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癌組織WGS必須のDrug Rediscovery Protocol/Progressive Fibrosing ILDへのNintedanibの効果
1)癌治療
「薬剤再発見プロトコル」は既存の抗癌薬の使用範囲拡大を容易にする(The Drug Rediscovery protocol facilitates the expanded use of existing anticancer drugs) |
このTJHackを始めるにあたって,21世紀に入りNature,Scienceなどには,臨床に直結する論文が多く見られることを指摘した。
もちろんNature姉妹誌にはNature Medicineがあり,月刊誌ではあるが臨床として興味ある論文が多い。
そうした中で,ここに取り上げた論文は異色である。内容は癌の臨床試験であるが,もちろんJCOレベルの論文ではなく,Nature Medicineよりは深い。現行の薬剤承認における時代遅れ的な面を,浮き上がらせる視点と,そのプロトコルの面白さ(NCT02925234:サイトには警告文が付いている!)が,Natureでの掲載の理由か?
オランダのNetherland Cancer InstituteとCenter for Personalized Cancer Treatment(CPCT)からの報告であり,昨年のASCOでも報告されたようである。受理まで約1年を経ている。
2003年のtargeting drugの承認,2004年のdriver mutationとしてNSCLC患者に多発するEGFR変異の発見は,cytotoxic chemotherapyから21世紀のPrecision Medicineの先駆けとなった。ほぼ同時期,whole genome sequencing(WGS)の方法論は革新されていく。
著者らは,こうした時代の流れの中で,論文の最初の部分に4つの課題を指摘し,そのために癌医療には可能であるfull potentialな技術を十分に使っていないと述べている。
CPCTは2010年に,これら問題に対応するため,オランダの45病院のネットワークとして始まった。実際の癌治療を始める前に,患者癌組織のWGS実施を原則としている。Drug Rediscovery Protocol(DRUP)と呼び,European Medicare Agency(EMA)やFDAで承認済みの薬剤を,WGSデータに基づき,患者に使用して追跡する。
プロトコル(Fig.1)はしっかりしており,8名をstage Iで追跡判断し,さらに16 名でstage IIへとcohortを進めていく。著者らのポイントは,かかるoff-labelの試験は,多くはネガティブな記録が残されていないが,このDRUPデータベースではそれが明確で,公開されてもいるという。この臨床試験の研究費はオランダがん研究所で製薬会社が協賛している。
投稿が2018年7月であり,ICI癌免疫療法が有効な症例にMSI(microsatellite instability)やML(mutational load)の見られる症例が多い(Table 2)などの結果は,現時点ではほぼ公知に近い。しかしfull potentialな方向としての,症例ごとのWGSはなお一般的に許容されてはいない。
癌治療は,ICIを含めて激変期である。おそらく個別WGSのデータを用いて,本来は有効な新規epitope情報が必要である事はすでに気づかれつつある。
Full potentialな医療とは何か? 臨床医にchallengeを要求している。
2)その他
▶︎代謝疾患
デザイナーサイトカインIC7Fcによる2型糖尿病の治療(Treatment of type 2 diabetes with the designer cytokine IC7Fc) |
一見「嘘」のような,あるいは次世代医薬開発の方向を示すような論文である。IL-6,LIF(leukemia inhibitory factor),CNTF(ciliary neurotrophic factor)などの共通する受容体であるgp130のCNTF作用を増強するため,IL-6の一部をLIFのアミノ酸配列に置換しFc部を加え,安定化することで,糖尿病制御作用他,多様な作用が認められる,人工サイトカインのオーストラリアからの報告である。本論文はAASJにも西川先生が取り上げている(リンク)ので参考まで。
▶︎免疫学
6つの免疫介在性疾患におけるB細胞受容体レパートリーの解析(Analysis of the B cell receptor repertoire in six immune-mediated diseases) |
本論文も純粋な臨床研究であり,現在のMicrobiomeなどの知見を背景にすると,興味ある内容である。この論文もAASJで紹介されている(リンク)。
1)神経科学
今週はSpecial issueとして取り上げられた“Language and the brain”を紹介したい。この分野は臨床にも深い関わりがあるにもかかわらず,なかなか入門書的総説には出会えない。
発声学習と音声言語の進化(Evolution of vocal learning and spoken language) |
言葉を使うということはヒトの特徴とされてきたが,song birdsにおける物まね,意思疎通などは,共通する神経機構の存在を予想させる。
