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呼吸臨床
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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 287

公開日:2024.7.20




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義肢機能向上への残存筋求心性情報活用/変異IDHは自然免疫系をmethylationで回避/新規抗RSV抗体の臨床的意義は?

 関東・東海で梅雨明けが宣言された。
 この様子では東北南部も梅雨明けが早いか? すでに各地は異常に暑い。昨年の猛暑は後期高齢者にはキツかった。
 毎回のTJHに選ぶ論文には迷う。しかしどうしても自分が関心ある内容を選んでしまう。精読が自身の勉強になるからである。
 Nature系として選んだNature Medicine論文の残存筋群情報を用いる義肢である。道具とは通常は手に持つが,ここでは靴のように足に付ける。恐らく道具としての身体機能への取り込みを中枢で統合していると思われるが,fMRI解析などはなかった。一方,Science誌の変異IDH機能がmethylationを通して自然免疫系抑制に関与するとは,想像だにしなかった。

•Nat Med

1)Neurology/Robotics
バイオニック脚の継続的な神経制御により,切断後の生体模倣歩行が回復(Continuous neural control of a bionic limb restores biomimetic gait after amputation
DOI: 10.1038/s41591-024-02994-9

 今回は全く自分の領域とは違う論文を取り上げた。
 そもそもは,Nature Briefingsとして配信された,義足歩行の動画に驚いたことが始まりだ(動画リンク)。
 動画を見て明瞭なように,通常の義足と,本論文でいうAMI(agonist-antagonist myoneural interface)システム使用義歯の歩行の差があまりに大きいこと,その動きのスムーズさ,スピードに驚いた。米国Boston,MITのグループからの報告である。
 しかしどこまで論文をハッキングできるか?

 まずAMIのための手術が重要である。
 残存する主導筋と拮抗筋を外科的に連結し,切断後残存組織内で主導筋-拮抗筋の運動を再現する。実際には外側腓腹筋(GAS,gastrocnemius)が前脛骨筋(TA,tibial anterior)に連結され,義足の距骨下関節制御のための長腓骨筋が後腓骨筋に連結される(Fig.1)。

 これによりAMIは残存筋肉と腱に存在する生来の感覚器官を利用して,自由空間関節運動に対応する生体模倣求心性神経を生成することを目指すという。

 生体筋からのモニターは,GASとTAから筋電図(EMG)と,もう一つFasciaの張力情報(?)を超音波像イメージで補足するという(Extended data Fig.2)。
残念ながら,この部分が今一つよくわからない。

 全システムの全体像はExtended data Fig.1に示されている。その医学的部分,bやcは理解できる。しかし,その生体データをロボット工学として,足首義足に反映する。
Fig.1,eはそのプログラムとなるが,ここはとてもhackingできない。

 しかし結果は明白で:
 Fig.2には,biomimetic walking
 Fig.3には,そのシステムによる坂道,階段の登上,降下
 Fig.4には,同じく障害物の乗り越え
 Fig.5には,以上の動きのエネルギー解析による参加者個々の値が数理解析され,PCAでスコア化が示されている。

 この研究には実は2018年の先行研究がある(リンク)。
 その論文のFig.5には明らかに脚の局所のみならず,中枢系である大脳皮質運動野,同感覚野をafferent,efferentのシグナルが回る概念が示されている。

 ビデオ動画にみるような効果は,サーボ機構などのroboticsのアルゴリズムだけでは達成不可能と理解する。しかしこの脳によるAMIシステムへの関与の解析が充分示されていない。

 本論文はon goingな臨床試験の一環である(NCT03913273)。
 また単なる歩行のみならず,坂道,階段,さらには障害物乗り越えなどの成績が示されている。少し考えても,坂道,階段などは,通常歩行の場合以上に,全身の筋肉の連携が必要である。片足で障害物を乗り越える動作など,膝関節とともに股関節の関与も想像される。
 すなわちこのAMIシステム全体を考えると,どこかに道具脳としての統合システムの存在が疑われる。

