" /> ストップコドンを読み飛ばす薬の薬効予測/γδT細胞の臨床応用/「やせ薬」で閉塞性睡眠時無呼吸症候群を治療できる? |
呼吸臨床
VIEW
---
  PRINT
OUT

「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 297

公開日:2024.10.10




Archive

ストップコドンを読み飛ばす薬の薬効予測/γδT細胞の臨床応用/「やせ薬」で閉塞性睡眠時無呼吸症候群を治療できる?

•Nat Genet

1)リードスルー薬
病的ストップコドンに対するリードスルー低分子化合物のゲノムレベルでの薬効予測(Genome-scale quantification and prediction of pathogenic stop codon readthrough by small molecules
DOI: 10.1038/s41588-024-01878-5

 早期終止コドン(premature termination codon:PTC)は遺伝性疾患の5〜20%の原因とされ,がんにおいてもがん抑制遺伝子の失活の主な要因とされてきたことから,PTCを読み飛ばすことで遺伝子全長を発現させられるリードスルー薬の開発が進められてきた。アミノグリコシド系抗菌薬や筋ジストロフィーの治療薬として海外で条件付き承認を受けたataluren(Wiki)が有名である。なお,筋ジストロフィーは近年リードスルー薬以外も様々な治療戦略が研究されていて武田伸一先生の解説がわかりやすい(リンク)。本研究ではこれまでに様々な化合物がリードスルー効果を持つことが報告されてきたものの,臨床応用に至らないことが多く,その原因を明らかにするためにヒト疾患の原因となる5,800種類に上るPTCに対して8種類のリードスルー薬の効果を調べたところ,薬剤の違いによってもPTC周囲の塩基配列によっても効果は異なることがわかり,今回のスペイン,デンマーク,英国の研究者らによる報告では全ゲノムレベルでリードスルー薬の効果予測ができるようになったとのことである。

 Fig.1では病原性のあるPTCに対するリードスルー薬の効果を定量化する新しい手法を確立した。まず,緑色蛍光蛋白質(EGFP)の下流にT2A(Wiki)を配置した後,約5,800個のPTC配列(PTCライブラリー)をつなげた。コントロール用にはこの部分にナンセンス変異を持たないTP53の配列を挿入し,その下流にはT2Aを挟んでmCherryを発現させるベクターを設計した。そして1コピーのベクターだけがゲノムDNAに取り込まれるような細工をした培養細胞株(HEK293T)に遺伝子導入し,正しく取り込まれると,EGFPを発現しているところに,DNAライブラリー中のPTCが読み飛ばされたときにはmCherryを発現するようになる。このような細胞に対してリードスルー薬(CC90009,Clitocine,FUr(5-FU),DAP(Wiki),G418,Gentamicin,SRI-41315,SJ6986)を添加した後,FACSを行い,リードスルー薬ごとにmCherryの蛍光強度に合わせて細胞を単離し,次世代シーケンサーで細胞に含まれるライブラリーのDNA塩基配列を解読することでPTCを含む配列ごとのmCherry発現量の分布を算出できる。これをコントロール用TP53と比較することでリードスルー効率を定量化する手法を開発した。

 研究者たちは最初に20種類のリードスルー効果があるとされる化合物を試した結果,再現性の取れた上述の8化合物に絞って解析することにした。リードスルー効果を示すPTC配列について化合物同士での相関性を調べたところ,eRF1/eRF3を阻害するSRIとSJ6986を除けば,相関性は乏しく(Fig.2b),化合物ごとのリードスルー効果の強弱とは相関性を認めなかった。また,リードスルー薬の効果はストップコドンがUGAの時に効果が強い傾向にあるが,UGAの次にUAAかUAGのどちらか強いか,終止コドン後の2〜3塩基がリードスルー効果に与える影響は化合物に依存することもわかった。

 患者ごとに遺伝学的情報をもとに特異的なリードスルー薬を選択できれば,治療可能性を高めることにもつながるため,5,837個のPTCライブラリーから最も効果的なリードスルー薬を選択できた場合を調べたところ,PTCの 50.3%で>2%,27%で>3%,11%で>4%,3.2%で>5%,1.6%で>6%のリードスルー効果が得られることがわかった。また,最も多くの遺伝子で最大のリードスルー効果が得られたのはDAP,SJ6986,clitocineだったこともわかった。ストップコドンの塩基配列について調べると,UAAによるPTCではclitocine,UGAによるPTCではDAP,UAGによるPTCではSJ6986で,リードスルー効果が特に得やすい遺伝子は見出されなかった。次にがん抑制遺伝子TP53PTENのPTCについてリードスルー薬の効果を調べたところ,TP53では43/102のPTC,PTENでは35/97のPTCについて,それぞれ少なくとも1つのリードスルー薬では>2%のリードスルー効果を認めた。特にTP53のPTCに対するリードスルー効果は,マウスレベルでの腫瘍抑制効果が報告された過去の研究とも整合性ある結果だった。他にもムコ多糖症I型(Hurler病)については原因遺伝子であるIDUA発現が>0.5%で,毛細血管拡張性運動失調症(Ataxia Telangiectasia)ではATM発現が2〜5%でも,表現型が部分的に回復することが知られており,これらはリードスルー薬の有力候補となる対象疾患と考えられた。

