2025年,波乱に富む1年になりそうだが,戦争はお断り!
本年もどうかよろしくお願いします。TJH執筆当番は勉強になるから続く。今回は日本人研究者の2報と,GDF-15とがん・慢性炎症・Cachexia治療の計3報です。
・Nature
1)がん免疫
がんにおける2型免疫の再構築(Reinventing type 2 immunity in cancer) |
今週号のContentsを見ていて,この課題不消化,勉強したいと思って取り上げた総説である。著者はILC2の発見者小安先生を含む方々。図は3枚だがよく吟味されていて含蓄がある。
最初に約40年前のTH1細胞,TH2細胞の異なるサブセットから復習。TH1系はIFNγなどType1サイトカイン産生によるType1免疫応答である。IFNγはマクロファージの貪食活性を亢進しphagosomeによる排除と病原情報を収集。TH2系は寄生虫(蠕虫)などの細胞外病原体への宿主防御に不可欠である。好酸球誘導,杯細胞粘液産生増加,平滑筋収縮などで対応する。Type1免疫は好中球・単球による抗菌剤生成などの機能だが,同時に自らの組織損傷にもつながる。Type2免疫は逆に組織の炎症軽減と修復・再生構築機能を持つ。
ここにILC2の発見が加わり,寄生虫感染防御はTH2細胞だけではないとの認識が加わった。そこで
Fig. 1の小腸と寄生虫感染,皮膚とメラノーマにおけるこれら細胞群の比較理解となる。まず組織からのalarminとしてのIL-33,TSLP(thymic stromal lymphopoietin),IL-25である。ILと命名されているがstromalから分泌される。TSLPはIL-7類似構造という。それらによりILC2よりIL-4,IL-13,IL-5,GM-CSF,一方TH2よりIL-5が好酸球を活性化し細胞障害性物質MBP,EPO,ECP,EDNなどを分泌する。一方,TH2からはIL-4分泌を介してB細胞クラス・スイッチでIgE産生を促進する。
腫瘍組織にも見られる線維化に関して,寄生虫防御としての線維化はILC2由来IL-13を介して,マクロファージのTGF-β,線維芽細胞コラーゲン産生亢進で組織修復と同時に,元は寄生虫・虫卵を被包する機能であった。またCAF(cancer associated fibroblast)も,こうした寄生虫防御としての関連で理解される。
一方Type2サイトカイン,alarmin(TSLP,IL-25,IL-33)は細胞免疫の開始・維持に重要だが,TSLPは動物実験で乳癌発生抑制効果がある。
TH2細胞やILC2の抗腫瘍作用は,多彩な動物実験データを中心に述べてある。ILC2は2型サイトカインIL-5,IL-13の供給源である。一方ILC2活性はPD-1により負に制御されている。したがって抗PD-1抗体治療による効果の一端が,ICB効果として期待される。
その他,好酸球やB細胞の抗腫瘍作用も項目として取り上げられ,好酸球由来細胞傷害性顆粒の放出,あるいは寄生虫に見られるIgEとIgE受容体発現免疫細胞の浸潤に抗腫瘍への応用なども述べられている。これらは
Fig. 3にまとめられている。
最後には癌組織を炎症型と非炎症型に分けるという2024年の新コンセプトが紹介されている。前者はpassenger遺伝子の変異蓄積で,かえって抗腫瘍免疫応答を促進する。後者はEGFR変異などの強力なdriver遺伝子による癌組織で,これは腫瘍化の過程で免疫応答を直接抑制した非炎症性腫瘍微小環境を作り出す。すなわち「免疫ゲノム癌進化説(immuno-genomic cancer evolution)」(国立がんセンター・京都大学:西川博嘉ら,
リンク)。2型免疫によるがん治療は当然前者には効果があるが,後者では増殖と進行に寄与する可能性も述べている。
2型免疫からのがん病態の理解として,頭の洗濯・整理になった。
・Science
1)非視覚性光受容体
下垂体内分泌細胞による直接的な光受容はホルモンの放出と色素沈着を調節する(Direct photoreception by pituitary endocrine cells regulates hormone release and pigmentation) |
この論文は先週分1月の最初の号からである。
OpsinはG protein-coupled receptor(GPCR)に属し,光受容体として立体構造中央の11-cis retinalがall-transへ異性化することにより,光受容を細胞応答へ変換する。もちろん網膜でのrod,coneを構成する視覚性光受容体は有名だが,それ以外の非視覚性Opsinが具体的にいかに機能するのかは知られていない。
今回は偶然見いだされたメダカの下垂体分泌細胞melanotrophに遺伝子工学的に組み込んだGCaMP(Ca
2+流入指示蛋白として,先に
TJH#280でも紹介,コンストラクトはSupplにあり)が実験装置の光に反応して,Ca
2+を取り込むことから,非視覚性Opsinとしてopn5mを同定したものである。東大,岡山大など日本の研究者グループからのしっかりとした報告(Supplementary Materialsが60ページ)である。Opn5mという遺伝子名は臨床では馴染みがないが,opn5L1,opn5L2は魚類,両生類,鳥類などでみられ,opn5mは哺乳類にも存在する光受容体。
