" /> 【投稿/原著】特発性肺線維症(IPF)における抗線維化療法導入のバリア:わが国におけるIPF患者と担当医師の意識調査(第1報)■冨岡洋海ほか |
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【投稿/原著】特発性肺線維症(IPF)における抗線維化療法導入のバリア:わが国におけるIPF患者と担当医師の意識調査(第1報)


冨岡洋海*1,紙田光豊*2,東 久弥*2


*1神戸市立医療センター西市民病院呼吸器内科

*2日本ベーリンガーインゲルハイム株式会社(〒141-6017 東京都品川区大崎2-1-1 ThinkPark Tower)


Barriers to antifibrotic therapy in idiopathic pulmonary fibrosis: a survey of patient and physician views in Japan (Part1)


Hiromi Tomioka*1,  Mitsutoyo Kamita*2, Hisaya Azuma*2


*1Department of Respiratory Medicine, Kobe City Medical Center West Hospital, Hyogo

*2Nippon Boehringer Ingelheim Co., Ltd., Tokyo


Keywords:特発性肺線維症(IPF),抗線維化療法,意識調査,治療導入バリア/idiopathic pulmonary fibrosis (IPF), antifibrotic treatment, survey, barriers to treatment


呼吸臨床 2020年4巻3号 論文No.e00097
Jpn Open J Respir Med 2020 Vol. 4 No. 3 Article No.e00097

DOI: 10.24557/kokyurinsho.4.e00097


受付日:2020年1月9日
掲載日:2020年3月10日


©️Hiromi Tomioka, et al.  本論文はクリエイティブ・コモンズ・ライセンスに準拠し,CC-BY-SA(原作者のクレジット[氏名,作品タイトルなど]を表示し,改変した場合には元の作品と同じCCライセンス[このライセンス]で公開することを主な条件に,営利目的での二次利用も許可されるCCライセンス)のライセンシングとなります。詳しくはクリエイティブ・コモンズ・ジャパンのサイト(https://creativecommons.jp/)をご覧ください。





要旨

 わが国の特発性肺線維症(IPF)患者および医師を対象に行われた初めてのアンケート調査から,医師のIPF診療,特に抗線維化療法に関する考え方や姿勢について検討した。医師117名の受け持つ2,268名のIPF患者に対する同治療実施率は40%であった。本邦の医師は早期に治療介入するよりは,疾患の進行を経過観察する傾向があり,海外での先行研究と同様,抗線維化療法早期導入にはさまざまなバリアがあることが判明した。

はじめに

 特発性肺線維症(idiopathic pulmonary fibrosis:IPF)は特発性間質性肺炎(idiopathic interstitial pneumonias:IIPs)の約半数以上を占める原因不明で予後不良の疾患であり[1][2],本邦における患者数はおよそ1万数千人と推測されている[3]。北海道におけるIIPsの疫学調査によると,IPF患者の生存期間中央値は,診断されてから35カ月であり[3],各種癌と比べても予後不良である[4]。IPFは進行性かつ不可逆性の疾患であり,根治治療は確立されておらず,治療目標としては「進行を遅くすること」とされている[5]。現在2種類の抗線維化薬(ピルフェニドン,ニンテダニブ)が市場に導入されており,国際的な治療ガイドラインおよびわが国のガイドラインにおいて,肺機能悪化を遅らせる第一選択薬として推奨されている[2][6]。しかし,2016年に欧州で行われた調査では,IPFの確定診断を受けた患者の約40%は同治療を受けておらず,特に軽症例において治療導入率が低いという結果が報告がされている[7]。Maherら[8]はカナダと欧州におけるIPF患者および呼吸器専門医へのアンケート調査を基に,抗線維化療法導入の障害(バリア)となる因子について検討し,医師のIPF診療経験の差や抗線維化療法の有効性についての認識の違い等を報告している。また,同調査では国ごとの違いも見出しており,文化,医療制度等の違いが治療法選択に影響を与えていることが示唆されている。

 一方,わが国においては,抗線維化薬として2008年にピルフェニドン,2015年にニンテダニブがIPFに対して承認され,また2015年には軽症IPF患者に対しても同治療に対する医療費補助が可能となったが,本邦における同治療介入率を示すデータは存在しない。また,諸外国と医療・保険制度が異なることも考慮すると,わが国における同治療介入率や,医師,患者の同治療に対する考え方に関する独自の実態調査が必要であると考えられる。そこで,本報では,先のMaherらの研究[8]を踏まえ,わが国で行ったIPF患者と担当医師の意識調査のうち,医師に対するオンラインアンケート調査の結果を報告する。抗線維化薬による早期治療介入に積極的な医師と,「観察して待つ ‘watch and wait’」ことを選択する医師との意識,診療行動の違いを比較し,抗線維化療法導入のバリアとなる因子について検討する。なお,本調査に参加した医師が担当したIPF患者に対するアンケート調査の結果は第2報として報告する[9]。

