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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 286

公開日:2024.7.17




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SARS-CoV-2ヒトチャレンジ実験/緑膿菌は歴史的にどのようにヒト・人間社会に適応してきたか/牛由来の高病原性インフルエンザからのパンデミックの可能性

•Nature

1)感染症:Article
SARS-CoV-2ヒトチャレンジ試験で明らかになった局所および全身反応の感染動態(Human SARS-CoV-2 challenge uncovers local and systemic response dynamics
DOI: 10.1038/s41586-024-07575-x

 感染症関連の会議体に参加していると,ヒトチャレンジ試験(CHIM)(Link)に関する議論にしばしば遭遇する。COVID-19のワクチン開発では,このヒトチャレンジ試験が海外で行われ,早期の承認につながったとされている。もちろん,倫理的な問題は避けては通れない問題である。一方で,日本国内では様々な制約から現時点では実施は難しく,すでにヒトチャレンジ試験が進んでいる東南アジアの国々と連携して行おうとする動きもあるようだ。
 そのような状況の中で,本試験はSARS-CoV-2のヒトチャレンジ試験が英国を中心とする研究グループによって実施され,詳細な免疫学的解析がなされている。
SARS-CoV-2 Sタンパクに対して抗体が陰性の若年成人に,SARS-CoV-2野生株(SARS-CoV-2/human/GBR/484861/2020)を鼻腔内に接種するというヒトチャレンジ試験を行っている。併存疾患の影響を排除するために徹底的なスクリーニングにより,重症化のリスク因子を有する被検者が除外されている。感染によるリスク軽減と感染による生理学的関連性の解析を最大化するために,参加者には最低限のウイルス量(10 TCID50)で接種している。経過中,重篤な副作用はなく,すべての症状は参加者全員で最終的に消失した。
 本研究には16人が参加し,局所および全身の免疫反応がシングルセルレベルで解析されている。16人中6人の参加者が少なくとも2回連続でウイルス量が検出される「持続感染」(以降,「持続感染群」とする)を示し,3人は一時的に陽性となる「一時的な感染」(以降,「一時感染群」とする)に分類された。一方,7人は経過中PCRが陰性であった〔以降,「感染失敗群」(Abortive infection)とする〕。少ないウイルス量とはいえ,16人中7人が明らかなウイルスの増殖を認めなかったのは興味深い。
 各時点で,全血単核細胞(PBMC)および鼻咽頭スワブを収集し,scRNA-seq/TCRseq/BCRseqにより,202の細胞集団を同定し,その中には新たに特定された細胞集団が含まれている(Fig.1)。
 「持続感染群」では,接種部位において接種5日後から免疫細胞の浸潤が始まり,10日まで増加し続けていた。「一時感染群」では,感染初日に多量の免疫細胞浸潤が見られ,その後,減少し,10日目に二次的な小規模な浸潤が見られていた(Fig.1f)。「持続感染群」,「一時感染群」のいずれの群も自然免疫および獲得免疫の細胞が浸潤しており,その中でも,「持続感染群」では,自然免疫に関連する細胞集団(pDC,NK細胞,γδT細胞,MAIT細胞)の増加が迅速かつ多量であった。「一時感染群」でも,感染初日は自然免疫に関連する細胞集団が最も多かった。
 遺伝子発現解析を行うと「持続感染群」では,インターフェロン応答遺伝子群が主要な感染誘発性遺伝子発現クラスターを構成し(Fig. 2),特に,自然リンパ球(ILCs)や鼻咽頭のγδT細胞での発現が顕著であった。一方で,「一時感染群」,「感染失敗群」では「持続感染群」で認めていたようなインターフェロンシグナルの活性化は接種部位において認められなかった。
 SARS-CoV-2に対する初期免疫応答の解析を目的に,抗原提示細胞の解析にフォーカスしたところ,「持続感染群」の感染3日目においてcDC3細胞とミエロイド系細胞(複数の樹状細胞,マクロファージ,単球)が減少し,その後からミエロイド系細胞が増加してくる現象が見られた(Fig. 2b)。また,circulating inflammatory monocytes(循環炎症性単球)(IL1B,IL6,CXCL3 high)は「持続感染群」「一時感染群」「感染失敗群」のすべての群で有意な減少が観察された。
 TCR非依存的な活性化の指標であると報告されているMAIT細胞に関しても解析を進めている。MAIT細胞はclassical MAIT細胞とactivated MAIT細胞の2つのサブグループに分類される。「持続感染群」接種後3日目に血液中のMAIT細胞全体がほぼ完全に活性化された。この活性化の現象は「一時感染群」「感染失敗群」でも観察された。これらの観察結果からは著者らはMAIT細胞と炎症性単球の両方が,SARS-CoV-2感染に対する即時反応に重要な役割を果たす可能性があると指摘している。
