Top Journal Hackは2018年に始まり,300回を超えました。読者の皆様,多忙な中を執筆の先生方,サイト運営の皆様に感謝を申し上げます。
もともと東北大学の医局抄読会形式で,分子生物学は医学必須「言語」として,その言葉で発表される論文を理解できるよう,リンク可能な電子ジャーナル「呼吸臨床」の週刊記事として連載してきました。
私が分子生物学「言語」に触れたのは,米国NH留学の1984年,40年前になる。21世紀に入り状況はさらに深まり,分子生物学を基礎とする数理生物学「言語」に移行している。今週Nature論文として紹介するecDNA解析など,正にこの数理生物学「言語」である。言葉は触れて使っていないと,すぐにその内容がわからなくなる。まだまだ深まる医学への素養として,隙間時間にも使えるこのTop Journal Hackをさらに御愛用をください。
•Nature
1)腫瘍学
染色体外 DNA の起源と影響(Origins and impact of extrachromosomal DNA) |
悪性腫瘍のゲノム内に妙なcircularなDNAが多数存在することが表面化したのは2010年前後で,chromothripsisと呼ばれていた。TJHでは#16,93,113,136,174などで取り上げてきた。
今回Nature誌にOpen accessとして,ecDNA(extrachromosomal DNA)論文4報が載っている。その一つを以下に紹介するが,ほかの2報はStanfordのChang Hのグループからで,CHK1阻害薬によるecDNA陽性腫瘍の治療モデルも示されている(彼らは今年の
総説も書いている)。
さて紹介するのは英国Francis Crick Instituteからの論文で,100,000Genome Project(
100K GP)中のデータ14,778例(39腫瘍型)からの解析で,17.1%にecDNAを認めている。タイトルにある“Origins and impact”通り,ecDNAの一筋縄ではいかない,circularに取り込まれた遺伝子群とそれによる複雑な機能が,わかりやすく報告されている。
以下簡便に紹介する:
The body map of ecDNAs
まず100K GPのデータの解析はAmplicon ArchitectとAmplicon Classifierのソフトウェアを用いている(
リンク)(
Fig. 1a,b)。39癌腫に関して解析し(Fig. 1b,c),14,778例中1800例は,先行して化学療法,分子標的療法,免疫療法などの治療を受けていた。
ecDNAは50kbから20Mbのサイズである。17.1%のサンプルでecDNA陽性であり,liposarcoma(54.9%),glioblastoma(49.1%),HER2+ breast ca(46.4%),lung squamous ca(22.4%)などである。
Selection of ecDNA-associated oncogenes
FGFR2,MDM2,CDK4などが高頻度で,RTK-RAS(EGFR,ERBB2,FGFR1)などが挙げられている。
ecDNAs contain immunomoduratory genes
ecDNA陽性腫瘍ではICI治療に抵抗性といわれ,免疫抑制が報告されている。しかしimmunomodulatory genesが入ったecDNAの41.5%ではoncogeneは含まれないという(
Fig. 2a,b)。こうした腫瘍ではT cellのdepletionが認められる。
Regulatory ecDNAs
腫瘍の全ゲノム情報を使うと,ecDNAが集まりhub様機能となることが見えてくる。すなわち遺伝子発現制御codeまでecDNAに入っていると,数個のecDNAが集まればtransの遺伝子発現制御機能を持つ。同時にlncRNAの部分も含まれている。これらに関して実際の数字が記述されている。
ecDNAs and genomic instability
