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呼吸臨床
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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 40

公開日:2019.3.27


今週のジャーナル


Nature Vol. 567, No.7748(2019年3月21日)日本語版 英語版

Science Vol. 363, Issue #6433(2019年3月22日)日本語版 英語版

NEJM Vol. 380, No.12(2019年3月21日)日本語版 英語版






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抗真菌薬がcystic fibrosis治療薬? 病態機序からの逆転発想

•Nature

(1)医学研究 


小分子イオンチャネルは嚢胞性繊維症の気道上皮において宿主防御を増強する(Small-molecule ion channels increase host defences in cystic fibrosis airway epithelia

 以前は深刻な遺伝病として遺伝子治療も考慮されていたcystic fibrosisであるが,最近その病態生理の理解のもとに,薬剤開発と臨床試験がなされるようになった。TJHack#20では,NEJMの臨床試験報告を紹介した。それは細胞膜蛋白であるCFTRの膜局在化を促進するcorrectorsと,実際のイオン透過効率促進potentiatorsが,Vertex社により開発されており,背景はその折に説明した。

 今回はまったくの発想の転換である。

 CFTR遺伝子はCl-やHCO3-イオンの透過に関与する。その病態は西欧人に多い,delF508が約2/3を占めるが,それ以外にも1800近いvariantsが存在するという。それぞれ変異箇所でcorrectorsやpotentiatorsが違う。しかしCl-やHCO3-が移送できないことで細胞内に残り,気道側の被覆液は酸性となり易感染を帰結する(News&Views参照)。このCl-やHCO3-を別の膜孔形成物質で排出することができれば,状態は改善するかもしれない。試みられたものはAmphotericin Bである()。真菌の細胞膜のエルゴステロールと結合して膜に小孔を形成し殺菌作用を示す。

イリノイ大学の研究者たちは,CF患者の気道上皮細胞を用いたin vitro系でHCO3-の移送が増加し,pHがアルカリにシフトすることを示した。次いでCFモデル豚を用いてin vivoでも,pHの改善を示した(FDAで承認されているAmBisomeは,AmB: cholesterol=1: 2.5のliposomal formation)。もちろんこれはPOC(proof of concept)であり,実臨床における効果,副作用などは今後の課題である。しかしもし有効性が証明されれば,より広い遺伝子変異を同定しえないCF疑い例でも,この薬剤を試みることができる意義は大きいと考える。


(2)免疫学 

STINGのクライオ電子顕微鏡構造から明らかになったサイクリックGMP–AMPによるその活性化機構(Cryo-EM structures of STING reveal its mechanism of activation by cyclic GMP–AMP

STINGのTBK1との結合とTBK1によるSTINGリン酸化の構造基盤(Structural basis of STING binding with and phosphorylation by TBK1

 STING(stimulator of interferon genes)は,細胞質内のDNAを検出する自然免疫innate immunity防御の中心的存在で,創薬にも関心が高い事は,TJHack#28でも紹介した。要するに抗PD-1抗体によるTreg抑制解除の一方で,腫瘍組織が宿主CD8に攻撃されるための炎症増強としてのtargetとして紹介した。

 今回はERの膜蛋白として存在するSTINGのCryo EMによる3次元構造が2報,テキサス大学の中国人研究グループから報告されている。News&Viewsにも解説と図が示してある。

 STINGはER膜上で2量体として膜外のconnector loopが交絡している状態から,cGAMP (cyclic guanosine monophosphate–adenosine monophosphate)が両者の間に結合すると,交絡が戻り,さらにoligomerlizationを惹起する。

もう一報はこうしたinnate immunity防御に共に働くTBK1〔TANK-binding kinase 1(TANK: TRAF family member-associated NF-kappa-B activator),(TRAF: TNF receptor associated factor)〕との関係を示したものである。TBK1はautophosphorylationでまず自身がリン酸化を受け,TBK1自体もdimerとして少し離れた位置のSTING dimerと結合する構造が示されている。ER等におけるSTINGとTBK1やcGAMP synthaseの関係は以下のを参照。癌,自己免疫疾患,神経変性疾患など多様な病態に絡むこれらの物質群の創薬は,この3次元構造で今後さらに進むことが期待される。


(3)その他:神経科学 


前肢体性感覚野における基質振動の特徴選択的符号化(Feature-selective encoding of substrate vibrations in the forelimb somatosensory cortex

 呼吸法に伴う不可思議な現象に関心のある筆者は,振動感覚系mechanoreceptorとその伝達にも興味がある。


•Science

(1)腫瘍学 

フルクトースを多く含むコーンシロップはマウスにて腸管腫瘍の増殖をうながす(High-fructose corn syrup enhances intestinal tumor growth in mice

 肺癌は胃癌を越えて,癌死因のトップである。これを追って増加しているのが大腸癌である。肺癌は喫煙とともに加齢要因が考えられる。大腸癌増加の背景にはおそらく過栄養,脂肪摂取量増加等の影響が予想される。

 米国Cornell大学のグループによるAPC(adenomatous polyposis coli)(-/-)マウスモデルを用いたhigh-fructose corn syrup(HFCS)投与時の高発癌の論文はこうした背景で衝撃的である。

 そのintroductionはSSBs(sugar-sweetened beverages)がobesityの増加と並行し,1980年代から注目されているようになったという記載から始まる。それに重なるようにcolorectal cancer(CRC)が増加したことを引用し,APC(-/-)マウスモデルでの実験に入る。

