•Nat Med
1)データサイエンス
電子医療情報のエンドツーエンド解析のためのオープンソースの枠組み(An open-source framework for end-to-end analysis of electronic health record data) |
電子医療記録(Electronic Health Records:EHR)が普及してきたものの,異質なデータを包括的かつ探索的に分析できる枠組みの開発はまだ不十分である。ドイツの研究者たちはPythonを用いたモジュール式オープンソースを開発してehrapyと名付けた。ehrapyでは,データの抽出と品質管理に加え,次元を下げた見せ方もできるように,一連の分析手順を組み込んだ。モジュールを利用することで,患者と疾患病態の関連付け,患者クラスター間の差異比較,生存分析,軌跡推論,因果推論などを簡便に実施できる。また,オントロジーを利用して,データ共有とディープラーニングを行いやすくした。まるでシングルセル解析の時の細胞1個のデータがヒトに置き換わったかのように解析が行われた。
その例として以下の6つの例を示している。
①非特異的肺炎の層別化
中国の浙江大学医学院附属小児病院の集中治療室に入院した小児患者のEHRとして,人口統計,診断,医師記録,バイタルサイン,検査,投薬,体液バランスなどを含めた12,881人の小児患者のデータを用いた。青年層(13カ月から18歳)で「非特異的肺炎」と診断された合計265人の患者を対象としたところ,「敗血症様」,「重複感染を伴う重症肺炎」,「ウイルス性肺炎」,「軽度肺炎」の患者群が同定された(
Fig. 2, PIC dataset overview and annotation of patients diagnosed with unspecified pneumonia)。「重複感染を伴う重症肺炎」について症例をピックアップすると,広域スペクトルの抗菌薬治療を行ったにもかかわらず,
Acinetobacter baumannii陽性と判明するまでCRPレベルが上昇したままであり,その後,投薬変更が行われてCRPおよび単球レベルの減少につながった症例で合理的な結果と考えられた。
②生存に有意差をもたらすバイオマーカーの同定
生存分析モジュールによるKaplan-Meier解析を通じてバイオマーカーによる臨床指標を特定した。すなわち,「非特異的肺炎」ではAST,ALT,GGT,ビリルビンのばらつきが大きいことに注目したところ,GGT,ALT,ASTの各値のピークが「基準値外」の場合,生存率の低下と相関した一方で,ビリルビン値は,生存に有意な影響はなかった。
③肺炎治療薬を分類して入院期間への影響を定量
因果推論モジュールでは特定の介入または治療の結果としてのアウトカムとの関連性を推定できることから,ICU入院期間に対する投薬の影響を定量化した。セファロスポリンやペニシリンはICU入院期間の延長に寄与した一方,抗ウイルス療法やコルチコステロイド,カルバペネムはICU入院期間の短縮に寄与し,抗真菌薬は特に影響はないという結論を見出した(
Fig. 4, Causal inference of LOS affected by different medication types)。こういった形で医療におけるエビデンスに基づいた意思決定に貢献できる可能性がある。
④心血管リスクの評価
英国の50万人以上が参加して,遺伝子リスクスコア,メタボロミクス,網膜等の画像データ,年齢,性別,体格指数,血圧,喫煙行動,コレステロール値などの既知の臨床予測因子等の一般的な臨床変数などの情報を登録したバイオバンク(UKB)のデータから,心血管リスクについてモデル化した。例えば,心筋梗塞の発症をKaplan-Meier分析で男性と女性で比較したり,Cox比例ハザードモデルで心筋梗塞発症後の生存に寄与する因子として抗コレステロール薬やインスリンの使用が特に有効なことを描出できたり,心血管リスクの予測精度を高めるためにはどの指標の組み合わせがよいかを
C-indexを用いて算出できた。
⑤画像データに基づいたCOVID-19患者の病態推移の予測
COVID-19の胸部X線画像を公開したBrixIAデータセット(
リンク)を用いて「正常」,「軽度」,「中等度」,「重度」,「重篤」に分類し,画像的特徴を抽出してまるでシングルセル解析のようにUMAP上に表示し,pseudotimeを計算して疾患重症度に応じて各画像を正常から重症まで並べることができた(
