" /> 【投稿/症例報告】気管支鏡検査後に増悪したMycobacterium avium感染症の1例■稲田怜子ほか |
呼吸臨床
VIEW
---
  PDF
DL
  PRINT
OUT

【投稿/症例報告】気管支鏡検査後に増悪したMycobacterium avium感染症の1例


稲田怜子*,田邉英高*,宮本哲志*,樋口貴俊*,角田尚子*,津田 学*,樋上雄一*,宮﨑昌樹*,鉄本訓史*


*市立吹田市民病院呼吸器・リウマチ科(〒564-8567大阪府吹田市岸部新町5-7)


Exacerbation of Mycobacterium avium infection following bronchoscopy:
case report


Reiko Inada*,Hidetaka Tanabe*, Satoshi Miyamoto* Takatoshi Higuchi*, Naoko Kakuta*, Manabu Tsuda*, Yuichi Higami*, Satoshi Tetsumoto*, Masaki Miyazaki*


*Department of Respiratory Medicine and Clinical Immunology, Suita Municipal Hospital, Suita City, Osaka


Keywords:Mycobacterium avium感染症の増悪,気管支鏡検査,非結核性抗酸菌症/exacerbation of Mycobacterium avium infection, bronchoscopy, nontuberculous mycobacteriosis


呼吸臨床 2022年6巻5号 論文No. e00149
Jpn Open J Respir Med 2022 Vol. 6 No. 5 Article No.e00149

DOI: 10.24557/kokyurinsho.6.e00149


受付日:2022年1月4日
掲載日:2022年5月2日


©️Reiko Inada, et al.  本論文はクリエイティブ・コモンズ・ライセンスに準拠し,CC-BY-SA(原作者のクレジット[氏名,作品タイトルなど]を表示し,改変した場合には元の作品と同じCCライセンス[このライセンス]で公開することを主な条件に,営利目的での二次利用も許可されるCCライセンス)のライセンシングとなります。詳しくはクリエイティブ・コモンズ・ジャパンのサイト(https://creativecommons.jp/)をご覧ください。



要旨

 気管支鏡検査後に肺炎像を認めMycobacterium aviumM. avium)感染症の増悪と判断した1例を報告する。症例は55歳女性。健診で胸部異常陰影を指摘され当院へ紹介となった。胸部CTでは右肺尖部に空洞を伴う腫瘤影が認められ,精査目的に施行した気管支鏡検査の翌日に発熱がみられた。肺炎を生じており広域抗菌薬を開始するも無効であった。非結核性抗酸菌症の増悪を疑い抗結核薬を含む治療を開始した。その後,退院後に再度増悪傾向となったが,治療方針を変更することなく現在は良好に経過している。

はじめに

 近年国内における非結核性抗酸菌症の罹患率が7年前と比較して2.6倍と急激な勢いで上昇し,2014年以降は肺結核の罹患率を上回っている[1]。非結核性抗酸菌症では,菌種不明の場合や他疾患との鑑別が必要な場合に気管支鏡検査を施行するが,検査後の増悪の報告は検索した範囲では認めなかった。気管支鏡検査後に肺炎像を認め,経過からM. avium感染症の増悪と判断した症例を報告する。

症例

 症例:55歳,女性。

 主訴:胸部異常陰影。

 既往歴:28歳:急性膵炎。

 家族歴:なし,大阪府出身。

 生活歴:喫煙歴なし,スポーツジム勤務,粉塵吸入歴なし。

 現病歴:健診で胸部X線の異常を指摘され当院へ紹介となった。胸部CTでは右肺尖部に内部に空洞を伴う腫瘤影を認め,気管支鏡精査目的に入院となった。自覚症状は特に認めなかった。

 入院時現症:身長160cm,体重49kg。体温36.8℃。脈拍76/分・整。血圧119/71mmHg。呼吸数15/分。酸素飽和度98%(室内気)。意識清明。眼瞼結膜に貧血なし。心音呼吸音に異常なし。下腿浮腫なし。

 入院時検査所見:血算・生化学に異常所見を認めず。T-SPOTは陰性であり,MAC抗体8.1U/mLと陽性であった。腫瘍マーカーおよびβ-D glucanは陰性であり,胃液の抗酸菌塗抹検査は陰性であった(表1)。

