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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 289

公開日:2024.8.1




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癌免疫療法の効果を阻害する新たなCD4陽性T細胞/グルカゴン様ペプチド-1GLP-1)受容体作動薬による満腹感誘導のメカニズム/代謝障害関連脂肪肝炎/肝線維化に対するGLP-1受容体作動薬の有効性

•Nature

1)腫瘍免疫学

ネオ抗原特異的な細胞傷害性Tr1 CD4 T細胞は癌免疫療法を抑制する(Neoantigen-specific cytotoxic Tr1 CD4 T cells suppress cancer immunotherapy

DOI: 10.1038/s41586-024-07752-y

 CD4陽性T細胞には,腫瘍免疫を増強するサブセットと抑制するサブセットが存在し,後者の主体はFOXP3陽性の制御性T細胞(Treg)であることが以前から知られているが,Treg以外の別のCD4陽性T細胞にも腫瘍免疫を阻害するサブセットが存在することが示唆されている。しかし,その性質や機能は不明であった。今回米国ワシントン大学のグループは,MHCクラスI(MHC-I)に提示される腫瘍由来の非自己抗原=ネオ抗原(neoAgs)と,用量の異なる腫瘍由来MHC-IIネオ抗原を含むワクチンを用いて,抗腫瘍免疫の誘導を比較したところ,MHC-IIネオ抗原ペプチドの低用量ワクチン(LDVax)が抗腫瘍応答を促進するのに対し,MHC-IIネオ抗原ペプチドの高用量ワクチン(HDVax)は抗腫瘍応答を阻害することを見出した。このHDVaxによって誘導される抑制性CD4陽性T細胞はTregとは異なり,IL-10・グランザイムB・パーフォリン・CCL5・LILRB4の発現を特徴とする1型制御性T(Tr1)細胞として同定された。
 著者らは,まずMHC-Iネオ抗原ワクチンの量を固定し,MHC-IIネオ抗原ペプチドを様々な用量で混合するワクチン接種を実施した場合に抗腫瘍効果を比較した。その効果は用量依存的に増加すると想定されたが,実際はBell-shapeを示した(一定量でピークを迎えた)。そして,ある一定用量以上の高用量のワクチンHDVaxによる抗腫瘍応答の抑制は,抗CTLA-4抗体によってキャンセルできることがわかった(Fig. 1)。次に,MHC-IIネオ抗原ペプチドが腫瘍特異的であるか確認した。抗腫瘍効果の抑制は,摂取した腫瘍に由来するMHC-IIネオ抗原ペプチドを高用量接種=HDVaxしたときのみに生じることがわかった。さらにHDVaxした際の腫瘍特異的CD4T細胞ではIL-2の産生が抑制されるだけでなく,IL-10・TGFβ・IL-5などのサイトカインはむしろ多く産生する特徴を示した(Fig. 2)HDVaxによって誘導される抑制機能を保有するCD4陽性T細胞についてシングルセルRNAシークエンスを行い,より詳細な解析を実施したところ,低用量接種=LDVaxと比較して,HDVaxで誘導される抑制性CD4陽性T細胞は,Ccl3Ccl4Ccl5GzmbSema4aLilrb4の発現が高いクラスターを特徴とし,ヒトで報告されているTr1細胞の特徴とオーバーラップする性質を示すことがわかった(Fig. 3)。
 抑制性CD4陽性T細胞=Tr1細胞に対する治療戦略として,抗LILRB4抗体を投与したところ,HDVaxによって誘導される抗腫瘍応答の抑制は部分的に解除され,腫瘍特異的CD4陽性T細胞のIL-2産生が改善する一方,GZMBやCCL5の産生は抑制された。またCD8-IL-2 mutein(リンク)を投与した場合にも,抗腫瘍応答の抑制が部分的に解除された(Fig. 4)。最後に,腫瘍特異的Tr1細胞を誘導するために不可欠な細胞集団としてcDC2の存在を明らかにしている。その一方,腫瘍内ではcDC1は減少することから,HDVaxによって誘導される抑制性CD4陽性Tr1細胞は,MHC-II陽性cDC1を死滅させていることを明らかにした。その治療法として,抗LILRB4抗体を用いた抑制性Tr1細胞の阻害が有用であることを改めて示している。
 今回,制御性T細胞以外にもCD4陽性T細胞のサブセットとして,抗原刺激の条件によっては,抑制活性の強い腫瘍特異的Tr1細胞が誘導されることを明らかにするとともに,それを制御することによって免疫療法の効果を改善できる可能性が示唆された。

