" /> 【対談】呼吸リハビリテーションの可能性を探る■後編:「ビヨンド・リハ」を超えろ!■工藤翔二,千住秀明 |
呼吸臨床

【対談】呼吸リハビリテーションの可能性を探る
後編「ビヨンド・リハ」を超えろ!


「呼吸臨床」創刊1周年記念
(連載「ここまでできる!実践・呼吸リハビリテーション道場」より)

工藤翔二

(結核予防会理事長)

千住秀明

(結核予防会複十字病院呼吸ケアリハビリセンター)

収録2018年8月21日・都内某所
掲載日:2018年11月15日

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前号からの続き)

工藤:前回は理学療法の歴史についてお話ししましたが,ほかに付け加えなければならないことはありますか?

千住:今はコメディカルといわれている理学療法士(PT),作業療法士(OT),言語聴覚療法士(ST)は学部教育から博士課程まで教育体制が整ってきました。一方,残念なことに医師教育ではまだ,リハビリテーション教育が十分ではないと思います。確かに脳卒中や整形外科領域は普及・発展し広く国民に定着していますが内部障害の領域はまだ十分ではないと思っています。

 呼吸器科の先生が実際の臨床現場に出たときに,卒前教育でも大学病院でも呼吸リハを経験する機会が他のリハビリテーション領域より少ないと思われます。呼吸リハの臨床経験をどう増やしていくのか,卒後教育の中で仕組み作りをする。『呼吸臨床』のような読者層の若い先生が雑誌でPT,OT,STの役割を理解して頂き,医師が呼吸器障害者のためにどのような処方が必要なのか,患者さんのためにPT,OTなどをどう活用すべきなのかなど,本連載もそういう役割を担うことができればと思っています。

工藤:すばらしいことですね。

千住:そうすれば,一気に呼吸リハが進み始めると思います。呼吸リハの経験がなければ処方を出していただけません。でも呼吸リハの重要性を理解できれば,患者さんがこんなに楽くになるこんなに変わると,臨床現場で体験していただけます。複十字病院でも最初はCOPDの患者さんの6割くらいしか呼吸リハが処方されていなかったのが,7割になり,8割になり,今はほとんどの患者さんに呼吸リハを処方していただけるようになりました。ようやくわれわれの仕事が認知され始めたのだと思います。今は若い研修医の先生も来られるようになったので,ここで学んだことを次の病院でも活かしていただけます。このような取り組みが少しずつ広がり,呼吸リハに関心を持つ医師が増えたらと思います(図1)。


図1 呼吸リハビリテーションの対象疾患
※肺気腫はCOPDに含まれるべきだが主治医診断のままとした。


工藤:前回のお話でもありましたが,伊藤直栄先生の心臓リハのお話で手術の時から介入した方が治りが早いと断言されていました。先日もCOPDの患者さんが複十字病院に入院され,寝たきりでどうしようもなくて,呼吸不全でおしまいかという患者さんでした。ところが,千住先生の手にかかったら立って歩くようになって,あれはどういう魔法を使ったのかと(笑)。はやりそういうことは医師が実感することがとても重要ですね。私が病院にいたころに「ビヨンド・リハ」という言葉がありました。私が勝手に「ビヨンド・リハ」と言い出しだのかもしれませんが,要するにリハビリテーションの限界を超えているという意味です。例えば,寝たきりの人を立って歩かせると,中途半端に歩かせ転倒して骨折するとどうしようもなくなる,場合によっては訴えられかねない。だからこの人は無理だと考えてしまう。こういう考え方,「ビヨンド・リハ」をどう超えるか。「この人を歩かせる訓練なんてやめてください」と理学療法士に言われるんですよ。「これはもう超えているから危険です」と。ナースからも同じことを言われました。「歩かせる訓練なんてやめてください,変に徘徊して転んで怪我したら,われわれは責任をとれません」と。

千住:自分を守っているんですね。

工藤:そうなんです。患者さん本人からすれば,「歩きたいです」と言うんですよ。それには応えてあげないといけないですよね。「ビヨンド・リハ」は死語にならなくてはいけない。

