謝 柯智,緒方大聡,古鉄泰彬,小川愛実,片平雄之,石松明子,田口和仁,森脇篤史,𠮷田 誠
国立病院機構福岡病院呼吸器内科(〒811-1391 福岡県福岡市南区屋形原4-39-1)
A case of successful management with dupilumab in benralizumab-resistant asthma with allergic bronchopulmonary aspergillosis
Kachi Sha, Hiroaki Ogata, Yasuaki Kotetsu, Aimi Enokizu-Ogawa, Katsuyuki Katahira, Akiko Ishimatsu, Kazuhito Taguchi, Atushi Moriwaki, Makoto Yoshida
Department of Respiratory Medicine, National Hospital Organization Fukuoka National Hospital, Fukuoka
Keywords:気管支喘息,アレルギー性気管支肺アスペルギルス症,ベンラリズマブ,デュピルマブ/asthma, allergic bronchopulmonary aspergillosis, benralizumab, dupilumab
呼吸臨床 2023年7巻4号 論文No.e00170
Jpn Open J Respir Med 2023 Vol. 7 No.4 Article No.e00170
DOI: 10.24557/kokyurinsho.7.e00170
受付日:2023年2月7日
掲載日:2023年4月19日
©️Kachi Sha, et al. 本論文はクリエイティブ・コモンズ・ライセンスに準拠し,CC-BY-SA(原作者のクレジット[氏名,作品タイトルなど]を表示し,改変した場合には元の作品と同じCCライセンス[このライセンス]で公開することを主な条件に,営利目的での二次利用も許可されるCCライセンス)のライセンシングとなります。詳しくはクリエイティブ・コモンズ・ジャパンのサイト(https://creativecommons.jp/)をご覧ください。
アレルギー性気管支肺アスペルギルス症 (allergic bronchopulmonary aspergillosis:ABPA)は,気管支喘息あるいは囊胞性線維症患者の気道に腐生したアスペルギルスが気道内でⅠ型,Ⅲ型アレルギー反応を誘発して発症する慢性炎症性気道疾患である。気管支喘息患者におけるABPAの推定有病率は2.1%で,2014年の調査ではわが国におけるABPA患者数は1.5万人と推定される[1]。
ABPAに対する標準的治療はステロイドの全身投与であり,プレドニゾロン(PSL)0.5mg/kg/日で開始後,改善傾向に応じて漸減中止を図る[2]。ただし一定期間以上のステロイド投与は種々の副作用を伴いやすく,使用がためらわれる症例も少なくない[3]。代替療法の確立が望まれる中で,難治性気管支喘息に適応を有する生物学的製剤の有用性が期待されるが,いまだ十分な知見は得られていない。
われわれはベンラリズマブ投与にてコントロールが得られていた気管支喘息とABPAの合併患者において,経過中に末梢血中好酸球数の上昇を伴う気管支喘息およびABPAの悪化を認め,デュピルマブへの変更後に再び症状および画像所見が改善した1例を経験したので報告する。
症例:81歳,女性。
主訴:咳嗽,呼吸困難。
現病歴:(X-23)年に咳嗽を主訴に当院を受診した。胸部CTで右肺中葉に浸潤影を認め,気管支喘息と気管支拡張症と診断された。以降は肺炎で数回入院し,(X-17)年に肺炎の精査目的で気管支鏡検査を受け,粘液栓を認めた。Rosenbergの診断基準の一次基準をすべて満たしており,ABPAと診断されてPSLやイトラコナゾールで6カ月間治療された。以降はブデソニド/ホルモテロール吸入とクラリスロマイシン内服を継続され,症状増悪時のPSL 20mg/日短期内服を2〜4回/年の頻度で要していた。
(X-2)年に右背部痛,右胸痛が出現し,外来受診時の胸部CTで左肺に新規浸潤影を認めた。気管支喘息増悪およびABPA再燃と診断し,ブデソニド/ホルモテロール吸入を高用量に増量後,症状は改善した。また,これまで年に数回PSL内服が必要な気管支喘息増悪が出現していたため,ベンラリズマブを導入した。PSL内服を要する増悪を認めずに経過したが,110mL/年の1秒量低下を認め,咳嗽や喀痰も持続するため,X年(Y-5)月に高用量MF/IND/GLY吸入に変更した。
X年(Y-2)月に胸部X線にて左下肺野に新規浸潤影が出現し,X年Y月に咳嗽と呼吸困難が増悪して,当科外来を受診した。
既往歴:40歳頃 急性虫垂炎術後。
生活歴:喫煙歴なし,飲酒歴なし,職業 55歳まで事務職パート勤務。
内服薬:高用量MF/IND/GLY吸入,クラリスロマイシン200mg/日,カルボシステイン750mg/日,デキストロメトルファン45mg/日,トラネキサム酸1500mg/日,ゾルピデム10mg/日。
身体所見:意識清明,mMRC grade 2,身長 149.0cm,体重 47.6kg,体温 36.1℃,血圧 143/65mmHg,心拍数 67回/分,整,呼吸数 14/min,SpO2 97%(室内気)。
胸部:心音整,心雑音なし。呼吸音清,明らかなwheezesを聴取せず。
腹部:平坦,軟,自発痛や圧痛なし。
検査所見(表1):末梢血中好酸球数が650/µLと上昇していた。CPR 1.14mg/dLと軽度の炎症上昇を認め,血清総IgEの上昇も認めた。
画像所見(図1):X年Y月の胸部X線では左中肺野に浸潤影を認め,胸部CTでは左肺下葉に新規粘液栓と周囲に浸潤影を認めた。
図1 経過表
ベンラリズマブ開始後は自覚症状と画像所見は改善したが,X年Y月に末梢血好酸球増加を伴う自覚症状と画像所見の悪化を認めた。デュピルマブへの薬剤変更後は,咳嗽および呼吸困難と画像所見は改善した。