•Science

1)神経科学

GLP-1はマウスとヒトで視床下部回路を介して食前の満腹感を高める(GLP-1 increases preingestive satiation via hypothalamic circuits in mice and humans

DOI: 10.1126/science.adj2537

 満腹感は食物の摂取によって生じる以外にも,思考・食物に関する感覚刺激などの認知的な要因によって実際に摂取しなくても誘発されることは,誰にも経験があることかと思うが,その神経科学的なシグナルネットワークに関する詳細な機構は不明であった。最近,肥満抑制の効果で注目されているグルカゴン様ペプチド-1(GLP-1)受容体作動薬については,GLP-1による薬理作用として複数の報告がなされているものの(リンク),中枢に対する作用として,まさに食物に対する認知の変化に関連した作用が注目されている。今回韓国ソウル大学のグループは,この薬剤の中枢に対する作用機序として,視床下部背内側核(dorsomedial hypothalamic nucleus:DMH)のGLP-1受容体を介して起こるGLP-1依存的神経シグナルが,摂食前の満腹感を誘導することを明らかにしている。後脳の背側迷走神経に対する影響を評価した論文が最近Natureにも報告されており,GLP-1に複数の標的が存在しうることをあらかじめ記載する(Natureの報告に関しては,AASJを参照されたい)。
 はじめに,臨床試験を実施し,GLP-1R作動薬を摂取した群と摂取しない群で,満腹感に関して(i)ベースライン期(食物が提示される前),(ii)摂食前期(食物が提示された後,食べる前),(iii)摂食期(食べた後)でアンケートを行った。GLP-1R作動薬投与群では,満腹に関する指数が試験全体を通じて一貫して未治療群より上昇した(Fig. 1)。さらに,摂食前の満腹感を制御する脳の部位を明らかにするために,満腹と空腹に不可欠な弓状核(ARC:リンク)の神経ペプチドY(neuropeptide Y:NPY)とアグーチ関連ペプチドニューロン(agrouti-related peptide:AgRP)(ARCNPY/ AgRPニューロン)に焦点をあてた。GLP-1およびGLP-1R作動薬は,上流のγ-アミノ酪酸放出性(GABA作動性)ニューロンを介してARCNPY/AgRPニューロンを抑制することが報告されているが,今回はじめて,ヒトとマウスの脳のDMHにGLP-1Rの発現を確認するとともに(DMHGLP-1R),さらに,DMHGLP-1RニューロンがARCNPY/AgRPニューロンの上流制御因子として働くことを明らかにした(Fig. 1)。
 次に,摂食しているマウスのDMHGLP-1Rニューロンを光遺伝学的に阻害したところ,摂食時間と摂食回数が共に増加することを見出した。その後,絶食のマウスでも同様に阻害したところ,接食時間は増加し,回数は減少した。逆に,高脂肪食を摂取しているマウスのDMHGLP-1Rニューロンを活性化したところ,すぐに摂食を中断することがわかった(Fig. 2)以上から,DMHGLP-1Rニューロンが満腹感の誘導に不可欠であることが示された。さらにマウスの摂食前後におけるDMHGLP-1Rニューロンの役割に関して,ファイバーフォトメトリー法(Fiber photometry)という技術を用いて(リンク),いくつかの神経学的な行動実験を行っている。その結果,DMHGLP-1Rニューロンは,摂食前期(餌のある方向へ進む時や,餌の合図をする時など,実際に摂食する前)にも摂食期にも活性化されること,摂食自体が終わると不活性化することを明らかにした(Fig. 3)。さらに,マイクロ内視鏡を用いてDMHGLP-1Rニューロンの個々の神経活動を調べている。同様の行動実験を実施したところ,2つの異なる神経集団の活性化が観察され,それぞれが摂食前期(餌の探索開始から摂食開始まで)または摂食期(摂食開始から摂食終了まで)のいずれかに反応していた(Fig. 3S)。
 次に,ヒトではGLP-1R作動薬を注射すると食前満腹感が増加することから,マウスでも同様の効果が再現できるか検討した。Fiber photometryでDMHGLP-1Rの神経活動を記録したところ,GLP-1R作動薬を注射すると,摂食までにかかる時間が増加した。さらに,GLP-1R作動薬投与後,摂食前期では,摂食直前に神経活動の亢進を認めるとともに,その活動の亢進は摂食期でも持続した。いずれの検討でも,GLP-1R作動薬によるDMHGLP-1Rの神経活動増強は明らかであり,ピークも増加した。最終的に,DMHGLP-1Rニューロンの阻害によって,GLP-1R作動薬の摂食前期の満腹感誘導が阻害されることを示した(Fig. 4)。
 最終的な結論を得るための実験として,チャネルロドプシン支援回路マッピング(CRACM)(リンク)という方法を用いて,DMHGLP-1Rニューロンが,摂食中枢である弓状核のARCNPY/AgRPニューロンと実際にシナプス結合しているかどうかを調べたところ,DMHGLP-1Rニューロンの活性化がARCNPY/AgRPニューロンを直接阻害することを確認した。さらに,GLP-1R作動薬を投与すると,コントロールマウスでは摂食量と体重が抑制される一方,DMHGLP-1Rニューロンを阻害したり,ARCNPY/AgRPニューロンを活性化したり,DMHでGLP-1Rを欠失させたりすることによって,GLP-1R作動薬の効果は減少することを証明した。
 以上から,GLP-1R作動薬が視床下部背内側のGLP-1Rを介して,ARCNPY/AgRPニューロンを直接阻害し,食前満腹感の誘導に寄与することを明らかにしている。今回NEJMでは2種類のGLP-1R作動薬が代謝障害関連脂肪肝炎に対して有効である可能性が示されている。薬剤による血糖や脂質などの直接的なコントロールという戦略に加えて,摂食という生活習慣そのものを制御する治療戦略の発展が期待される。

