•Nature
1)炎症:Article
グルココルチコイドによる抗炎症作用の新たな機構(Metabolic rewiring promotes anti-inflammatory effects of glucocorticoids) |
副腎皮質ステロイドホルモン(Glucocorticoids:GC)ほど実臨床でよく使用する薬剤はないだろう。リンパ球やマクロファージの機能を抑え,強力な抗炎症効果・免疫抑制効果を発揮することから自己免疫性疾患や慢性炎症性疾患をはじめ多用されるが,その有害事象の多さから最適な使用法は内科医の一つの技量と言っても良いかと思う。そのGCの作用点は,はるか昔の医学生時代に細胞膜におけるアラキドン酸カスケードのスタート地点ではたらくPLA2を抑制することにより,炎症物質であるプロスタグランジン産生が低下することを機序として習った記憶があるが,そんな単純な話ではない。今回,ドイツのエアランゲン−ニュルンベルグ大学のグループからGCの抗炎症作用にはマクロファージ内の代謝ダイナミクスが大きく変化することが寄与し,その結果として増加する代謝物質であるイタコン酸が抗炎症効果を発揮することが報告された。
まずは,GCのマクロファージにおける抗炎症効果の分子機序のヒントを得るために,GCのありなしで骨髄由来マクロファージ(BMDM)をLPS刺激した際の比較を行っている(
Fig. 1)。バルクRNA seqから,GCは炎症経路全般を抑えるのではなく,部分的かつ時間依存的に抑制することが示され,さらにその関与する転写因子の予測やパスウェイ解析の結果からは,炎症経路だけでなくミトコンドリアの酸化的リン酸化,ピルビン酸代謝,TCAサイクル活性などの代謝活性に影響することが示された(
Fig. 1f)。そこで,細胞のエネルギー代謝経路を経時的にプロファイリングできるフラックス分析を行い,GCはミトコンドリアにおけるTCAサイクル(クエン酸回路)の活性化を促すことが確認された。
このGCによるLPS刺激マクロファージおける代謝経路の変化は,ステロイドレセプター(GR)の核内局在配列に変異を導入した細胞株においても同様に認められ,ゲノムによるコントロールは受けていない(
Fig. 2a〜c)。以前の肝細胞の検討からは,GRの結合パートナーとしてピルビン酸脱水素酵素(PDH)が同定されていたことから(
J proteome 2022),マクロファージにおいても確認を行い,GRとPDHは相互作用すること,GRと結合したPDHがミトコンドリア内へ変位し活性が上昇することが確認された(
Fig. 2d〜i)。結果として,ミトコンドリアにおけるピルビン酸消費量の増加から,TCAサイクルの基質としてのアセチルCoAの供給量が増加し,TCAサイクルの活性化が生じることとなるが,この反応には遺伝子発現を介した管理をうけていないこととなる。
LPS刺激マクロファージではIL-1β,IL-6,TNFαをアウトプットとした炎症反応はGC投与で抑制されるが,低酸素状態(1%酸素)に置かれた場合にはその炎症抑制効果は減弱した。また,HIF1-αの分解による強制的なTCAサイクルの抑制を行うロキサデュスタットを用いても同じく抗炎症効果の減弱が認められた。これらから,GCによって誘導された炎症性マクロファージによるミトコンドリアのピルビン酸代謝の増加と,TCAサイクル活性の亢進が,GCによる抗炎症効果に関与していることが示された(
Fig. 3)。
次に,その分子機序の解析を進めている。TCAサイクルの代謝産物が真核生物の遺伝子発現や炎症反応の強力な調節因子として働く可能性があることが複数報告されていることから,GC投与後のLPS刺激マクロファージでの変化を検討している。結果としてTCAサイクルの代謝産物であるコハク酸およびイタコン酸の上昇が見出された。イタコン酸はマクロファージにおいて抗炎症作用を持つことが2018年に
報告されていることから,イタコン酸の生成に注目をしてさらに解析を進めている。その生成を行う酵素である
ACOD1はGCによって誘導増強されることはないが,反応基質であるアコニテートの供給がGCにより継続されることが確認された(
Fig. 4)。
