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日本発!肺胞蛋白症に対するGM-CSF吸入療法のNEJM報告/電子たばこに関連する重篤な肺障害の報告相次ぐ
1)免疫学
PIEZO1による周期的圧力のメカノセンシングは自然免疫誘導に重要である(Mechanosensation of cyclical force by PIEZO1 is essential for innate immunity) |
前回T細胞のエフェクター機能発動に関わるスイッチとしてT細胞内の代謝システムの変動に着目した論文の解説を行ったが(No.56),同じくイエール大学のFlavellラボから今回は自然免疫発動のスイッチとしてのメカノセンシングの役割について興味深い論文が報告された。自然免疫は,Toll様受容体ファミリーに代表されるように,外来微生物の構成成分を認識することによって誘導される系や,結晶形成・PHや浸透圧変化などのストレスを感知してインフラマソームが誘導される系などに分類されるが,剪断応力や周期的に加わる静水圧(通常の肺で生じているような圧力)がどのように肺内の免疫細胞に影響しているのか詳細は不明であった。
今回注目されているPIEZOという分子については,2010年にメカノセンシングに関わる分子として,PIEZO1およびPIEZO2がサイエンスに最初に報告された(リンク),上皮の増殖という観点からPIEZO1(リンク)が報告されてきた。
本研究では,マウスの骨髄由来のマクロファージを周期的な圧力がかかるような特殊なチャンバーで培養したところ,炎症反応に関わる遺伝子群の発現がPIEZO1にほぼ依存することを見出した。そのメカニズムとして,PIEZO1の認識によって細胞内に流入するCaイオンにより転写因子のactivating protein-1(AP-1)の活性化とendothelin-1の誘導が生じ,さらにendothelin-1によるシグナルがhypoxia-inducible factor 1α(HIF1α)を安定化することによって炎症応答が持続することが明らかになった。わかりやすい図解がNEWS and VIEWSに掲載されている(図)。最終的には,マウスの緑膿菌気道感染モデルおよびブレオマイシン吸入の肺線維症モデルを用いて生体内における影響を評価している。LysM-Creマウスでマクロファージ・好中球のみでPiezo1を欠損させたモデル(Lysozyme Mの発現が特定の骨髄球系の細胞に限局していること[リンク]を利用して,それらの細胞だけで特異的に遺伝子発現を欠損させる技術)では,野生型と比較して,感染巣に集積する好中球数が著明に減少し,菌体の排除が有意に低下することが分かった。一方,ブレオマイシン吸入モデルでは炎症が軽減することを見出した。
定常状態で免疫細胞にスイッチが入らない理由は依然として不明であり,また今回のモデルでは好中球でもPiezo1が欠損しているため,好中球細胞の遊走そのものに与えるPiezo1の影響の評価も今後の課題と考えられるが,メカノセンシングそのものが免疫応答のトリガーとなるメカニズムの一端が解明されたことは非常に重要であり,新たな治療標的となりうるかもしれない。
今週は,生物系としてサル免疫不全ウイルス(SIV)の論文が3報でているので簡単な紹介とさせていただく。いずれも2016年発表論文の再現がとれないことの検証実験である。
1)微生物学
1)SIVmac239-nef-stopウイルス感染に対する抗インテグリンα4β7抗体の効果検証(Evaluation of an antibody to α4β7 in the control of SIVmac239-nef-stop infection) 2)SIVmac251感染アカゲザルに対する抗インテグリンα4β7抗体の治療効果は認めず(Lack of therapeutic efficacy of an antibody to α4β7 in SIVmac251-infected rhesus macaques) 3)α4β7インテグリンとSIVとの結合の阻害はウイルス制御を改善せず(Blocking α4β7 integrin binding to SIV does not improve virologic control) |
2016年10月14日にエモリー大学を中心とした研究グループから,HIVに対するAntiretroviral drug therapy(ART)の効果持続を目的としたintegrin α4β7に対する抗体の有効性が同誌に報告された。この抗体は,ウイルスが消化管上皮のCD4陽性T細胞に感染できないように,CD4陽性T細胞上に発現するintegrin α4β7とT細胞が腸管上皮に侵入する際の足場となる高内皮細静脈に発現するmucosal vascular addressin cell adhesion molecule 1(MAdCAM-1)との相互作用を阻害する抗体として開発された。実際にこの抗体をアカゲザルのSIVモデルに投与した際,無治療での血中ウイルス陰性期間を延長することが可能であると報告された(リンク)。しかしながら2019年3月の時点でEditorialから内容に関しての問題点に関するアラートが発表された(リンク)。それは使用していたSIVのnef(negative regulatory factor)遺伝子にstop codonが意図的に挿入されていたということだった。
