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薬剤治療効果にも腸内マイクロバイオームは関わっていた/抗結核薬ベダキリンの肉芽腫病巣に有効な理由は?
腸内細菌叢(マイクロバイオームmicrobiome)は人体の健康,恒常性を維持するために重要な要素(Cell. 2012; 148: 1258–70)とされており,マイクロバイオームをテーマにした研究報告は幅広い領域で増加し続けている。腸管での免疫システム(Science. 2012; 336: 1268–73)を介した生体内の免疫反応や,免疫チェックポイント阻害薬の効果の違いもマイクロバイオームに大きく影響されている(Nature Med. 2018; 24: 251–3)らしい。今週号ではマイクロバイオームの薬物代謝活性や,腸管適応免疫応答を惹起している腸管微生物についての論文を紹介していきたい。
1)微生物学
腸内細菌やそれらの遺伝子によるヒトマイクロバイオームの薬剤代謝マッピング(Mapping human microbiome drug metabolism by gut bacteria and their genes) |
腸内細菌叢のゲノムワイドスクリーニングや腸管粘膜免疫学などマイクロバイオーム研究を多岐にわたり研究し,Cell関連雑誌やNature関連雑誌にも多数掲載されている米国イエール大学微生物学グループの報告である。
医薬品に対する応答は個体間での違いが大きく,治療効果発現の遅れや有害事象の原因となって生命の危険や高額な医療費につながることがある。この多様性に腸内細菌叢マイクロバイオームが関わっている事を示唆する研究報告は増えているが,その分子メカニズムはほとんど分かっていなかった。本研究では271種類の経口投与された薬剤を代謝するための様々なグレードの76種類のヒト腸内細菌の能力を測定することによって,多くの薬剤が微生物により化学的に修飾されていることを示している。ハイスループットな遺伝的解析と質量分析を組み合わせることで,薬剤を代謝する微生物遺伝子産物が系統的に同定された。マイクロバイオームにコードされた酵素は,マウスにおいて腸および全身の薬剤代謝に直接かつ十分な影響を及ぼすことができ,ヒト腸内細菌や細菌叢の薬剤代謝活性をそれらのゲノム要素に基づいて説明することができる。微生物叢の遺伝子要素と代謝活性との間にあるこれらの因果関係は,マイクロバイオームの個体間のばらつきと薬剤代謝の個体間の差異とを結びつける。これは多くの疾患指針をまたがり医学的治療や薬剤開発に関りをもつものである。
In vitroにおいて腸内細菌によって代謝されやすい薬剤,sulfasalazine, lovastatin, omeprazole, risperidone(Transl Res. 2017; 179: 204-22)を陽性コントロール薬剤として用いているが,少なくとも1菌種によって検査された薬剤の約2/3が影響を受けている。BacteroidesやFirmicutes門を主体に76菌種の腸内細菌が薬剤代謝活性に強く関与している。以前に抗菌薬ではない薬剤でも腸内細菌に影響を及ぼしている報告があり,抗精神病薬などを中心に腸内細菌の生育に与えていることが示されている。
日常診療で市販されている薬剤の腸内細菌に対する影響から治療効果や有害事象は個体間に差異をつくるが,本研究では腸内細菌自体が薬剤代謝活性に与える影響を腸内細菌のゲノム要素に基づいて論じている。さまざまな疾患に対する治療においてPK/PD代謝活性のみならず,新たに腸内マイクロバイオームの情報も検討していく時代が来るかもしれない。
1)粘膜免疫学
Akkermansia muciniphilaは定常状態での腸管適応免疫応答を惹起する(Akkermansia muciniphila induces intestinal adaptive immune responses during homeostasis) |
腸管適応免疫応答は宿主の健康に影響するが,いまだ定常状態で同種の適応免疫応答を惹起する腸管細菌はわずかな菌種しか同定されていない。宿主の代謝やPD-1チェックポイント免疫療法での全身性効果に関わっている腸内細菌のAkkermansia muciniphiliaが,マウスモデルにおいてIgG1と抗原特異的T細胞反応を誘導することを本論文で示している。従来の特徴的な粘膜反応と異なり,A. muciniphiliaに反応するT細胞は,ノトバイオート設定(他のヘルパーT細胞の破滅や粘膜固有層への遊走の誘導がない状態)において濾胞性ヘルパーT細胞に限られている。しかしA. muciniphiliaの特異的反応は従来のマウスモデルではその状況に依存し他の運命を選ぶ。この結果は,定常状態ではその状況でのシグナルが腸内細菌叢に対するT細胞応答に影響し宿主の免疫機能を調整することを示唆している。
Akkermansia属は,ヒトの腸内細菌4大門とされるFirmicutes, Bacteroidetes, Actinobacteria, Proteobacteraiとは別の,Verrucomicrobia門に属するムチン産生性のグラム陰性菌で,糖尿病や肥満との関連を示唆する報告が多い腸内細菌属である。それだけではなく腸内免疫系を通じてT細胞免疫応答にも関連があることにも注目されている。興味ある論文として,抗菌薬の投与で腸内細菌叢に変化が生じ,抗PD-1抗体の反応性が低下し予後(生存期間中央値,全生存期間)にも影響をする報告がある。マウスモデルにて抗PD-1抗体に反応する個体マウスの糞便や,Akkermansia属/Enterococcus hiraeを腸管内に移植すると,腫瘍組織中のリンパ球にて抗腫瘍CD4+T細胞の割合が増えるなど抗PD-1抗体効果が改善することを明らかにしている。
