謹賀新年
本年もよろしくお願いいたします。
電子ジャーナル「呼吸臨床」の「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」は3年目に入ります。よく続いているなと思うとともに,執筆の先生方の御苦労,読者の皆様の御支持に改めて感謝いたします。
しかし義務感で執筆していても,毎週の新論文の面白さについつい引き込まれます。
2018年6月のTJH#0になぜTop journalに目を通すのか書きました。
年末のShattuck lecture(TJH#75)にも記したように,米国では医師の燃えつきが問題視され,日本では医師の働き方改革が待ったなしの時代です。
しかし足下ばかり見ていては,本当に疲れてしまう。少し顔を起こせば新たなfrontierが広がりつつある。こうした状況を是非日本の若手医師に理解してもらいたいという気持ちで執筆しています。
今週取り上げたNatureのアカゲザルへのBCG菌静注研究,ScienceのHigh-throughput screeningへのsci-RNA seq技術の応用等,現在のTop journalは臨床直結の話題が多くなっています。
若手医師の皆様が,TJHに目を通し,しばし目線を少し上に向ける時間になれば幸いです。
皆様によき一年でありますように。
•Nature
1)医学研究
アカゲザルにおける静脈内 BCG予防接種後の結核予防(Prevention of tuberculosis in macaques after intravenous BCG immunization) |
臨床としては新年早々,目を見張る論文が出ている。
アカゲザル100頭以上使っての,多経路BCG生ワクチン投与と,その後の結核菌曝露(気管支鏡下投与4-36 CPU/2 ml,しかしaerosolではない)に対する感染防御効果の衝撃的な報告である。
米国NIAIDとPittsburgh大学両グループの共同研究である。結核予防会勤務時代,年1回開催される結核関連のKeystone Symposiaに出席し,米国の潤沢な結核への研究費(100億円以上)と,数人の猛者の女性研究者の存在を知った。その1人がLast authorの1人,JoAnne L Flynnである。彼女の研究室ではアカゲザルを飼育して,結核菌感染肺をPET-CTで追跡している(胸部単純写真で検診した日本の歴史からすると違和感があるが,結核蔓延地域で,感染者を隔離することなく治療する状況で,肺の結核菌感染の実態がPET-CTで複雑な混合感染活動性として把握されている時代である)。
論文冒頭に概説してあるように,結核は世界で20億人が罹患し,毎年1,000万人が新規感染者となり,170万人が死亡する,正に最悪の感染症である。BCGワクチンは,News&Viewsの
写真にある通りほぼ100年前に開発され,抗原共通性など判明しているが,思春期や成人での効果が疑問視されている。それは投与量の問題であるのか? 投与経路の問題であるのか?
研究グループは5つの投与系を比較している。①低菌量皮下注投与(約5×10
5CFU,通常の成人皮下投与量に匹敵),②高菌量皮下注投与(約5×10
7CFU),③IV静注投与(約5×10
7CFU),④Aerosol吸入投与(約5×10
7CFU),⑤Aerosol吸入+低菌量皮下注投与(約5×10
7CFU+5×10
5CFU)。そのBCGワクチン投与の免疫系反応結果はFig.1に,Fig.2には結核菌曝露感染成績(すなわちBCGワクチン予防効果)が示されている(
リンク)。
一目瞭然の結果で,IVが最も結核菌感染予防効果が強いことが示されている。PET-CT画像も,FDG数値表示,組織残存結核菌CFU表示でも,IVによる効果は圧倒的で,それ以外は効果が横並びに近い。
この報告を,英文ネット上の反応では,BCGワクチン静注への期待のコメントが多い。しかし本当にそうか?
そもそも107CFUレベルのBCGを静注するなど聞いたことがない。著者らの言うとおり,Paradigm shiftである。
これら投与系別の一般臨床データは,Extended
Fig.2に示してある。不思議なことに発熱反応はあまりないようだ。しかしCRPは大きく反応し,2週間持続している。これでは臥床で日常生活ができないであろう。静注された多数のBCG菌は当然肝臓のKupffer細胞が貪食する。肝酵素が上昇し,アルブミン値は低下している。
Extended Fig.1~13は,臨床医にとっては大変興味あるデータである。BALや末梢血の各種免疫細胞の推移やcytokine推移などが示されている。この36pの論文はダウンロード(Open access)してじっくりと繰り返し眺めるべきだろう。
News&Viewsには結核菌曝露への予防効果は6頭/10頭で,1頭ではnecropsy時に活動性結核が見られた点を指摘し,予防効果のバラツキを指摘している。Discussionを読むと,これだけ免疫系細胞,Cytokineなどのparameterを集積しながら,BCG菌IV投与で何が結核菌感染防御に関与したか? 3点を記述しているが,その中の何か,あるいは組み合わせか,わからないと記してある。
一体どう考えるべきだろうか?
