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呼吸臨床
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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 295

公開日:2024.9.27




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RASの発現量が細胞老化か癌化へ影響/汎KRAS変異標的分解治療/長期酸素療法は1日15時間で十分か

•Nature

1)細胞生物学
RASの発現量設定は細胞老化状態を変化させ,腫瘍イニシエーションに影響を及ぼす(Titration of RAS alters senescent state and influences tumour initiation
DOI: 10.1038/s41586-024-07797-z

 もともとはラットの肉腫ウイルス(Rat sarcoma virus)から発見されて名付けられたras遺伝子は,KRASNRASなど,その異常ががん化に関連するがん原遺伝子として有名である。RASタンパク質は低分子GTP結合タンパク質の一種で転写や細胞増殖や細胞死抑制など様々な生物現象に関与している(Rasタンパク質:Wiki)。
細胞老化は細胞が分裂を停止し細胞周期から抜け出た状態であり,がん化に対しては抑制的であることが知られている(細胞老化:Wiki)(リンク)。発がん性RAS(oncogenic RAS)は,実は「がん化」に関わる一方で「細胞老化(Oncogenic RAS-induced senescence:OIS)」にも働くことが報告されているが,その調節機構はこれまで明らかでなかった。英国ケンブリッジ大学からの本研究では,発がん性RASの発現量に応じてOISを導くかがん化へ進むかを示した興味深い内容である。まず,CAGGSプロモーターで発現するような発がん性RASであるNRASG12Vを静脈投与する系で,6日後までに肝臓でOISが誘導され,その後に免疫細胞(CD4T細胞やマクロファージ)によって除去されるモデルについて解析した。肝細胞におけるNRASG12Vの発現にはばらつきがあることを利用し,scRNAseq解析を行ったところ包括的な遺伝子発現に応じて4つのクラスターに分類されたが,これらは綺麗にNRASG12Vの発現量に対応していた。NRASG12V高発現細胞ではCDK inhibitorやDNA損傷関連遺伝子の発現などがありOISの特徴を示し,CD4T細胞・CD8T細胞・NK細胞・単球・マクロファージといった免疫細胞の集積も観察された(Fig.1)ちなみに発癌性KrasG12D遺伝子発現の膵癌マウスモデルのscRNAseqデータについても解析したところ,同様に膵癌細胞よりもOISの細胞でNRASG12V高発現が確認された。次に肝細胞におけるNRASG12Vの発現がより弱くなるプロモーター(PGKやUBC)を用いた系(NRASG12V発現をやや抑えた系)で同様の実験を行うと免疫細胞の浸潤は軽度で免疫抵抗性であり,肝臓にほぼ100%で腫瘍を形成した。scRNAseq解析では早発性のアグレッシブで未分化な肝細胞癌(nestinやNOTCH1陽性)と,後発性の分化した肝細胞癌(Dlk1やAlp陽性)という2つの異なる腫瘍タイプが特定され,偽時間解析では別々の前駆細胞の特徴(Notch1やNes陽性あるいはDLK1やGpc3やAfpが陽性の前駆細胞)と関連してしていた(Fig. 3)。さらにヒト肝臓癌のデータの解析でも同様に2種類の遺伝子発現に応じた分類がみられ,肝硬変のscRNAseqデータからはマウスと同様に2種類の前駆細胞および免疫細胞浸潤の違いが確認された。
 本研究では肝細胞において発がん性RASの高発現はOISを誘導し免疫細胞の集積と腫瘍抑制効果が認められ,中等度の発がん性RASの発現ではむしろ癌前駆細胞および未分化癌を形成し,より低発現の発がん性RASでは免疫細胞抵抗性で異なる前駆細胞の誘導と高分化癌の形成に関与している,というがん遺伝子の発現量に応じた違いが明らかとなった。

•Science

1)癌治療薬
すべてのKRASを分解する低分子による癌の標的治療(Targeting cancer with small-molecule pan-KRAS degraders
DOI: 10.1126/science.adm8684