 次にウイルスRNAを解析している。SARS-CoV-2のssRNAゲノムとその転写産物をウイルスRNAのマーカーとして解析し,「持続感染群」では5日目に感染がピークに達し,その後10〜14日目に急速に減少していた。鼻咽頭の免疫細胞と上皮細胞の両方でウイルスRNAを解析すると,予想に反して,ACE2もTMPRSS2も発現が欠如しているCD8陽性T細胞にSARS-CoV-2を多数検出した。これまでのin vitro/in vivoの研究から杯細胞と線毛細胞においてはウイルス増殖が認められていたが,T細胞とマクロファージ内ではウイルス増殖は認められないと報告されていた。粘膜に存在するCD8陽性 T細胞は非増殖的に感染するか,周囲の細胞からウイルス断片をCD8陽性 T細胞が捕捉する可能性が考えられた。
 次に上皮細胞の中でも,極めて高いウイルス量を示す線毛細胞のクラスターがあることを突き止めている。通常の感染細胞では,検出可能なウイルスRNAは10未満であるのに対し,平均して細胞あたり1000を超えるウイルスRNAを検出していた。この線毛細胞は感染細胞全体の4%に過ぎないがが,検出可能なウイルスRNA全体の67%を占めていた。この「過剰感染」している線毛細胞の性質は次の解析で一部,考察されている。
 遺伝子発現パターンと「過剰感染」のパターンから,線毛細胞を4つのクラスターに分類している(Ext Fig.5)。その中で,急性期反応(APR)の遺伝子シグネチャーに注目すると,通常量の「感染」が起こる線毛細胞はAPR遺伝子が活性化していたが,「過剰感染」した線毛細胞ではAPR遺伝子が活性化していなかった。また,このAPR遺伝子が活性化している線毛細胞では,SARS-CoV-2感染の有無にかかわらず,MHC class IIが発現していた。上皮細胞は通常,CD8陽性T細胞に抗原を提示するためにMHC class Iのみを発現するとされていたが,炎症やウイルス感染の際には上皮細胞でMHC class II発現が誘導され,MHC class II陽性上皮細胞はCD4陽性T細胞と共局在することが報告がされており,これらを支持するデータと考えられた。
 「一時感染群」「感染失敗群」ではPBMCと鼻咽頭においてHLA-DQA2の発現が高いことを見出ししている。HLA-DQA2は,多型性を有さないMHCクラスII分子であり,その機能は十分に解明されていない。また,著者らはHLA-DQA2の発現がCOVID-19軽症化と関連することを,臨床コホートを用いて示している。
 次に活性化T細胞を時系列で詳細に解析している。血液と鼻咽頭の両方で,活性化CD4陽性 T細胞およびCD8陽性 T細胞の大幅な増加が認められ,接種10日後にピークに達する。感染に応じて鼻咽頭と血液中の活性化T細胞は同一のTCR配列を持つことが確認され,同じクローン由来であることを確認している。この活性化T細胞TCR配列は「持続感染群」では活接種後7日以降に拡大するのに対し(Fig. 3g),「一時感染群」「感染失敗群」では拡大しない。活性化CD4陽性 T細胞は鼻咽頭でより長い期間検出され,接種後10日目には鼻咽頭常在T細胞全体の最大15%を占めていた。この鼻咽頭に常在する活性化CD4陽性T細胞は,通常NK細胞およびCD8陽性T細胞で発現するPRF1などの 細胞傷害性遺伝子を発現しており,従来,CD8陽性 T細胞が局所細胞傷害性反応の主要なエフェクター細胞であると理解されていたが,従来の報告とは違って,CD4陽性T細胞が局所エフェクターとして予想外の重要な役割を果たす可能性があることが示唆された。
 Cell2TCRというSARS-CoV-2を特異的に認識するBCRおよびTCRクローンタイプを同定する手法を用いて,「持続感染群」において20の活性化TCRクローンタイプと15の活性化BCRクローンタイプを同定している(Fig. 3h)。これらのクローンタイプは,接種後1週間後に出現し始め,接種後28日目まで検出可能であった。詳細な内容は十分に理解できない部分があったが,活性化T細胞クローンタイプのほとんどはORF1abを認識するものがほとんどで,膜特異的およびスパイクタンパク特異的TCRクローンタイプも同定している。
 最後に臨床症状と免疫反応の時系列を記述・解析している(Fig. 4e)。「持続感染群」においても最初の臨床症状は接種後4日目に初めて出現した。これは,このヒトチャレンジ試験で認めた最も初期の生体反応(線毛細胞におけるAPRのアップレギュレーション,MAIT細胞の活性化,炎症性単球の枯渇,血液中のインターフェロンシグナル活性化)は3日目に観察されており,これより遅いタイミングであった。
 体温上昇は接種後4日目にのみ有意に検出可能であり,この時点で鼻づまりや咽頭痛などの上気道症状も出現し始めた。その後,5日目に感染部位での全身免疫浸潤とインターフェロンシグナル伝達の活性化が起こっていた。8日目以降,「持続感染群」では1人を除いて全員の嗅覚が消失し,くしゃみと鼻づまりが悪化した。その後,10日目に感染細胞数が大幅に減少し,鼻咽頭に浸潤する免疫細胞の量がピークに達しており,この時点で,ほとんどの症状が消失していた。
 本論文はヒトチャレンジ試験の「記述的」な解析が多くを占めるが,ヒト免疫学を知るうえで非常に重要なデータセットであると考えられる。しかも,このデータセットはCOVID19CellAtlas(Link)に公開されているので,参照されたい。

