•Nature
1)感染免疫学
マクロファージは貪食した細菌を再利用し免疫代謝反応を促進する(Macrophages recycle phagocytosed bacteria to fuel immunometabolic responses) |
フランスのボルドー大学からの報告で,マクロファージが取り込んだ細菌を分解してエネルギー源や代謝の材料として再利用するという新しい免疫代謝の仕組みを報告している。マクロファージは死菌(大腸菌)を貪食・分解することで,アミノ酸や炭素化合物を再利用し,エネルギー代謝や抗酸化物質(例:グルタチオンやイタコン酸)の合成に利用している。死菌刺激ではLPS刺激と異なり,代謝関連遺伝子が多数アップレギュレーションしているのが示されている(
図1a)。マクロファージは貪食した死菌を「栄養源」として活用し,アミノ酸・TCA中間体・抗酸化物質を産生している。この代謝は大腸菌だけではなく,他の細菌(
C. rodentium,P. aeruginosa,S. aureus,L. innocua)でもみられ,つまりグラム陽性・陰性菌にかかわらず汎用的な現象であった。
この死菌からの栄養素リサイクルには,「RagA-mTORC1経路」の役割が重要で,RagAがmTORC1活性を通じて,細菌由来の代謝物リサイクルを抑制する「代謝的ブレーキ」の役割を果たしている。RagAとmTORはLAMP1陽性リソソームに共局在し,mTORC1が活性化されていると,マクロファージは外部栄養に頼る代謝スタイルとなり内部でのリサイクルが減少する。逆にmTORC1が低活性だと,貪食した細菌の栄養を効率的に利用し,抗酸化物質(GSH)を合成できる。さらに,生菌ではmTORC1が強く活性化(p-S6やp-4E-BP1が増加)する一方で,死菌ではmTORC1活性は低く酸化ストレス応答(ROSの低下)や抗炎症性代謝物の産生(イタコン酸,GSHの増加)が活性化される。つまり,細菌の生死によってmTORC1経路のオンオフが変化する(
図3)。生菌を貪食すると,エネルギーを消耗させ炎症と細胞死を誘導(病原体として認識)する。そして死菌を貪食すると,代謝資源として利用され,抗酸化物質を合成し,細胞生存を促進(掃除と再利用)させる。
この生菌か死菌かの識別には,cAMPが細菌の死を示す代謝シグナルになっている。死菌ではcAMPが細胞内に蓄積しているので,マクロファージに“これは死菌だ”というシグナルを伝えている。このcAMPからAMP変換経路を通じて,マクロファージは代謝リサイクルや抗炎症応答(GSHやイタコン酸合成)を選択的に活性化する。しかしmTORC1活性が高い状態では,この“死菌代謝リサイクル”が抑制される。
本研究は,「細菌の死が,代謝的に認識され,それに応じた免疫戦略が選ばれる」という免疫代謝の新しい原理を示している。
RagAとmTORC1との関係は,東北大学加齢医学研究所(堀内研)の
サイトが参考になる。
•Science
1)環境衛生学
医薬品汚染は,サケの河川から海への移動に影響を与える(Pharmaceutical pollution influences river-to-sea migration in Atlantic salmon) |
スウェーデン農業科学大学からの報告で,精神作用薬による水質汚染が野生動物の行動と生態に与える影響を実証的したもので,サケの河川から海への遡上行動に影響を及ぼしていることを示している。クロバザムや類似薬剤の環境中での検出例は世界中に多数あり,特にヨーロッパ,北米,日本などの先進国では高濃度で検出されている。本論文のフィールド調査が行われたスウェーデンの河川でも,クロバザムと同系統の薬が検出されている。医薬品がなぜ川に流されるのか? ①内服された薬の一部は代謝されずに尿や便に排泄され,下水処理場に流れ込む,②多くの医薬品は分子構造が安定しており分解されにくいため,従来の下水処理では十分に除去できない。特にクロバザムのような精神作用薬は環境中で長く残留しやすい性質をもつ,③ベンゾジアゼピン系薬剤の処方はこの数十年で増加しており,それに伴い継続的な環境負荷が蓄積されている,④一部の家庭や医療機関では,使用期限切れや不要になった薬をトイレやシンクに流してしまう,など様々な要因が考えられている。