Fig. 6, Recovery of disease severity trajectory in COVID-19 chest x-ray images)。
⑥EHRがバイアスを検出して軽減できるかの例
130の米国病院における糖尿病患者の1998〜2008年の10年間にわたる10万件以上の患者受診から得られた14日までの入院ケアの検査や診療データ等を47項目にわたり抽出したデータベースを用いて,バイアスを検出して軽減できるか調べた。Medicareの利用者は60歳以上になると白人が多くなる傾向になることが抽出されたり,HbA1c測定は入院患者の18.4%のみでしか測定されていなかったが紹介ケースよりも救急ケースの方が測定頻度が多いことなどを見出した。
Fabian Theis博士はシングルセル解析を中心に様々な新しい手法を大型ジャーナルに発表してきた注目の研究者で,特に最近は呼吸器を扱った論文も多い。この論文を見て驚いたのはもともと細胞1個ずつが持つオミックスデータを用いて行われていたシングルセル解析の発想を,患者1人ずつが持つ電子医療記録の統合解析に応用したのはなるほどという展開だったので取り上げた。
•Science
1)幹細胞生物学
PIEZO依存性のメカノセンシングは腸上皮幹細胞の運命決定と維持に不可欠である(PIEZO-dependent mechanosensing is essential for intestinal stem cell fate decision and maintenance) |
メカノセンシングの受容体にはPIEZO1,PIEZO2が知られており,その発見(
Wiki)に対しては温痛覚受容体の発見(
Wiki)と併せて2021年のノーベル生理学賞が授与されたことは記憶に新しい。今回は腸上皮幹細胞におけるPIEZOを介しメカノセンシングの重要性に焦点を当てた研究で,フランスとカナダを中心とする国際共同研究チームからの報告である。
AASJにも紹介された。
生体内の組織幹細胞は生化学的なシグナルだけでなく,物理的な刺激も感知して恒常性を維持すると考えられてきたが,物理的な刺激の需要が幹細胞にどのように影響を及ぼすかは未解明だった。腸上皮幹細胞は腸cryptの下部に位置し,transient amplifying cell(
TA細胞)を経て,分泌系や吸収系の細胞に分化しながらcryptの中を上がってくるが,細胞外マトリクスの硬さや張力が腸上皮幹細胞の機能にどのような影響を及ぼすかを
Piezo1,
Piezo2のコンディショナルノックアウトマウスを作成し,硬さを測定できる原子間力顕微鏡や,硬さを変えたゲルへの培養および周期的な張力変化を加えられる培養装置を用いて明らかにした。
Fig. 1ではWTマウスの腸オルガノイドにPIEZO阻害薬(GdCl3, GsMTx4)を添加するとLGR5陽性の腸上皮幹細胞の数が減少することを示した。
Fig. 2では
Piezo1/Piezo2コンディショナルダブルノックアウトマウス(
Villin-creERT2;
Piezo1Flox;
Piezo2Flox)ではcrypt部分が長くなり,絨毛部分が短くなること,増殖期の細胞数が増加し,幹細胞数は減少すること,アルシアンブルー陽性の分泌系細胞の数が減少するなどを示した。
Fig. 3ではシングルセル遺伝子発現解析を行ったところダブルノックアウトマウスではTA細胞がほぼ消失し,分泌系細胞は減少,吸収系細胞は増加することを示し,TA細胞が吸収系細胞に一方向性に分化したことが示唆された。パネート細胞はWNTやNOTCHリガンドを発現して腸上皮幹細胞の恒常性維持に寄与することが知られており,ダブルノックアウトマウスでは分泌系であるパネート細胞が減少したことから,蛍光ラベルした野生型マウスとラベルしていないダブルノックアウトマウスの腸オルガノイド細胞を混ぜて培養してみたところ,PIEZO欠損細胞の腸上皮幹細胞はほぼ消失したままだった。このことからPIEZO欠損による腸上皮幹細胞消失を細胞間相互作用では回復できないことが示唆された。
Fig. 4ではシングルセル遺伝子発現解析でダブルノックアウトマウスではNOTCHシグナル下流の
Hes1が腸上皮幹細胞と吸収系細胞に発現上昇,分泌系細胞への分化を示す
