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呼吸臨床
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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 280

公開日:2024.5.24




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DRG感覚神経細胞クラスターの圧・温・触受容体情報と統合感情/ヒト大脳皮質電顕像のAI再構成/肺癌周術期免疫・化学療法臨床試験

 コロナが終わりTJH執筆の先生方はSan DiegoのATSに参加である。
 私のATS初参加は米国留学中で1984年,40年前になる。最後は2016年でATS遙かという感がある。
 一方で歳とともに,個別臓器よりむしろ個体全体像への関心が深まる。最近,背景生理のわからない呼吸法の現象を考えるせいで,全身に分布する神経系,免疫系,皮膚等への関心が強くなっている。今回も脳科学関連の論文を2報紹介する。

•Cell

1)脳科学
マウスDRG遺伝ツールキットによる,体性感覚ニューロン・サブタイプの形態学的および生理学的多様性の解明(A mouse DRG genetic toolkit reveals morphological and physiological diversity of somatosensory neuron subtypes
DOI:10.1016/j.cell.2024.02.006

 タイトルを読んでもどんな内容かわからない。早い話,全身の皮膚に分布する触覚を担当する感覚神経の集合体,後根神経節(DRG:dorsal root ganglion)の解析である。
ただしこの論文のみでは充分に理解できない。研究グループ,Harvard大学のグループにはDRGをめぐって2013年の総説,2020年の胎生期から成体への時系列マウスDRGのscRNAseq(nature論文),2021年の総説があり,そしてそれらを集大成するのが今回紹介する論文となる。

 そもそも50年以上前の医学部授業で感覚神経や自律神経には関心があったが,これら全身の末梢神経は,第4の胚葉といわれる神経堤細胞(Neural crest cells)の1990年前後からの研究(日本語解説書最近の総説)の理解が必要である。加えて最近のscRNAseq技術でDRGを構成するpseudo-bipolarのsomatosensory細胞の理解が大きく進んでいる。この複雑な圧,化学受容体を持つ細胞群をどう理解していくのか?

 研究者たちはDRGのscRNAseqによる16の細胞クラスターをFig.1に示す。これらクラスターの特徴的発現遺伝子と,それを利用した遺伝子操作construct作成がFig.1Cに示されている。本研究ではさまざまな遺伝子改変マウスが使われるが,Methodsにはその基礎になる28種の遺伝子改変マウスの一覧が示されている。かれらはこれをDRG感覚神経研究のgenetic toolsという呼び,したがって全体が表題の“研究toolkit”となる。

 まず知りたいのはそれぞれのクラスターの感覚神経細胞の形態であろう。皮膚の上でどれだけのサイズを占めているのか? 細胞を染める遺伝子改変mouseを用いて示したのがFig.2である〔多く出てくる略語として,LTMRs(low-threshold mechanoreceptors),HTMRs(high-threshold mechanoreceptors)等がある〕。Fig.2の500μmのスケールを参考に,その専有面積と生理機能に思いを馳せる〔Fig.2 Cはfree nerve ending: FNE(自由神経終末)のグループ〕。それぞれの専有面積はFig.2 E,カバーする毛包数はFig.2 F,デンドライト分岐指数/mm2はFig2. Gに示してある。

 一方でDRGのpseudo-bipolar細胞の脊髄後根におけるsynapseで,一次求心線維を介し視床へ情報はつながるが,その後根のlaminaのどの層を形成しているのかが,Fig.3である。図ではTRPM8をlamina Iとして,I~IIo(SMR2),IIi(CYSLTR2~MRPRD),IIiv(C-LTMR),IIiv~III(Aδ-LTMR),III~IV(AβRA-LTMR)と並び,Fig.3 Cで全体像が示されている。

 以上が形態的特性で,ここからが機能解析となる。
 そのためにはGCaMPというCaセンサータンパク質を発現する遺伝子改変マウスと掛け合わせ,腰椎L4のDRGにおける蛍光測定を行う。Fig.4に図があるが,具体的には直径200μmのtipを1~75mNの力で押し付け,L4-DRG感覚神経の反応をCaセンサー変化で測定する。Fig.4 Bでは左列から小さな力で反応するグループ,右の列に移るにつれ強い力で反応するグループ。またTRPM8とSSTR2は物理的な力には反応しないことが示されている。Fig.4 Cではこれらデータが連続に並べてある。

