•Nature
1)幹細胞
気道小丘は独特な可塑性を持つ幹細胞の損傷抵抗性リザーバーである(Airway hillocks are injury-resistant reservoirs of unique plastic stem cells) |
本研究は,2018年にscRNA-seq解析で肺のionocyteを同定した(
リンク,
TJH#10)米国ハーバード大学の研究グループからの報告である。その際にKRT13陽性の重層した上皮細胞で構成される気道の「小丘(hillock)」について指摘していたが,その機能についてはこれまで不明であった。
この上皮細胞の重層構造の小丘は,マウスでは内腔表面の約2.5%を占め,軟骨輪と平滑筋の境界部位,背側の膜様部に沿った部位,側方の軟骨輪をまたぐ部位の3部位に多く観察された。通常の気道の線毛上皮などは細胞の高さが異なるだけで見かけ上は重層していてもすべての細胞が基底膜に接している「偽重層上皮(pseudostaratified epithelium)」(
Wiki)であるが,この小丘は真の重層構造を呈していた。すなわち管腔側の細胞は基底膜には接しておらず,線毛をもたない扁平な形状を呈し,重層している細胞の内腔側から基底膜側の順にKRT13の発現に勾配がみられた(
Fig. 1)。興味深いことに他の気道上皮細胞(ionocyteやtuft cellや神経内分泌細胞など)とは異なる位置に分布していた。また細胞分離の酵素などの条件を調整して解析したところ,当初はマウス気管の「小丘」は1.84%と指摘されていたが実は14.9%占めることが判明した。
重層している「小丘」の細胞の遺伝子発現をみてみるとKrt13,Krt6a,Dsg3などの扁平上皮化成に関連するものがみられ,管腔側ではSerpinb2が基底膜側ではTrp63が特異的に発現していた。そこでTRP63-CreERドライバーマウスを用いてTrp63発現細胞を標識してトレースすると,3週間以内に「小丘」の細胞はすべてラベルされていることから,この重層構造が基底膜側から比較的早くに置き換わっていく(上層の扁平上皮細胞を補充している)こと,標識された小丘は数カ月間存続することが明らかとなった。この小丘の基底幹細胞(hillock basal stem cells)の特徴としては他の基底細胞の多くが静止細胞であることと対照的に早く分裂することであった。
「小丘」のバリアとしての機能を調べたところ,毒素,感染,酸,物理的損傷など非常に広範囲の損傷に対して抵抗性であった(
Fig. 2)。損傷の後には小丘基底幹細胞は旺盛に分裂し,損傷をうけた気道上皮内腔表面を広く再生することが示された。さらに「小丘基底幹細胞」の旺盛な分裂によって気管内腔表面を修復された細胞は,線毛上皮細胞やionocyteやtuft cellや神経内分泌細胞なども含めた気道上皮細胞から構成されていた(
Fig. 3)。
「小丘基底幹細胞」について,小丘以外の「偽重層上皮」の存在する基底細胞との遺伝子発現の比較から,レチノイン酸シグナルに着目した。一般にレチノイン酸シグナル伝達の阻害は扁平上皮化生の原因として知られているが,この状況では小丘基底幹細胞は,優先的に重層化および角化した。マウス気道小丘の増殖はビタミンA欠乏によって誘導される扁平上皮化生の原因と癌が得られた。さらに,ヒトでも気道小丘の基底幹細胞は培養すると扁平上皮のバリア構造を形成し,バリアとして侵襲に対する抵抗性を示すことが明らかとなった(
Fig. 5)。
気道小丘は肺癌の前駆状態とも想定される「扁平上皮化生」と深く関連しそうであり,大変興味深い知見である。
•Sci Immunol
1)自然免疫・循環器疾患
心不全は自然免疫記憶を通じて多臓器合併症を引き起こす(Heart failure promotes multimorbidity through innate immune memory) |
心不全は依然として予後不良であり,心臓以外の多臓器の合併症を引き起こすことが知られている。慢性炎症がその病態に関わることが示唆されているが,心不全との関連の詳細については不明であった。慢性炎症の機構としてマクロファージの役割が注目されている。心臓のマクロファージについては,CCR2陰性の胎生期由来で自己再生維持するマクロファージとCCR2陽性で末梢血単球由来のマクロファージがあることが知られている。加齢や心臓へのストレスは前者の胎生期由来マクロファージが後者の単球由来マクロファージによって置き換わっていくこと,後者の単球由来マクロファージの頻度・割合はヒトの心不全の重症度と相関することが多く報告されており,単球由来マクロファージの「記憶」が心不全病態の進行に寄与すると考えられている。
一方で,加齢に伴う造血現象の一つでY染色体の変異が関係するとされるクローン造血(clonal hematopoiesis)があり,心不全の予後とも関連することが報告されている。これらの遺伝子変異はマクロファージの機能および自然免疫記憶にも影響を与えうることからも,造血系の加齢性変化は心血管系へ影響を与えていると考えられる。
