•Nature
1)腫瘍免疫学GDF-15の中和により,固形癌における抗PD-1/PD-L1抗体の抵抗性を克服する(Neutralizing GDF-15 can overcome anti-PD-1 and anti-PD-L1 resistance in solid tumours)
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DOI: 10.1038/s41586-024-08305-z
本研究は,スペイン・スイス・ドイツなどにおいて実施された,抗PD-1または抗PD-L1療法に抵抗性を示す進行癌患者を対象とした,GDF-15中和抗体「ビスグロマブ(CTL-002)」と抗PD-1抗体「ニボルマブ」の併用療法に関する臨床試験(GDFATHER-1/2a試験)。TGFβスーパーファミリーに属するGDF-15は,胎盤や固形癌で高発現し,腫瘍が免疫システムを抑制するために利用する主要な分子であることが明らかになった(リンク)。これは,胎盤抗原に対する胎児-母体間の免疫寛容を維持するGDF-15の生理的な役割と類似している。GDF-15に関しては,TJH No. 309でも悪液質に関わる因子として紹介している。
P1臨床試験(GDFATHER trial)
フェーズ1(パートA)は,進行性または転移性の固形癌(25例)を対象。ビスグロマブとニボルマブの併用療法の安全性と忍容性を評価。フェーズ2a(パートB)では,特定の進行性固形癌におけるビスグロマブとニボルマブの抗腫瘍活性を検討した。対象はいずれも過去のICI治療に再発または抵抗性を示した患者。
臨床効果:(図1)部分奏効(PR)3名(中皮腫,肝細胞癌,不明原発癌)。1名(不明原発癌)は治療8カ月後にラジオ波焼灼術(RFA)を実施→完全奏効(CR)など。免疫組織学的解析では,GDF-15の中和により腫瘍選択的なT細胞の増加が確認された。治療前と比較して,14日目の中央値:CD4+FOXP3-T細胞(2.13倍),CD8+ T細胞(1.78倍),増殖T細胞(1.46倍),CD3+GZMB+ T細胞(1.6倍)であった。
次にTCGAデータベースの約10,000件の腫瘍サンプルを解析し,GDF15高発現とT細胞シグネチャーの逆相関が認められた腫瘍タイプには,大腸癌,尿路上皮癌(UC),乳癌,膵臓癌,肺腺癌(LUAD),腎細胞癌(腎透明細胞癌)などがあった。特に肺腺癌は肺扁平上皮癌よりGDF15発現が有意に高く,GDF15発現と免疫マーカーの間の負の相関はLUADで顕著であった。
以上から,非扁平上皮NSCLCおよび尿路上皮癌(UC)がフェーズ2a試験の対象適応として選定された(図2)。
P2a試験
少なくとも12週間の継続的な抗PD-1/PD-L1治療を受けていた患者のみ対象。治療中再発または進行した症例に限定。
NSCLCコホート
2024年5月時点で,NSCLCコホートには27名登録。RECIST 1.1基準では,27名中4名(14.8%)が奏効(PR 2名,CR 2名)を示した。すべての奏効は非扁平上皮肺癌で,このサブグループの奏効率(ORR)は19.0%(4/21)であった。奏効した4名は過去に抗PD-1/PD-L1治療を中央値19.7カ月受けていたのに対し,非奏効者23名では中央値5.8カ月であった。奏効はPD-L1陽性・陰性の両方で確認された。
UCコホート
2024年5月時点で,UCコホートには27名登録。治療の平均期間は5.4カ月。ORRはRECIST 1.1基準に従い18.5%(5/27)。現在の平均奏効持続期間(DOR)は16.4カ月(中央値14.4カ月)。
解析結果:
・液性因子およびインターフェロンシグナル
CXCL9,CXCL10,CCL8,CCR5,IRF7などの炎症関連遺伝子およびインターフェロンやサイトカインシグナルに関連する経路の誘導およびT細胞浸潤が確認された。疲弊マーカーであるPDCD1,LAG3,HAVCR2は誘導されなかった。CXCL9およびCXCL10の血清レベルは治療後に有意に増加した(図4)。
・GDF-15と免疫細胞浸潤との相関
治療前の血清GDF-15レベルが>1.5ng/mLである患者では,腫瘍内のCD4+FOXP3+制御T細胞密度,細胞毒性CD3+GZMB+ T細胞密度,および増殖中CD3+Ki67+ T細胞密度が有意に低下することから,GDF-15がT細胞サブセット,T細胞増殖・活性化に抑制的であることが示唆された(図5)。その他の免疫細胞サブセットに対する影響は有意なものはなかった。
以上から,GDF-15の中和は,癌における免疫チェックポイント阻害に対する耐性を克服する可能性が期待される。
•Science
1)循環器・呼吸器病学
肺動脈性高血圧におけるリソソーム機能不全と炎症性ステロール代謝(Lysosomal dysfunction and inflammatory sterol metabolism in pulmonary arterial hypertension) |