研究対象・方法

 本論文はIPF患者と担当医師双方に対する意識調査のうち,医師に対する調査結果を報告するものである。したがって本論文の対象医師は,IPF患者対象アンケート調査[9]における対象患者と同時に選出された。独立した市場調査会社,株式会社プラメドが運営する医師向け会員サイトに登録している医師から,100床以上の医療機関でIPF患者を担当している医師に,医師および担当IPF患者を対象としたアンケートを依頼し,双方のアンケート参加に同意した医師を優先的に選抜した。次に,目標サンプル数100に満たない数を,医師対象アンケートへの参加のみに同意した医師から選抜した。参加医師には,紹介患者数に応じた謝礼金が支払われた。
 
 医師対象アンケートは60問カウントからなり,Maherら[8]のアンケートを参考に,日本語で作成した。アンケート内容はURL(https://kokyurinsho.com/datas/media/10000/md_1629.pdf)から入手できる。調査は,独立した市場調査会社,株式会社インテージヘルスケアが2019年5月13日から6月21日に,オンラインアンケートのURLを本文中に記したEメールを送信して行った。
 
 「先生のお考えとして,新たにIPF(特発性肺線維症)と診断された軽症患者さんを治療する際の通常のアプローチとして,以下の中から最もあてはまるものをお知らせください」との問いに対し,「半数以上のIPF患者に対し診断後4カ月以内に抗線維化薬による治療を検討する」と回答した医師群をグループ1(早期に治療介入する医師群),「診断後4カ月以内に抗線維化薬による治療を検討する患者が半数未満」と回答した医師群をグループ2(早期治療介入のケースが少ない医師群)に分け,両群の比較検討を行った。この4カ月を基準としたグループ分けは,早期に治療介入する医師は診断時あるいは診断後3カ月以内に投薬を開始するのに対し,「観察して待つ」医師は診断後6カ月以上経過観察した後に投薬を開始しているというMaherら[8]の報告に基づいている。両グループ間の統計的比較はχ二乗検定(カテゴリーデータの比較),フィッシャーの正確確率検定(カテゴリーデータの比較;期待度数5未満のセルが存在した場合),ウィルコクソンの順位和検定(中央値の比較),ウェルチのt検定(平均値の比較)で行い,p<0.05を統計的に有意とした。

結果

1.参加医師の背景

 参加医師は,プラメド社モニター(47,748名)から次のように選出された。
 ①プラメド社モニターから100床以上の医療機関に勤務する呼吸器内科医1,160名を選出
 ②プラメド社モニターを対象に行っている疾患別薬物療法実態調査から「IPF患者あり」と回答し,100床以上の医療機関に勤務する一般内科医157名を選出
 ③ ①②に患者へのアンケート配布を依頼し,うち,これを承諾すると回答した医師,86名を選出
以上から③をまず調査対象として選出した。さらに,次のような選出を行った。
 ④プラメド社モニターの内「IPF患者あり」と回答し,100床以上の医療機関に勤務する医師(診療科問わず)1,198名を選出
 ⑤ ④から③に該当する43名を除いた医師1,155名を選出
 ⑥ ⑤からランダムサンプリングで抽出した50名を選出
 以上,③と⑥を合わせた合計136名にオンラインアンケートを送付し,117名から回答が得られた。

 参加医師の背景を表1に示した。49名(42%)はグループ1(早期に治療介入する医師群),68名(58%)はグループ2(早期治療介入のケースが少ない医師群)に分類された。グループ1の医師の年齢はグループ2より若く(平均44.6±9.7歳 vs. 50.6±9.1歳,p=0.001),国公立病院ではグループ1,一般病院ではグループ2が有意に多かった(各p=0.02,p=0.049)(表1)。回答医師が診療を行っているIPF患者総数(カルテベース)は2,268名,医師1人あたりの平均患者数は19.4名であった。グループ1の医師は1人あたり平均20.5名の患者を担当し,グループ2の医師は1人あたり平均18.6名の患者を担当していた。厚生労働省特定疾患認定基準重症度分類に基づく重症度別の内訳はI度が32%,II度が22%,III度が25%,IV度が20%であった。軽症の患者(I〜II度)の割合はグループ1(47%)よりグループ2(60%)に多く,逆に重症の患者(III〜IV度)の割合はグループ2(40%)よりグループ1(53%)に多い傾向がみられたが統計的有意差は認められなかった(表1)。

