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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 312

公開日:2025.2.13




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母親由来のX染色体が発現すると認知機能は低下する/核内へ移入された染色体が機能するかはそのDNA配列によって決まる/NRG1 融合遺伝子陽性癌に対するHER2/HER3二重特異性抗体の効果

•Nature            

1)神経科学:Article

母親由来のX染色体が脳を老化させる(The maternal X chromosome affects cognition and brain ageing in female mice

DOI: 10.1038/s41586-024-08457-y

 カリフォルニア大学サンフランシスコ校のグループからの報告である。メスの哺乳類では,発生初期に2本あるX染色体のうち1本がランダムに不活性化され,X染色体不活性化(X-inactivation)と呼ばれている。不活性化されるのが母方由来のX染色体か父方由来のX染色体かは,細胞ごとにランダムに決定され,一度不活性化されたX染色体は,その細胞の子孫でも不活性化状態は維持される。この論文では,母方由来のX染色体が,マウスの認知機能を低下させ,脳の加齢を促進することを示している。特に海馬における遺伝子発現の変化を詳細に解析し,母方由来のX染色体上の特定の遺伝子群が認知機能に影響を与えることを明らかにした。また,これらの遺伝子の発現を活性化することで,加齢マウスの認知機能が改善することも実証している。
 図1では,若齢マウス(4〜8カ月齢)を用いて,Xm群(すべての細胞で母方由来のX染色体が発現している)とXp+ Xm群(母方由来のX染色体と父型由来のX染色体が細胞によってバラバラに発現している,NEWS AND VIEWSの図)の空間記憶能力を比較している。モリス水迷路試験では,学習能力に差はなかったものの,記憶の保持能力についてはXm群で低下がみられた。なお,Xm群のマウスは,Xist(X-inactive specific transcript)遺伝子を卵細胞特異的に欠損させたマウスである。X染色体上にあるXist遺伝子から転写されるノンコーディングRNAは,そのX染色体自身を不活性化するのに必須なため,Xm群のマウスでは母方由来のX染色体が,全身すべての細胞で不活化されずに発現している。
 図2では,若齢期から老年期までのマウスの認知機能と脳の加齢を評価している。Xm群は加齢に伴い空間記憶の低下が顕著で,特に中年期以降で記憶力の低下が進行した。また,海馬の生物学的加齢(エピジェネティック加齢)がXm群で促進された。
 図3では,母方由来X染色体と父方由来X染色体の間での遺伝子発現の違いを解析している。特にSash3(Sterile alpha motif and SH3 domain containing 3:T細胞の発達と活性化を制御する重要なタンパク質で,ニューロンでは認知機能や記憶の形成に影響を与えている),Tlr7(Toll-like receptor 7:一本鎖RNAウイルスなどの病原体を認識する免疫受容体で,神経系では記憶や学習に関連する遺伝子の発現を調節し,シナプスの可塑性や長期増強に影響を与えている),Cysltr1(Cysteinyl leukotriene receptor 1:炎症メディエーターであるロイコトリエンの受容体で,神経系ではシグナル伝達を介して認知機能や記憶の形成に影響を及ぼしている)といった遺伝子が母方由来X染色体で著しく発現が低下しており,これらの遺伝子が若齢期と老年期の両方で一貫して低下していた。これらの遺伝子はすべて,ミトコンドリアのエネルギー代謝を促進して神経細胞の機能を維持しているだけでなく,シナプス結合の最適化にも関与している。そして,Xm群のマウスでは,これらの遺伝子発現が低下しているために,記憶力が低下したと考えられた。
 最後に図4では,CRISPR活性化システムを用いて,母方由来X染色体上で発現が低下していた3つの遺伝子(Sash3,Tlr7,Cysltr1)を活性化してみた。この操作により,老齢マウス(20〜22カ月齢)の空間記憶能力が改善された。なお,本論文では3つの遺伝子をすべて活性化しており,個々の遺伝子の寄与は不明である。
X染色体の母性起源が認知機能や脳の加齢に重要な影響を与えることを初めて実証した研究で,女性間でも加齢による認知機能の低下には差があることの機序を示唆している。

・Science

1)分子遺伝学:RESEARCH ARTICLE

真核生物の核における外来染色体の配列依存的な活性と核内区画化(Sequence-dependent activity and compartmentalization of foreign DNA in a eukaryotic nucleus