血管内皮細胞の炎症は,特に肺動脈性肺高血圧症(PAH)において重要な役割を果たすと考えられている。リソソームの活性やコレステロール代謝の調節異常は,血管の炎症を引き起こすことが知られている。リソソーム酸性化は,vacuolar H+ adenosine triphosphatases(V-ATPase)に依存している。核受容体共活性化因子7(NCOA7)はV-ATPaseに結合してリソソーム機能を制御し,炎症の誘発に関わり,PAH肺組織においてヒトの血管内皮で発現が上昇していることが知れているが,NCOA7と血管疾患を結びつける詳細なメカニズムは不明であった。
今回米国ピッツバーグ大学のグループは,肺動脈内皮細胞およびPAHにおいて,サイトカインによるNCOA7誘導がリソソーム酸性化を維持し,炎症を抑制するための恒常性制御として機能していることを明らかにした。一方,NCOA7欠損はリソソーム機能不全を引き起こし,炎症性オキステロールや胆汁酸の生成を促進し,血管内皮の免疫活性化を促進した。さらに,内皮細胞におけるNCOA7欠損または胆汁酸7α-ヒドロキシ-3-オキソ-4-コレスタン酸への曝露は,血管内皮の免疫活性化の悪化とPAHの重症化を引き起こすことを見出した。実際に,無作為化された代謝物全体の関連研究(n=2,756 PAH患者)において,PAH死亡率(p<1.1×10^−6)と関連し,NCOA7依存性のオキステロールおよび胆汁酸の血漿プロファイルが同定された(
リンク)。
またiPS由来の内皮細胞を用いてNCOA7欠損に対する遺伝的素因を検討した結果,NCOA7遺伝子のシングルヌクレオチド多型(SNP)rs11154337がNCOA7発現,リソソーム酸性化,オキステロールおよび胆汁酸生成,血管内皮の免疫活性化を調節することが明らかになった。SNP rs11154337は,PAHの重症度,6分歩行距離,および発症率に関連していた〔UPMC cohort:n=93人患者,p=0.009,ハザード比(HR)=0.54,95%信頼区間(CI)0.34–0.86およびSTRIDEcohort:n=630人患者,p=2×10^−4,HR=0.49,95%CI 0.34–0.71〕。NCOA7への小分子結合の計算モデルを使用して,NCOA7を活性化する化合物を合成し,リソソーム活性を促進し,オキステロール生成を抑制し,血管内皮の免疫活性化を防ぐことで,動物モデルのPAHの悪化を抑制することに成功した。
以上の結果から,リソソーム生物学およびオキステロール・胆汁酸代謝が血管内皮の炎症とPAHに関連していることを示す遺伝的および代謝的な枠組みを確立した(
図リンク)。
本研究に関してはPERSPECTIVEでも紹介されており,研究背景などについても記述があることから,以下紹介する。
リソソームのコミュニケーションの解読(Decoding lysosome communication) |
肺動脈性肺高血圧症(PAH;グループ1の肺高血圧症)は,肺動脈の圧力が増加し,肺動脈壁の3層(内皮,平滑筋,外膜)の大規模な再構築を特徴とする致命的な疾患である。動脈内皮の機能不全はPAH発症と進行に中心的な役割を果たすが,その根本的なメカニズムは解明されていない。Harveyらのstudy(上記)は,リソソームの機能障害がこれらの細胞のステロール代謝の変化,血管炎症,疾患の重症度と関連していることを明らかにした。さらに,この研究はリソソームが健康と疾患において,細胞内の他の細胞小器官とどのようにコミュニケーションし,その変化が生じるかという問題を提起している。細胞小器官間の相互作用は細胞の恒常性に重要であり,これが乱れると心血管疾患,代謝障害,癌などを引き起こす可能性がある(
リンク)。つまり,細胞小器官の相互作用のメカニズムを理解することは,さまざまな疾患の予防と治療の新しい戦略を見出す手がかりになると考えられる。
リソソームは,マクロ分子の分解,リサイクル,シグナル伝達の中心的な細胞小器官で,細胞代謝や免疫応答の調節において重要な役割を果たしており,抗原を処理して免疫細胞を活性化する。これらの機能が乱れると,リソソーム内に未消化または部分的に消化されたマクロ分子が蓄積することや,分子がリソソームから適切に輸送されなくなることがある。これにより,リソソーム貯蔵の表現型と疾患が引き起こされる。リソソームの機能不全は主に遺伝性のリソソーム貯蔵病(LSD)の文脈で研究されており,これらは神経変性,心臓疾患,肺の異常に関連している(
リンク)。特に,稀な劣性遺伝で機能喪失を引き起こす遺伝的変異がLSDに関連しており,これが肺血管疾患と結びついている。例えば,リソソームを酸性化するプロトンポンプであるV-ATPaseのサブユニットの変異は,リソソームの酸性化を損ない,ガウチャー病,ニーマンピック病,ファブリー病などのLSDでみられるPAHを引き起こすことが知られている。