Rockefeller大学のJarvis EDは,これらsong birdsとヒトの神経機構は,各々の種で個別に構築されたものではなく,相同的な連続的なものでないかという仮説を立てて研究している。本来は別の経路であるvocal innate pathwayとmotor learning pathwayが平行進化上,pathway duplicationを起こして,vocal learning pathwayを形成したとの図(Fig.5)を示している。その背景に遺伝子発現の相同性や,大脳皮質でのlayerの相同性に関しても述べている。現行の方法論でこうした研究がなされていることは驚きである。
言語音,発話の社会的意味:人間の会話の神経基盤(From speech and talkers to the social world: The neural processing of human spoken language) |
一方,言語はそれを通しての「意味」の共有というsocialな面も持つ。LondonのScott SKは,主としてfMRIデータによる研究をベースに,こうした面の現在の研究展開(例えばFig.2)を紹介している。これに彼は“The study of speech thus lies at the crux of auditory processing, language processing, social processing, emotion, identity, and music.”とこの分野を概略している。
介護施設に勤務すると音楽“Music”というものの力を再認識させられることが多い。Musicの中に,複雑なこれら言語系脳活動の全てが連携し,活性化させられるならば,臨床上の意義は考えられている以上に大きい。
今回は,ヨーロッパで開催中のERSやESMOに絡む呼吸器疾患関連論文が,メール版で配信されているので,これらを紹介する。
1)肺線維症
Progressive Fibrosing ILDにおけるニンテダニブの効果(Nintedanib in progressive fibrosing interstitial lung diseases) |
自治医科大学シニア・レジデントとして呼吸器を専攻して以降40年間,「臓器線維化とは何か?」という肺線維症の課題が頭の隅にある。後年,実際にpirfenidoneの臨床開発に参加して,IPFという疾患定義は,薬剤承認のために薬剤投与対象疾患を明示する現行規定上,必要悪と思いながらも,一方で納得できない状況が続いている。
Pirfenidoneと並ぶNintedanibは,そもそもtri-kinase inhibitorとしての開発抗癌薬を,発想の転換で,IPFに対しPhase II,IIIで有効性を示し,承認市販となった。しかし,肺線維化類似病態への適応をどう展開するかという問題が生じている。Off-labelで細々と使用するのか?
奇しくも,そのジレンマは,今回Nature論文として紹介したDrug Rediscovery Protocolの研究者達が,癌治療に対して抱いたジレンマに類似する。
Nintedanibはこの問題を,順次IPF,SSc随伴性肺線維症(TJHack#48),そして今回はより広範な肺線維化を含み,かつ迅速な臨床対応が要求されるProgressive fibrosing ILD(ただprogressiveとは何かの議論は残るだろう)を対象とした臨床試験として展開し,結果は主評価項目であるFVC減少が,Nintedanib群 -80.8ml/y vs. Placebo群 -187.8ml/y (p<0.001)として有意差を認めた。
この論文はEditorialでも紹介されている(リンク) 。
著者はボストン,Brigham and Women’s Hospitalの中堅女医,Dr. Hilary J Goldberg(New York大医学部1996卒,プロフィール) である。彼女は肺線維症臨床診断の問題を主題として議論を展開している。実はこの臨床試験ではCT画像中央判定で,UIP-like fibrotic patternとother fibrotic patternに期せずしてほぼ2:1に分かれた。結果に示してある通りNintedanibの効果に差は見られなかった(Fig.2)。この意味するところは,必ずしもUIP様fibrosisに限らなくても,Nintedanibの効果が認められることを示している。彼女は最後に,「では,どんな臨床研究designを組めば,肺線維化のearly targetを同定できるのか」と結んでいる。
IPFの定義に納得できない筆者は,実は肺生検組織のscRNAseqの必要性を考えている。 Natureで紹介したDrug Rediscovery Protocolが原則WGSを実施したように,生検肺scRNAseqにおいて,fibroblastsに例えばPU.1が高発現しているならば(TJHack#36参照),common to organ fibrosisとして臨床試験enrollができるというprotocolは考えられないだろうか?
現在の臓器線維化診断へのFull potentialな技術とは何なのか?是非,Dr. Goldbergの世代でchallengeしてもらいたい。
2)NSCLC
進行期非小細胞肺癌へのニボルマブ・イピリムマブ併用(Nivolumab plus ipilimumab in advanced non–small-cell lung cancer) |
進行期NSCLCへの2種のICI抗体併用の臨床試験の報告である。結果として,対照のplatinium-doubletの成績も良い印象があり,悪性黒色腫や腎癌と違って,実際に選択肢にはなりがたいのでないか? むしろ本道は,個々の腫瘍のエピトープ候補に基づくワクチン作用との併用にあるのでないかと思われる。
(貫和敏博)