研究グループはまず単離した下垂体で青色励起光でのCa増加をcorticotrophを対照としてmelanotrophで示し(
Fig. 1A),その励起波長特性が365nmにあるなど基礎データを示している。
次にメダカ・ゲノム中34種類のopsinのうち,下垂体後部で発現するものはopn5mであることをアンチセンス染色で確認し,これをCRISPR/Cas9法でノックアウトしたところ,下垂体のCRH放出は変化がないが,MSH放出は抑制された。
実際に脳の深い位置の下垂体で,直接の光受容が起こるのかを網膜と下垂体に別々に光を照射する系を使って(
Fig. 3),Ca反応を確認している。
さてmelanotrophからのα-MSH(脱acetyl,モノacetyl等各種MSH)を測定し,opn5m-/-では分泌抑制のあることを示した(
Fig. 4A)。次にα-MSHがskinのtyrosinase(メラニン合成の律速酵素)の発現に関与するかは,opn5m-/-を対照にして同+/+で明らかにしている。さらにopn5mが下垂体以外に腸や皮膚などにも発現していることから,下垂体とそれ以外のopn5mの役割の差を,下垂体を黒色シートで覆いUV+白色LEDを1日暴露した結果,覆ったほうがtyrosinaseが低い(実際に下垂体のMSH分泌の影響が大きい)ことが示された。
以上より下垂体において,melanotrophがopn5mを介して短波長光に反応し,自律的にMSHホルモンを放出する機構が解明された(
リンク)。そもそもはUV光に対する防御機構であるメラニン合成の光受容システムである。
一方,方法論として細胞内Ca流入反応を調べるGCaMPが多方面の応用がなされており,まったく未知の機構が本論文のように解明されるのには驚く。なお本論文のイントロ部分に,人など哺乳類では,この直接経路を失い,目を経由する相補的経路で日内リズムを修飾することが記載されている。
・NEJM
1)悪液質
癌性悪液質の治療のためのポンセグロマブ(Ponsegromab for the Treatment of cancer cachexia) |
・Ponsegromab for cancer cachexia — A new dawn for an old condition?
・Science behind the study: Cancer cachexia and the brain stem
昨年の最終号に掲載された臨床試験論文であるが,悪液質の本質的な問題で,その受容体が2017年に同定されたGDF-15(growth differentiation factor-15,TGF-βの遠縁)に対する抗体の開発として注目される。EditorialとScience behind the studyも同時掲載され,後者は嘔吐に関する脳幹部の反射に関しても記載している。なおGDF-15受容体はGFRAL(glial cell-derived neurotrophic factor)として後脳(postrema:脳幹嘔吐中枢)に発現している(
リンク)。TJHでは
#268で妊娠悪阻に関して胎児由来GDF-15/GFRAL論文を報告している。
第二相臨床試験(NCT05546476)は12週間の二重盲検(Part A)と,その任意の非盲検延長(Part B)からなり,本報告はPart Aである。
患者は悪液質(過去6カ月以内の不本意な体重減少が5%超,あるいはBMIが20%未満で2%超の体重減少)患者が,2023年2月~12月に187名(NSCLC74名,膵臓癌59名,大腸癌54名)で表1のようにPlacebo:Ponsegromab 100mg:同200mg:同400mg=1:1:1:1に割り付けられた。
表1に見られるように諸指標の割合はほぼ均衡がとれている。各グループで10%以上の体重減少が40~50%,臨床病期III/IVが80%以上である。ECOGのPSは0/1が80%以上。またGDF-15濃度は2200~8600pg/mLであった。
患者は4週間ごと3回の抗体を皮下投与を受け12週目に評価された。
結果は主要評価項目で体重増加は100mg群で1.22kg(0.37〜2.25),200mg群で1.92kg(0.92〜2.97),400mg群で2.81kg(1.55〜4.08)(
要約図)で,400mg群では体重増加以外に身体活動や,腰部骨格筋指数も有意の上昇〔2.04cm
2/m
2(0.27〜3.83)〕であった。安全性では有害事象としては70〜80%を認めたが,軽度ないし中等度のものがほとんどで,試験期間中に26名が死亡している。
Discussionでは,癌腫を超えて抗GDF-15抗体に反応している点で,GDF-15がさまざまな悪性固形腫瘍に共通原因であり,治療ターゲットになると述べている。なおGDF-15は心不全,腎不全,COPDなどでも高値となり,幅広い臨床応用の可能性も指摘している。
GDF-15そのものは炎症との関連の強い物質ではあるが,その受容体が脳幹部に発現するなど,今後まだまだ臨床展開が期待される。
今週の写真:仙台泉が岳スキー場駐車場上の子供用ソリ・ゲレンデ。ほどほどのスピードで孫達が楽しんでいた。
|
(貫和敏博)