•Science

1)感染症:Research Article 
緑膿菌の進化と宿主特異的適応(Evolution and host-specific adaptation of Pseudomonas aeruginosa
DOI: 10.1126/science.adi0908

 環境常在菌であるNTMはクローンとしては多様であるはずだが,実際のアブセッサス患者では,世界レベルである一定のクローン(dominant circulating clone:DCC)が流行しているという衝撃的な研究が数年前よりケンブリッジ大学のグループ(Link)から報告された(Link)。彼らは以前から,世界中の菌株を集めて,グローバルなスケールで抗酸菌の研究を進めていた。
 そのグループが中心となり,今度は緑膿菌に焦点を当てて,世界中の緑膿菌,そして1850年からの緑膿菌を収集し,緑膿菌がどのように人間社会に適応してきたかという,これまたスケールの大きな研究を展開している。
 著者らは2765人の患者から得られた9573株のヒト臨床検体を含む,合計9829株のヒト,動物,環境から分離された緑膿菌の世界的に分布するコレクションを収集し,解析している(Fig. 1A)。残念ながらここに日本の株は含まれていない。この中で,SNP距離に基づいて遺伝的に相関する596のクローンにグループ分けした上で,各クローンの感染患者数を層別化している(Fig. 1B)。この中で,世界で特に流行している21の‘epidemic’クローンを同定している。この‘epidemic’クローンは環境から検出される菌株よりも感染したヒトから有意に検出されており,実に全世界の全臨床緑膿菌株の51%を引き起こし,全世界に拡散していることが判明した。
 著者らは,100年以上前の緑膿菌株を有しており,Bayesian temporal reconstructionという手法によりepidemicクローンの歴史的起源を探索している。その結果,17世紀後半から20世紀後半の間に非同期的に出現したと推定され,しかも,1850年から2000年の間に少なくとも1回の大規模な拡大を経験したと推測された。ST235(緑膿菌では有名なクローンのようである)などの一部のクローンについては,南米から北米,ヨーロッパ,アジア,アフリカへと大陸間拡散したのに対し,ST17やST27などのクローンは,伝播がヨーロッパと北米の間に限られていることも明らかにしている。
 なぜ,一部の緑膿菌株がepidemicクローンになったかという命題を水平伝播による遺伝子獲得の観点から解析している。突然の大きな遺伝子変化により,進化適応度が急激に変化する現象としてsaltatory evolution(跳躍進化)が知られており,アブセッサス菌でもこの現象が報告されている。このような観点からepidemicクローンと散発的に見られる分離株(non-epidemicクローンとする)のアクセサリー遺伝子を比較したところ,epidemicクローンでは転写調節,イオン輸送,脂質代謝,タンパク質代謝に関わる遺伝子が著しく豊富になっており,一方,細菌防御と分泌に関わる遺伝子が著しく減少していた。
 epidemicクローンの中でも,ST146は,CF患者にのみ感染するのに対し,ST175やST309などの一部のクローンは,非CF患者にのみ感染を引き起こされることが知られていた。この宿主親和性が菌株に由来するのではないかという仮説を立て,CF患者由来の緑膿菌と非CF患者由来の緑膿菌を比較・解析している。バイオフィルム形成,シデロフォア産生,遊走能,収縮運動,gelatinase活性,caseinase活性は両群に差は認めなかった。しかし,高CF親和性クローン(ST27)の分離株ではマクロファージの細胞内生存・増幅が有意に増加していることを見出した(Fig. 2D)。RNAseqにより解析すると,DksA1の発現が関与していた。DksA1はH2O2に対する耐性を介してマウスマクロファージ内での緑膿菌の生存率の向上に関与する可能性が報告されていた。著者らはCF患者におけるepidemicクローンがDksA1発現レベルの上昇により,CFの先天的な免疫低下を利用し,マクロファージ内で複製することをヒトTHP-1細胞とゼブラフィッシュモデルを用いて示している。
 次に,緑膿菌のepidemicクローンが,患者内で何度も進化を繰り返しながら,どのようにヒト宿主に適応してきたかを理解するために,個々のクローンの経時的な変異履歴を調べたところ,5,641個の遺伝子のうち,偶然に予想されるよりも変異負荷の合計が大きかった224個の遺伝子が同定された。著者らはこの224個の遺伝子pathoadaptive遺伝子(病的適応遺伝子)と定義している。このpathoadaptive遺伝子は,他の遺伝子変異よりも非同義置換の割合が高く,かつ,主に機能喪失変異によって引き起こされていた。
 これまでに発表されたデータベース(主にSTRING)から,このpathoadaptive遺伝子をアノテーションしたところ,その多くがバイオフィルム形成,薬剤耐性,およびリポ多糖修飾など緑膿菌の病原性因子に関連していた。
 また,pathoadaptive遺伝子の有無で,CF患者由来株と非CF患者由来株を解析すると,両者は別のクラスターを形成し,CF患者由来株ではより多くのpathoadaptive遺伝子変異が蓄積されていた。つまりCFでの肺組織は他の疾患の肺組織と比較して異なる選択圧を持つ明確なニッチであることが示唆された(Fig. 4B)。しかも,STRINGデータベース等で解析すると,これらのクラスター内(CF患者由来株や非CF患者由来株)のpathoadaptive遺伝子群は,より有意・密接にタンパク質間相互作用を伴って相互に関連していた(Fig. 4C)。
 さらに,各宿主間・各宿主内で緑膿菌がどのように伝播・進化してきたかという観点で解析を進めている。具体的には,個々の患者内で測定された遺伝的多様性に基づいて算出される特定のSNP閾値(26 SNP)により伝播クラスターを再構築するという手法により,各患者間での伝播を解析している。この結果,CF患者からCF患者への伝播と非CF患者から非CF患者への伝播は認められたが,一方,CF患者から非CF患者への伝播はほとんど認められなかった(Fig. 5D)。つまり,epidemicクローンは宿主背景が異なる宿主間では伝播が稀である可能性が高いと考えられた。
 このスケールの大きい宿主・病原体研究はAASJ(Link)でも紹介されている。