 タイトルに見えるhigh-fructose corn syrup(HFCS)とは何か? 栄養学や公衆衛生学に疎い筆者は,Wikipediaで「異性化糖」という用語を知った。サツマイモやとうもろこしスターチを材料とし,液化,糖化,異性化(glucose isomeraseで約半分のglucoseをfructoseに変化させる),精製・濃縮し,fructose55%+glucose45%の「果糖ブドウ糖液糖」となる。技術は60年代に日本で確立され,1966年国有特許第1号として米国(現ナビスコ)に輸出され,FDA承認とともに1970年代に急速に受け入れられ,米国では糖類需要の約半分を賄う。

 さてCornell大学の解析は,HFCSによるobesityとCRC増加は実は別ものであることを詳細に解析して示している。HFCSを自由に与えると肥満が誘発される。しかしHFCSを制限した量の投与でも,APC(-/-)マウスではφ3mm以上の,また悪性度の高いCRCは増加するという。

 それは腫瘍内でのfructoseの代謝が原因で,ATPが減少し,その結果lipogenesisが亢進して,腫瘍の増加,悪性化に作用することを,metabolome(図中に代謝マップあり),KHK(ketohexokinase,=fructokinase)(-/-)マウス等を組み合わせて示している()。

 もちろんこの結果が,現状の大腸癌増加という事実に関連するかは,今後の課題だとしている。欧州ではHFCSは普及していないので,疫学が注目される。しかしobesityにならない量のfructoseでも,遺伝素因がある個体にとって腫瘍の進展に大きく影響するという動物実験は,慎重に考えるべき内容である。


(2)その他 

■In Depth

ヒトの脳は地球の磁場を感知する(Humans may sense Earth's magnetic field

 メディアにも取り上げられた,eNeuronの磁気を感知するヒト脳の論文紹介。Pro&Conが理解できる。


数学的解法でMRIによる生体分子マッピングが可能に(Clever math enables MRI to map biomolecules

認知症への抗体療法が開発中止になる中,脳内のbiomoleculeが新規数学演算で可能になるか?という学会報告の話題。ただし現時点ではミエリン物質の雑音が消去できるレベル。


Editors' Choice:BIOMATERIALS

細胞培養に適した微小滴培地(Naked droplets for culturing cells

 再現性が非常に良い微小滴による細胞培養の紹介。Microarray技術同様,細胞培養実験自動化への展開がありうるかもしれない()。


•NEJM

(1)短報(Brief report) 

ビタミンD結合蛋白欠損症とGC遺伝子のホモ接合性欠失(Vitamin D–binding protein deficiency and homozygous deletion of the gc gene

 大学病院の病棟では,毎週chart roundをして症例を議論していたが,年間1人か2人,どうしても診断がしっくりしない患者がいた記憶がある。呼吸器臨床という比較的診断分類が明瞭であるにもかかわらずである。

 この症例報告は従兄妹結婚による58歳レバノン人女性である。Kyphosisはじめ,全身の骨格系が異常で,Vitamin Dは低値であるが,補充しても症状は改善しなかった。

 結局AffymetrixのSNP Microarrayで染色体4q 13.3のGC gene(gc-globulin (group-specific component)=vitamin D binding protein)と1部NPFFR(Neuropeptide FF receptor)の欠失がhomozygousにみられ(),Vitamin D binding protein欠損による臨床症状であることが判明した。

 診断困難症例には日本でもexome解析が行われる時代になっているが,基準配列データが必要である。日本人では東北大学ToMMoが「日本人基準ゲノム配列(JRGA)」の初版を2019年2月に公開した。

 今回は明瞭な137kbの欠失であったが,exome解析でも多くの診断困難例では変異同定すら困難である。gnomAD(the Genome Aggregation Database)では125748 exome,15708 genomeが集められているが,GC遺伝子の機能欠失は計51 alleleで,homozygousな症例はなかった。一方NPFFR(脳におけるGPCRの1種)欠失の影響は現時点で不明という。


(2)MEDICINE AND SOCIETY  

無料のランチはない ― 科学出版へのプランSの値打ちは?(No free lunch — What price plan S for scientific publishing?

 気になるタイトルであり現実にopen access journalが増加する中で,専門的知識も持たず,現状を知りたくて一読した。EUのScience Europeが中心となって昨年立ち上げたopen access journal確立へのPlan Sである。内容は難解であるが,こうしたopen access性の歴史やその後20年の経緯を理解するにはいい情報である

 そもそも2001年,ハンガリーでのBudapest Open Access Initiative(BOAI)から始まり,the Bethesda statementやthe Berlin Declarationへと続いた。すなわちインターネットの勃興期で,電子情報化による知の共有は全世界一体化という視野において,「善」としてスタートした

 しかしFacebookは2004年,YouTubeが2005年,Twitterが2006年,そしてiPhoneが2007年と,広大なインターネット利用および通信機器の個人への浸透が猛烈なスピードで進展した。その結果は良いことばかりではない。2016年の米国大統領選挙,またBrexitにおけるFacebookの個人情報取り扱い不備は,2018年以降前面にで,こうした情報にfake「嘘偽り」が存在することが明らかになった。

 しかし半面,Elsevierを始めとする電子ジャーナル企業の寡占化は,日本でも大学の財政に重い負担となっている。こうした中での原点に戻っての,来年2020年1月より公的研究費の下での研究の報告にはopen access journalへという縛りの強化と理解できる。日本語でのPlan S解説資料(Plan S:原則と運用. 情報の科学と技術. 2019; 69(2))を読むと,現実に各方面からの反響・反論も取り上げられている。アカデミア活動を主体とする多くの研究者にとって,目の離せない問題である。


(貫和敏博)


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