 臨床治験のための遺伝学的検査による患者層別化についても検討され,過去のリードスルー薬の臨床治験を見直したところ,リードスルー効果が0.2%しかないGentamycinの治験例ではclitocineなら1.8%,DAPなら2.9%のリードスルー効果が得られただろうと述べられている。これまでリードスルー薬が期待されてきたデュシェンヌ型筋ジストロフィーや囊胞性線維症や家族性大腸腺腫症についてはPTCの頻度からはclitocineとDAPが最も期待できること,患者のPTCに合わせてリードスルー薬を選択することでより高い効果を期待できると述べられている。ただし,clitocine,DAP,SJ6986は臨床治験では未評価なのでこの点には注意が必要である。

 研究者たちはさらにゲノムDNAの塩基配列をもとにリードスルー効果を予測するモデルについて検討し,1〜3塩基を置換することで19,061個のヒト蛋白質のRNAに3,270万個のPTCを導入できること,それをRTDetectiveというリソース名でUCSCブラウザー上に可視化した。そのうち32.8%ではDAP,30.5%ではclitocine,29.5%ではSJ6986,6%ではSRI,1.1%ではG418の順にリードスルー効果が期待された。最後に,正常な終止コドンに対するリードスルー効果は毒性をもたらす可能性もあるため,この5種類のリードスルー薬についてリスクを調べたところ正常な終止コドン前後の塩基配列にはリードスルーを抑制する効果があることが示唆された。

 以下は個人的な感想だが,リードスルー薬には依然,様々な遺伝性疾患に効果的な治療をもたらす可能性が期待されるが,これまでの臨床治験の歴史と今回の研究成果から言えることは限られた候補薬で最大限の効果を発揮するために同じ疾患でも層別化が欠かせないことは明らかに思われる。また,リードスルー効果によってわずかな遺伝子機能の回復でも治療できるような症例を見つけるためには,安全性が担保されているリードスルー薬を用いた,適切な疾患モデルとそれを用いた薬効評価の需要は高いといえる。患者由来細胞を用いて候補薬による薬効評価が可能になれば,リードスルー薬が劇的に効果をもたらすような症例も期待できる。将来的に患者由来初代細胞あるいは末梢血からでも樹立可能な疾患特異的iPS細胞による適切な疾患モデルがあれば,治療法が大きく進歩するかもしれない。

•Science

1)がん
γδT細胞によるがん免疫療法(総説)(Cancer immunotherapy by γδT cells
DOI: 10.1016/j.ejphar.2022.174803

 今週号は近年,がん治療への応用が期待されているγδT細胞についての総説が英国の研究者により発表されている。γδT細胞は一般的によく知られているαβT細胞受容体(TCR)を持つT細胞とは異なり,MHC分子による抗原提示を受けずに,がんや感染などによって変化した細胞表面抗原などのリガンドを認識して活性化してがん細胞を傷害するだけでなく,normality sensingという役割を担いαβT細胞の免疫応答を助けたり,創傷治癒効果に寄与することが知られている。サマリーに示されている図がわかりやすく(リンク),がん免疫療法の「ダークサイド」では,MHC分子が欠落したり,変異集積の少ないがんでは抗原提示能が低いことがαβT細胞を用いたがん免疫療法の弱点でもあり,そのような場合にγδT細胞の有用性が期待されていることが描かれている。

 Table 1(γδ T cells offer escape from issues that limit αβ T cell–based immunotherapies)ではがん免疫療法に期待される様々な項目についてαβT細胞とγδT細胞の特徴がわかりやすくまとめられており,γδT細胞ではGVHDやサイトカイン放出症候群が起こりにくいこと,CAR-TにしなくてもADCC(抗体依存性細胞傷害)活性があることなどが挙げられている。Off-the-shelf therapiesとはあらかじめラインアップした細胞製剤を必要時にすぐに取り出して使用できる治療法を意味するが,γδT細胞は同種細胞移植療法が可能とされ,多くの臨床治験が行われている。

 γδT細胞は複数のサブセットで構成され,血中に多いのはVγ9Vδ2 T細胞であり,比較的研究が進んで臨床応用もされているが,げっ歯類では保存されていない細胞のため研究手段が限られてきた。Vγ9Vδ2 T細胞は病原体やがんに特異的な抗原を認識するのではなく,感染やがん化に伴って誘導されるphosphoantigens(pAgs)やisopentenyl pyrophosphate(IPP)などを介して発現変化する細胞表面分子BTN2A1,BTN3A1を認識し,非クローン性に活性化することが知られている。この特徴を生かして,合成pAgsを用いたり,ビスホスホネートによってIPPを誘導してVγ9Vδ2 T細胞を拡大培養して臨床治験に用いたりされたが,T細胞疲弊が起きたりして効果不十分だった。ただ,これにとどまらず,免疫チェックポイント阻害薬との併用での同種移植の臨床治験が,進行肝癌,肺癌,白血病,神経膠芽腫,非ホジキンリンパ腫,胃癌,多発性骨髄腫,などを対象に様々な工夫をして行われている(Table 3:Examples of ongoing γδ T cell–based clinical trials in cancer)。

