値の変化に対する推定治療比0.67(95%CI 0.55~0.80,p<0.001)〕。重篤な有害事象はセマグルチド群55例(17.7%)に対し,プラセボ群88例(28.8%)で,プラセボ群では心血管イベントが有意に多い結果である。
主要評価項目の1つであるKCCQ-CSSはプラセボ群でも20週目までは良化しているが,52週目では明らかに実薬群では有意な差がある,そして体重減少や6分間歩行距離,そしてCRP値は明らかに効果がみられていることから,今後は臨床現場においても,積極的な導入が進められる可能性は高い。
今週の写真: 福井県のごちそう,「鯖のへしこ」と「板わかめ」は酒の肴に最高です。 |