今週の3論文は,次の臨床を考える上で大変刺激を受けた。Nature誌の新規PET描出への試み,Science誌のまさかの肺胞マクロファージ特異Peroxisome,NEJM誌の副鼻腔炎・Nasal polypへの抗TSLP抗体治療。いずれも呼吸器臨床に大きく関連する。
最も驚いたのは,Peroxisome! まさかこんな病態に関与していたとは! 50年前のDPBの病理像,脂質蓄積のfoamy macrophageを思い出した。
•Nature
1)放射線科
CD45-PETは炎症を画像化する強力で非侵襲的なツールである(CD45-PET is a robust, non-invasive tool for imaging inflammation) |
米国Harvard,Dana-Farber癌研究所を中心とした施設からの報告である。純粋な放射線科領域の臨床応用開発的論文であるが,Nature誌に掲載された。
そもそも腫瘍・炎症病巣描出のFDG-PETは,fluorodeoxy glucose(18F)が細胞内に取り込まれ,hexokinaseでリン酸化されることにより,それ以上細胞内で代謝されない特性を利用したものである。これを用いた腫瘍組織,転移巣などのPET像(陽電子放出断層撮影)で1990年代より臨床で使われている。
これに対し,Harvardのグループは炎症病態に集積する血球細胞のCD45〔PTPRC:タンパク質チロシンホスファターゼ受容体型C,白血球共通抗原(LCA),
リンク〕を検出画像化する試みである。
ここでは
18Fに対して
89Znが使われ,この
89ZnはDFO(deferoxamine,Znをキレートする)を用い,CD45抗体と一体化するプローブ作成方法である。CD45抗体としてはマウス用にnanobody(single domain antibody:分子量12~15kDa,
リンク)を用いる。方法論としては2021年にSTAR protocolに報告されている(
リンク,ここでは抗CD11b nanobodyであるが,その図はこのCD45用としてもわかりやすい:
リンク)。
論文内容は,CD45-PETの評価であり,それ自体に新しいbiologyはない。CD45-PETのbackground評価,CD45特異性としての描出臓器(
Fig. 1c~e)が示されている。
具体的に,LPS吸入によるマウス肺ARDSの描出,FDG-PET描出との差,臨床病態との関連(Fig. 2)が示されている。もう一つの病態はデキストラン硫酸ナトリウム(DSS)誘発性大腸炎モデルである。これもFDG-PETとの差,あるいは約8日間の経過による病態変化(回復)が示されている(Fig. 4)。
最後にヒトCD45-PETのプローブとして,臨床で既に使用されているヒト抗CD45抗体(BC8)からミニボディとして2量体(約80kDa)を用い,ヒト化マウス(NSG-MHC I/II dKO)に107個のPBMCを注入し,89Zn標識CD45-PETでイメージングし,その臓器分布,あるいはGVHD的病態の進行を経時的に評価している。
30年以上に渡り臨床で使用されたFDG-PETに変わる炎症描出PETプローブの開発。その意義は理解するが,CD45-PETを具体的に何の評価に使うか? 膠原病? 感染症? 同時に89Znとnanobodyを用いる技術は遺伝子工学の応用でもある。他に描出標的蛋白にはどんなものがあり得るか?こうした点がNature掲載の背景か?
•Science
1)Long covid,Peroxisome
マクロファージ・ペルオキシソームは肺胞再生を誘導し,SARS-CoV-2による組織後遺症を制限する(Macrophage peroxisomes guide alveolar regeneration and limit SARS-CoV-2 tissue sequelae) |
久しぶりに臨床として深く考えさせられ,勉強ができた論文である。
考えさせられた点は最後に妄想としてまとめた。Long covidの病態を解く鍵がPeroxisomeにあった。Peroxisomeの機能がこうしたものと納得した。
Long covidに関しては,筆者自身#135,151,
294などで肺障害の実態をフォローしてきた。そこではPATS(pre-AT-1 transitional cell state)やKRT8
+細胞の増加,あるいは抗IL-1β抗体の効果などが取り上げられた。こうした現象がPeroxisome機能とその喪失という理解に収束して行く。Perspectivesの図もわかりやすい(
リンク)。
論文はバージニア大学を中心とするグループである。アジア系の名前が目立つ論文である。なぜPeroxisomeに着目したのかはよくわからない。公開scRNAseqデータセットで肺胞マクロファージ(AM)ではPeroxisome関連遺伝子発現レベルが高い点を最初に示し,急性期COVID-19剖検例サンプルではPeroxisome蛋白が大幅に減少という点から論文が始まる(Fig. 1C,D)。また感染者AMではPeroxisomeの形態が凝集体で異常であるとも指摘する。これはマウス感染実験でも同様であることが示されている。
マウスAMをin vitroの系でウイルス感染に関し産生されるcytokine系の何がPeroxisome蛋白の減少をきたすのかを調べると,IFNγ,IFNαが関与する(Fig. 2A〜C)。そしてPeroxisome形態変化は,実は選択的autophagy(ここではpexophagyという)として,関与するLC3Bなどで示している(Fig. 2F〜I)。
ここからAMのPeroxisomeがいかに病態に関与するかをPeroxisome蛋白Pex5(