 Vγ9Vδ2 T細胞以外のγδT細胞の多くは組織に存在することが知られ,Vδ1などのTCRがどのようなリガンドに結合するかをTable 2(Ligands of human γδ TCRs for which direct binding is documented)に示し,CD1dに拘束されたVδ1 T細胞が肝脾T細胞リンパ腫で報告されていることなど各リガンドについての解明状況が引用されているが,どのようにシグナル伝達に寄与するか,γδTCRリガンドが感染症とがんでどれくらい重複するのかなどは十分にわかっていないことが述べられている。Vδ1をがん免疫療法に応用する臨床治験が複数行われている背景には乳癌,肺癌,直腸癌といった固形癌や血液がんでVδ1 T細胞の数や活性状態が生命予後と強く相関することが複数の研究で報告されてきたことによる。また,Vδ1 T細胞を拡大培養する方法も確立し,通常CAR-(αβ)T療法に反応しなかった症例に対するCAR- Vδ1 T療法の臨床治験も始まっている。

 γδT細胞が正常とがんの状態を見分けられるようにするメカニズムについて,がん細胞ではTCRリガンド,NKRリガンド,共刺激リガンド,IL15などのサイトカイン(alarmin)がγδT細胞を刺激し,健常細胞ではBTNLやMHC1の発現を下げることでγδT細胞の活性化を抑制していると考えられている(Figure 2:A multipartite-avidity model to maintain peripheral tolerance to self,thereby creating a therapeutic window )。γδT細胞の治療応用には細胞状態を明確に定義できるようなバイオマーカーががん種ごとに見つけられることが望ましいと述べられている。最後のほうでは,臨床応用においてγδT細胞に期待できることとして,αβT細胞を用いた治療が効かなかったときの単純な穴埋めにはとどまらず,off-the-shelf での同種細胞移植が可能なこと,免疫チェックポイント阻害薬との併用療法,創傷治癒,宿主免疫を早急に高められる可能性が期待されている。

•NEJM

1)OSAS
閉塞性睡眠時無呼吸症候群と肥満に対するチルゼパチドの第3相臨床治験(Tirzepatide for the treatment of obstructive sleep apnea and obesity
DOI: 10.1056/NEJMoa2404881

 今回紹介するチルゼパチド(Wiki)はイーライリリー社が開発した薬でマンジャロという名前で2型糖尿病の治療薬として処方されている薬剤である。「やせ薬」としての使用は保険適用外であり副作用もあるので,適正使用について注意喚起も出ているが,研究段階では様々な臨床治験が進められており,最近のTJHでは肝線維化を伴う代謝障害関連脂肪肝炎に対する第2相試験での有効性が紹介された(リンク)。今回は米国,sオーストラリア,ドイツの大学病院が治験に参加し,イーライリリー社が研究費を出している。閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSAS)に対する二重盲検による第3相臨床治験(SURMOUNT-OSA)で,持続気道陽圧換気療法を受けていなかった被験者234名をtrial 1とし,すでに治療を受けていた被験者235名をtrial 2として2つの治験が組み込まれた論文となっている。期間は2022年6月21日から2024年3月29日にかけて実施された。

 被検者はチルゼパチドを10〜15mgもしくはプラセボを1:1の割合で投与され,観察期間は52週間,主要評価項目にはAHI(Apnea Hypopnea Index)の変化,副次評価項目にはAHIの変化率,体重,低酸素負荷による変化,自己申告による睡眠障害,高感度CRP,収縮期血圧が挙げられた。結果は一目瞭然の結果となり,trial 1ではAHI 51.5だったのが-25.3(プラセボ群では-5.3),trial 2ではAHI 49.5だったのが-29.3(プラセボ群では-5.5)となり,すべての副次評価項目で優位な改善効果を認めた。Figure 1を見ると,20週の段階でAHIや体重が激減していることがわかる(リンク)。有害事象についてはチルゼパチドに対する軽度から中等度の消化器症状が報告された(Table 2:Primary and key secondary end points according to trial group for the treatment-regimen estimand)。

 個人的にはこの結果を解釈するときの注意点として,Table 1(Demographic and clinical characteristics of the participants at baseline. )に示されるとおり,trial 1もtrial 2もAHIが極めて高いだけでなく,BMIの中間値も39.1と38.7と高値であり,エントリー時の体重も多く被検者が100 kgを超えていて,多人種が含まれた臨床治験とはいえ日本のOSASとは背景情報が異なる点,これほど異なると有害事象の現れ方にも違いがあるかもしれないことには気をつける必要がある。

今週の写真:
夏季休暇に家族旅行で屋久島に行ってきました。杉の大きさに圧倒されました。写真はウィルソン株で切り株の中から見上げて撮影したのですが,角度を変えて撮影すれば,ハートに見えたりもします。

(後藤慎平)