表1 参加医師の背景
*早期に治療介入する医師群(半数以上の患者に診断後4カ月以内に抗線維化薬による治療を検討する医師群)
**早期治療介入のケースが少ない医師群(診断後4カ月以内に抗線維化薬による治療を検討する患者は半数未満の医師群)
***ニンテダニブ,ピルフェニドン治療を受けた患者


 現在診療中の全IPF患者に対する抗線維化薬の治療実施の割合(治療介入率)は40%(医師117名が現在診療中の2,268名のうち903名)であり,患者の重症度が上がるにつれて上昇した(表1)。グループ1,グループ2の治療介入率はそれぞれ55%,28%であり,いずれのグループでも重症度が上がるにつれて上昇する傾向がみられた。治療介入率はグループ1でより高く(p=0.004),グループ2との差は特に軽症の患者に対して顕著であった(p=0.001)。

2.診断に関する医師の特性,考え方

 図1は,「IPF診断時の説明において医師が重要と考える項目」として医師が回答した内容をまとめたものである。グループ1,2ともに「急性増悪により呼吸機能が急激に悪化し,予後に大きな影響を与える可能性があること」「予後が悪い病気であること」「不可逆性の病気であること」が診断時における患者への説明において「非常に重要である」と回答した割合が高かった。「診断後,症状が無くても早期に治療を開始することが大事であること」を「非常に重要である」と回答する医師は両グループとも比較的少なかったが,グループ2よりグループ1で有意に多かった(p=0.004)。
図1 IPF診断時の説明において医師が重要と考える項目
 「IPF(特発性肺線維症)診断時における患者さんへの説明において各項目は,どの程度重要だとお考えになりますか」の問いに対する医師の回答をグループごとにまとめた。グループ1,2で「非常に重要である」と回答した割合の比較をχ二乗検定により行い,p値をグラフ外側に示した。p<0.05を統計的有意とし,*で示した。


 なお,抗線維化薬についての説明をするタイミングとして最も多い時期を尋ねたアンケートでは,グループ1では,71%が診断時までに抗線維化薬の説明を行うと回答したのに対して,グループ2では38%と低い結果であった(p=0.049)。

3.治療に関する医師の特性,考え方

 薬剤治療介入のタイミングについての考え方を尋ねた問いでは,50%の医師が「抗線維化薬による治療を開始する前に,疾患進行を観察する必要がある」との考え方に「非常に同意できる」(9%)または「同意できる」(42%)と回答した。一方,「IPFは進行性の疾患であるため,症状の有無や変化にかかわらず診断とともに治療を開始する必要がある」という考え方には20%の医師が「非常に同意できる」(3%)または「同意できる」(16%)と回答した。前者の問いに「非常に同意できる」と回答した割合はグループ1で2%,グループ2で13%(p=0.04),後者の問いにはグループ1で8%,グループ2で0%(p=0.03)であり,両群で差が認められた。

 「抗線維化薬の説明をする際に,説明することがある内容は何ですか」との問いには,「早期に抗線維化薬による治療を始めることが望ましいこと」との回答をグループ1の69%から得られたのに対し,グループ2からは41%にとどまった(p=0.003)。また,「抗線維化薬を服用することで生存を延長する可能性があること」について説明することがあると回答した割合はグループ1で高かった(グループ1 77%,グループ2 51%,p=0.005)。

 「抗線維化薬の説明内容で重要と考える項目」として医師が回答した内容を図2にまとめた。「非常に重要である」と回答した割合はいずれの質問でも比較的低く,グループ間での差もみられなかった。「非常に重要である」「重要である」を合わせると,「治療に係る費用」や「医療費の助成制度があること」での回答がやや高かった。同様の集計では,抗線維化薬の治療効果に関する項目はグループ1がグループ2より高い傾向にあったが,統計的有意差は認められなかった。
図2 抗線維化薬の説明内容で重要と考える項目
 「患者さんへの抗線維化薬の説明内容として,以下の説明内容はどの程度重要だとお考えになりますか」の問いに対する医師の回答をグループごとにまとめた。グループ1,2で「非常に重要である」「重要である」と回答した割合の比較をχ二乗検定により行い,p値をグラフ外側に示した。