表1 入院時検査所見


 入院時画像所見:胸部CT(図1)では,右肺尖部に内部に空洞を伴う腫瘤影を認め,中葉に気管支拡張所見や粒状影を認めた。

図1 入院時CT
 右肺尖部に空洞を伴う腫瘤影を,中葉に気管支拡張像や粒状影を認めた。

 臨床経過:空洞を伴う腫瘤影の鑑別疾患として,原発性肺癌や抗酸菌感染症,真菌感染症を考えた。血液検査でMAC抗体は陽性であったが痰は出なかったため,確定診断をつけるべく気管支鏡検査を行った。気管支鏡下に観察したところ,可視範囲の気管支上皮には異常を認めなかった。右B1aよりEBUS-GS法にて,空洞壁の部位でwithin所見を確認し経気管支生検を行い,同部位にて生理食塩水20mLで気管支洗浄を施行した。検査翌日より39℃の発熱が出現した。血液検査でWBC 14970/μL,CRP 1.16mg/dLと炎症反応の上昇がみられ,胸部CTを撮影したところ空洞周囲を中心に肺炎像を認めた(図2)。検査後の細菌性肺炎の合併と考えスルバクタム/アンピシリン(SBT/ABPC)18g/日の投与を開始したが,解熱する兆しはなかった。第3病日には気管支洗浄液の抗酸菌塗抹検査陽性(++)が,第4病日にはMAC-PCR陽性との結果が出たことから,肺炎の原因としてM. avium感染症の増悪を疑った。そのため,抗菌薬をリファンピシン(RFP)450mg/日,クラリスロマイシン(CAM)800mg/日,エタンブトール(EB)750mg/日に変更した。また一般細菌による肺炎は否定しきれないためレボフロキサシン(LVFX)500mgを併用し加療を継続した。その後は解熱傾向がみられたため,退院とし外来で治療を継続する方針とした。最終的に気管支洗浄液の抗酸菌培養からは第8病日にM. aviumが検出され,一般細菌培養は陰性であり細胞診でも悪性細胞は検出されなかった。以上より気管支鏡検査を契機にM. avium症が増悪したものと判断した。

図2 気管支鏡後CT
 空洞周囲を中心に浸潤影が拡がっており一部右下肺野にも及んでいた。


 しかしながら,退院1週間後の外来受診時には微熱が遷延しており,画像上も悪化し対側肺にも浸潤影が出現していた(図3)。また,診察したところ全身に紅斑が出現しており,RFP/LVFXによる薬疹の可能性が考えられたため,両薬剤の内服を中止し,治療薬をCAMとEBに加えストレプトマイシン(SM)1g×週3回に変更し継続とした。翌週の再診時には陰影は改善しており皮疹も消退していた。DLST検査ではRFP/LVFXともに陰性ではあったが再投与は避け,CAM,EB,SMの3剤で治療を継続した。その後は抗菌薬による副作用はなく薬剤を継続でき,肺炎の陰影も徐々に改善がみられた。SMは3カ月で終了としCAM,EB,LVFXで治療を継続とした。LVFXの再投与は特に問題なく,薬剤感受性試験ではCAM含め上記薬剤すべてに感受性を確認できた。治療開始5カ月目に喀痰抗酸菌検査で菌の陰性化を確認でき(図4),右肺尖部の空洞影は消失し索状影となっていた。菌陰性化から1年を目途に同治療を継続していく方針としている。

図3 再増悪時CT
 浸潤影は対側肺にまで拡がった。


図4 臨床経過
 非結核性抗酸菌症の治療を継続したことで肺野の陰影は改善し,喀痰抗酸菌塗抹/培養も陰性化した。

考察

 非結核性抗酸菌症の患者数増加の原因は,疾患に対する関心の高まり,質量分析,遺伝子解析など抗酸菌検査法の改善に加え,高齢化,癌,生物学的製剤使用などによる易感染性宿主の増加などが挙げられている[2]。特に非結核性抗酸菌症の90%近くを占めるM. avium感染症の増加が著しい。M. avium感染症の診断は喀痰検査で2回陽性で行うが,喀痰検査で診断がつかない場合気管支鏡検査で診断を行う。本症例でも喀痰検査で診断ができず気管支鏡検査を行ったが,検査後に急激な肺炎の増悪が認められた。気管支鏡検査に伴う一般細菌による肺炎の合併も考えられたが,経過からはM. avium感染症の増悪が疑われた。M. avium感染症は通常慢性的な臨床経過をたどるが,今回肺炎の急激な増悪が認められたため以下の様に考察を行った。

 気管支鏡検査に伴う合併症として一般細菌による肺炎・発熱が知られている。気管支鏡検査では,無菌な下気道に達する前に正常細菌叢を有する口腔・上気道を通過するため,常在菌が気管支内に散布され感染を起こすと言われている[3]。感染のリスク因子として肺癌や喫煙歴,気管支肺胞洗浄といった要素が挙げられるが,独立したリスク因子としては気管・気管支の狭窄のみとの報告がある[4]。また,肺癌に対する気管支鏡下生検後の肺化膿症合併症例では,空洞や中心部壊死を伴う病巣が感染合併の危険因子であるとの報告もあり[5],空洞性病変・気管支狭窄症例が感染合併のリスクが高いと考えられる。本症例では,悪性疾患ではないが空洞性病変であるため経気道的に感染を合併した可能性や,生検に伴い内部で出血や炎症が生じ気管支の狭窄が起こり感染を誘発した可能性は否定できない。しかし,2010年の日本呼吸器内視鏡学会の全国調査では,肺炎/胸膜炎の合併が末梢孤立性病変の検査で0.25%,鉗子生検で0.2%と頻度は低い[3]。また本症例は,既報にみられるような空洞病変に細菌感染を合併し膿瘍化した病態のみではなく,空洞周囲や他肺葉に経気道性に菌が散布されたと考えられる浸潤影を認めた。よって,細菌感染を二次的に合併したのではなく,空洞内からM. avium菌が散布され肺炎が増悪したと考えられた。

