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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 300

公開日:2024.11.6




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東南アジア人集団で選択された感染抵抗性遺伝子/原子間力顕微鏡を駆使したMRSAの耐性機構の解明/医師の燃え尽き症候群を防ぐために

•Nat Immunol

1)感染症:Article
IGHG1変異の地域によって異なった分布を指名し,致死的な病原体に対するIgG1抗体反応を高める(An IGHG1 variant exhibits polarized prevalence and confers enhanced IgG1 antibody responses against life-threatening organisms
DOI: 10.1038/s41590-024-01944-4

 COVID-19のネアンデルタール人由来の変異に関する研究(Link)をはじめ,集団特異的な変異と感染免疫の研究には壮大なスケールを個人的に感じている。本研究は中国のグループがIGHG1領域において東南アジア人集団で特異的に多い変異に注目して,解析を進めている(Fig. 1)。
 研究グループはG396R変異が東南アジア人集団の中国南部の集団においてその頻度が高いことに注目している。一般的に,IGHG1領域はHLA領域と並んで,遺伝的多様性が高いことが知られているが,LD解析を通じて,この変異が存在する14番染色体の周辺領域が他のゲノム領域に比べて非常に低い多様性を示し,進化的な選択圧がこの領域(190 kb)に作用していた可能性に注目している。つまり,G396R変異が進化的に有利な役割を果たし,その周辺の遺伝子とともに選択されてきたことが示唆された。
 次に,この変異の免疫応答に与える影響をマウスモデルで解析している。ヒトのG396R変異に相当する変異を持つG390Rマウスは,通常のマウスに比べて肺炎球菌感染やサルモネラ感染において,より高い生存率を示した。肺炎球菌やサルモネラ感染時の病原体特異的なIgG1抗体の産生量が増加していた。さらに,SARS-CoV-2感染モデルにおいても,G390Rマウスはウイルス量の減少や軽度の症状が確認され,COVID-19感染においても保護的な作用を持つことが示唆された。
 このG396R変異がどのような機序で病原体特異的なIgG1抗体の産生量の増加をもたらしているかについて,マウスの免疫学的解析を進めている。G390RマウスではRBD特異的なIgG1陽性のgerminal center B細胞,memory B細胞,抗体産生細胞が増加していた。さらに,SARS-CoV-2ワクチン接種者コホートを用いて,G396Rホモの被験者は参照アレルのホモの被験者と比較して,SARS-CoV-2特異的IgG1抗体の力価が有意に高かった。
 どのようにこの変異が東南アジア人集団で選択されたかを解析している。LDブロックに存在する190 kbのこの遺伝領域は,現代人の東南アジア集団とネアンデルタール人の遺伝子に近い関係が示されており,ネアンデルタール人由来のハプロタイプが東南アジア人集団において選択された可能性が考えられた。

•Science

1)感染症:Research Article
2つの相互依存的な経路が高度耐性のMRSAを生む(Two codependent routes lead to high-level MRSA
DOI: 10.1126/science.adn1369

 AMRの問題が深刻化することが予想されるなかで,抗菌薬と耐性菌“いたちごっこ”は今後もかわらず重要なトピックとなるであろう。耐性に関する“いたちごっこ”だけではなく,新しいテクノロジーを用いた作用機序の新たな理解も間違いなく重要性を増してくる。英国のシェフィールド大学のグループが,原子間力顕微鏡(Link)を用いて,MRSAの耐性機構を報告している。
 ここで,あらためて,細菌の構造を復習したい(Link)。ペプチドグリカンは,細菌の細胞壁を構成する成分で,糖鎖とタンパクからなる高分子で,グラム陽性細菌では,細胞膜外に厚く強固なペプチドグリカン層が存在し,グラム陰性細菌では,細胞外膜と内膜の間に薄く存在している。ペプチドグリカンを架橋する細胞壁合成酵素の1つであるペニシリン結合蛋白質(penicillin binding proteins:PBP)が細胞膜に存在している。
 MRSAの耐性機構を解析している本研究では,そのペプチドグリカンの構造を,原子間力顕微鏡を用いて観察し,抗菌薬処理による構造変化を比較している(Figure 1)。なお,MRSAは,黄色ブドウ球菌が,メチシリン耐性遺伝子(mecA)を獲得することで生まれており,mecA が位置する染色体上のSCCmec領域には,他系統の抗菌薬耐性遺伝子が存在するI,II,III型と,存在しないIV型とV型がある。I,II,III型は主に院内感染型であるのに対し,IV型とV型は市中感染型である。
 この細胞壁のペプチドグリカンが原子間力顕微鏡により,表面は,深層まで貫通する細孔を持つ開いた無秩序なメッシュ構造であるのに対し,ペプチドグリカンが合成される細菌の内側の表面は密度の高いメッシュ構造であることが判明した。また,細胞切断時には,グリカン鎖で構成される同心円状の外部構造が細胞切断時に出現することも明らかになった(Link)。
 低耐性MRSAの標準株であるSH1000株(MIC ≧0.25 μg/mL)およびmecA+株(MIC ≧2 μg/mL)と高度耐性MRSA(mecA+ rpoB変異)(MIC ≧256 μg/mL)を,抗菌薬存在下での細胞壁の厚さやメッシュ構造の変化を観察している。低耐性MRSAは抗菌薬処理により,ペプチドグリカンの同心円状構造が失われ,密なメッシュ構造に変化していた。一方,高度耐性MRSAは抗菌薬条件下でも細胞壁が保たれ,細胞分裂が可能であることが確認された。この結果により,rpoB変異が耐性増強に重要な役割を果たすことが示唆された。
 この研究グループは黄色ブドウ球菌のペプチドグリカンの隔壁の同心円リングは PBP1のトランスペプチダーゼ活性による可能性が高いことを以前に報告しており(Link),次に,MRSAにおけるPBP1のトランスペプチダーゼ活性欠損株を作成した上で,原子間力顕微鏡で隔壁構造や細胞壁のメッシュ構造を解析することで,rpoB変異を持つ場合に,PBP1のトランスペプチダーゼ活性欠損においても,MRSAの高度耐性に寄与することを示している(Figure 2)。
 次に,MRSAがPBP2のトランスペプチダーゼ活性を持たない場合に,mecA+とrpoB変異の両方を有する場合のみ,抗菌薬存在下で細胞分裂が継続できることが確認されている。また,原子間力顕微鏡解析により,隔壁のリング構造は失われるが,代わりに細胞壁はランダムなメッシュ構造を示していた。この結果は,MRSAが二重経路(mecAの活性とpot変異(rpoB変異))を介して高度耐性を獲得することを示している。最後に,高度耐性のMRSAの二重経路における分子レベルの解析で,ストレス応答経路を介してPBP1欠損時の分裂を可能にしていることを示している(Figure 4)。
 本研究は,MRSAが薬剤耐性を得るための二重経路を明らかにした。最後に,この研究グループはこの耐性機序をターゲットにしたスクリーニングを行っている。新規の原子間力顕微鏡を駆使し,MRSAの耐性機構を新規に解明した研究である。