 こうした道具使用の運動システムは,現在,fMRIを使って頭頂葉左側などの統合中枢が議論されている(リンク)。
 このAMI義足システムは,こうした意味で医学の新規領域になるだろうことはほぼ間違いないと思われる。そのために,fMRIを使ったさらなる脳内の機能データが待たれるところである。

•Science

1)Cancer immunology
変異IDH1阻害はdsDNA感知を誘導し,腫瘍免疫を活性化する(Mutant IDH1 inhibition induces dsDNA sensing to activate tumor immunity
DOI: 10.1126/science.adl6173

 TCAサイクルは生化学試験のトラウマを思い出す。本論文はしかしそのTCAサイクルの酵素IDH1(isocitrate dehydrogenase 1)の変異が関与する。ある種の腫瘍でIDH1変異頻度が高いということは知っていた。論文に紹介してあるものでも,intrahepatic cholangiocarcinoma(ICC)で約27%,low grade glioma(LGG)で80%以上,急性骨髄性白血病(AML)で約12%,chondrosarcomaで約40%である。

 本論文では,その変異は単にTCAサイクルやエネルギー代謝の関連でなく,mIDH1酵素反応産物であるR-2HG((R)-2-hydroglutarate)(Wiki)がTET2(Tet methylcytosine dioxygenase 2,Tet: ten-eleven translocation,TETは呼吸器ではあまり馴染みはないがwikiで関連を2点リンク(リンク1リンク2:老婆親切ながら斜め読みにはGoogle翻訳を)を阻害する。
 TETそのものは脱メチル化に関与し,生物学的には初期胚発生,配偶子形成,それ以外に学習と記憶など神経系でも機能が明らかになっている。TET2はゲノム中のtransposable elements(TE)の脱メチル化にも関与し,それが正常ではTE由来dsDNA形成を介してcGAS-STING系につながり,自然免疫としてのIFN系遺伝子を活性化する。
 逆にR-2HGはTET2を阻害するので,これら自然免疫系がhypermethylation状態となり,腫瘍組織が免疫監視系からのエスケープの一因になる。

 簡単にいうと(なお複雑であるが),以上の壮大な系を精緻に解析したものが本論文である。
 米国MGHのグループを中心とする研究である。
 実際には既に一部開発されているmIDH1阻害薬(ここではAG 120,ivosidenib,Wiki)を使いながら解明してゆく。なおPerspectivesに紹介がありその,あるいはResearch article summaryのがわかりやすい。

 さて以下論文内容をざっと紹介する。
1)mIDH1阻害薬は抗ウイルス反応とType I IFNンシグナルを誘発する
 彼らはCKIR132Cという遺伝子改変マウス(albumin-Cre: KrasG12D, Idh1R132C)のICCモデルで既報(リンク)のように,AG 120を使うとCD8T細胞やIFN関連遺伝子が活性化する事実を示している。Fig.1ではこれを再現し,AG 120使用後3日から効果が発現する。

2)mIDH1阻害薬は内在性のゲノム内レトロウイルス発現を誘発する
 次にType I IFNはDNA損傷やゲノム内transposable elements(TE)により活性化されるので,CKIR132CマウスモデルでSINE,LINE,ERV1,ERVK等の発現がAG 120下に亢進し,かつdemethylationを受けていることがFig.2に示される。

3)mIDH1阻害により,内在レトロウィルスRT(reverse transcriptase)が作動し,これがdsDNAを産生し,これを感知してcGAS-STING系が活性化される。
 これらの概念はわかりやすいようにFig.3,A,D,Eなどの漫画で示されている。実際に dsDNAやCD8α,PanCKなどの染色で示されている。

4)cGASはエピジェネティックにmIDH1陽性腫瘍で発現抑制されている
 Fig. 4,CではcGASやそのプロモーター領域がメチル化され,それがAG 120で脱メチル化されると共に,内在性レトロウイルス由来のERVKなどもその発現が増大する。