•NEJM

1)GLP-1R作動薬
 2023年まで非アルコール性脂肪性肝疾患(non-alcoholic fatty liver disease:NAFLD)や非アルコール性脂肪肝炎(non-alcoholic steatohepatitis:NASH)と呼ばれていた疾患は,現在は脂肪性肝疾患をsteatotic liver disease(SLD)と総称し,メタボリック症候群の基準の一部を満たす場合に限定して,metabolic dysfunction associated steatotic liver disease(MASLD),metabolic dysfunction associated steatohepatitis(MASH)と呼ばれるようになっている。代謝障害関連脂肪肝炎(MASH)は,慢性炎症として進行する線維化をはじめとする肝関連合併症および死亡と関連する進行性肝疾患である。今回,線維化を伴う代謝障害関連脂肪肝炎に対して,糖尿病治療薬+痩せの作用で話題になったGLP-1R作動薬の第2相試験が2つ掲載されているので紹介する。いずれもQuick takeをまずは見ていただくとわかりやすいと思う。

 ① https://www.nejm.org/do/10.1056/NEJMdo007574/full/
 ② https://www.nejm.org/do/10.1056/NEJMdo007576/full/

 GLP-1R作動薬の臨床試験などについてはこれまでもTJHで繰り返し取り上げてきた(no.138,250,277)。そちらも併せて参照いただきたい。

① 肝線維化を伴う代謝障害関連脂肪肝炎に対するチルゼパチド(Tirzepatide for metabolic dysfunction–associated steatohepatitis with liver fibrosis