最後にPOCとしてマウスRAモデル,喘息モデル,ヒトRAでの検討が行われている。
ACOD1のKOマウスでは実験的RA,OVA喘息ともにGCを投与しても滑膜,気道の炎症が抑制できないことが示された。さらにはヒトRA症例ではGC投与を受けている例で有意に血清イタコン酸レベルが上昇することも紹介されている(
Fig. 5)。
GCの抗炎症作用の新たなメカニズムを明らかにした研究である。GCはマクロファージにおいてミトコンドリア内の代謝をダイナミックに変化させる抗炎症物質であるイタコン酸の産生を高める。そこには転写からタンパク質合成といったセントラルドグマを介することのない機序が重要な役割を果たしていることが証明された。有害事象を生じる機序にこの経路がどの程度からんでいるのかは課題ではあるが,新しい抗炎症薬の開発にもつながる結果であろう。この論文は,
西川先生のAASJにも紹介されている。
•Science
1)時間生物学:Research Article
脳と筋肉のコミュニケーションが日常的な生理機能を維持し筋肉の老化を防ぐ(Brain-muscle communication prevents muscle aging by maintaining daily physiology)
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私達が夜に寝て日中活動することは当然のこととして受け止められるが,その根底には概日周期(サーカディアンリズム)が存在することが知られる。これは分子振動系により司られており,その中枢は脳の視交叉上核(SCN)に存在する中枢時計である。SCNは毎朝光の合図を受けて,末梢組織と交信することで生体が最適な機能を発揮するための末梢組織時計の同期を可能としている。疾患やライフスタイルの変化,加齢はこういった概日周期を刻む時計機能を乱し,生体にとって有害であることが知られる。例えば,加齢に伴いSCNネットワークが壊れ,そのリズムの振幅や位相(昼,夜のリズムのこと)が狂うことにより,不眠や生理機能の低下と関連する。筋肉などの末梢組織においては,加齢というようなストレスに対して末梢時計をリプログラムして恒常性を保つ工夫をしている可能性がいわれている。
マウスにおいてBmal1という概日時計遺伝子をKOすると,概日リズムはくずれ代謝状況や行動の位相も秩序だった動きをとることができない,さらに10週齢から代謝の変化や筋肉量の減少(サルコペニア)といった早老兆候を示し,30週齢から死に始めることが観察される。しかし,概日リズムがこういった生体現象に具体的に関わる機序については明らかではない。今回スペインのPompeu Fabra大学のグループは,Bmal1KOマウスを用いて,脳と筋肉に再発現させるモデル(つまりは中枢時計のみ回復,筋肉時計のみ回復,両時計ともに回復マウス)を構築しサルコペニアにおける概日時計が果たす役割についての解析を行った。
このマウスモデルでは筋のみ,脳のみの
Bmal1再構築ではサルコペニアは予防できず,両者を同時に再構築することにより防止ができる。また,それぞれのマウスの筋肉における代謝状況は,脳に再構築することによりその位相リズムが戻ることがわかった。これは,筋肉時計は自律的に駆動しないが,中枢時計の導入により復元されることを示しており,両者の間にコミュニケーションが存在することが示されている(
Fig. 1)。各マウスの筋肉における経時的な発現解析を行うと,発現遺伝子の様式は両者回復マウスで,正確な位相での発現リズムと発現振幅を呈したが,50%以上の遺伝子は両者回復マウスでも復元しなかったことから,筋組織における概日リズムの回復には
Bmal1以外の末梢時計とのコミュニケーションが必要なことが示唆された(
Fig. 2)。