本論文は,腸内細菌マイクロバイオームにおいて,マウスモデルにおけるA. muciniphiliaに対する特異的IgG1抗体応答や抗原特異的濾胞性ヘルパーT細胞応答を詳細に検討して腸管免疫系を通じたT細胞免疫を論じたものである。
2)その他:感染症Perspectives
結核に対する標的薬剤(Targeting for tuberculosis) |
2015年に,結核は単一疾患の感染症として全世界で死亡者が100万人以上にまで達した。治療期間が6カ月以上要する,耐性菌の存在,そして乾酪性肉芽腫で囲まれ細胞内寄生菌であるため薬剤移行性が良好ではない点が問題になる。結核菌に感染したマクロファージは細胞内に大量の脂肪滴を貯蔵する,いわゆる泡沫状マクロファージfoamy macrophageに誘導される。この細胞内貯留した脂肪に結合する薬剤Bedaquilineの細胞内移行や分布を多機能顕微鏡にて観察しえた報告を紹介している。Bedaquilineはわが国でも2018年5月から販売され,多剤耐性肺結核が適応症になっている結核菌のATP合成阻害薬である。細胞内の結核菌により薬剤と結合している細胞内脂肪滴は消費されるので,結核菌内に薬剤が移行しやすく結核菌の死滅させることができる。本論文では薬剤の細胞内移行や分布,さらには細胞内結核菌の消滅と,電顕・イオン顕微鏡写真で表している。細胞内脂肪滴を標的にすることで抗結核薬の治療効果を高められる見込みがある(図)。この新たな薬剤デリバリーシステムは結核のみならず,他の細胞内寄生菌に対しても治療向上のために有用な情報となる。
1)間質性肺疾患
全身性強皮症に伴う間質性肺疾患に対するニンテダニブ(Nintedanib for systemic sclerosis-associated interstitial lung disease) |
特発性肺線維症に対する抗線維化薬nintedanibが全身性強皮症の間質性肺疾患(ILD)に対して有効性と安全性が確認されたという記事で,TJHack #48でも紹介されている。
主要評価項目であるFVCの年間低下量は,nintedanib群で−52.4ml,プラセボ群で−93.3mlと有意にnintedanib群でFVC低下率は減少していた(p=0.04)。副次的評価項目である52週時点での修正Rodnan皮膚スコアとSGRQ総スコアの変化量は,どちらも2群間で有意差を認めなかった。
全身性強皮症のILDは全身性強皮症関連死として重要な原因であり,これまでcyclophosphamide(N Engl J Med. 2006; 354: 2655-66)やmycophenolate mofetil(Lancet Respir Med. 2016; 4: 708–19)の臨床研究はあるが全身性強皮症のILDに対して十分な治療効果は得られていない。本研究では576例という大規模スタディーで,かつベースラインでの%FVC 72%, %DLco 53%と進行例を対象にしていたにもかかわらず,nintedanib群で52mlのみの減少であったことはILDの進行抑制を示唆する所見と思われる。
疾患は異なるが特発性肺線維症に対するnintedanibの有効性を示したINPULSIS試験ではnintedanib群とプラセボ群のFVC年間減少量は,それぞれ113ml, 223mlと有意にnintedanib群でFVC減少量の低下を認めていた。全身性強皮症のILDとIPFではFVC年間減少量からも疾患進行速度が明らかに異なることがわかる。
2)虚血性心疾患
心筋梗塞が疑われる患者における高感度トロポニン検査(Application of high-sensitivity troponin in suspected myocardial infarction) |
急性冠症候群のスクリーニングとして高感度トロポニン測定系は発症後2時間以内の超急性期の診断に有用である。本論文は受診時に高感度トロポニン測定値が異常値を認めない心筋梗塞を疑う症例において2回目の採血の有用性やその後30日間の予後予測にも有用であることを示している。
心筋梗塞を示唆する症状で救急受診した患者を対象に,15の国際コホートスタディで高感度トロポニンIまたはTを受診時に測定し,2回目の採血を受診後早期または後期に再測定した。複数の高感度トロポニンのカットオフ値の組合せによる診断能と予後予測能を評価している。22,651例(解析データセット9,604例,検証データセット1,3047例)のうち,心筋梗塞の有病率は15.3%であった。受診時の高感度トロポニン測定値がより低いこと,2回目の採血までの変化の絶対値がより小さいこと,これらは心筋梗塞である確率が低く心血管遺伝との短期的リスクもより低いことを示唆していた。
高感度トロポニンIが6ng/L(つまり0.006ng/ml)未満で,2回目(45~120分後)測定値の絶対値の変化が4ng/L(0.004ng/ml)未満の場合は,心筋梗塞の陰性的中率は99.5%で,その後の30日間の心筋梗塞または死亡リスクは0.2%であった。わが国の日常診療で測定されている高感度トロポニンTまたはIの異常値は0.014~0.034と測定機器やメーカーにより異なるが,本研究データのカットオフ値はかなり低値に設定されている。これは受診後2時間までの再測定値で心血管イベントおよび死亡リスクが低いグループの抽出に有用な情報である。
(HI)