DOI: 10.1056/NEJMoa2401943

 1つ目の臨床試験(イーライリリー・SYNERGY-NASH試験)で使用された薬剤は,GLP-1Rとグルコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド(GIP)受容体を同時に刺激する作用があるチルゼパチドで,本邦でもマンジャロとして痩せの作用で話題になった薬剤(リンク,某クリニックのHPがわかりやすったので追加リンク )。対象は,MASHを有し,肝線維化がF2(中等度)またはF3(高度)の患者。GIP/GLP-1の受容体に作動するチルゼパチドの有効性と安全性を評価した第2相用量設定多施設共同二重盲検無作為化プラセボ対照試験(リンク)。チルゼパチド(5/10/15mgのいずれか)を週1回52週間皮下投与する群とプラセボを投与する群に無作為に割り付けられ,プライマリーエンドポイントは,52週時点での肝線維化の進行を伴わないMASHの消失。副次的なエンドポイントとしては,MASHの増悪を伴わない肝線維化ステージの1以上の低下などを評価した。
 参加した190例のうち157例で52週での肝生検が評価できた。プライマリーエンドポイント(肝線維化の進行を伴わないMASH消失)を満たした割合は,プラセボ群10%に対してチルゼパチド5mg群44%(95%CI 17~50),10mg群56%(95%CI 29~62),15mg群62%(95%CI 37~69)であった(いずれもプラセボと比較してp<0.001)。MASHの増悪を伴わない肝線維化ステージの1以上の改善を達成した割合は,プラセボ群30%,5mg群55%,10mg群51%,15mg群51%であった。治療群で特に頻度の高かった有害事象は消化器系事象であり,大部分が軽度または中等度であった。以上から,中等度または高度の線維化を伴うMASH患者に対して,チルゼパチド52週間投与は肝線維化の進行を伴わないMASH消失に関してプラセボよりも有効であった。次のステップとして,より大規模かつ長期の試験が必要である。


② MASHおよび肝線維化に対するスルボデュチドの第2相無作為化試験(A phase 2 randomized trial of survodutide in MASH and fibrosis

DOI: 10.1056/NEJMoa2401755

 2つ目の臨床試験(ベーリンガー・1404-0043 試験)で使用された薬剤は,GLP-1受容体の刺激作用に加えて,グルカゴン受容体を刺激する作用を有するスルボデュチド(リンク)。対象は,MASHを有し,肝線維化ステージF1~F3の患者。スルボデュチド(2.4/4.8/6.0mgのいずれか)を週1回48週間皮下投与する群とプラセボを投与する群に無作為に割り付けられ,24週間の急速用量漸増期と,その後の24週間の用量維持期の2期間で構成された。プライマリーエンドポイントは,肝線維化の進行を伴わないMASHの組織学的改善,副次的エンドポイントは,肝脂肪量の30%以上の減少,肝線維化ステージの1以上の低下などを評価した。
 293例がスルボデュチドまたはプラセボの投与を1回以上受けた。肝線維化の進行を伴わないMASHの改善は,プラセボ群では14%,スルボデュチド2.4mg群で47%,4.8mg群で62%,6.0mg群で43%であった。肝脂肪量の30%以上の減少は,プラセボ群では14%,スルボデュチド2.4mg群63%,4.8mg群67%,6.0mg群57%であった。肝線維化ステージの1段階以上の改善は,プラセボ群22%,2.4mg群34%,4.8mg群36%,6.0mg群34%であった。スルボデュチド群において,プラセボ群よりも発現頻度が高かった有害事象は,悪心・下痢・嘔吐などであった。以上から,こちらも第3相試験の結果が待たれるという結論である。
 MASHの段階で線維化を抑制することで発癌抑制や予後改善が見込める可能性が高く,肝疾患の根本的な治癒が期待される。


今週の写真:羊雲。淡路島にて


(小山正平)