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【投稿/症例報告】遺伝子解析により確定診断に至った肺胞微石症の1例


塚田伸彦*,青木 望*,青木史暁*


*SUBARU健康保険組合太田記念病院呼吸器内科(〒373-858 群馬県太田市大島町455-1 太田記念病院)

A case of alveolar microlithiasis diagnosed by genetic analysis


Nobuhiko Tsukada*, Nozomi Aoki*, Fumiaki Aoki*


*Department of Respiratory Medicine, SUBARU Health insurance association Ota Memorial Hospital, Gunma


Keywords:びまん性肺疾患,肺胞微石症,血族婚,遺伝子診断,SLC34A2遺伝子/diffuse lung disease, alveolar microlithiasis, consanguineous marriage, gene diagnosis, SLC34A2 gene


呼吸臨床 2020年4巻8号 論文No.e00108
Jpn Open J Respir Med 2020 Vol. 4 No. 8 Article No.e00108

DOI: 10.24557/kokyurinsho.4.e00108


受付日:2020年5月25日
掲載日:2020年8月3日

©️Nobuhiko Tsukada, et al.  本論文はクリエイティブ・コモンズ・ライセンスに準拠し,CC-BY-SA(原作者のクレジット[氏名,作品タイトルなど]を表示し,改変した場合には元の作品と同じCCライセンス[このライセンス]で公開することを主な条件に,営利目的での二次利用も許可されるCCライセンス)のライセンシングとなります。詳しくはクリエイティブ・コモンズ・ジャパンのサイト(https://creativecommons.jp/)をご覧ください。




要旨

 症例は46歳,男性。小学校入学前から胸部X線写真の異常を指摘されており,会社の健康診断の胸部X線写真にて両肺野のびまん性粒状影を指摘され受診し,胸部CTにて肺胞微石症が疑われた。問診にて両親の血族婚を確認,遺伝子検査にてSLC34A2遺伝子異常を確認し肺胞微石症と診断した。非常に稀な疾患であるため,報告する。本疾患は,小児期に無症状で見つかることが多いが,中年期以降に呼吸不全に至り死亡する予後不良の疾患である。治療法は確立されておらず,遺伝子治療などの開発に期待する。

はじめに

 肺胞微石症は,主にリン酸カルシウムからなる肺胞内微石が蓄積していく,常染色体劣性遺伝疾患である。SLC34A2遺伝子異常によりII型肺胞上皮に発現しているNa依存性リン酸運搬蛋白の機能欠失により肺胞内の無機リン酸濃度が上昇しカルシウムイオンと結合することで結石ができると考えられている。小児期から青年期に健康診断の胸部X線写真で発見されることが多い。著明なびまん性陰影を呈するにもかかわらず,自覚症状に乏しく緩徐に進行し中年期以降に呼吸不全・肺性心にて死亡する,予後不良の疾患である。診断には,血族婚・同胞発生の確認,肺生検・気管支鏡検査,遺伝子検査などが必要である。今回報告する症例は,小児期から胸部X線写真の異常を指摘されており,画像所見,血族婚の確認,SLC34A2遺伝子変異を確認することで病理診断を経ずに確定診断した。稀少疾患であり,症例報告する。

症例

 患者:46歳,男性。

 主訴:なし(胸部X線写真異常)。

 現病歴:小学校入学前から胸部X線写真の異常を指摘されていた。会社の健康診断でびまん性粒状影を指摘され当科を受診した。画像検査にて肺胞微石症を鑑別に上げ,問診したところ両親は血族婚(両親の親同士が異父兄弟)であった。

 既往歴(家族歴):腎炎,慢性副鼻腔炎(祖母,父,母),高血圧,糖尿病(父,母)。

 喫煙歴:20歳から15本/日。

 アレルギー:キウイ。

 職歴:事務,工場の環境整備,粉塵曝露歴なし。

 来院時現症:身長181cm,体重76kg,BP 137/88mmHg,HR 78/min,SpO2 97%(RA),体幹・四肢・皮膚・関節に異常なし,心雑音・肺雑音なし。