千住:幸い,呼吸器の患者さんは悪いのは肺だけですからね。心臓の合併症がある場合もありますが,日常生活で必要な運動能力は保たれています。したがって残された肺の機能,心臓の機能の範囲内で生活していただく事は可能なんです。最近,74歳のCOPDの患者さんを担当する機会がありました。まだ働きたいと週に2,3回はガス会社の工事現場で働いています。その活動により筋肉も隆々です。しかし,この肺機能で(COPD重症度分類Ⅲ)大丈夫なのと思うほど重症です。本当に,生活がリハビリになっているんですね。ときどきそういう患者さんがいらっしゃって,必ずしも肺機能がその患者さんの活動量を表さないということ経験しました。リハとは「患者さんの残された能力に目を向ける」ことが治療の基本姿勢ですから,残された能力を上手に生かすことで,いろいろな可能性が広がります。時速2キロでしか歩けないけれど1日に7,000歩,歩ける患者さんがいます。時速2キロでゆっくり日常生活を維持しているのです。先日,COPD重症度分類Ⅲの患者さんが両国の吉良邸から泉岳寺まで15,000歩も歩いたと報告を受けました。自分の呼吸機能に応じた歩き方(活動)をすると,患者さんの高いレベルの日常生活を維持できます。それが究極のリハではないかと思います。残された能力をどれだけ活かせるかですね。

千住:息切れと直結しますが,呼吸リハでエビデンスのランクでは,下肢の筋力,大腿四頭筋を鍛えるというのが第1次ですよね。関連の論文を読んでいて,肺の訓練なのになぜ脚なんだろうかと,腹式呼吸ではないのか,口すぼめ呼吸ではないのかと最初に思いました。ですが,今のお話のように筋骨隆々だとあまり息切れしないかもしれない。下肢筋力と息切れの関連の悪循環を逆回転にもってくる。患者さんには「亀さんでいいんだよ」と,「そのかわりたくさん歩きなさい」と言うんです。あまりにも茫漠としていて,もう少しかっこよく言えないかなあと思うんですけどね(笑)。

千住:私もそのような視点で日々臨床活動をしています。患者さんは限りない能力をもっている。それをどう引き出してあげられるか。理学療法士は治療士ではなくスポーツ選手のトレーナーの視点が必要ではないか。患者さんの現在の生活にどう維持適応していくかを手伝う仕事じゃないかと。そういう視点に立てば,薬物療法も数多くの新薬ができて息切れ感を取ってくれるようになりました。息切れの軽減は,患者さんのできる能力も増やしてくれます。強い負荷で,あるいは長時間の運動が可能となり運動能力の効果を高めることができるようになる。新薬の開発は,呼吸リハ普及のチャンスです。

工藤:以前,木田厚瑞先生(日本医科大学呼吸ケアクリニック)がツリーを描いて,包括的呼吸ケアというのを描きましたよね(図2)。その中に理学療法も入っていて,薬物療法も入っている。すべてセットになっているんですよね。その考え方ですよね。失った機能を回復させていくというのも1つのリハの目標ですが,最終的には人間の尊厳の回復なんだと上田敏先生がおっしゃっていました。


図2  包括的呼吸リハビリテーションの構成
(木田厚瑞著. 在宅酸素療法マニュアルより)


千住:はい,トイレ動作が障害され,おむつをつけたら一気に認知症が進んでしまった患者さんを数多く経験しました。

工藤:そうですね。ですから失わないようにするにはリハでどうしたらいいのか。フレイルとの関連については先生はどう思っていますか。

千住:加齢に伴って身体機能が落ちていくことをフレイルやロコモと定義されています。多くは後天的な要素で,生活習慣の中で活動的な生活を維持している人は何歳になっても身体能力は保たれています。つまり高齢者になるほど生活習慣によって身体能力に差が出てくる。加齢にCOPDなどの呼吸器障害が加われば,さらに運動能力の低下が著しくなりフレイルが加齢以上に進んでいく。それを予防することが呼吸リハの目的の一つです。究極の目標は,患者さんの機能を死ぬ間際まで維持し,尊厳を守ることです。COPDなどの疾患はいろいろな障害の中でもADLが維持しやすい障害です。患者さんには,「もっと前向きに考えて自分の生活を維持していこう」と言っています。でも多くの先生方は臓器を中心に診ることが多いので,例えばMac症は治らない,COPDは治らないと患者さんに告知をしています。確かに臓器は治らないけれども,患者さんには「治らない臓器」に目を向けるのではなく「残された機能で,なんでもできるじゃない。肺だけなんだから,そこを大事にしてあげれば,もっと自分のしたいことができるんだから,リハをやろうよ」と言うと,うつ傾向の強い人たちがだんだん前向きに考えられるようになり,実際に動けるようになって,動くことが喜びになるんです。それがフレイルやロコモの予防になると考えています(表1)。

表1 呼吸リハビリテーションの効果
(Global Initiative for Chronic Obstructive Lung Disease 2006より)