本研究は野外と実験室の両方での実験を施行している。野外実験ではサケの稚魚279匹に,薬剤インプラント〔クロバザム(ベンゾジアゼピン系抗不安薬),トラマドール(鎮痛薬),2剤,コントロールの4群〕のいずれかを埋め込んで河川に放流し,稚魚に音響タグを取り付けスウェーデンの河川に設置した受信器で約28kmの遡上行動を追跡した。特に2カ所の水力発電ダム通過速度と海への到達数を比較している。クロバザムに曝露されたサケは,ダム通過速度が速く,より多くが海に到達しており,これは薬剤によるリスクテイク行動の増加や群れの結束の低下を示唆しているらしい。そして通常,ダムは遡上魚類にとって障壁で,通過に時間がかかると捕食リスクやエネルギー消費が増大するが,クロバザムに曝露されたサケは迅速にダムを通過していた。つまり,捕食リスクを軽減できた可能性がある。
また実験室では,別の稚魚126匹を使い,薬剤曝露ごとに群れの広がり・個体間距離を測定したり,捕食者あり・なしの条件で行動変化を可視化して群れ行動の変化を分析している。クロバザムに曝露されたサケは,捕食者が存在する状況下で群れの広がりが大きく,個体間距離も広がる傾向が確認された(図3)。これは「抗捕食戦略としての群れ行動が弱まっている」ことを示唆しており,曝露個体はより単独行動的になっていた。
クロバザム曝露により一見すると遡上成功率が向上するが,これはリスクを顧みない行動(群れを離れて単独で行動)によるもので,生存には不利な可能性もある。長期的には,行動変化により捕食率が上昇するなど,集団全体の個体数や適応度に悪影響を及ぼす可能性もあると本研究では警告している。廃水処理の高度化や医薬品成分の環境放出規制の必要性を訴えていて,特に欧米において重要種とされるサケへの影響は,水産資源管理・保全政策への直接的な提言となる内容である。
「薬は使った後も終わりではない」,とでも言うべきか。
•NEJM
1)臨床血液学
がん関連静脈血栓塞栓症に対するアピキサバン減量長期投与療法(Extended reduced-dose apixaban for cancer-associated venous thromboembolism) |
活動性の癌を有し,静脈血栓塞栓症の発症において,経口抗凝固薬エリキュース錠(アピキサバン)の減量延長投与が血栓塞栓イベントの再発予防と出血の抑制に有効であるかを検証した臨床試験である。パリ公立病院機構(AP-HP)が実施し,ブリストル・マイヤーズスクイブとファイザーの共同研究プロジェクトにより資金提供された試験からの報告である。
無作為化二重盲検非劣性試験で,転帰は盲検下中央判定により評価。6カ月以上の抗凝固療法を完了した,活動性の癌と近位型深部静脈血栓症または肺塞栓症を有する連続症例に対して,経口アピキサバンを減量して(2.5mg)投与する群と,全量(5.0mg)を投与する群に1:1の割合で無作為割り付けし1日2回,12カ月間投与している。主要評価項目は,中央判定に基づく致死的または非致死的静脈血栓塞栓症の再発とし,非劣性解析(サブハザード比の95%信頼区間上限2.00をマージンとする)で評価している。副次評価項目としては,臨床的に重要な出血を優越性解析で評価している。
1,766例が指標イベント後中央値8.0カ月(四分位範囲6.5~12.6)の時点で無作為化され,866例が減量群・900例が全量群に割り付けられた。投与期間の中央値は11.8カ月(四分位範囲8.3~12.1)であった。静脈血栓塞栓症の再発は,減量群では18例(累積発生率2.1%),全量群では24例(累積発生率2.8%)に発生した(補正サブハザード比0.76,95%信頼区間[CI]0.41~1.41,非劣性のp=0.001)。臨床的に重要な出血は,減量群では102例(累積発生率12.1%),全量群では136例(累積発生率15.6%)に発生した(補正サブハザード比0.75,95%CI 0.58~0.97,p=0.03)(
図2)。死亡率は減量群17.7%,全量群19.6%であった(補正ハザード比0.96,95%CI 0.86~1.06)。つまり,活動性癌を有する患者の静脈血栓塞栓症の再発予防において,減量アピキサバンによる延長抗凝固療法の非劣性は証明され,減量投与では臨床的に重要な出血性合併症の発生率がよりも低かったことからもこの減量投与が標準的治療になっていくのであろう。
今週の写真:八丈島の堤防から釣り上げたシマアジのデジタル魚拓 
|
(石井晴之)