 検査結果表1):白血球,CRPの上昇なく,炎症反応上昇は認めなかった。腎機能障害,電解質異常は認められなかった。抗核抗体,PR3-ANCA,MPO-ANCAは陰性であった。KL-6 613U/mL,sIL-2R 546U/mLと上昇していた。肝逸脱酵素の軽度上昇が認められていたが経過観察にて改善認められた。呼吸機能検査では,FVC 3.7 L(88.7%),FEV1 3.2 L(87.3%),%DLCO 80.7%と基準値内ではあったものの呼吸機能の軽度低下が認められた。心電図及び心エコー検査では,右心負荷所見は認められなかった。

表1 血液検査結果



 胸部X線写真図1):両肺野にびまん性粒状影が認められた。心陰影,一部の横隔膜が不明瞭となっていた。

図1 胸部X線写真
 両肺野にびまん性粒状影が認められる。心陰影,一部の横隔膜が不明瞭となっている。


 胸部CT図2,3):胸部X線写真と同様両肺野にびまん性粒状影が認められた。胸水は認められなかった。

図2 胸部CT(水平断)
 X線写真と同様両肺野にびまん性粒状影が認められる。

図3 胸部CT(冠状断)
 X線写真と同様両肺野にびまん性粒状影が認められる。

 骨シンチグラフィ図4):Tc-99m-MDPによる骨シンチグラムでは両肺野に集積が認められた。肺野の石灰化を反映していると考えられた。

図4 Tc-99m-MDP骨シンチグラフィ
 骨シンチグラムでは両肺野に集積が認められた。


 遺伝子解析結果図5):染色体4p15.2のexon9の境界配列の点突然変異が認められた。

図5 遺伝子解析結果
 染色体4p15.2のexon9の境界配列の点突然変異が認められた。


 臨床経過:検査結果より肺胞微石症と確定診断した。喫煙者であり禁煙を指導した。およそ6年間外来にて経過観察しているが,自覚症状を欠いており呼吸機能,画像上の悪化も見られていない。

肺胞微石症について

1. 疫学

  肺胞微石症は極めて稀な常染色体劣性遺伝の遺伝性肺疾患であり同胞発生,血族婚の頻度が高い疾患である[1]。1933年Puhrにより独立疾患として命名された[2]。現在までに,世界では1,000例を超える報告があり,日本では100例を超える報告がある[1]。

2. 病態生理[3]

 肺胞微石症は,SLC34A2遺伝子異常[4]によりII型肺胞上皮に発現しているIIb型ナトリウム依存性リン酸運搬蛋白の機能欠損が起こり,肺胞腔内にリン酸カルシウム結石が蓄積する疾患である。古くなったサーファクタントはマクロファージによって処理される際に,無機リン酸が肺胞腔内に放出される。IIb型ナトリウム依存性リン酸運搬蛋白に機能異常があると肺胞内の無機リン酸濃度が上昇し,カルシウムイオンと結合することで微石が蓄積すると考えられている。

3. 診断基準[1]:難治性びまん性肺疾患診療の手引きより引用

 ①を満たし,かつ②,③,④項目中の1つ以上を満たす。
 ①典型的な胸部X線写真または胸部CT像を呈する。
 ②肺生検により肺胞内に層状,年輪状の微石形成の確認。または,気管支肺胞洗浄液中に微石そのものを確認。
 ③同胞発生,両親や直系の先祖の血族婚を確認。
 ④SLC34A2遺伝子異常を確認。
 ※典型的な画像所見
 胸部X線写真:両側びまん性に密に分布する微細粒状の微石陰影。
 胸部CT:気管支血管束,小葉間隔壁に密な石灰化,末期には肺底部背側,胸膜下に濃厚な融合状石灰化。

4. 臨床経過・検査

 小児期から青年期に健康診断の胸部X線写真で発見されることが多い。著明なびまん性陰影を呈するにもかかわらず,自覚症状に乏しく緩徐に進行し中年期以降に呼吸不全・肺性心にて死亡することが多く,予後不良の疾患である[5]。