DOI: 10.1126/science.adm9466


 パリのパスツール研究所からの報告で,真核生物の細胞核に外来染色体を導入した際の挙動を解析している。その結果,GC含量が宿主と同程度の外来染色体は転写活性をもち宿主染色体と相互作用する一方,GC含量が低い外来染色体は転写不活性となり核内で独立した区画を形成していた。これらの挙動は配列に依存しており,機械学習により予測可能であることもわかった(SUMMARYの図)。
 図1では,マイコプラズマの染色体を酵母の核内に導入し,クロマチン形成過程を解析している。マイコプラズマのゲノムサイズは,既知の自己増殖生物としては最小と言われている。そこで,マイコプラズマの異なる種であるM. pneumoniaeM. mycoidesの染色体を用意し,出芽酵母S. cerevisiaeの核内へそれぞれ導入してみた。その結果,GC含量が出芽酵母の38%とほぼ同じ40%のM. pneumoniae染色体は通常のクロマチン構造を示した一方,GC含量が24%と低いM. mycoides染色体では,ヌクレオソーム間の離れた(リンカーDNAの長い)特殊なクロマチン構造が形成された。
 図2では,外来マイコプラズマ染色体の転写活性を解析している。GC含量が出芽酵母とほぼ同じM. pneumoniae染色体は酵母染色体と同様の転写活性を示したのに対し,GC含量の低いM. mycoides染色体では転写活性が著しく低下していた。
 図3では,外来マイコプラズマ染色体の核内での空間的な配置を解析している。GC含量が出芽酵母とほぼ同じM. pneumoniae染色体は宿主染色体と混ざり合ったのに対し,GC含量の低いM. mycoides染色体は核内で独立した区画に追いやられていた。
 図4では,キメラ染色体を作製して核内での挙動を解析している。出芽酵母の染色体とGC含量の低いM. mycoides染色体を融合させると,GC含量の違いによって転写活性のある区画(出芽酵母由来)と転写活性のない区画(M. mycoides由来)に分かれてしまっていた。
 図5では,機械学習モデルを用いて,DNAの配列情報からクロマチン構造や転写活性を予測できるかを調べている。出芽酵母の染色体データで学習したモデルが,GC含量の異なる外来DNAのクロマチン形成や転写活性を正確に予測でき,これらのクロマチン形成や転写活性は配列に依存していることがわかった。
 「外来染色体が移入された核内で働くのか否か」はそのDNA配列によって予測可能であることを示した研究である。どのような機構で外来染色体のGC含量を検知して,転写活性を調節しているのかは不明であり,今後の研究テーマになりうると思われる。

•NEJM

1)腫瘍学:ORIGINAL ARTICLE

NRG1 融合遺伝子陽性癌に対するゼノクツズマブ(Efficacy of zenocutuzumab in NRG1 fusion–positive cancer

DOI: 10.1056/NEJMoa2405008
 
 メモリアルスローンケタリングがんセンターを中心とした国際共同第2相試験(eNRGy試験)で,NRG1融合陽性の進行固形癌に対するHER2/HER3二重特異性抗体zenocutuzumabの有効性と安全性を評価している。
 NRG1(Neuregulin 1)はEGF(上皮成長因子)ファミリーの一つで,そのEGF様ドメインを含む3'末端領域が,高発現している遺伝子(非小細胞肺癌では,56%がCD74,23%がSLC3A2)の下流に融合すると,この融合タンパク質が高発現されるようになる。高発現された融合タンパク質は,EGF様ドメインを介してHER3受容体に結合し,HER2-HER3のヘテロ二量体形成を促して,PI3K-AKT-mTOR経路が異常に活性化されるようになってしまう。そこでHER2/HER3二重特異性を用いて,この活性化を抑えようとする抗がん治療である。
 方法として,12カ国49施設から204例が登録され,そのうち肺癌は94例(46%)であった。投与は2週間ごとに750mgを静脈内投与し,病勢進行まで継続した。肺癌患者の87%で前治療歴があり,76%が白金製剤による化学療法,56%が免疫療法を受けていた。主要評価項目は奏効率である。
 測定可能病変を有する158例において,奏効率は30%(47例)で奏効期間中央値は11.1カ月,無増悪生存期間中央値は6.8カ月であった。肺癌患者93例における解析では,奏効率29%(27例),奏効期間中央値12.7カ月,無増悪生存期間中央値6.8カ月という結果が得られた(図1)。安全性については,204例中の大部分の有害事象はグレード1-2で,主なものは下痢,疲労,悪心であった。治療関連の有害事象による投与中止は1例のみであり,良好な安全性プロファイルが示された。
 NRG1融合遺伝子陽性癌の頻度は,様々な固形癌で1%未満と希少ではあるものの,特に肺癌では従来の治療で効果が乏しい粘液性腺癌であることが多い。その肺癌において29%の奏効率と12.7カ月の奏効期間を示したことは,第2相試験として十分期待に応える結果であったと思われる。


今週の写真:水族館で見つけたエメラルドグリーンの生物は,「チンアナゴ」。沖縄の海に生息しているそうです。

(TK)