TP53等oncogenic遺伝子を含むecDNAは,各臓器癌でかなりの臓器特異性がある(
Fig. 3)。TP53とMDM2を含むecDNAは相互にexclusiveという。
ecDNAs and mutational process
ecDNAを含むとtumor mutational burden(TMB)が大きくなる。またタバコなどのmutational signatureでもecDNAに特色が見られる(
Fig. 4)。
ecDNAs and prognostic relevance
実際の臨床病期などでのecDNAの頻度増加も実際が集計されている(
Fig. 5)。
以上,膨大な実ゲノムデータを基にするecDNAの実態である。定型治療抵抗性の背景にecDNAの存在がある。ことに単にoncogenic ecDNAのみならず,免疫制御要素,遺伝子発現制御因子を取り込んだecDNAがハブ的に関与すると言う解釈は,癌治療の困難さを今更に認識させる。
•Science
1)脳科学
C-LTMRは脊髄腕傍回経路を介してウェットドッグシェイクを引き起こす(C-LTMRs evoke wet dog shakes via the spinoparabrachial pathway) |
筆者は現在,体性感覚の求心路に関心があり,脳科学系の新規文献の紹介が多くなる。
読者の皆様の関心とは乖離しているだろうが,呼吸器とは違う脳科学領域の驚くような展開は刺激になると期待。
本論文は,米国ハーバード大学のGinty DDのグループからである。こうした研究手段を,DRG感覚神経の“tool-kit”と記述したCell論文は
TJH#280で紹介した。
本論文が扱うのは,Wet dog shaking(WDS)と命名されている,体毛を持つ哺乳類には共通し,よく目にする体幹回旋運動である。Google検索では多様な動物のWDS動画が見られ,今週のScience誌の表紙は
クマのWDS写真である。
これは後頸部・背上部の皮膚感覚神経が,水・油滴などで違和感を感じると惹起される運動という。DRG感覚細胞の中のどの受容体遺伝子が関与するかを“tool-kit”を使って解析していく。このグループは,一連の仕事が収穫期で,最近ではNature誌に性感覚としてのKrause小体感覚と射精機構が報告されている(
リンク)。
著者らは,まずヒマワリ種子油を後頸部にたらし,誘導されるWDSの実際を記している。WDSははじめの1分間で強く反応し,薄れてゆく。それは個体で大差なく,回旋の周波数(19.12+1.12),回旋回数(3.10+0.31)である。
この開始刺激は機械的刺激か,化学的刺激か,を区別する目的で感覚器端末に存在する圧受容体遺伝子のノックアウトマウス(Cdx2
Cre, Piezo2
fl/fl)で調べている。Piezo2がないとWDSは起らない(
Fig. 1K,L )。これは皮膚の刺激以外の機序によるWDSはノックアウトマウスでも見られたので,動作異常ではなく機械的刺激への感覚欠失であると述べている。
ではどの感覚受容体がこの機械的刺激に対応するのか?
4種類のLTMR(low threshold mechanoreceptors)すなわちAβRA-LTMR,(SA1)-LTMR,Aδ-LTMR,C-LTMRと他2種(MRGGPRB4,MRGPRD)の6種の受容体遺伝子に関して,頸部ではなく(実験手技が困難と説明),腰椎L4のDRGをCaイメージング(GCaMP組み込みマウス,TJH#280参照)で調べると,C-LTMRがこのWDSに関わることが判明した(
Fig. 2C)。
次にC-LTMR受容体神経に対するOptogenetics実験となる(複雑な遺伝子改変マウス:ThCreER/AvilFlpo: Rosa26LSL-FSF-ReaChR+等を使用)。レーザー光を当ててWDSを惹起したのはC-LTMRだけであった(Fig. 3B)。さらにC-LTMRをノックアウトするとWDSは減少した(Fig. 3G)。
最後にC-LTMRシグナルの求心経路はどうか?