•NEJM

1)感染症:Correspondence
鳥インフルエンザA(H5N1)ウイルスを含む牛乳-マウスにおける熱不活性化と感染性(Cow’s milk containing avian influenza A(H5N1) virus — Heat inactivation and infectivity in mice)
DOI: 10.1056/NEJMc2405495

 2024年3月,米国の乳牛で高病原性鳥インフルエンザウイルス(H5N1亜型)が検出され,このH5N1亜型が河岡先生らの研究グループによりなされている。
 2024年3月以降,米国の9つの州で乳牛においてH5N1鳥インフルエンザウイルスの感染例が報告された。ウイルスに感染した牛の乳汁中には実際にウイルスが排出されており,酪農場の作業員への感染例も報告されているようである。当然のことながら,熱処理を行っていない牛乳を介して鳥インフルエンザウイルスが他の動物へ感染が拡大する可能性が考え得る。
 そこで本研究では,牛乳の殺菌で使用される63°C 30分および72°C 15秒の条件で,鳥インフルエンザウイルスを含む牛乳を熱処理し,その後鶏卵および培養細胞に接種して感染性ウイルスを評価している。その結果,感染性ウイルス量は30000分の1以下にまで減少したものの,完全に感染性ウイルスを不活化することはできなかった(Fig. 1)。また,熱処理を行わない場合,牛乳中のウイルスは4°Cで5週間にわたり感染性を維持することも判明し,本感染経路による高病原性鳥インフルエンザウイルスの拡大に関して警鐘を鳴らしている。
 東京大学医科学研究所のプレスリリース(Link)からの発表されている。

今週の写真:100万ドルの夜景@函館
研究会の後に立ち寄った函館で,「100万ドルの夜景」を堪能。名探偵コナンの映画「100万ドルの五稜星」で,函館全体が盛り上がっていた。

(南宮湖)