Atoh1陽性細胞が減少していること,野生型マウスの腸オルガノイドを用いてPIEZO阻害薬によりNOTCHシグナルが活性化することを示した。WNTシグナルの下流のβカテニンについても調べ,PIEZO阻害薬はWNTシグナルを抑制することを明らかにした。腸オルガノイド培養でPIEZO欠損状態でWNTシグナル活性化とNOTCHシグナル阻害を併用すると,オルガノイドの増殖性はある程度回復することもわかった。
Fig. 5では腸上皮幹細胞をラベルしながら細胞内に流入するCaイオンを可視化(
リンク)できるレポーターマウス(Lgr5-GFP:K-GECO1)を用いて細胞を播いて培養するゲルを硬くするとPIEZO刺激薬によるCaイオンの流入が大きくなることを明らかにし,ゲルが硬くなるとPIEZO阻害薬によって幹細胞の数が減少しやすいことを見出した。さらに原子間力顕微鏡を用いて,生体内の腸cryptの上部と下部で硬さを測定し,腸上皮幹細胞のいる下部では硬く,上部では柔らかいことも示した。
Fig. 6では細胞に張力を加えるための装置を導入し,5kPaの硬さのポリアクリルアミドゲル上に撒いた2次元細胞シートを24時間にわたり10%の幅で30秒引っ張っては30秒リリースするという刺激を加えたところ,腸上皮幹細胞の増加を認め,PIEZO阻害薬を加えておくと刺激を加えてもわずかな増加だった。
論文の結論は冒頭の
RESEARCH ARTICLE SUMMARYに要約が示されており,PIEZOを通じたメカノセンシングが腸上皮幹細胞のNOTCHシグナルとWNTシグナルの調整により,組織幹細胞の定義ともいえる自己複製能と分化能の両方に役立っている点は興味深い。
•NEJM
1)小児肺炎球菌ワクチン
今回の号では小児肺炎球菌ワクチンの2つの治験結果が掲載されており,1つは長崎大学熱帯医学研究所の吉田レイミント教授らを中心とするベトナムでの国際共同研究で接種回数削減について,もう1つはケニアでのワクチン接種量を減量することについて,いずれも推奨されている接種条件に対する非劣性を証明した研究となっている。
ベトナムにおける小児肺炎球菌ワクチンの接種回数削減の非劣性治験(Effect of a reduced PCV10 dose schedule on pneumococcal carriage in Vietnam) |
内容は
プレスリリースがわかりやすいので長崎大学のホームページを是非参照されたい。
ケニアにおける小児肺炎球菌ワクチン減量接種の非劣性治験(Fractional doses of pneumococcal conjugate vaccine — A noninferiority trial) |
肺炎球菌結合型ワクチン(PCV)は侵襲性肺炎球菌感染症に対して効果が高いが高価なため,多くの低中所得国にとって,最も費用のかかる定期予防接種である。より安価な投与計画が可能かを検討するため,ケニアの健康な乳児を対象に,多価ワクチンであるPCV10とPCV13の減量投与(全量の20%または40%)の免疫原性が,全量投与に比べて非劣性を証明できるか調べた。要点は
QUICK TAKEがわかりやすい。イギリスやケニアの研究者たちによる報告で,ビル&メリンダ・ゲイツ財団(
Wiki)などが研究費を出した。
ケニアの2,097名の生後6〜8週の乳児を7群に分けて,グループA〜Fでは,PCV10とPCV13についてそれぞれ全量,40%量,20%量投与で,2回のプライミング+1回のブースター投与のスケジュール,グループGではPCV10について全量投与で,3回のプライミング投与のみ(ブースター投与なし)のスケジュールで,プライミング投与とブースター投与のそれぞれ4週間後に免疫原性を評価した。結果は2回のプライミング+1回のブースターのスケジュールで,PCV13の40%量投与に対する免疫原性はPCV13に含まれるすべての血清型に対して非劣性だった。一方でPCV13の20%量,PCV10の40%量および20%量は,非劣性の基準を満たさなかった。有害事象は各群に均等に分布していた。
以上より,PCV13の40%減量は2回のプライミング+1回のブースター投与のスケジュールでも効果は変わらないと結論づけたが,免疫持続期間などの長期的な影響やHIV陽性の場合は今後評価する必要があると限界点も述べられている。なお,本邦では(
リンク),2024年10月以降はPCV20が導入されたが,現在はまだPCV15も使用されている。接種スケジュールは生後2カ月齢の小児でワクチンを開始し,7カ月齢までは3回のプライミング+1回のブースターというスケジュールが基本となっている。
今週の写真: 紅葉シーズンで週末に家族と永観堂に行ってきました。 |
(後藤慎平)