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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 325

公開日:2025.6.9




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恐怖行動に関わる神経と免疫の相互作用/BRAF遺伝子変異の種類による構造的特性と活性化メカニズム/ハイリスク肺動脈性肺高血圧症患者に対するソタテルセプトの有効性

•Nature

1)神経科学
サイケデリック薬による恐怖行動と神経免疫相互作用の制御(Psychedelic control of neuroimmune interactions governing fear
DOI: 10.1038/s41586-025-08880-9

注)サイケデリック:幻覚作用や意識変容を引き起こす化学物質(薬物)

 免疫細胞と脳細胞間の神経免疫相互作用は,心理的ストレスへの反応や精神疾患の発症リスクに影響を与えるが,その詳細な仕組みは未解明な点が多い。今回,ハーバード大学のグループは, ①扁桃体のアストロサイト(星状膠細胞)が,EGFRを介してストレス誘発性の恐怖行動を抑制すること,②EGFRを発現しているアストロサイトは,NR2F2という孤児核内受容体を介した神経-グリア間の炎症シグナル伝達を抑え,恐怖行動の発現を防ぐこと,③慢性ストレス下ではEGFRシグナルが減弱し,髄膜への単球の動員と恐怖行動の増加が生じることを見出した。さらに,サイケデリック薬の投与により,髄膜単球の蓄積と恐怖行動が抑制されることを示している。

 マウスのコントロール群と拘束ストレス群を比較して,シングルセル解析やELISAなどを実施。ストレスによりアストロサイト内のEGFRシグナルが低下し,炎症と恐怖行動が促進されること(逆にEGFRノックダウンでは恐怖行動が抑えられること),そしてこの経路がPTPRS(protein tyrosine phosphatase receptor type S。神経系の発達,機能,修復に重要な細胞表面受容体)やIL-1βにより免疫応答を誘導することを見出した(Figure 1)。

 アストロサイトのEGFRをノックダウンすると,NR2F2を中心とする転写ネットワークがニューロン側で活性化され,恐怖行動が増加した。一方,NR2F2を阻害することで,ストレス誘導性が抑制され,シナプス構造や転写状態に変化を認めた。以上から,EGFR–NR2F2経路がアストロサイトとニューロンのクロストークを介して情動行動を制御することを明らかにした(Figure 2)。

 次にコントロールもしくは拘束ストレスを受けたマウスにおいて,扁桃体の主要な細胞サブタイプと興奮性ニューロンのサブクラスターを空間解析したところ,特にストレス群ではクラスタ2に属するニューロンが特定の扁桃体領域(外側核)に偏って存在することがわかった。さらに拘束ストレス後,クラスタ2のニューロンが増加し,炎症関連シグナルが上昇していることが見出された。クラスタ2のニューロンの近傍にあるアストロサイトでは,EGFR発現が高く,神経-グリア間の局所的な相互作用がストレス時に変化することがわかった。クラスタ2のニューロンでは,NR2F2などの転写因子の発現が高く,同時に炎症性シグナル(例:IL-1経路)が活性化していることから,これらの分子シグナルは,ストレスにより扁桃体内で恐怖行動を駆動する可能性が示された(Figure 3)。

 さらに,網羅的解析により,拘束ストレス後,髄膜および深頸部リンパ節において,炎症性単球の浸潤が有意に増加することがわかった。慢性ストレスは髄膜への炎症性単球のリクルートを誘導し,それが扁桃体アストロサイトと相互作用し恐怖行動を増強することを明らかにした。この経路は,抗CCR2抗体やIL-1β阻害によって制御可能であり,神経免疫に対する治療介入の可能性が示された(Figure 4)。

 最後にマウスモデルで同定された神経免疫経路(EGFR–NR2F2など)が,ヒトの神経細胞および免疫細胞においても同様に機能しているか検証した。培養のヒト由来アストロサイトやシングルセル解析によって,マウスで同定されたEGFR–NR2F2経路は,ヒトのアストロサイトおよびニューロンにおいても保存されており,特にうつ病患者の扁桃体では変化が認められた。これにより,神経免疫経路がヒトの精神疾患に関与する可能性が強く示唆された(Figure 5)。

 わかりやすいまとめの図がNEWS AND VIEWSに示されている。
 


•Science

1)腫瘍学
BRAFのがん遺伝子変異は,共通の機構を通じて自己抑制を回避する(BRAF oncogenic mutants evade autoinhibition through a common mechanism
DOI: 10.1126/science.adp2742

 細胞は,外部シグナルに応答するためにRAS-ERK経路などの複雑なシグナルネットワークを利用している。RAFキナーゼファミリーの一員であるBRAFは,RASによって活性化され,細胞増殖や分化を制御する主要な因子である。BRAFはがんで高頻度に変異を受ける遺伝子として知られている一方,その変異による異常活性化の仕組みは依然として不明な点が多い。通常,野生型(WT)BRAFは自己抑制された単量体構造を取り,CRD(システインリッチドメイン)とKD(キナーゼドメイン)の相互作用によって安定している(CRD-in構造)。それに対して,がんに見られるClass 1変異(例:V600E)は,RASを介さずに常に活性化され,二量体形成を必要としない。
 カナダのモントリオール大学のチームによる今回の研究は,このような構造的特性と活性化メカニズムを解明している(わかりやすいサマリーの図)。

・V600E変異の構造的変化

 KDのV600E変異によってCRDが14-3-3ポケットから外れたCRD-out構造をもつ=活性化した構造。このようなBRAFの構造的変化が,WTで認められる自己抑制機構の解除に寄与することが明らかになった(Figure 1)。