 上記の様に気管支鏡検査後にM. avium感染症が増悪したと考えたが,急激な病態の増悪に関しては菌側の病原性の要素があると考えられる。病原性に関してであるが,空洞を形成している場合や病態が進行している場合には,進行を抑えるためM. avium感染症の治療開始が推奨されている[6]。松本らの検討でも,①空洞病変,②喀痰塗抹陽性例,③化学療法施行歴,特に2回以上化学療法を行ったことが増悪因子と述べられており[7],空洞形成症例では死亡率が高く[8],菌の病原性が高い可能性がある。nodular-bronchiectasis-typeとcavity-typeの症例から採取した菌に関して,in vitroで肺胞上皮細胞やマクロファージでの菌の増殖や侵襲を比較したところ,病型で明らかな差は認められなかったが,variable number tandem repeats(VNTR)型で増殖などに差が認められたとの報告があり,遺伝子型と病原性の関連は否定できない[9]。本症例でも増殖力や病原性が高い菌の感染であったため,合併症のない健常者に空洞病変を形成し,さらに気管支鏡検査後に菌が空洞外に散布され,急激に増悪した可能性があると考えられた。

結語

 気管支鏡検査後に急激な増悪を来したM. avium感染症の1例を経験した。気管支鏡検査を契機にM. avium感染症が増悪する報告はまれであるが,本症例の様に空洞を伴う症例では,検査後に急激に悪化し治療方針に影響が出る可能性もあるため注意が必要である。

 本論文に関連する開示すべき利益相反関係にある企業等はない。

 本症例の要旨は第97回日本呼吸器学会近畿地方会・第127回日本結核/非結核性抗酸菌症学会近畿地方会で発表した。

Abstract

 Here, we report a rare case of an exacerbation of nontuberculous mycobacterial infection following bronchoscopic biopsy. A 55-year-old woman was referred to our hospital because of a chest radiograph abnormality. Chest computed tomography revealed a mass lesion with a cavity at the apex of the right lung, and so transbronchial biopsy was performed. On the following day, she appeared ill and febrile. Lung imaging showed a progressive consolidation. Therefore, antibiotic treatment (SBT/ABPC) was initiated for pneumonia, but ineffective. It was assumed to be an exacerbation of nontuberculous mycobacterial infection, so we started antimycobacterial therapy. After that, the patient's overall condition and radiographic findings got improved. However, the re-exacerbation was observed a week after the discharge. Again, the improvements in lung images and symptoms were observed without change of antimycobacterial therapy.


図表


文献

  1. Namkoong H, et al. Epidemiology of pulmonary nontuberculous mycobacterial disease, Japan. Emerg Infect Dis. 2016; 22: 1116-7.
  2. Sato Y, et al. Risk factors for post-bronchoscopy pneumonia: a case-control study. Sci Rep. 2020; 10: 19983.
  3. Asano F, et al. Deaths and complications associated with respiratory endoscopy: a survey by the Japan Society for Respiratory Endoscopy in 2010 (secondary publication). Respirology 2012; 34: 209-18.
  4. Kitami A, et al. Infections requiring surgery following transbronchial biopsy in lung cancer patients ; a retrospective study. Showa Univ J Med Sci. 2009; 21: 277-8.
  5. Kitami A, et al. Lung cancer with severe infection complicating transbronchial biopsy: can this complication be prevented? J Jpn Soc Resp Endoscopy. 2016; 38: 476-84.
  6. Daley CL, et al. Treatment of nontuberculous mycobacterial pulmonary disease: an official ATS/ERS/ESCMID/IDSA clinical practice guideline. Clin Infect Dis. 2020; 71: 1-36.
  7. 松本武格, ほか. M. avium complex症に対する増悪因子の検討. 福岡大医紀. 2016; 43 :59-63.
  8. Diel R, et al. High mortality in patients with Mycobacterium avium complex lung disease: a systematic review. BMC Infect Dis. 2018; 18: 206.
  9. Tatano Y, et al. Comparative study for the virulence of Mycobacterium avium isolates from patients with nodular-bronchiectasis- and cavitary-type diseases. Eur J Clin Microbiol Infect Dis. 2010; 29: 801-6.