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呼吸臨床
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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 293

公開日:2024.9.5




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プラセボ鎮痛の神経メカニズム/近未来のスマートマスク/途上国における未就学児の死亡を防ぐアジスロマイシンの配布

•Nature

1)神経科学:Article
プラセボ効果による疼痛緩和の神経回路基盤(Neural circuit basis of placebo pain relief
DOI: 10.1038/s41586-024-07816-z

 「プラセボ効果」,日常臨床で何度となく使う用語であり,実際にその効果を期待して臨床を行うことも様々な場面で遭遇する。動物モデルにおいても効果を期待することで実際に効果を認めることが示されているようで,この効果が科学的なものであることがわかる。では,「プラセボ効果の機序は?」と聞かれても明確に答えることができるだろうか? 今回紹介する論文ではプラセボ鎮痛に関して関与する神経回路の1つを同定したことを,米国ノースカロライナ大学のグループが報告している。

 既知の事実として期待が痛みの認識に大きな影響を与えることが知られている。特にプラセボ鎮痛は,患者が治療や薬が効くと信じることで,実際には無効な治療であっても痛みが軽減される現象である。今回の登場人物たちの背景を記載しておく。

 前帯状回皮質(rACC):情動処理や痛み知覚,期待感,注意制御などに関与する脳領域であり,痛みの情動的側面「痛みが不快である」といった感情を処理することから,プラセボ鎮痛において重要な役割を果たすと考えられている。過去の画像モダリティを用いた研究でプラセボ鎮痛に関与することが示されている。

 橋核(Pn):脳幹の一部であり痛みの調整において重要な役割を果たす。またrACCのような上位脳と延髄のような下位脳の中継点として機能する。様々なニューロンが存在し,特にオピオイド受容体を持つニューロンが多い。

 この2つの機能から情動と疼痛反応を調節する経路が存在する可能性が仮説として挙げられた。

 実際の検討である。まず,7日間の条件付けを行うマウスモデルを構築している(Fig. 1)。プラセボ鎮痛を誘導するために,day3までは環境に慣れされるフェーズ,以後day6までが条件付け(2つの居室の片方の床を48度まで上昇させる)フェーズであり,day7で行動パターンと脳活動を測定している。条件付けされたマウスでは,痛みの軽減を期待する居室でより多くの時間を過ごし,痛みの反応であるなめる,立ち上がる,ジャンプする等の行動が減少しており,プラセボ鎮痛がみられることが確認された。さらにこの際にTRAP(targeted recombination in active populations,Open accessでFig.1のコンストラクトを参照:リンク)と呼ばれる遺伝学的手法を用いて,神経細胞が活動した後に発現するFos遺伝子の発現をfollowすることより,活性化する神経回路がrACCからPnであることを同定している(Fig. 1g〜k)。これを踏まえ,より詳細な神経回路活性の解析が進められている。直接的にrACCからPnへ投射するニューロンの活動をカルシウムイメージングでリアルタイムに観察し,プラセボ鎮痛が引き起こされた際に同経路の活動が著しく増加し,特に期待される痛み軽減のタイミングで強くなることをFig. 2で示し,さらにその経路を光遺伝学の手法でon-offできるように改変したマウスを用いることにより,経路抑制時にはプラセボ鎮痛効果が低下し,活性化させた際には痛みが軽減されることが確認された(Fig. 3)。
 以上より,rACC-Pnの経路がプラセボ鎮痛に重要な回路であることは明らかになったが,このプラセボにより生じる効果は「学習」と関わること,また近年小脳が痛みの調節と学習・期待に関連したプロセスに重要や役割を果たすことが言われていることから,Pnニューロン自体の特性と小脳への投射経路についてscRNA-seqとカルシウムイメージングでの検討が行われている。結果としてPnニューロンはオピオイド受容体を発現すること,小脳のプルキンエ細胞(小脳の出力を担う主要なニューロン,運動調節や感覚情報の統合に役割を果たす)へ投射すること,プラセボ鎮痛の際に小脳の神経活動が関わることが示された(Fig. 4)。

 このようにプラセボ効果の中でもプラセボ鎮痛に関わる神経回路が同定され,「気のせい」などと片付けられていた事象に科学的裏付けがなされたことになる。News & Viewsにも解説があり参考となる。呼吸器分野では鎮咳薬の薬剤開発はとても難しく二重盲検で行った場合にプラセボとの差が出にくいことが知られている。最近上市された某鎮咳薬もその承認時の比較データではプラセボがあまりにも効いていることに驚いたが,その背景にもこういった神経科学が隠れているのかと少しワクワクした。

•Science

1)医工学:Research Article
呼気凝縮液の収集と解析を行うスマートマスク(A smart mask for exhaled breath condensate harvesting and analysis
DOI: 10.1126/science.adn6471

