•Nature
1)感染症:Article
短期間の抗生物質使用がヒト腸内細菌を低コスト耐性へと向かわせる(Brief antibiotic use drives human gut bacteria towards low-cost resistance) |
抗菌薬耐性(AMR)は世界的な健康危機であり,その発症・拡散のメカニズム解明は喫緊の課題である。しかし,これまでの研究の多くはin vitroや動物モデルに依存しており,ヒト腸内という自然環境における微生物の進化過程を追った実証的研究は少なく,今回,スタンフォードのグループが,健常成人60名に5日間シプロフロキサシンを投与し,20週間にわたる糞便サンプルのメタゲノム解析を通じて,腸内共生菌が抗菌薬耐性へと進化する過程を追跡した研究である。
本研究では,PolyPanner(
Link)というバイオインフォマティクスツールを用いて,16回にわたる縦断サンプリングから得られた960(!)もの糞便サンプルを解析している。個々の被験者内で5,665種の腸内細菌のゲノムを再構成し,時間経過とともにその頻度が変化する遺伝子変異(動的多型)を約230万カ所,同定している(
Figure 1)。
そのうち513の細菌集団で,経過観察中に“選択的スイープ”が観察され,特にDNAジャイレース(gyrA遺伝子)の特定部位(Ser83)における変異(S83FやS83Lなど)が顕著であった(
Figure 2)。これらは,フルオロキノロン耐性の初期変異として有名な変異であり,対象集団の約10%に当たる菌群でde novoに生じたと推定された。
さらにこれらの変異が抗菌薬中止後も10週間以上にわたって腸内に残存していた。本論文の予測モデルでは,1年後でも95%のgyrA変異が持続しているとされており,このことは臨床的には「一度の短期抗菌薬投与が,長期的な耐性保菌状態を生む」可能性があることを示唆している(
Figure 5)。
通常,細菌が薬に耐性を持つと,増殖速度が落ちたり,環境への適応力が下がったりといった「コスト」が伴うことが知られている。しかし,本研究で観察された耐性変異は,そうした「コスト」が比較的小さく,宿主内でも比較的安定して存在し続ける性質を持ち,耐性が残り続けていることを示していると言える。
•Science
1)感染症:Research Article
米国の乳牛における高病原性鳥インフルエンザA(H5N1)の発生と州間伝播(Emergence and interstate spread of highlypathogenic avian influenza A(H5N1) in dairy cattlein the United States) |
高病原性鳥インフルエンザH5N1は,本来,水禽類を主な宿主とするウイルスであるが,その強い適応力により,近年では家禽や哺乳類への「越境」感染が問題となっている。特に北米では,2021年末からH5N1(2.3.4.4bクレード)が広範に拡散し,野鳥だけでなく,アザラシやキツネなど哺乳類,さらにはヒトへの感染も報告されている。
本稿で紹介するのは,2024年3月,米国・テキサス州で乳牛から検出されたH5N1ウイルスが,実はたった1回の野鳥からのスピルオーバー(異種間伝播)(
Link)を起点に,米国内の乳牛間で水平感染し,さらには鶏や猫など他種への感染にまで広がっていたという驚くべき報告である。
2024年1月,テキサス州やカンザス州の乳牛で,採乳量や飼料摂取量の低下が報告されたことをきっかけに調査が開始され,3月にH5N1ウイルスの存在が確定されている。同ウイルスは26の乳牛農場(8州)および6つの鶏舎(3州)から検出され,主に乳中から分離された。感染牛の多くが臨床症状に乏しく,無症候あるいは軽症のまま州をまたいで移動したことで,H5N1は瞬く間に拡散したとされる(
Figure 1)。
ゲノム解析によって,感染牛から検出されたウイルスは「B3.13」という単一の遺伝子型に属し,野鳥由来のウイルスが2023年末に一度だけ乳牛に感染し,その後,牛同士で伝播を続けてきたことが強く示唆されている(
Figure 2)。さらにゲノム解析により州間伝播も明らかにしている(
Figure 3)「B3.13」からは,哺乳類への適応性を高めるPB2(E627K,D701Nなど)やHAの受容体結合部位の変異が低頻度ながら検出され,進化の初期段階にある可能性が示唆され,このウイルスから猫やアライグマ,さらにはヒト(乳牛農場労働者)にも感染が広がっていたことが明らかになっている。現時点では,空気感染の証拠は乏しく,野鳥との交差感染も限られている。
本研究は,「鳥→牛→他哺乳類」へと拡がる高病原性鳥インフルエンザH5N1の新たな拡散経路と,乳牛という新たなウイルスのリザーバーの可能性をゲノム解析により明らかにしている。すでに米国では,乳の移動前検査,野鳥との接触回避,異種飼育の制限などの全国的な対応が進められているようだが,今後も「ワンヘルス」の観点から,どこに「サーベイランスの目をどこに向けるか」という課題を我々につきつけている結果である。
•NEJM
1)気管支拡張症:Original Article
気管支拡張症に対する DPP-1 阻害薬ブレンソカチブの第3相試験(Phase 3 trial of the DPP-1 inhibitor brensocatib in bronchiectasis) |
気管支拡張症の治療はマクロライドや去痰薬に限られており,症状緩和や増悪抑制に有効な新規薬剤の登場が待ち望まれていた。そうした中で,近年,好中球性炎症を標的とするDPP-1阻害薬・ブレンソカチブの登場により,本疾患に対する薬物療法の分野がにわかに活気づいている。
気管支拡張症では,好中球主体の慢性炎症が疾患の進行や増悪に関与しており,治療標的となっている。ジペプチジルペプチダーゼ1(DPP-1)阻害薬であるブレンソカチブは,好中球セリンプロテアーゼの活性化を抑制することで,好中球炎症を制御する作用が期待される。
今回発表されたASPEN試験(第3相二重盲検ランダム化比較試験)では,気管支拡張症患者1,721例(成人1,680例,思春期児41例)を対象に,ブレンソカチブ10mg群,25mg群,プラセボ群に割り付け,52週間の経過観察が行われた。主要評価項目は,「呼吸器症状の増悪」の年間発生率でとしている(
Link)。
呼吸器症状の年間増悪率はプラセボ群で1.29回であったのに対し,ブレンソカチブ10mg群では1.02回(率比0.79,p=0.004),25mg群では1.04回(率比0.81,p=0.005)と,いずれも有意な低下が認められた(Figure 1)。初回増悪までの期間も延長し,10mg群ではハザード比0.81(p=0.02),25mg群では0.83(p=0.04)であった。
また,52週時点で無増悪を維持していた患者の割合は,プラセボ群の40.3%に対し,いずれのブレンソカチブ群も48.5%と高く(いずれもp<0.05),増悪抑制効果が示唆された。肺機能(FEV₁)の変化に関しては,25mg群での低下が最も軽微であり,プラセボ群との間で有意差が認められた(差:38mL,p=0.04)。なお,ブレンソカチブ群では皮膚の過角化の発現率がやや高かったが,重篤な有害事象の頻度は3群間で大きな差はなかった(Table 3)。
ブレンソカチブは,気管支拡張症に対する新たな抗炎症療法として,有望な選択肢となり得る。とくに25mg投与においては,肺機能の維持効果も示されており,今後のさらなる検討が期待される。
今週の写真:安藤忠雄氏が設計した大阪大学感染症総合教育研究拠点(CiDER) 感染症の問題を多角的に解決する「宇宙船地球号」としての役割を意識して,デザインに反映されたとのこと。とにかく立派な建物であった。 |
(南宮湖)