 今では新しい患者さんがどんどん来るので,エンドレスでやるわけにもいかず,どこで区切るのかに苦慮するくらいリハを希望される
患者さんが多い。リハの希望者が増えてきたのはいいのですが,新しい方をどんどん入れていかないといけないのでそれをどうしたらしいのか考えているところです。

工藤:なるほど。ただ,まだ前途多難と言いますか,課題は続くのだと思いますが,われわれが診始めたときと比べると隔世の感がありますね。かつてのスウェーデン体操時代の文献を見ると,理学療法士はいない。看護師で選ばれた人がトレーニングを少し受けて,「指導員」として一生懸命やっていた。私たちも理学療法士が足りないときは,理学療法士の先生に来てもらって,看護師さんを集めて呼吸リハについて,腹式呼吸などを教わって,錘をどのくらいお腹に乗せたらいいのかとかやっていましたよね。そして看護師が伝える役割になり...とやっていました。今は理学療法士の方が非常に増えましたよね

千住:年間13,000人増えています。

工藤:すごいですよね。理学療法士の法律ができたのはいつ頃ですか。

千住:PT・OT法ですね。1965年ですね。

工藤:国立東京病院にリハ学院が開校して2年後ですね。

千住:そうですね。1963年に学校が開校して,最初の卒業生が出るときに法律ができたんですね。

工藤:それからですよね,理学療法士がどんどん生まれていったのは。最初は何人でしたか?

千住:20人です。清瀬でわずか20人しかいませんでした。その後に九州労災病院にもPT・OTの養成校できて40人。それが今は13,000人ですよ。

工藤:米国でトレーニングを受けて帰ってきた方もいましたよね。

千住:米国ではすでにPTなどの資格が修士課程が原則になっていますが,初期の日本は専門学校で,私たちの時代の理学療法士は「大学教育の中で理学療法士を育成する」が夢でした。最初に短期大学部が金沢大学にできて,それから4年制の理学療法士要請が広島大学にできました。今では多くの養成校に博士課程まで整備されています。

工藤:隔世の感がやはりありますね。今,医師に何が求められるのか。医師ができないことを理学療法士がやっているんですよね。医師がすべてやることはできないので,理学療法士のやっていることを医師が理解して処方する,それくらいの受け皿がすでにできているんだと。

千住:やろうという人は増えてきていますね。

工藤:そうですね。すばらしいですよね。

千住:大きな違いは結核の時代からCOPDになり,COPDから間質性肺炎やMac症など,呼吸器疾患の中でも次々と対象疾患が変わってきました。多くが難病で,特効薬がない。特効薬ができれば結核のようにその疾患がなくなりますが,COPDも気管支を拡げるということで,根本的な治療薬はない。IPも新しい薬はできてきていますが,完治させる薬がない。Macもそうですね。治療薬がない疾患についてその間に患者さんの機能,生活,QOLをどう担保するのか,それを担うのがリハではないかと思います。つなぎの療法として必要なのではないかと思います。この連載もCOPDを中心に書いていきながら,間質性肺炎やMac症など基本的,典型的な患者さんを紹介しながら,先生たちがどういう処方を書いたり,PT,OTがどういうことをやっているのか,理解していただけるような連載にしたいと思っています。

工藤:今日は連載の総論ということで各論については触れませんでしたが,今後は連載の中で各論テーマのスタートになるような包括的な歴史や今の課題などについてお話しさせていただきました。

千住:歴史を理解しておかないと先に進めませんので,若い人には次の世代を見据えた呼吸リハを考えてほしいと思っています。今よりも先,10年先をみて仕事をする必要があるのではないかと。

工藤:結核の作業療法のころから数えると100年経っているんですね。1世紀ですよ。その中で病気も変遷しましたし,作業療法,理学療法,機能訓練などが繋がって現代の呼吸リハに発展してきたわけですね。

千住:それから結核予防会でやってほしいことがあります。医師の研修を結核だけでなく呼吸リハの研修も加えてください。まずは見学でもいい。今はPT,OTが全国から予防会で研修を受けていいます,中国,韓国からも研修に来ています。日本のドクターで呼吸リハの研修を1週間コースでできたらと思っています。それが可能になれば,呼吸リハはもっと広がるのではないかと思います。ときどき医師で見学する方もいますけどね。

工藤:先生にはますます頑張っていただかないと。私よりまだまだ若いんですから。今日はどうもありがとうございました。

千住:ありがとうございました。


対談終了後の記念撮影
(左:工藤先生,右:千住先生)