今回NIAIDの2つのグループとハーバードのグループの合計3施設から3つのパターンで治療効果の再現が可能か検討しているが,いずれもネガティブであったというもの。1)のグループは,2016年の報告とまったく同じ内容で検証,2)のグループは,Stop condonの入っていない,より一般的に使用されているSIVウイルスでの検討,3)のグループは,2016年と同じウイルスを使用したが,抗体としてSIVのエンベロープ蛋白に対する抗体(SIVがインテグリンと結合する部分を阻害する抗体)を用いて検証した。
問題は,実際にFDAの承認のもと,phase Iの臨床試験がはじまっていることである(リンク)。こちらの結果もネガティブであったという。意図したものでは無かったかもしれないが,急ぎの承認の問題点(これもトランプ問題?)が浮き彫りになった形でもある。
今回は2つ呼吸器関連の大切な報告がある。オリジナルのサイトに入ると印象的な胸部レントゲン写真が目にとまる(図)。
1)呼吸器病学
電子たばこ使用に関連した肺障害についてイリノイ州・ウイスコンシン州からの速報(Pulmonary illness related to E-cigarette use in Illinois and Wisconsin — Preliminary report) |
電子たばこ使用(Vapingとも呼ばれる)による重篤な肺障害が相次いで報告されるようになったが,今回ウイスコンシン州とイリノイ州の保健医療担当部局から速報がまとめられた。
報告症例は,1)発症の90日以内に電子たばこを使用,2)画像上肺野に浸潤陰影を伴う,3)電子たばこ以外の原因がない,といった条件を満たすものとし,カルテベースでの病歴を評価したもの。2019年8月27日までの時点で,イリノイ州・ウイスコンシン州合わせて53例の報告があった。内訳は83%が男性,年齢の中央値は19歳であった。気道症状を示した割合は98%で,81%に消化器症状も認められた。53名のうち94%は入院となり,32%は気管内挿管による呼吸管理が必要となった。1例は死亡した。実際の治療内容についても一部紹介されている(図)。また84%の症例では,Tetrahydrocannabinolが用いられていた。イリノイ州のデータによると2019年の6~9月までの報告数は,2018年の同じ時期の2倍に増加しているという(図)。
本邦ではどれ位の報告例があるのだろうか? いずれにしても緊急の対策が求められる事態であり,Editorialでもこれらの点が指摘されている。
肺胞蛋白症に対するGM-CSF吸入療法(Inhaled GM-CSF for pulmonary alveolar proteinosis) |
新潟大学中田光先生,田澤立之先生(現在東京医科歯科大学),私どもTJHackメンバーでもある杏林大学石井晴之先生が中心となって行われた肺胞蛋白症に対するGM-CSF吸入療法に関する臨床試験の報告。本邦からのNEJM報告・・・ただただ素晴らしいの一言。こちらの成果の内容の詳細は,AMEDのプレスリリースでも参照できる(リンク)。
TJHackメンバー鈴木拓児先生,石井晴之先生からも下記のコメントを頂戴した。
特筆すべきは,(1)自己免疫性肺胞蛋白症の原因発見,(2)GM-CSF自己抗体測定の診断法の確率,(3)治療の有効性の証明,これら全てのプロセスを,中田先生を中心として日本人が行ったという点で非常に大きな意味がある(鈴木先生より)。
呼吸器領域では貴重な医師主導型の臨床試験であること,そして肺胞蛋白症の吸入薬試験を世界に先駆けて日本のグループが成果を発表した論文(石井先生より)。
報告の内容は,Room airでPaO2が70mmHg 未満(有症状の患者は75mmHg未満)の自己免疫性肺胞蛋白症患者64例を対象とした二重盲検のプラセボ対照試験。組換えヒトGM-CSF 125μg もしくはプラセボを1日2回7日間吸入を隔週で24週間継続した。プラセボ投与に割り付けられた患者が増悪する可能性を考慮し,重症例(PaO2<50mmHg)は除外。プライマリーエンドポイントは肺胞気動脈血酸素分圧較差(A-aDO2)のベースラインから25週目までの変化量とされた。A-aDO2の平均の変化量は,GM-CSF投与群(33例)で有意に改善した(P=0.02)。CT上の肺野密度のベースラインから25週目までの変化量も,GM-CSF群で良好の結果であった。本試験から,組換えヒトGM-CSF吸入は,軽症~中等症の患者に対して,動脈血酸素分圧を改善させる点で有益であったが,QOLアンケートのスコアの改善や6分間歩行テストの距離の改善は認めなかった。
もう一つ重要なコメントを頂戴した。
ほぼ同様に肺胞蛋白症に対してSavara社が行った国際共同治験の結果が,公開されている(リンク)。
今回のNEJM誌の報告では酵母由来のGM-CSF製剤を,Savara社の治験(NCT02702180,リンク)では大腸菌由来のGM-CSF製剤をそれぞれ用いたという違いはあるものの,primary endpointとsecondary endpointでの判定が相異なるものとなった。Savara社の治験ではGM-CSF吸入によって,主要評価項目である「有意なA-aDO2の改善」は証明されなかった。今回のNEJM誌の報告の意味を考える上で,2つの試験の患者登録基準の差や,研究結果の違いを考えることは,重要と思われる。臨床試験設計の難しい点である(菊地利明先生,貫和敏博先生より)。
(小山正平)