リンク)の2種のKOマウス〔Cd11c
crePex5
flox/flox(Pex5ΔCd11c),Lyz2
crePex5
flox/flox(Pex5ΔLyz2)〕を用いて検討している。KOそのものはAMや関連血球に影響はない。しかしKOマウスにウィルスを感染させると,確かにマウス生存に差が生じる(Fig. 3A〜D)。しかもそれはウィルス粒子が消失後に顕著な差となる。
実際にこうしたKOマウスのBALでの発現解析や,細胞数でAT2細胞とAM細胞数が激減している(Fig. 3O)。そして実際に培養実験で機能低下も示している。
Peroxisomeは脂質代謝としてエーテル脂質の合成と超長鎖脂肪酸(VLCFA)の分解を担っている。それはミトコンドリアでさらに代謝される。したがってPeroxisomeが機能不全になると細胞ストレスが惹起される。実際にPex5 KOマウスのAMでの細胞脂質profileではVLCFAの集積とエーテル脂質の低下が示された(
Fig. 4A,B)。この変化は骨髄由来マクロファージ(BMDM)でも見られたが,AMに比べはるかに軽度であった。すなわちAM特異な脂質特性でもある。しかもRNAseqでこれがミトコンドリア機能低下をもたらすことが判明した。これらは活性酸素(ROS)増加が関与し,ROS阻害薬(iMito-ROS)を用いると機能が戻ることを示している。
次にAT2に関してscRNAseqで解析すると,確かにKRT8
+DATPs(damage-associated transient progenitors)が増え,組織上でもKRT8
+領域が大きくなり,collagen IやαSMAが増え線維化を示す(
Fig. 5A〜D)。ウィルス感染のmimicとしてpoly(I:C)を使用してPex5 KOのAMを刺激するとIL-1βが増加する(Fig. 5I)。逆に抗IL-1β抗体を使用すると,分化が進みAT1マーカーが増加する。これらの変化は実際にCOVID-19感染後の持続的線維化をきたした患者肺で確認される(Fig. 6A〜D)。
最後に著者らはPeroxisome生成を増強する4-フェニル酪酸ナトリウム(4-PBA,
リンク)を使用して,まずin vitroで見るとIFN-γ処理でも4-PBAでperophagyは防げる。さらにin vivoでもコロナ感染マウスの生存率を改善し,線維化を防ぐことが示されている(Fig. 6F〜N)。
以上,目から鱗のようなAM特異なPeroxisome障害の顛末である。
以下は臨床的展開の妄想である:
①筆者の老健施設では今年に入り,胸部CT写真でDPB様小粒状影の症例を見た。論文著者らは,AMの障害はコロナのみならず,インフルでも見られると述べている。そうすると50年前のDPBにおける細気管支炎病理foamy macrophageはなぜ脂質代謝異常として集積したのかが説明できるのでないか? DPBマウスモデルは本当にできないか? さらに東アジア系に多いというDPBの背景に,Peroxisome形成タンパクの遺伝子異常があるのではないか? 全国的なコロナ後DPB調査も必要ではないか?
②DPB治療としてのマクロライドの効果は,漠然と抗炎症作用である。しかし4-PBAと同様にPeroxisome回復機能という面を再検討する必要はあるのでないか? foamy macrophageが消失するとはPeroxisome機能回復を意味するのではないか?
本論文は妄想も含め大変興味深い論文であった。
•NEJM
1)アレルギー
鼻茸を伴う重度の慢性副鼻腔炎の成人患者に対するテゼペルマブ(Tezepelumab in adults with severe chronic rhinosinusitis with nasal polyps) |
抗TSLP抗体は喘息への適応があり,TJHでも
#145で2021年のNEJM論文が紹介されている。喘息においてはすでに5剤の生物学的製剤が承認されている(
リンク)。しかしTSLP(thymic stromal lymphopoietin: 胸腺間質性リンパ球新生因子)そのものが,上皮由来でありながら,複雑なアレルギー関連機序が示唆されており(
リンク),むしろ生物学的製剤の効果で病態との関連がさらに確認される方向である。
Nasal polypは喘息にも合併し,罹患患者には辛い病態であるが,ステロイド治療,外科的切除が繰り返され,根本的な制御はできていない。生物学的製剤による臨床試験も,omalizumab,mepolizumab,dupilumabでは報告されている。今回は抗TSLP抗体tezepelumabによる第三相臨床試験で,英米中心の多施設で実施された。
患者は18歳以上,12カ月以上副鼻腔炎・鼻ポリープ症で手術が必要なレベルの重症患者である。標準治療である鼻用ステロイドを継続しながら,203名がtezepelumab(210mg/4週毎/52週),205名がプラセボである。
結果は主要評価項目の鼻ポリープスコア(NPS)では,least-squares mean change from baselineが-2.07(-2.39〜1.74,p<0.001),鼻閉スコア(NCS)でも同,-1.03(-1.20〜-0.86)であり,副次評価項目でも軒並み有意な改善がみられた(
リンク)。AEは特別なものはみられなかった。
TSPL阻害は,従来のIL-5,IL-4/13,IgE標的生物学製剤とは異なるアプローチで有効性を示し,副鼻腔炎・鼻ポリープ症への新たな治療選択肢として期待される。
今週の写真: 春が来た,旅行だ!Disneyの色の東北新幹線!3月に入り俄然乗車率は満席に近づく(iPhone写真処理がこんなことも起こす? なぜ?) |
(貫和敏博)