 Nature誌に続いて再びRASの話題から。
 KRAS(Kirsten rat sarcoma viral oncogene homolog)は肺癌をはじめ大腸癌や膵癌などヒトの癌細胞で最も頻繁に変異の認められる癌遺伝子であるが,最近のKRASG12Cを標的とするsotorasibやadagrasibが開発されるまではアンドラッガブルな分子として創薬に難渋してきた歴史がある(リンク)。
 本論文はベーリンガーインゲルハイム社と英国ダンディー大学からの報告で,現在もKRAS変異にはKRASG12C以外の遺伝子変異も多く存在するという課題に対して,ユビキチンシステムを用いてKRASタンパク質を分解することで効果を示す標的治療の研究である。すなわち特定の変異標的分子の機能を結合して阻害するのではなく,標的分子自体を分解することで抗腫瘍効果を発揮する薬剤の開発である。近年開発された標的タンパク質分解技術ではPROTAC(proteolysis targeting chimera),SNIPER(specific and nongenetic IAP-dependent protein eraser),E3モジュレーターなどの化合物によってアンドラッガブルなタンパク質を分解することが可能であり,これらの技術を基にした創薬研究が世界中で行われてきている。PROTACでは,E3に結合するリガンドと標的タンパク質に結合するリガンドをつないだキメラ構造をしており,細胞内で標的タンパク質とE3を近接させることにより標的タンパク質のユビキチン化とプロテアソームによる標的分子の分解を誘導する(リンク)。
 本研究ではE3リガーゼとしてVHL分子を選び,VHLと変異KRASに結合する低分子を先行スクリーニング研究から開始して化合物を開発している(Fig.1)。KRASG12Cに対する抗腫瘍効果をもとに化合物を調節していき,最終的にはKRASG12Cを含めて現在主要な発がん性KRAS変異である17種類のうち13種類の変異KRASに効果があることを確認している(Fig. 2)。In vitroの系で単純な阻害薬と比べて,高い持続的効果が細胞レベルで得られることを確認し,X線回折やクライオ電顕による構造解析を行い,様々な遺伝子変異を伴う300もの細胞株で調べ上げ,細胞内の2万近くのリン酸化部位を網羅的に検索して細胞内シグナル伝達への効果や薬理学的評価を検証している(Fig. 3)。さらにマウスを用いた前臨床試験としてin vivoでの薬剤の忍容性と腫瘍退縮効果を示しており(Fig. 4),今後のさらなる研究の発展が期待される報告である。
 本研究はPERSPECTIVESに“KRAS takes the road to destruction”としてわかりやすいと共に解説されている(リンク)。また,日本語の解説としてAASJでも紹介されている。

•NEJM

1)呼吸不全
重度の低酸素血症に対する1日24時間と1日15時間の長期酸素療法の比較(Long-term oxygen therapy for 24 or 15 hours per day in severe hypoxemia
DOI: 10.1056/NEJMoa2402638

 本邦では約18万人の患者さんが在宅酸素療法を受けている。米国では100万人以上の長期酸素療法患者がおり,医療経済的にも大きい課題である。重度の低酸素血症は,室内気でPaO2<55mmHgまたはSpO2<88%,あるいは心不全か多血症(Hct>54%)所見を伴う場合にはPaO2<60mmHgと定義される。この重度の低酸素血症患者では1日15時間以上の長期の酸素吸入により生存期間が延長することが報告されている(リンク)。1日24時間酸素を吸入する長期酸素療法の有用性が非無作為化比較試験で示されているが1日15時間の長期酸素療法との比較試験はこれまでなされていなかった。
 本試験The Registry-Based Treatment Duration and Mortality in Long-Term Oxygen Therapy(REDOX)trialはスウェーデンからの報告で,重度の慢性安静時低酸素血症に対して1日24時間の長期酸素療法を行っても1年の時点での入院または死亡のリスクは1日15時間の長期酸素療法よりも低くならない,という仮説を検証するための研究である。酸素療法を開始する患者を対象にレジストリ―(登録)に基づいた多施設共同無作為化比較試験である。241人の患者が1日24時間の長期酸素療法を行う群(n=117)と1日15時間の長期酸素療法を行う群(n=124)に無作為に割り付けられ,主要転帰は1年以内のあらゆる原因による入院または全死因死亡の複合とし,生存時間(time-to-event)解析で評価した(Table 1)。なお,1日15時間の群では,夜間の睡眠中は酸素を使用し,日中は合計9時間は酸素を使用しないように指示する形で,日中の時間で付け外しして調整されている。
 12カ月の時点で患者が報告した1日あたりの酸素療法の継続時間の中央値は24時間群で24.0時間(四分位範囲 21.0~24.0),15時間群で15.0時間(四分位範囲 15.0~16.0)であった。24時間群の1年以内の入院または死亡のリスクは15時間群よりも低くなかった〔発生率:100 人年あたりそれぞれ124.7件と124.5件,ハザード比 0.99,95%信頼区間(CI)0.72~1.36,90%CI 0.76~1.29,非優越性のp=0.007〕(Fig. 2)。また,あらゆる原因による入院または全死因死亡の発生率および有害事象の発現率に群間で大きな差はなかった。本研究の結論としては重度の低酸素血症患者に対して1日24時間の長期酸素療法を行っても1年以内の入院または死亡のリスクは1日15時間の長期酸素療法よりも低くならなかった。なお本研究内容は1枚のわかりやすいサマリーおよび2分半の動画であるQUICK TAKEにまとまっている。

今週の写真:ザクロ(柘榴)


(鈴木拓児)