 血液検査では肝・腎機能,血清カルシウムなどは正常範囲である。気管支肺胞洗浄検査では微石発見例があるが多くは正常である。骨シンチグラフィ,ガリウムシンチグラフィでは肺病変部位にのみ異常集積を認める。呼吸機能は初期には%肺活量の軽度低下,%DLCOの軽度低下のみで長期経過後は呼吸不全に至る[1]。
 喫煙や感染による炎症により病期が進行する可能性が報告されている。

5. 治療

 現在,確立された治療法はない。有症状患者では酸素吸入,補助換気など対症療法を行う[3]。全身ステロイド投与,カルシウムキレート,気管支肺胞洗浄,ビスホスホネートなどの治療が行われたが有効性は示されていない。海外では両肺同時移植が有効であるという報告がある[6]。単一遺伝子疾患であり,病態に関連のある細胞はII型肺胞上皮細胞のみと考えられるため,将来,ゲノム編集による治療の良い対象になると推定され,今後の遺伝子治療の発展に期待したい疾患である[3]。

考察

 本症例では,小学校入学前に胸部X線写真の異常を指摘されており,画像所見からは肺胞微石症を鑑別に挙げ,血族婚の病歴聴取を行った。その後,遺伝子解析を実施し,肺胞微石症と確定診断した。

 典型的な経過,画像所見と併せて診断に十分と判断したため肺生検・気管支鏡検査は行っていない。
びまん性間質性陰影を呈する疾患を診た場合,発症年齢を確認することが大切であり,幼少期から指摘があるならば肺胞微石症の可能性を鑑別に挙げる必要がある。

 今回報告した症例は,著明なびまん性陰影を認めているものの,自覚症状がみられず,6年間外来フォローしているが呼吸機能検査・画像上の悪化もみられていない。しかしながら診断が確定している以上,進行性に呼吸機能が悪化する可能性があり,禁煙や感染予防を行い,肺機能を悪化させないように指導していく必要がある。呼吸不全の進行がみられた際には,機を逸することなく肺移植の登録を行うべく経過観察してゆきたい。

 謝辞:遺伝子検査をしていただきました,自治医科大学・呼吸器内科学・萩原弘一教授に深謝致します。

 発表学会:第233回日本呼吸器学会関東地方会・第175回日本結核病学会関東支部学会合同学会発表に際して,同意は得ている。

 利益相反の有無:利益相反はありません。

Abstract

 The case was a 46-year-old, male who exhibited an abnormal chest X-ray prior to admission to elementary school. Diffuse grainy shadows in both lung fields were evident in a chest X-ray during the company's medical check-up, and alveolar microlithiasis was suspected on chest CT. We confirmed the parents' relatives by medical examination, and confirmed a SLC34A2 gene abnormality by genetic examination and diagnosed the case  as alveolar microlithiasis. We report this case because it is a very rare disease that is often found to be asymptomatic in childhood, but has a poor prognosis that leads to respiratory failure and death after middle age. Treatment has not been established, and it is hoped that gene therapy will be efficacious.

図表


文献

  1. 本間 栄, ほか. 肺胞微石症. 呼吸器学会,監修.難治性びまん性肺疾患診療の手引き. 東京: 南江堂, 2017; 2-15.
  2. Puhr L. Mikrolithiasis alveolaris pulmonum. Virchows Arch PathAnat. 1933; 290: 156-60.
  3. 萩原弘一. 肺胞微石症の病態と治療戦略. 呼吸器ジャーナル. 2018; 66: 336-9.
  4. Huqun, et al. Mutations in the SLC34A2 gene are associated with pulmonary alveolar microlithiasis. Am J Respir Crit Care Med. 2007; 175: 263-8.
  5. 萩原弘一. 肺胞微石症. 成人病と生活習慣病. 2010; 40: 699-703.
  6. Castellana G, et al. Pulmonary alveolar microlithiasis:review of the 1022 cases reported worldwide. Eur Respir Rev. 2015; 24: 607-20.