先行論文(
リンク)から脳幹小脳脚近傍の傍腕核の関与が示唆されるので,この部分を検討した。WDS惹起のC-LTMR軸索は,脊髄のLamina IIivで乗り換え,spinoparabrachial pathwayを経由してparabrachial神経核(PBN)に達することが,Optogenetics等の方法で明らかになった(Fig. 4H)。
残念ながら筆者が一番知りたかったPBNの下流が中枢運動パターン生成(central pattern generator)センターにつながる経路は,次の課題であるとDiscussionの最後で述べられている。
しかし皮膚の感覚神経(ここでは機械的刺激としてのPiezo2の絡む無髄C線維-低閾値機械受容のシグナルの求心路が傍腕核まで達し,激しい体幹筋群の回旋運動WDSを惹起する事実は,衝撃的である。筋肉への力学的刺激ではなく,皮膚に刺激を与えることで,相手の体幹運動を惹起するという,日本や東洋系武道の機序との類似点もあり,大変興味深い論文である。Gintyのグループは最後のシグナル伝達間隙を埋めるのだろうか?
•NEJM
1)Sounding Board(感染症)
ロングコビッドの定義(Long Covid defined) |
コロナ感染症後の慢性的症状の持続に関しては,筆者自身も感染し,抗ウイルス薬を服用回復した。しかしその後,慢性上気道炎的症状が6月以上持続した。いわゆるLong Covidは存在するだろうが,いったいどう定義するのか?
このSounding BoardはNational Academy of MedicineからのNEJM誌の小報告であり,“Long Covid Defined”と象徴的タイトルである。
筆者は背景,専門議論などフォローしていないので,まず例によってGoogle翻訳で全体を通読理解した。
そもそもこのプロジェクトは米国保健局などが米国科学工学医学アカデミー(National Academies of Sciences, Engineering, and Medicine; NASEM)(Wikiリンク,この際Wikipediaの内容もGoogle翻訳通読が良い。日本学術会議と要比較)に「定義」開発を依頼したものである。ここでは,単にLong Covidの定義理解だけではなく,考えねばならないのは,こうした課題へのシステム構築である。例えば日本の厚生労働省ではどう対応するのだろうか?
以下項目に沿って具体的内容を手短に紹介する。
PROCESS:定義への五つの基準,「透明性,正確性,関連性,有用性,受容性」がある。
また体系的な情報収集とシンポジウムなどの公開を通し,1300名以上が参加。23年6月レポート公開。
DEFINITION:これはBox 1にまとめられっている。2024年NASEMで定義
「Long CovidとはSARS-CoV-2感染後に発症し,一つ以上の臓器系に影響を及ぼす継続的,再発・寛解的,また進行性の症状が少なくとも3カ月間続く感染関連の慢性疾患」と様々な症状,重要な特徴が記され,利用可能なバイオマーカーはなしと記されている。
TERMINOLOGY:一貫した用語として①“PASC(コロナ後遺症)”より“Long Covid”を使用,②感染関連慢性疾患としての位置づけ,③「症候群(syndrome)」より「症状(disease states)」として扱う。
COMPARISONS:ほかの報告と比べた一覧表で,特にLong Covidを除外診断としてではなく,多様な症状がLong Covidの一部になりうると述べている。この理解には,
Fig. 1がわかりやすい。
こうした医学誌へのSounding Boardとして,Box 2は3症例を細かに提示している。一読すると,いかに重篤な症状があり得,さらに持続的な検討が必要である事が理解できる。
LIMITATIONS:意図的に包括的である点が記されている。それはさらなる生産的な,新たな方向性の刺激の可能性を記し,また予防接種によりLong Covidの頻度低下(
TJH#291)とも記載。
CONCLUSIONS:5,000名がLong Covidで死亡との一部推定は過小評価と述べ,3年以内に定義再検討を推奨している。最後にLong Covid患者への“Compassionate and effective care”を希望すると結んでいる。
もともとは昨年6月の
NASEM報告をサマライズしたものである。Long Covidという理解困難な病態にどう取り組むのか,現役の先生方は背景となる考え方を参考にすべきであろう。
今週の写真: 米国の家族から:昨年ハロウィーン後Yard saleで購入したもので今年のHalloweenと。沢山集めたね。留学中の貧しくも楽しかった生活を思い出す。 |
(貫和敏博)