経過:ベンラリズマブ投与中であったにもかかわらず末梢血中好酸球数が増加していた。ABPAの新しい診断基準を6項目満たしたためベンラリズマブ無効化に伴う気管支喘息とABPAの増悪と判断し,ベンラリズマブをデュピルマブに変更した。PSLについては,過去使用時に中心性肥満を伴ったことから内服再開の同意を得られず,使用しなかった。抗真菌薬も,ABPAに対する単独投与の有効性のエビデンスに乏しいことを考慮して使用しなかった。デュピルマブへの変更後,自覚症状と画像所見共に改善傾向となり,現在もデュピルマブにてコントロール良好である。なお,デュピルマブ開始1カ月後の血液検査で末梢血中好酸球数が910/µLとさらに上昇したが,翌月には550/µLに低下した(図1)。
ABPAは主にAspergillus fumigatusによってさまざまな免疫応答が誘導され気道炎症が形成された慢性気道疾患であり,喘息症状に加えて粘液栓を伴う点を特徴とする。侵襲性または慢性進行性肺アスペルギルス症と異なり,アスペルギルス菌糸の組織浸潤は認めない[1]。標準治療はステロイド薬が中心であり,初期投与量としてPSL 0.5mg/kg/日で開始し,以後病状の改善に応じて漸減して,3~5カ月での中止を目指すとされる[2]が,減量あるいは投与中止をすることで高頻度に再燃するため,長期投与を余儀なくされることが多い。特にステロイド薬の長期投与はさまざまな副作用が生じる可能性があり,使用がためらわれる症例が少なくない[3]。近年,難治性喘息に適応を有する抗体製剤がABPAに対するステロイド薬の代替療法として有用であったとする症例報告が相次いでいるが[6]〜[12],ベンラリズマブ無効時の抗体製剤選択に関する報告はなく,本症例はベンラリズマブ無効のABPAに対するデュピルマブの効果が示唆された症例である。
ステロイド以外の薬物療法にイトラコナゾールを中心とした経口アゾール系抗真菌薬が挙げられ,ステロイドと併用した場合の有効性が報告されている[4]。抗真菌薬単剤療法のエビデンスは些少であるが,イトラコナゾール単剤療法とPSL単剤療法との比較試験では,後者に劣るものの前者においても88.2%のABPA症例で有効であった[5]。しかし,肝障害の合併頻度が後者よりも有意に高かった点,対象が試験参加前1年以内に3週以上のステロイド全身投与を要さなかったコントロール安定例に限られた点,非盲検デザインであった点,プラセボ群を有さなかった点を考慮し,本症例では抗真菌薬単剤での治療を選択しなかった。また,本症例で処方されていたクラリスロマイシンをはじめ併用注意薬,併用禁忌薬が少なくない点にも注意しなくてはならない。
抗IL-5受容体抗体であるベンラリズマブや抗IL-5抗体であるメポリズマブに関して,ABPAに対して有効であった症例が複数報告されているが[8]〜[12][15][16],本症例のように粘液栓が増悪した,あるいは無効であったとの報告も散見される[6][7][14]。特に粘液栓の形成には,extracellular trap cell deathを起こした好酸球からのクロマチン線維放出だけでなく,IL-13を介した杯細胞からの気道分泌亢進が大きく関与していると考えられており,IL-5を標的とした治療では後者の抑制を十分には期待できない。一方で,デュピルマブはIL-13経路を直接的に阻害するだけでなく,ILC2阻害を介してIL-5産生を抑制するとも報告されており,既報と同様に[6][7][10][13],本症例においても有効であったと考える。現在,ABPAに対するデュピルマブの第Ⅲ相試験が現在行われており,その結果が待たれる[17]。
本症例では,末梢血中好酸球数の増加と並行してベンラリズマブの臨床効果が減弱した。ベンラリズマブ無効化の機序の1つとして,中和抗体の産生が挙げられる[18]。ベンラリズマブの第Ⅲ相臨床試験において,約15%の患者で抗薬物抗体の発現が認められ,そのうち約80%が中和抗体陽性であった。抗薬物抗体陽性患者においては投与後24週から血中好酸球の中央値がわずかに増加しており(5~45/µL),抗体力価が高い群(力価>最大力価の中央値)の方がより血中好酸球数の中央値上昇を認めた(50~210/µL)[19]。本症例においても同様の機序が働いたと推測されるが,日常臨床では生物学的製剤の中和抗体価を測定できず,診断確定は困難である。
The patient was an 81-year-old woman with no smoking history. Since starting treatment with benralizumab for poorly controlled bronchial asthma with allergic bronchopulmonary aspergillosis (ABPA), her asthma was well controlled. However, two years after the initiation of benralizumab, her asthma and ABPA were exacerbated with increased peripheral blood eosinophil counts, which was speculated to be due to the decreased efficacy of benralizumab. After biologics were switched to dupilumab, both subjective symptoms and chest imaging improved. It was speculated that dupilumab may be effective for asthma with ABPA, even in benralizumab-resistant cases.