5)cGAS発現はヒトICCやグリオーマのmIDH1により抑制されている
 Fig. 5ではTCGA(The Cancer Genome Atlas Program)などの癌データベースの既存データを用いて,cGASの発現抑制やmethylationの実際が示されている。

6)ヒトICC,グリオーマにおいても内在性レトロウイルスのRT/dsDNAがIFNシグナルに関与する
 Fig.6ではヒトICCやグリオーマの細胞株を使って,マウスとは違うヒトレトロウイルスLINE,LTRの発現がAG 120で増加することが示され,dsDNAも染められている。

 以上,多くの固形腫瘍で見られるIDHの変異が,R-2 HGというTET2阻害により,自然免疫システムをhypermethylationにして抑制するという腫瘍免疫回避が示された。
 今後ICCやグリオーマでは,mIDH1阻害薬とICIの併用による治療成績の向上が期待される。

 改めて思うのは,抗腫瘍機構としての自然免疫,IFN系の重みである。
 ここではcGAS-STING系へのmethylationによる発現抑制が示され,注目される。一方最近のTJH#284ではJAK阻害薬が,同様にIFN系を活性化し,CD8のexhaustを改善する論文が紹介された。
 獲得免疫に対するICI抗体治療と,これを下支えする自然免疫系賦活の両輪が,次のがん治療成績向上を期待させる。

・NEJM

1)感染症
ニルセビマブとRSウイルス細気管支炎の入院(Nirsevimab and hospitalization for RSV bronchiolitis
DOI: 10.1056/NEJMoa2314885

 成人呼吸器疾患としては馴染みの薄いRSV(respiratory syncytial virus)であるが,ワクチン開発,新規抗体製剤と話題になっている。
 NEJM論文を機に,RSVに関して少し事実関係を確かめてみることにした。

 一般にアクセスできて,よく書いてあるのが,結局英語版Wikipedia(ただし文献はMS Copilotへの質問で返答されてくるレベルも多い。例によりGoogle翻訳で斜め読み)。
・RSVは一本鎖(-)のRNAウイルスで,ゲノムサイズは15K,11種の蛋白をコードする10個の遺伝子からなる。抗体産生のエピトープとなるF蛋白質がsyncytial形成に関与する。
・1956年,チンパンジー集団感染で発見,すぐ人での感染も見出された。
・問題は小児期感染で,低・中所得国の幼児感染が課題である。
・1960年代のワクチン開発は悲劇的なもので遅れ,結局2023年5月FDAがArexy(GSK)とAbrysvo(ファイザー)を承認した。また2024年5月にはmRNAワクチンMresviaが承認された。
・F蛋白をエピトープとするmonoclonal抗体Palivizumabは,1998年承認,以降実際に使用されてきている。

 今回のNirsevimabはSanofi/AstraZenecaの開発で,同じくF蛋白をエピトープとするモノクローナル抗体であるが,Fc領域を改変する技術により,抗体半減期を延長したのが特徴である。2022年秋にEU,2023年7月にFDAでも承認。

 さて本論文はフランスINSERM,国立衛生医学研究所を中心とするグループの報告である。Nirsevimab市販後リアル・ワールドでの臨床成績として,2023年10月から12月の2ヶ月間に,12ヶ月未満の乳児でRSV感染ポジティブの690例と,年齢をマッチさせた乳児345例での比較が報告われた。結果はFig. 2のように明瞭なeffectivenessがNirsevimabに認められた。

 従って問題は,ハイリスク児の現在のRSウイルスへの治療法の価格比較である。これは2024年7月12日の週刊日経メディカルのが参考となる。現実解はどこにあるのか?ハイリスク老人への予防使用としても,現実解は今後どうなるのか?


今週の写真:宮城県立図書館駐車場で見つけた,左右対称巻きのネジバナ
左巻き:右巻きの頻度は1:1という(こうした写真あるいは話題は5年前より,脳トレも兼ねてTwitter/Xで以下のように発信中:リンク)。

(貫和敏博)