Harveyらの研究成果は,NCOA7をコードする遺伝子の特定の変異が,肺動脈内皮細胞でこの受容体の欠乏を引き起こし,その結果としてLSDの表現型とPAHが発生することを発見した。また,この欠乏がPAH患者において生存率の低下と関連していることを指摘している。さらにNCOA7が肺動脈内皮細胞のV-ATPaseと結びつき,リソソームの酸性化とステロールの処理を促進することを明らかにした。NCOA7の欠乏はこれらの細胞のリソソーム内でのステロール代謝を乱し,オキステロールや胆汁酸の蓄積を引き起こし,これらの代謝物がPAHにおける死亡率の悪化と関連していること。ヒトPAH内皮細胞やNcoa7欠損マウスが胆汁酸で炎症を誘発されることにより免疫が活性化されること。以上を明らかにした(
図1)。
リソソームの機能不全は,自己免疫疾患や心血管疾患でみられる表現型を引き起こすさまざまなメカニズムに関与している。例えば,ガウチャー病では,神経細胞におけるリソソームの機能不全がmTORC1の活性化と関連しており,この複合体は小器官である内因性膜に局在し,タンパク質合成やタンパク質ストレス応答を調節する。動脈硬化では,マクロファージでリソソームの分解機能が欠如し,リソソーム内で脂質が蓄積し,ミトコンドリアや内因性膜でストレス応答が活性化される。さらにインフラマソームを活性化し,炎症性サイトカインの産生を引き起こすことが知られている(
リンク)。今回の報告から,リソソームと他の細胞小器官との相互作用が血管内皮細胞でも発生し,代謝と免疫機能の調整に関与していることを示唆される。
•NEJM
1)救急医学
院外心停止に対する薬剤投与経路について2報の論文が掲載されているので紹介する。
院外心停止患者に対するエピネフリンなどの薬剤の有効性は,時間に大きく依存する。骨髄路投与は,静脈路投与よりも速やかに薬剤を投与できる可能性があるが,臨床転帰に対する効果は不明である。
院外心停止に対する薬剤投与経路の無作為化試験(A randomized trial of drug route in out-of-hospital cardiac arrest) |
1報目は,イギリスの11の救急医療システムにおいて,薬剤投与のために血管確保が必要な心停止の成人を対象に行われた多施設共同非盲検無作為化試験。患者を,救急救命士が骨髄路確保(
平成22年度(財)救急振興財団調査研究助成事業)を試みる群と静脈路確保を試みる群に割り付けられた。Primary outcomeは30日時点での生存とし,主な副次的outcomeは,自己心拍再開,退院時の神経学的機能などが比較された。合計で6,082例が割り付けられ,骨髄路確保の群3,040例と静脈路確保の群3,042例であった。30日時点で,骨髄路群3,030例中137例(4.5%)と静脈路群3,034例中155例(5.1%)が生存していた〔95%信頼区間(CI)0.68-1.32,p=0.74〕。退院時,骨髄路群2,994例中80例(2.7%)と静脈路群2,986例中85例(2.8%)の神経学的転帰が良好であった(95%CI 0.57-1.47)。自己心拍の再開があった症例は,骨髄路群3,031例中1,092例(36.0%)と静脈路群3,035例中1,186例(39.1%)だった。以上から,骨髄路確保と静脈路確保を比較して,いずれの項目についても有意差を認めなかった(PARAMEDIC-3試験)。
短時間の動画にまとめられているので参照いただきたい(
リンク)。
院外心停止の薬剤投与における骨髄路確保と静脈路確保との比較(Intraosseous or intravenous vascular access for out-of-hospital cardiac arrest) |
2報目は,デンマークの複数施設で,非外傷性院外心停止を起こした成人を対象に,同様に骨髄路確保を試みる群と静脈路確保を試みる群で,有効性が比較された無作為化臨床試験。主要転帰は,自己心拍の再開・持続,副次的転帰は30日時点での生存と神経学的転帰とされた。無作為化された1,506例のうち,主要解析の対象は1,479例で,骨髄路群が731例,静脈路群が748例であった。自己心拍の再開・持続は,骨髄路群221例(30%)と静脈路群214例(29%)で得られた〔95%信頼区間(CI)0.90-1.24,p=0.49〕。30日時点の生存は,骨髄路群85例(12%)と静脈路群75例(10%)(95%CI 0.87-1.56),神経学的転帰良好な生存は骨髄路群67例(9%)と静脈路群59例(8%)であった(95%CI 0.83-1.62)。こちらの試験においても,骨髄路群と静脈路群で,自己心拍の再開・持続が得られる割合に有意差は認められなかった(IVIO試験)。
こちらも短時間の動画にまとめられているので参照いただきたい(
リンク)。
今週の写真:龍安寺の石庭 |
(小山正平)