筋肉時計,脳時計のそれぞれに独自にコントロールされる遺伝子群も存在したが,特に脳のみ回復マウスでは1,373個もの筋組織遺伝子発現が脳時計によるコントロールを受けていることが示された。ストレス反応やタンパク修飾,蛋白,糖,脂質代謝経路の遺伝子群が含まれた。面白いことにそれぞれの発現位相は正常マウスでは活動期である位相では抑制され,安静時の位相で発現を認めた一方で,脳のみ回復マウスでは,活動時にそれらの遺伝子群の発現が亢進していた。この現象は両者回復マウスでは復元することから,筋肉における概日時計の回復が中枢時計の司令のゲートキーパーとして働いていることが示唆される。実際にマウス筋線維では安静時には脂質滴を貯めこみ,活動期には使用により減少することが観察されるが,脳のみ回復マウスではその変動が消失しており代謝コントロールの位相が損なわれていることが示されている。このことからエネルギー代謝の主体であるミトコンドリア関連の遺伝子発現を解析すると,脳のみ回復マウスでは著しく亢進していることが示されたことから,ミトコンドリア機能の正常化には筋時計が必要であることが示唆された(
Fig. 3)。
このように,正常な筋組織の状態を保つためには中枢時計と自律性を持たない末梢時計がともに協調して働くことが必要であることが示されたが,加齢によって中枢時計機能が損なわれてしまった場合にはサルコペニアまっしぐらと絶望するしかないのだろうか。すでに中枢時計が摂食シグナルを通じて末梢時計を駆動,同期させていることが知られていることから,研究グループでは食事サイクルによる末梢時計の正常化を試みている。食餌方法を1日中自由に食事とれる群(ALF)と活動期の10時間のみに食事可能な群(TRF)に分けて検討を行った。加齢マウスで検討すると,TRF群では筋線維の萎縮,脂肪蓄積の増加,線維化の増加が抑えられ,またミトコンドリア機能も回復していることが示された。各解析ではTRFにより中枢時計のリズムを取り戻せることが示され,短期断食によりサルコペニアが防げる可能性を示唆している(
Fig. 4)。
本論文は
西川先生のAASJでも取り上げられている。概日周期がこれほどまでに生体に影響を及ぼしていることをきれいに示した論文と感じる。老化の進行を抑える方法としてマウスにおける夜間プチ断食が提示されたが,人間界でも耳にする言葉であり実践している方も聞いたことがある。ちょっと試してみようかという気になった。
•NEJM
1)マラリアワクチン
マラリア予防のためのモノクローナル抗体の皮下投与(Subcutaneous administration of a monoclonal antibody to prevent malaria) |
世界中で年間60万人以上がマラリアにより命を落としており,WHOを主体としてその対策がとられている。2021年以降ではマラリアの表面タンパク質(CSP)を抗原としたVPLワクチンが上市され接種が開始された。学童期の子供たちは高罹患率を呈すると同時に,マラリア原虫のリザーバーとして重要な集団であることが知られている。紹介する論文はマリのBamako科学技術大学を主体とした研究チームから開発がすすむ抗マラリアモノクローナル抗体であるL9LSの学童期小児に対する感染予防効果を評価項目とした第II相試験の報告である。L9LSはマラリア原虫の高度保存領域であるCSPをエピトープとして作成されたモノクローナル抗体であり,
第I相試験が成人対象に行われその効果が実証されている。今回は6〜10歳までの学童期の子供を対象として,パートA:容量漸増パートとパートB:二重盲検プラセボ試験,主要評価項目を初回マラリア感染(2週間毎の血液塗抹による確認)のデザインで行われた。パートAでは懸念されるような有害事象を認めなかった。パートBでは225名がエントリーされ24週に渡り観察された。マラリア感染はプラセボ群で81%,150mg単回皮下注群で48%,300mg単回皮下注群で40%に認めた(
Fig. 2)。プラセボ群に対しての有効率は150mgで66%(95%CI 45〜79%),300mgで70%(95%CI 50~82%)であった。臨床的マラリアはプラセボ群で59%,150mg皮下注群で28%,300mg皮下注群で19%に認めた(
Fig. 3)。いずれのデータも
RESEARCH SUMMARYがわかりやすい。
マラリアは馴染みの薄い感染症ではあるが,温暖化が進む中でそのうち九州でも…。と感じてしまう夏の暑さです。
今週の写真:ハンバーガー
連休中のランチに市内から20分ほどのお店へでかけました。ハラペーニョ入りハンバーガー,辛くてうまい。熊本近郊には複数の名店があります。 |
(坂上拓郎)