 Fig.5には,air puffからpinchまでの触覚と5℃~55℃までの温度への反応が示されている。Fig.5 Aは反応を色表示してあるが,Fig.5 Bでair puffレベルで反応するAδ-LTMR等3種,Fig.5 Dは強いpinch(つまむ)にも反応しないTRPM8とSSTR2が示されている。
 Fig.6は温度に対する反応の詳細である。TRPM8は低温域で反応し,MRGPRA3などは高温域でのみ反応している。

 Fig.7はDRG諸感覚神経群のpolymodality表示として,M(mechanical),H(heat)C(cold)の3D表示で示したものである。Fig.7 Aはメカニカルな反応を主とするAβRA-LTMRなど4種,Fig.7 Cは温度に反応するC-Cold(TRPM8)とC-Heat(SSTR2)等。さらに面白い事にはFig.7 Bにmechanicalとheatの両面に反応するHTMR群の5種が示されている。

 以上,漠然と温,痛,圧あるいは傷害受容(nociceptive)としての理解であった感覚情報が,scRNAseqによる細胞クラスターの生理特性として見事に示されていて(遺伝子改変マウス作成は大変と予想するが),その結果にひたすら驚かされる。

 Discussionでは著者らは:
 ①Piezo 2とかカプサイシン受容体としてクローニングされたTrpv1などの遺伝子発現のこれら細胞クラスターにおける程度(リンク)に関しても議論されている。
 ②重要な点であるが,日常的な痛み,かゆみとして感覚表現されるものが,これら感覚神経細胞受容体由来のco-activation signalが,脊髄から脳幹,視床さらには島皮質などで統合される感覚である。必ずしもnociceptorとかpruriceptorとか呼ばれる統合された感覚表現にこだわらなくてもよいと述べている。

 実は本論文に気づいたのは,昨年逝去した脳科学者Craig ADの“How do you feel?”〔日本語訳「我感ずるゆえに我あり」(リンク)〕を読み進むうちに関連検索して気づいたものである。研究者らがいうように,感覚神経細胞の「素」受容体情報と,統合された馴染み深い「かゆい」,「ヒリヒリ」等の感覚がどの段階でどう発生するのか? さらに疑問は深くなる。

•Science

1)脳科学
ナノスケールの解像度で再構成されたヒト大脳皮質ペタ・ボクセル断片(A petavoxel fragment of human cerebral cortex reconstructed at nanoscale resolution
DOI: 10.1126/science.adk4858

 神経組織,あるいは全身の電子顕微鏡(EM)レベルの詳細連続画像データから,その神経構造を仮想デジタル空間に再構築する研究は数年前から始まっている。ハエ(Drosophila melanogaster)の幼虫の全神経構造に関しては以前紹介した(TJH#229)。

 今回紹介するのは,メディアでも取り上げられた1週前のScience論文である。ヒトの大脳皮質(容積1mm³)の連続EM画像解析であるが,いよいよ解析にAIの導入が始まった。具体的にはFFN(flood-filling network)法(リンク)を用いており,この論文はGoogleグループからのもので,その1st authorが本論文の2nd authorでもある。研究はBostonのHarvard大学他,Googleの複数研究施設,Princeton大学,韓国などのグループである。
 大変ユニークであるのは,方法論が論文中にリンクしてあり,実際にそのサイトに入れる。例えばNeuroglancerなど開いて,論文を読みながらその結果の表示のダイナミズムが実体験できる。

 検体はてんかん手術治療のため切除された前頭頂葉大脳皮質由来(45歳女性)で,その研究手法がFig.1に示してある。3mm(75万pixel)×2mm(50万pixel)で厚さ170μmの脳検体を速やかに固定し,5,019枚の薄片を作成して,1.4 petabytes(1.4×1015 bytes)の画像データとして保存している(実際のサイト)。
AIを使っての神経細胞の連続性判断の実際はFig.2に示してある。FFN aggolomeration (集積の意)プログラムによる色分け,必要な場合はmanualによる連続性の判断,あるいは近接部分の連続性の修正,synapse部分の構造,さらにアルゴリズムによるexcitatory/inhibitoryの判断なども示されている。
 先に述べた通り,Neuroglancerソフトに入るといろいろ操作可能であるが,他にもNeuroglacer上で機能するCREST(Connectome Reconstruction and Exploration Simple Tool:シナプス経路の判断等に使用),CAVE(Connectome Annotation and Versioning Engine:proofreadingのための多人数共同作業プログラム),VAST(Volume Annotation and Segmentation Tool:フリーソフトで他のEM連続画像情報などにも応用できる)などのAIツールが完備されている点も次世代的である。

