•Nature
今週のNatureにはThe Human Cell Atlasに関する報告が複数紹介されている(
リンク)。その中から腸粘膜に関するシングルセル解析の論文を紹介する。
1)消化器病学
炎症性腸疾患における形質転換を明らかにする単一細胞の統合解析(Single-cell integration reveals metaplasia in inflammatory gut diseases) |
健康な消化管の25のscRNAseqデータセットを統合し,110万個の細胞を含むリファレンスアトラスを作成し,さらに12種類の疾患データセットを用いて,炎症性腸疾患における上皮細胞のmetaplasiaの根幹となる細胞を同定し,それが炎症を引き起こす役割があることを明らかにした,というのが概要。
潰瘍性大腸炎やクローン病は世界中で700万人以上が罹患し,毎年200万人以上が新たに大腸癌と診断されている。消化管内側を覆う上皮細胞は,共通の内胚葉の前駆細胞から発生し,胚発生初期にその分化のアイデンティティを獲得する。このアイデンティティは成人期に変化し,メタプラジア(成熟した組織において通常は他の解剖学的領域に存在する細胞に置き換わる=化生)を引き起こすことがある。腸上皮化生やバレット食道などでよく知られ,胃癌や食道癌のリスクを高めることも知られている。対照的に,腸組織の幽門腺化生はMUC6やMUC5ACを発現するが,その詳細な発生機序は知られていなかった(
Fig. 1)。
23の公開scRNA-seqデータセットと2つの未公開scRNA-seqデータセットから,消化管全体の健康な細胞を統合解析した。合計で,143人の成人・小児,32人の胚・胎児・早産児ドナーから得られた約110万個の細胞で構成され,136種類の細胞タイプにアノテーションされた。発育期(小児)と成熟期(成人)の胃・十二指腸・回腸・結腸の細胞構成を比較すると,発育期の組織では神経系と間葉系が豊富であることがわかった。骨髄系細胞,特にマクロファージ/LYVE1陽性マクロファージも,成人の小腸・大腸と比較して,発育期で豊富だった。出生後に腸管IgA応答が発達するのと同様に,ほとんどのB細胞サブセットは成熟期に増加していた。ほとんどのT細胞サブセットは成熟期の消化管組織で増加したが,ILC3とCD56強陽性NK細胞は発育期の消化管組織で増加していた。成熟した消化管領域で存在量の違いを比較すると,口腔粘膜では内皮細胞が特異的に増加し,形質細胞は,他の組織と比較して食道で増加していた(
Fig. 2)。
次に疾患群として,潰瘍性大腸炎・クローン病・小児炎症性腸疾患(IBD)・セリアック病・大腸癌・胃癌の患者から得られたデータを健常人データと合わせて検討した。全体で約50万細胞を追加し,27の研究,271人のドナー,6つの消化器疾患で合計160万個の細胞を評価した。クローン病では,健常な回腸と比較し,口腔粘膜線維芽細胞が豊富であることがわかった。胃・小腸・大腸のIBDおよびがん検体から得られた疾患特異的線維芽細胞は,驚くことに口腔粘膜線維芽細胞に発現プロファイル上類似することがわかった。上皮系細胞のサブセットでは,大腸で疾患特異的な細胞群が観察され,遺伝子
DEFA5,
DEFA6,
REG3A,
PLA2G2Aの発現に基づいてパネート細胞と同定された。パネート細胞は,IBD患者の炎症組織とその近傍組織全体にみられたが,健常群では認めなかった。以上から,慢性炎症におけるパネート細胞への化生と考えられる(
Fig. 3)。
小腸では,健常検体と疾患検体で異なる2つの上皮細胞サブセットが同定された。健常十二指腸では,MUC6
+粘液腺頸部細胞と,ブルンナー腺細胞に似た表現型のMUC5AC
+表層小葉状細胞が観察された。これらの細胞は胃のサンプルに多く,幽門腺の細胞を表していた。IBDの回腸では,粘液腺頸部細胞または表面小葉細胞と判定される疾患細胞が豊富であった。また,セリアック病の十二指腸とIBDの回腸では,MUC6
+細胞は幽門腺化生を伴う上皮細胞であることがわかった。これ以後,健常な粘液腺頸部細胞と区別するために,疾患におけるMUC6
+細胞を炎症性上皮細胞inflammatory epithelial cells(INFLAREs)と命名する。幽門腺化生は,組織学的にIBD患者の約28%にみられることが報告されている。このMUC6