 Exhaled breath condensate(EBC:呼気凝縮液)であるが,その昔のアレルギー学会などで,喘息症例の呼気凝縮液を収集してプロスタグランジンなどの関連分子の測定を行った発表があったことなどを思い出す。EBCには個人の健康状態に関する多様な情報が含まれていることは,単一の分子(NOやアンモニア分子など)での検討からは明らかである。その際たるものとしては呼気アルコール検査がおなじみであろう。実際,古くから呼吸器関連疾患のモニタリングとしての可能性が議論されてきたが,その収集の煩雑さから臨床現場での実用化には至っていない。今回紹介する研究はカリフォルニア工科大学からであり,持続的にEBC情報をモニタリングできる“スマートマスク”なるウェアラブルデバイスを開発した報告である。この研究の背景としては,近年のウェアラブルバイオセンサー開発の進展があり,実際に汗,唾液,間質液などのバイオマーカーの連続的かつワイヤレスなモニタリングが可能となっている。
 スマートマスクで表されるウェアラブルバイオセンサーはEBcareと名付けられたデバイスであり,連続的な呼気凝縮,EBCの自動捕捉と輸送,リアルタイムのバイオマーカー解析が可能となっている。Fig. 1にEBcareの全体的な構造として,呼気凝縮を担う蒸発冷却・放射冷却システム,EBCの収集輸送を担うマイクロ流体モジュール,バイオマーカー解析を担う電気化学センサーアレイが組み込まれていることが示されており,各システムの信頼性と頑健性がFig. 2Fig. 3Fig. 4で詳細に解説されている。
 私達が臨床の現場として最も気になるデータはFig. 5である。EBcareを被験者に着用させた際の実際のデータの紹介である。健康な被験者を対象とした1日の活動中のデータ取集では,食事や運動,飲酒や睡眠などの異なる活動に応じたバイオマーカーの変動が観察された(Fig. 5A,C)。また,EBC中のNH4+濃度とBUN濃度の強い相関が確認され(Fig. 5D,E),腎疾患などの管理への応用可能性なども考えられた。呼吸器疾患においては,COPDや喘息例においてNO2-濃度の上昇,呼気中FeNOとの強い相関が確認されている(Fig. 5F〜L)。

 論文中には現時点での実コストとしてリユース可能なシステムのコストが40ドル程度,ディスポーザブルな製品がそれぞれ0.6ドル程度との記載もあり臨床応用に現実的な金額であろう。既知のEBC中バイオマーカーに関してはすぐにでも応用が可能であり,かつ研究目的にも網羅的なアレイシステムをセンサーとして用意できれば,様々な疾患で新たなバイオマーカーが見出されてくることも期待される報告である。

•NEJM

1)感染症:Original Article
死亡率を低下させるためのアジスロマイシン―適応型クラスター無作為化試験(Azithromycin to reduce mortality — An adaptive cluster-randomized trial
DOI: 10.1056/NEJMoa2312093

 サハラ以南のアフリカでの5歳未満の子供の死亡率は2020年時点で,74人/1000人であり,欧州や北米の14倍となっている。その死因には肺炎,下痢,マラリアなどの感染症が大きな割合を占めている。その対策として2018年には同地域の未就学児にアジスロマイシン(AZM)を年2回投与する二重盲検試験の結果が報告され,有意に死亡率を低下させることが報告された(NEJM2018)。しかしながら,投与の結果として耐性菌拡大の可能性も明らかになっている(NEJM2020)。そういったエビデンスからWHOは薬剤耐性を防ぐ目的に投与を乳児のみに制限するように勧告したが,年齢範囲を狭くした際のエビデンスがなかったことから,今回プラセボを用いた無作為化試験が行われた。こちらのサマリーがわかりやすい。AZMがこの施策に選択された背景としては,同地域でいまだ流行のあるトラコーマによる失明を減少させるために選択された薬剤としてAZMの実績があり,また死亡率に寄与する感染症を広くカバーするスペクトラムを持つ可能性による。
 ニジェールにおいて,集落を生後1~59カ月の小児にAZMを年2回投与する群(小児AZM群),生後1~11カ月の乳児に年2回投与し,以後59カ月までにはプラセボを投与する群(乳児AZM群),生後1~59カ月の小児にプラセボを投与する群(プラセボ群)のいずれかに無作為に割り付けた。主要評価項目は集落における1,000人年あたりの死亡数とし,群間でペアワイズ比較が行われた。
 合計で小児382,586人において5,503例の死亡が記録された。主要評価項目は図2図3にあるが,死亡は小児AZM群 vs.プラセボ群で11.9/1000人年(95%CI 11.3~12.6)vs. 13.9/1000人年(95%CI 13.0~14.8)であり,14%の死亡率低下(95%CI 7〜22,p<0.001)であった。また,生後1~11カ月の乳児における死亡率は乳児AZM群ではプラセボ群との間で有意差を認めなかった。重篤な有害事象は5件報告されたが各群での差はなかった。以上の結果から,乳児期のみにAZMを投与するより就学までかけて投与する方が有効であると結論づけられた。

今週の写真:くまだっ!!
夏休み中の東北地方の某地域でのヒトコマです。熊……,道端にいました。
ちなみに,九州には野生の熊はいません。熊本にもです。

(坂上拓郎)