 「軽症のIPF患者に対し,診断後4カ月は抗線維化薬を処方せず経過観察を行う理由」を尋ねた問いでは,「患者が安定しているから」(60%)や「治療費が高いから」(52%),「IPFの進行が緩やかであるから」(44%)と回答する医師が多かった。「患者が安定しているから」(p=0.005),「現時点では呼吸機能が良い状態だから」(p=0.03),「IPFの諸症状が少ない/見られないから」(p=0.03)を回答した医師の割合は,グループ2がグループ1より有意に高かった(図3)。

図3 軽症のIPF患者に対し,診断後4カ月は抗線維化薬を処方せず経過観察を行う理由
 「先生が軽症のIPF(特発性肺線維症)の患者さんに対して,診断後4カ月は抗線維化薬を処方せず経過観察を行う理由として,あてはまる理由をすべてお知らせください」の問いに対する医師の回答をグループごとにまとめた。グループ1,2で各項目を回答した割合の比較をχ二乗検定またはフィッシャーの正確確率検定により行い,p値をグラフ外側に示した。P<0.05を統計的有意とし,*で示した。


考察

 本研究は,抗線維化療法導入の障害(バリア)となる因子について検討するため,わが国のIPF患者および医師を対象に行われた初めてのアンケート調査である。本報では,その中から医師のIPF診療,特に抗線維化療法に関する考え方を中心にまとめた。

 本研究では,Maherら[8]の報告に準じ「半数以上の患者に診断後4カ月以内に抗線維化薬による治療を検討する医師群」(グループ1)と,「診断後4カ月以内に抗線維化薬による治療を検討する患者が半数未満である医師群」(グループ2)とに分け,それぞれ「早期に治療介入する医師」「早期治療介入のケースが少ない医師」と定義し,両者の違いを検討した。この分類の妥当性については,さらなる検証が必要ではあるものの,グループ1はグループ2と比較し実際に治療介入率が高いこと,特に,軽症例における差が顕著であることは定義と一致していた。さらに,治療介入のタイミングについての考え方を尋ねたアンケートにおいても両グループともに定義に沿った回答を示していた。これらの結果から,この分類は,わが国のIPF診療の実態調査においても,妥当性を持つと考えられる。

 Maherら[8]の調査では,グループ2に比べグループ1で1人あたりの受け持ちIPF患者数が多く,特に重症の患者が多い傾向が認められた。本研究では統計的有意差は認められなかったが,同様の傾向がみられ,Maherらの結果と矛盾しなかった。Maherらは,「早期治療介入のケースが多い医師」は豊富なIPF診療経験,特に重症例の診療経験から,重症に至る前段階での治療介入を選択していると考察しているが[8],このような意識の違いは本研究のアンケート結果にも表れていた。「IPF診断時の説明において医師が重要と考える項目」に対する回答(図1)では,グループ1の医師はグループ2の医師に比べ,IPFが予後不良で,不可逆性の疾患であることに加え,早期治療開始の重要性を,患者への重要な説明事項と考えているという結果が得られた。この点についてもMaherら[8]は同様の報告をしており,「早期治療介入のケースが少ない医師」では,早期治療における同薬の有効性に対する確信度が低く,患者とのIPFの予後に関する対話を不快に思い,避ける傾向があることを指摘している。

 軽症のIPF患者に対して経過観察を行う理由は,本研究の目的である抗線維化療法導入のバリアとなる因子を探る上で重要なポイントである。グループ2はグループ1と比較し,「患者が安定しているから」「現時点では肺機能が良い状態だから」「IPFの緒症状が少ない/見られないから」を理由として回答する割合が高かった(図3)。この傾向も,Maherら[8]の調査で示されたものと同じであり,「早期治療介入のケースが少ない医師」では,同様の問いに対し,「病状が安定している」「良好な肺機能」「症状に乏しい」などの理由を選ぶ割合が高かったと報告されている。IPFにおける肺機能(FVC)の低下は,ベースラインFVCが良好な患者であっても,ベースラインFVCがより低値の患者と同様に進むことが示されており[10][11],また,抗線維化薬導入前に失われた肺機能は導入後も回復しないことが示されている[12]。さらに,第III相試験のpost hoc解析から,抗線維化薬は軽症の患者に対しても重症度の高い患者と同様に呼吸機能の低下を抑制することが示されており[10][12][13],グループ2のような ‘watch and wait approach’ はすべきではない[10]とされている。このようなエビデンスを評価し,日常臨床に生かしていくことが重要であると思われる。