+細胞=INFLARsは,クローン病では腸全体に存在する一方,潰瘍性大腸炎患者の大腸にのみ存在し,病因や炎症部位と一致する。また,セリアック病患者やマイクロサテライト不安定性を有する大腸癌患者でも検出された。MUC6発現は潰瘍性大腸炎における大腸癌の発症と関連している可能性が示唆された。さらに,未治療のセリアック病患者において,MUC6
+INFLARsは,その粘膜局在性によって健常なMUC6
+ブルナー腺細胞と区別され,MUC6
+あるいはMUC5AC
+細胞はそもそも健常な回腸ではみられなかった。このように,INFLAREsは慢性炎症の際に腸全体にみられ,胃と十二指腸に限定される健常な粘液腺頸部細胞と転写様式が類似することがわかった(
Fig. 4)。
INFLAREsの起源を調べるため,小腸上皮細胞のTrajectory解析を実施したところ,INFLAREsはLGR5陽性の幹細胞から分岐し,その軌跡に沿って幹細胞由来の遺伝子の発現を保持していた。INFLAREsのドライバーを同定するために,幹細胞と粘液腺頸部細胞またはINFLAREs,あるいは十二指腸の他の炎症細胞(腸細胞および杯細胞)との遺伝子発現の比較を行ったところ,INFLAREsの運命決定に関与する可能性がある19種類の転写因子が見つかった(
Fig. 5)。
これまでの研究から,化生・形質転換は,傷害や治癒に反応する粘膜組織の応答であることが示唆されてきた。INFLAREsでは,特にTFF3が発現するが,TFF3は通常杯細胞が発現し,粘膜治癒において重要な役割を担う。対照的に,健常な胃と十二指腸の粘液腺頸部細胞は,ほとんどがTFF2を発現していた。INFLAREsでは,TFF2の発現が有意に減少し,幹細胞ニッチに重要な抗菌タンパク質をコードするPLA2G2Aの発現,さらに慢性腸炎に関与すると思われるシグネチャーも発現が亢進していた。健常な十二指腸や胃の粘液腺頸部細胞と比較し,INFLAREsはクローン病患者の回腸の幹細胞と同様に,サイトカイン誘導性の炎症シグナルやIFNγを介するpathway遺伝子を発現していた。さらに好中球マーカー遺伝子の発現がINFLAREsと相関していたことから,INFLAREsは免疫誘導性サイトカインを発現し,腸疾患における炎症を増強する可能性が示唆された。
炎症性サイトカインに加えて,INFLAREsでは,健常な粘液腺頸部細胞,特に十二指腸の細胞と比較して,MHCクラスII関連遺伝子の発現が上昇していた。MHCクラスIIの発現レベルの上昇は,表面小葉状細胞やLGR5+幹細胞を含む,炎症組織の他の上皮細胞でもみられたが,上昇はINFLAREsで最も顕著であった。炎症を起こした組織のINFLAREsでは,健常組織と比較してIFNγシグナル関連遺伝子の増加が観察され,これは,炎症を起こした腸にIFNγが豊富に存在し,MHCクラスII調節に関与していることが示された。MHCクラスIIの上昇と一致して,クローン病の回腸におけるCD4+T細胞とINFLAREsの密接な相互作用は,INFLAREsが慢性炎症において非従来型の抗原提示細胞として働く可能性を示唆する。以上から,幽門腺化生における粘膜治癒仮説に加え,INFLAREsはIBDやセリアック病発症における免疫細胞との相互作用を通して,慢性炎症を悪化させる可能性が示唆された。
•Science
1)腫瘍免疫学
血小板因子4によるTh1型制御性T細胞の極性化が抗腫瘍免疫を抑制する(Platelet factor 4–induced TH1-Treg polarization suppresses antitumor immunity) |
腫瘍微小環境内に存在する免疫抑制細胞,特に制御性T細胞(Treg)は,Th1タイプ制御性T細胞(Th1-Tregs)に変化することが知られているが,その誘導に関するメカニズムは十分に解明されていなかった。大阪大学の山本グループは,腫瘍関連マクロファージがケモカインである血小板因子4(PF4)を分泌し,TregsをTh1-Tregsへと偏位させることを明らかにした。担癌マウスモデルで,マクロファージにおけるPF4のコンディショナルノックアウト,モノクローナル抗体によるPF4の中和を行ったところ,腫瘍微小環境中のTh1-Tregsが有意に減少し,抗腫瘍免疫が強化され,腫瘍増殖が抑制された,というのが概要。