・BRAF V600E変異による自己抑制の解除メカニズム

 V600E変異により,BRAFキナーゼドメイン(KD)全体にわたる大規模な構造変化が観察され,N末端領域(NTR)とKD間の相互作用が有意に低下した。さらに野生型における自己抑制構造におけるCRD-KD間の相互作用領域を構造的に同定し,CRDを除去する場合または相互作用点に変異を導入した場合に,WT BRAFではMAPK経路(p-ERK,p-MEK)の活性が上昇する一方,V600E変異体では活性に変化を認めなかった。

以上から,V600E変異がある場合は,すでに自己抑制が解除されており,他の変異による影響を受けないことが示された(Figure 2)。

・αCヘリックスの薬理学的制御によるBRAF V600Eの構造回復のメカニズム
 次にBRAF V600E変異によって,自己抑制構造(CRD-in)を失い活性化構造(CRD-out)をとるが,その場合αCヘリックスの位置を薬剤で制御することでこの異常構造を修正できるのか検証した。複数のRAF阻害薬を用いた用量反応実験により,PLX8394(αC-out型阻害薬)がBRAF V600EのNTR-KD相互作用を回復させる一方,GDC0879(αC-in型阻害薬)と結合したBRAF V600Eは活性化状態(CRD-out)を維持することがわかった。
以上から,αCヘリックスの制御が構造のスイッチであり,治療標的となる可能性が示された(Figure 3)。

・Class 2およびClass 3 BRAF変異体は単量体状態でCRD-out構造をとる
 Class 1(V600E,V600K),Class 2(K601E,G464V),Class 3(D594G,N581S)のすべての変異で,WTと比較してNTR-KD相互作用が有意に低下し,いずれもCRD-out(自己抑制解除)構造を取っていることがわかった。またRAF阻害薬PLX8394を用いたNTR-KD相互作用を評価したところ,すべてのクラスの変異体がWTよりも相互作用が弱く,CRD-out構造をとっていることが確認された(Figure 4)。

・野生型(WT)と腫瘍性変異型BRAFの活性化メカニズムを示すモデル
 Class 1変異:CRD-outかつαC-in構造の安定した単量体を形成し,二量体化を必要とせずに自己活性化する。Class 2変異:同様にCRD-out構造をとるが,完全な活性化には二量体化が必要であり,単量体状態は不安定であると考えられる。Class 3変異:CRD-out構造をとるが,変異によって触媒活性が損なわれており,他の活性型RAFプロトマー(ARAFやCRAFなど)との二量体形成とトランス活性化を通じて機能する。この活性化はRAS依存的である(Figure 5)。

 以上から,3種類のBRAF変異による活性化メカニズムがわかり,治療薬開発の新たな標的となることが期待される。特に,PLX8394は,BRAFの自己抑制状態を安定化させる可能性があり,BRAFのホモ二量体形成を阻害し,治療効果を向上させる新しいRAF阻害薬としての開発につながる可能性がある。

•NEJM

1)呼吸器・循環器内科学
死亡リスクの高い肺動脈性肺高血圧症患者に対するソタテルセプト(Sotatercept in patients with pulmonary arterial hypertension at high risk for death
DOI: 10.1056/NEJMoa2415160

 アクチビン受容体タイプIIA-Fc融合タンパク ソタテルセプト(sotatercept)(Figure 1)は,WHOの機能分類II度またはIII度の肺動脈性肺高血圧症患者の運動耐容能を改善し,臨床的悪化までの期間を延長させることが示された(STELLAR試験)。一方,死亡リスクの高い,進行例の肺動脈性肺高血圧症に対するソタテルセプトの効果は明らかでなかった。(試験に関する要約

 今回の報告は,フランスを中心としたグループによる第3相試験(ZENITH Trial)で,WHO機能分類III度またはIV度の肺動脈性肺高血圧症を有し,1年死亡リスクが高く,REVEAL Lite 2のリスクスコア9以上:REVEAL Lite 2 Risk Score Calculator)および基礎治療を最大耐用量で受けている患者をソタテルセプト(開始0.3mg/kg≧目標用量0.7mg/kgまで漸増)の3週ごと投与を追加する群とプラセボを追加する群に無作為に割り付けた。主要評価項目は,全死因死亡,肺移植,肺動脈性肺高血圧症の悪化による入院の複合とし,生存時間(time-to-first-event)で評価した。ソタテルセプト群86例とプラセボ群86例が登録され,中間解析で有効性が示されたため試験は早期に中止となった。主要評価項目イベントは,ソタテルセプト群では17.4%,プラセボ群では54.7%に発生した(ハザード比 0.24,95%信頼区間 0.13~0.43,p<0.001)。全死因死亡は,ソタテルセプト群で7例(8.1%),プラセボ群で13例(15.1%)に発生した.肺移植はそれぞれ1例(1.2%)と6例(7.0%)が受け,肺動脈性肺高血圧症の悪化による入院は8例(9.3%)と43例(50.0%)に発生した。ソタテルセプト群で特に頻度が高かった有害事象は,鼻出血と毛細血管拡張であった。
 以上の結果から,肺動脈性肺高血圧症を有し,基礎治療を最大耐用量で受けている高リスクの成人にソタテルセプトを追加投与した場合,全死因死亡・肺移植導入・肺動脈性肺高血圧症の悪化による入院の複合のリスクは,プラセボよりも有意に低かった(動画サマリー)。

今週の写真:テキサスバーベキュー(ダラス)

(小山正平)