 Maherらが欧州5カ国を対象に2016年に行った抗線維化薬治療実施率の調査によると[7],IPF診断が確定した患者のうち60%が同療法を受けていた。それに対し,本調査に参加したわが国の医師が受け持つIPF患者に対する同療法の実施率は40%と低かった。また,海外の医師に対するMaherらの意識調査[8]で「抗線維化薬による治療を開始する前に,疾患進行を観察する必要がある」に同意した医師(agreed or strongly agreed)は20%であったのに対し,本調査(「非常に同意できる」および「同意できる」)では50%であった。一方,「IPFは進行性の疾患であるため,症状の有無や変化にかかわらず診断とともに治療を開始する必要がある」に同意を示した医師の割合は海外の調査では37%であるのに対し,本調査では20%という結果であった。さらに,「早期に治療介入する医師群」と「早期治療介入のケースが少ない医師群」へのグループ分けの結果は,Maherらの報告[8]では,前者が多かったのに対し(54% vs.46%),本報告では,後者が多いという結果であった(42% vs. 58%)(表1)。これらより,本邦の医師は早期に治療介入するよりは,疾患の進行を経過観察する傾向があり,また抗線維化薬による早期治療介入の意義に関する認識も低いことが示唆された。

 もちろんこのような違いは,海外との医療制度の違いを考慮する必要がある。わが国においてはIPFに対する医療費助成制度があり,特に2015年1月からは重症度I,II度の軽症例も「軽症高額」が適用されれば助成対象となるようになった[14][15]。しかし,今回の調査結果からは,抗線維化薬を処方せず経過観察を行う理由の1つとして半数以上の医師が「治療費が高いから」を挙げており,この「軽症高額」が十分に活用されていない状況も示唆された。なお,高額医療費を治療を行わない理由として挙げた医師はグループ1では少ない結果であった。

 本研究の限界として,本研究で対象とした医師は,所属医療機関の偏りが小さい点ではわが国の状況をよく反映していると考えられるものの,限られた施設の医師であることや,比較的サンプル数が少ないことから,わが国のIPF診療の全体を反映していない可能性が考えられる。また,先行研究[8]では,IPFの重症度は担当医の判断で行われており,IPFの重症度に基づく評価結果の比較については注意が必要である。しかしながら,本研究結果は,わが国におけるIPF患者に対する抗線維薬治療実施率を重症度別に初めて提供し,またそれらを医師のIPF診療,特に抗線維化療法に関する考え方や姿勢と結び付けたという点で,有用な情報と考えられる。

 以上,わが国のIPF患者および医師を対象に行われた初めてのアンケート調査から,医師のIPF診療,特に抗線維化療法に関する考え方や姿勢を中心に報告した。本邦の医師は早期に治療介入するよりは,疾患の進行を経過観察する傾向があることが明らかとなり,また,「早期に治療介入する医師群」「早期治療介入のケースが少ない医師群」の比較から,抗線維化療法導入のバリアとなるいくつかの因子が明らかとなった。

 謝辞:アンケート調査にご協力いただきました医師,患者の方々に厚く御礼申し上げます。本論文のメディカルライティング補助は,日本ベーリンガーインゲルハイム株式会社の資金提供のもとシュプリンガー・ヘルスケア,inScience Communications(鈴木裕,Ph.D.)が行った。

 利益相反の有無
冨岡洋海:(株)日本ベーリンガーインゲルハイム社より講演料

Abstract

 Although antifibrotic therapy is recommended for patients with idiopathic pulmonary fibrosis (IPF) in both international and Japanese guidelines, many patients with confirmed IPF do not receive treatment. To identify barriers to antifibrotic treatment in Japan, we conducted an online questionnaire-based survey of physicians who currently have IPF patients. Overall, 117 physicians managing 2268 IPF patients answered the questionnaire. Only 40% of those patients were receiving antifibrotic treatment. We categorized responding physicians into two groups based on their answers to a question about early initiation of antifibrotic therapy – those favoring early initiation (group 1) and those preferring a watch and wait approach (group 2) – and compared the groups’ characteristics and attitudes towards diagnosis and treatment. Compared with physicians in group 2, the physicians in group 1 managed more IPF patients in their practice, showed greater recognition of the progressive and irreversible disease course in IPF, and emphasized the potentially serious consequences in their explanations to patients. Physicians in group 1 were also more familiar with “high-cost medical expense benefit” covered by public health insurance for IPF patients in Japan. Such differences between physicians in views on IPF and antifibrotic therapy may be barriers to effective treatment in Japan.

図表


文献

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