研究では,VeDTRシステムという方法を用いて,Cx3cr1とArg1遺伝子を選択的にターゲットにしたマウス:Arg1遺伝子が発現すると赤色蛍光タンパク質(RFP)が発現するマウスを作成した(
Fig. 1)。このマウスを用いて,各組織のマクロファージ:ミクログリア(脳),肺胞マクロファージ(肺),クッパー細胞(肝臓),脾臓マクロファージなど,さらに腫瘍浸潤マクロファージ(CD11b
+ Ly6G
-細胞)でのRFP発現を比較したところ,腫瘍浸潤マクロファージでのみ,他の組織マクロファージと比べて高いRFP発現を認めた。以上の結果から,Arg1
+マクロファージが腫瘍を有するマウスに特異的に存在することが示された。またArg1
+ TAMsを除去すると,腫瘍の増殖と腫瘍微小環境内のTh1-Treg細胞比率が低下した(
Fig. 2)。
次にArg1
+ TAMsがTreg細胞をTh1-Tregsに誘導するか調べたところ,Arg1
+ TAMsとの共培養により,直接的な物理的相互作用がなくてもTh1-Tregsの偏位が誘導されることがわかった。シングルおよびbulk RNAseq解析を用いて,Arg1
+ TAMsから分泌されるTh1-Treg細胞の偏位を誘導する因子を検討したところ,PF4が同定され,この作用はCXCR3依存的であることが明らかになった(
Fig. 3)。PF4の高い発現は,他の組織マクロファージではなく,特にArg1
+ TAMsで検出された。また,PF4の誘導には,いわゆるワールブルグ効果と関連する高濃度の乳酸が関与する可能性があることがわかった。野生型と比べて,マクロファージ特異的PF4欠損マウスでは,腫瘍増殖とTh1-Treg細胞比率が低下した(
Fig. 4)。最後に,新たに作成されたPF4に対するモノクローナル中和抗体を,腫瘍をもつマウスに投与したところ,腫瘍の増殖と腫瘍微小環境内のTh1-Treg細胞比率が低下し,抗腫瘍免疫が改善することがわかった(
Fig. 5)。
以上の結果から,腫瘍関連マクロファージ由来のPF4を標的とする治療は,腫瘍の免疫逃避を抑制し,抗腫瘍免疫を強化する新たな治療戦略となる可能性が示された。
•NEJM
1)脳神経科学
硬膜下血腫に対する補助的中硬膜動脈塞栓術(Adjunctive middle meningeal artery embolization for subdural hematoma) |
今週号では,硬膜下血種に対する治療として,外科的ドレナージに加えて補助的中硬膜動脈塞栓術の有効性を示す論文が2報掲載されているが(米国:EMBOLISE 試験,中国:MAGIC-MT 試験),ここでは米国の試験について取り上げる。
亜急性~慢性の硬膜下血腫は頻度が高く,外科的除去後に再発することも多い。再手術のリスクを軽減すために,補助的な中硬膜動脈塞栓術の有用性に関しては不明であった。本試験は,前向き多施設共同介入適応デザイン試験を行い,外科的除去の適応となる「症状を伴う亜急性または慢性の硬膜下血腫患者」を対象として,中硬膜動脈塞栓術と手術を併用する群(治療群)と,手術のみを行う群(対照群)に無作為に割り付けられ,指標治療後90日以内に再手術を要した血腫の再発または進行がエンドポイントとして評価された。
197例が治療群,203例が対照群に割り付けられた。400例中136例(34.0%)が無作為化前に手術を受けていた。再手術を要した血腫の再発または進行は,治療群で4.1%,対照群11.3%に発生した。神経機能低下は,治療群11.9%,対照群9.8%に発生した。90日死亡率は,治療群5.1%,対照群3.0%だった。また30日目までに,治療群の4例(2.0%)に塞栓術に伴う重篤な有害事象が発現し,うち2例は障害を伴う脳梗塞であった。それ以降180日目まで重篤な有害事象は発現しなかった。
以上から,外科的除去の適応となる「症状を伴う亜急性~慢性の硬膜下血腫患者」において,外科的ドレナージ術と中硬膜動脈塞栓術の併用は,再手術を要する血腫の再発または進行のリスクを外科的ドレナージ術単独と比べて低下させることが示された。硬膜下血腫の管理における中硬膜動脈塞栓術の安全性評価のため,さらなる検討が必要と記載されている。以上の結果はわかりやすい
サマリーと
動画にまとめられている。
今週の写真:長崎・出島
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(小山正平)