この研究は,東京大学・国際医療福祉大学の小室一成先生,千葉大学の真鍋一郎先生らのグループからの報告で,圧負荷によるマウス左心不全のモデルとして確立している大動脈弓縮窄術(transverse aortic constriction:TAC)を用いている。このTAC処置の4週間後の心不全マウスから健常マウスへ骨髄移植を行うと,興味深いことにレシピエントマウスでは4カ月後に心機能低下と線維化を引き起こしており,移植された骨髄細胞が心不全病態を促進することが示唆された。骨髄移植のドナー細胞としてCD45.1・CD45.2の識別可能な系統のマウスを用い,さらにTAC処置を行った心不全マウス由来骨髄細胞と健常コントロールマウス骨髄細胞を混合して移植することにより,心不全マウス由来骨髄細胞の特有の移植後動態について解析を行った。その結果,心不全マウス由来骨髄細胞は健常コントロールマウス由来骨髄細胞に比べて末梢血中で単球・好中球といった骨髄系により強く分化し,心臓ではCCR2陽性マクロファージとして炎症性遺伝子の発現が亢進していた(
Fig.1)。scRNA-seq解析では単球・マクロファージが10種類に分類され,心不全マウス由来骨髄移植細胞からは,コントロールマウス由来細胞に較べてCCR2陰性組織常在マクロファージには寄与しないことが示唆された。心不全マウス由来骨髄移植細胞では炎症,サイトカインシグナル,組織リモデリング関連の遺伝子発現が確認された(
Fig. 2)。
心不全の他臓器合併症についても同様の骨髄移植の系で検討した。片側尿管結紮による腎傷害モデルにおいて,その後の心不全マウス由来骨髄移植群ではコントロールマウス由来細胞移植群に較べて腎の線維化などを悪化させることが明らかとなった。また,TAC心不全モデルでも腎傷害が生じるが,上記と同様の骨髄移植を行った後にTAC心不全モデルを行うと腎障害については心不全マウス由来骨髄移植群ではコントロールマウス由来細胞移植群に較べて悪化させることが示された(
Fig. 3)。心不全の合併症の一つであるサルコペニアについては,cardiotoxin誘導筋傷害モデルというものがあり,同様に骨髄移植系で検討したところ,心不全マウス由来骨髄移植群ではコントロールマウス由来細胞移植群に較べて筋の再生が低下していることが示された。
心不全の骨髄幹細胞への影響を調べてみた結果,血液ではなく交感神経活動を介して造血幹細胞におけるTGF-βシグナル伝達が抑制されることが明らかとなった。そこでTGF-βシグナル伝達を薬剤(LY364947)で2週間阻害したマウスから骨髄移植を行ったところ,心不全マウス由来骨髄移植群と同様に心機能障害が悪化した。TAC心不全モデルマウスにおける骨髄造血幹細胞とTGF-βシグナル伝達を薬剤(LY364947)で2週間阻害したマウスの骨髄造血幹細胞の遺伝子発現について調べると類似していた。すなわち心不全はTGF-βシグナルを阻害することによって骨髄造血幹細胞をリプログラミングし,ストレス記憶の担い手となったマクロファージを介して心臓および他臓器の合併を悪化させることが明らかとなった(
Fig. 6)。
今後マクロファージやTGF-βシグナルを標的とした心不全治療の開発が期待される点でとても興味深い研究である。
・NEJM
1)COPD
COPDと喘息の早期診断と治療−ランダム化比較試験(Early diagnosis and treatment of COPD and asthma-- A randomized, controlled trial)
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カナダのオタワ大学からのCOPDと喘息の早期診断と治療の影響についての研究である。これまで肺疾患と診断されていないが呼吸器症状のある成人について,スパイロメトリーでCOPD または喘息であることが判明した人を対象に多施設ランダム化比較試験が行われた。参加者は介入(ガイドラインに基づく治療を開始するよう指示された呼吸器専門医と喘息・COPDへの患者教育者による評価)を受けるか,かかりつけ医による通常の治療を受けるかに割り当てられた。主要評価項目は,年間の呼吸器疾患に対する医療機関受診率で,副次評価項目にはセントジョージ呼吸器質問票(SGRQ)およびCOPD Assessment Test(CAT)で評価された疾患特有のQOLのベースラインから1年間の変化とした。
インタビューを受けた 38,353 人のうち,595 人が未診断の COPD または喘息であることが判明し,508 人がランダム化された。253 人が介入群に,255 人が通常ケア群に割り当てらた(
Fig. 1)。主要評価項目イベントの年間発生率は,介入群の方が通常ケア群よりも低く〔1 人年あたり 0.53 件対 1.12 件,発生率比 0.48,95% 信頼区間(CI)0.36-0.63,p<0.001〕(
Fig. 2)。12カ月時点で,SGRQスコアは介入群でベースラインスコアより10.2ポイント低下し,通常ケア群では6.8ポイント低下した(差,−3.5ポイント,95%CI,−6.0~−0.9)。また,CATスコアはベースラインスコアよりそれぞれ3.8ポイントと2.6ポイント低下した。FEV1 は介入群で 119 ml 増加し,通常ケア群では22mL増加した(
Table 3)。有害事象の発生率は両群で同様であった。この研究ではそれまで未診断の喘息または COPD を見出した結果,呼吸器専門医の指導による治療を受けた人は,通常の治療を受けた人よりも,その後の呼吸器疾患に対する医療機関の利用が少ないことが明らかとなった。
今週の写真:ATS2024の米国サンディエゴ
マリオットホテルのプールサイド
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(鈴木拓児)