•NEJM

1)Review Article
医師の燃え尽き症候群,うつ病,健康状態の低下(Burnout, depression, and diminished well-being among physicians
DOI: 10.1056/NEJMra2302878

 近年,色々なところで,医療従事者の燃え尽き症候群に関する話題を目にする。このNEJMのReview Articleでは,医師の燃え尽き症候群,さらにはうつ病が医師本人,そして,医療システム全体に与える深刻な影響についてレビューされている。
 燃え尽き症候群は,過重労働,管理業務の増加,医療の利益追求への圧力などにより引き起こされ,医師の精神的な疲弊や医療の質の低下,高い離職率などの問題を生んでいる(すべて思い当たる!)。
 燃え尽き症候群が生まれる背景には,労働環境によるストレスが大きく影響しているが,正確な定義や評価法が統一されていないため,燃え尽き症候群の実態や解析が困難な面がある。

 燃え尽き症候群の評価には主に「Maslach Burnout Inventory(MBI)」(Link)が用いられ,感情的消耗,脱人格化,自己達成感の低下という三要素に基づいて評価されてきた。一方,これらの要素間の相関が弱く,燃え尽き症候群が単一的な概念ではなく,この点が反映されていないことが課題とされている。
 また,うつ病と燃え尽き症候群の症状は多くの点で重複しており,医師の精神的な苦痛が個人の問題だけでなく,環境的要因が大きく関与しているとも言われている。うつ病はDSMによる統一された診断基準があり,うつ病の診断が医師に適用される際には「医療従事者としての責任が原因である」と誤解を受けやすい。その結果,うつ病に対する偏見・スティグマが助長され,医師が支援を求めにくくなるという問題点も指摘されている。
 医師のウェルビーイング(well-being)改善のためには,業務負担の軽減が最も重要であるとされている。研修医に対する研究では,労働時間がうつ病の主な要因であり,長時間労働を行わない環境での研修が推奨されている。最近の研究では1週あたりの労働時間が平均8時間削減され,メンタルヘルスや睡眠の質が向上し,研修医のウェルビーイングが改善されたと報告されている。一方,実際の労働量が変わらない場合には,労働時間の制限の効果は限定的であり,逆に効率低下のリスクがあると指摘されている。
また,医療現場でのタスクシフトにより,医師の負担を軽減する介入が有効であると言われる。電子カルテの記録負担削減のための「書記」の活用や医師事務支援の導入が,医師の生産性と満足度を向上させる。その他にも,医師の業務効率を改善するための臨床ワークフローの改善や,低価値業務の削減が効果的と言われている。
 医師個人レベルの介入としては,マインドフルネスや認知行動療法,運動療法が挙げられている。また,女性医師やマイノリティーの集団への介入の重要性も述べられている。Figureに改善策の方策がまとめられている。
 今回,まとめられているものは,どの項目もわかりきった「当たり前」の改善策であると感じられた。やはりこのような改善策が施行されないのは,財源の問題が大きいのではないだろうか。先般,国立大学病院の赤字の報道が紙面をにぎわせた(Link)。すでに,ポイント・オブ・ノー・リターンを超えてしまった感が否めないが,このような財政基盤では,大学病院を始め,各病院は医師の燃え尽き症候群の有効な支援策を打ち出すことは難しいだろう。

今週の写真:
大谷選手も訪れたというハワイのパワースポット「ポハク・ラナイ(バランスロック)」
(南宮湖)