 この標本の基本データとして,神経系細胞49080細胞(Glia:Neuron=2:1,oligodendrocytes 20139細胞),血管系細胞8100細胞。神経細胞で突起あり65.5%,介在神経29.1%。容積的に比較すると,線維性成分unmyelinated 40.2%,dendrites 25.6%,glia突起15.5%,somata 9.2%,myelinated 7.5%など記載されている。神経細胞数はこれでも現在までの推定の数分の1レベルという。

 そして論文の中心は,この数mm長,容積1mm³の頭頂葉大脳皮質の六層構造の解析であり,Fig.4に8枚の図〔右から左へ大脳皮質第一層(L1)…L6,white matterとなる〕が示されている。AIアルゴリズムを用いての詳細な大脳皮質の実態に驚嘆する。
 図のAはNeuronとGliaが細胞サイズで色分けして全体表示されている。Bは脳の微小血管系,Cでは錐体細胞で第3層,5層がはっきり示されている。Dは介在神経細胞で2層から5層に多い。EはAstrocyteがカバーする領域で示されている。FはOligodendrocyte,Hはそれに伴うMyelinが3方向で表示されっている。Gはマクロファージ機能を持つMicrogliaで,これは大脳皮質全層に均一に見られる。

 これ以外に第6層の特異形態神経細胞の解析,意外な少数のpoly-synaptic接続に関しても言及している。
 本論文の内容は方法論であり,Discussionの最後にあるようにスタートではある。Open accessでないのは残念であるが,多くの方に是非アクセスして自分自身のPC操作でAIによるデジタル画像の驚くべき実際を確認いただきたい。


•NEJM

1)肺癌
切除可能な肺癌における周術期のニボルマブ治療(Perioperative nivolumab in resectable lung cancer
DOI: 10.1056/NEJMoa2215530

 2014年の承認以降,Nivolmab(抗PD-1抗体)は,悪性黒色腫,NSCLC,腎細胞癌,ホジキンリンパ腫,頭頸部癌,胃癌,胸膜中皮腫等と癌腫の適用拡大が続く。もう一方では,周術期の免疫チェックポイント療法の評価である。これに関しては2020年以降,最近のDurvalumab(抗PD-L1抗体,リンク),Pembrolizumab(抗PD-1抗体,リンク)などの免疫チェックポイント生物製剤に関しても周術期使用の成績が報告されてきた。
 今回のCheckMate77Tの臨床試験報告は,これらを比較しながら広く眺めると,その意義がより理解しやすいと考えられる。

 CheckMate77Tはrandaomized,double-blindの第III相臨床試験としてstageIIA~IIIB NSCLCの患者(735名enrolled,実施はNivo 229名vs. Chemo 232名)に対し,術前にNivo+Chemo vs Chemoを3週毎4cycle施行,手術を受け,術後追加治療にNivo vs. Placeboを4週ごと1年間施行という大掛かりなものである(リンク)。
 成績(median 25.4カ月状況)は18カ月でのevent freeがNivo 70.2% vs. Placebo 50.0%であり(Fig.1A),他試験と大きな違いはない。ポイントの1つは,pathological CRがNivo 25.3% vs. Placebo 4.7%である点だ(Fig.2A)。同様の成績はDurvalumabでも報告されているが,周術期免疫チェックポイント治療の意義はここにあると考えられる。
 加療関連AE(Grade 3~4)はNivo 32.5% vs. Placebo 25.2%と示され,他の免疫チェックポイント治療と大差はない。

 以上,周術期治療として免疫チェックポイント治療の意義は明らかであるが,全行程15カ月前後の長期治療への患者負担も大きい。
 Durvalumab周術期臨床試験報告ではこの治療持続への参加患者数推移もTable. 2に記されている。術前治療を終えて手術完了時点で約20%が脱落,さらに術後治療開始時点では開始時の約30%が脱落となる。さらに術後治療途中の脱落が15%程度存在する。
 周術期免疫チェックポイント治療の意義は理解できるので,より現実的な達成可能なプロトコールが求められるであろう。

今週の写真:東北歴史博物館(多賀城市)での大シルクロード展より
この布製ブーツ,本来は朽ちていくもの。左右差はあるが,それが残っている。陶,青銅器よりロマンを感じる。和同開珎も中国で発掘,展示されていて感激した。

(貫和敏博)