抗結核効果は
Fig.3fにも蛍光写真として示されているように,IV投与では圧倒的多数の活性化免疫細胞が肺組織に存在していることの意味が大きいのではないか? 仮に結核菌病巣が見られる例は,当然抗結核薬併用の相乗効果が期待されるだろう。しかし,結核蔓延地域の膨大な人口集団に,本当にBCGワクチン静注による感染予防を実施することができるのか? そのハードルはなお非常に高いのではないかと思われる。
この論文は西川先生のAASJにも取り上げられている(
リンク)。
2)その他:細胞生物学
RIPK1のカスパーゼ切断を妨げる変異は自己炎症性疾患を引き起こす(Mutations that prevent caspase cleavage of RIPK1 cause autoinflammatory disease) |
切断されないRIPK1バリアントによって引き起こされる優性自己炎症性疾患(A dominant autoinflammatory disease caused by non-cleavable variants of RIPK1)
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自己免疫疾患の1つの原因が,このRIPK1(Receptor-interacting serine/threonine-protein kinase 1)という多彩な被修飾アミノ酸残基の多いリン酸化酵素の,caspase 8による切断箇所の変異によるとの興味深い論文がback to backで報告されている。
•Science
1)製薬関連技術
単一細胞解像度での化学的トランスクリプトミクスの大量多重化(Massively multiplex chemical transcriptomics at single-cell resolution)
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抗腫瘍効果製剤探索として,多数の化合物の効果をscreeningするため,製薬企業ではhigh-throughput screenings(HTSs)がなされている。しかし,抗腫瘍効果における細胞生存率のような粗雑な指標で,本当に適切なscreeningがなされているのか? 誰もが一度ならず持つ疑問だろう。
一方でsc RNA seq法はbarcoding技術とNGS技術で今まで不可能であった組織を構成する多様な細胞の個々の遺伝子発現解析を可能にしている。Drug discoveryにこのsc RNA seq技術を応用できないか? そろそろこうした発想が生まれてもいい時期である。
SeattleのWashington大学グループとIllumina社がこうした発想で,sci-RNA-seq(sci:single-cell combinatorial indexing)による多種がん細胞株(A549,K562,MSF7)で188種の化合物スクリーンの実際(4608 conditions,581777 cell samples)がArticleで報告されている。
論文の冒頭で従来のscreeningの問題点を述べている。例えば企業が示す薬剤targetは実際はoff targetだったという点で,臨床医にはshockingな論文は先に紹介した(TJH
#63)。しかし,一方でsc RNA seq手段を数百万細胞でscreeningに利用すると,現状ではとんでもない費用costがかかる。
そこでsci-RNA-seqの出番となる。この方法は昨2019年2月のNatureで報告された,マウス胚形態形成(d9.5~13.5)で使用された,barcoding技術を数百万細胞に適応拡大する方法である(
リンク)(本論文は知っていたが,方法論まで十分理解していなかった)。この方法の元は2014年Nat Genetに報告されたヒトhaplotype whole genome sequencing法(
リンク)による。
本論文ではbarnyard実験(準備として施行したfeasibility確認実験)で
Fig.1に方法論概説,Fig.2にはA549細胞への4剤〔BMS345541(IkB/IKK阻害),dexamethasone,nutlin-3a(Mdm2阻害),SAHA(HDAC阻害)〕使用のsci-RNA-seqの実際が示され,dose response曲線も見られる。
Fig.3では実際に3種がん細胞株A549,K562,MSF7を188種の化合物でdoseを変化させながら,24h処理した結果が示されている(K562に対してBosutinibの効果がpositive control)。
臨床の立場からすると,企業が開発した製剤を信じて患者に投与している。それが「実はoff targetであった」など,その薬剤の副作用で苦しんだ患者にどう申し訳できるのか? 「ひと昔前はひどかった」という回想の時代は来るのだろうか? sci-RNA-seq法をマウス胚形態形成解析に使用した論文には心底驚き,次世代の生物学を感じたが,本論文ではそのbarcoding技術のさらなる応用が示されている。21世紀のサイエンスの可能性を垣間見る思いである。
•NEJM
1)呼吸器内科肺癌
未治療 EGFR 変異陽性進行非小細胞肺癌におけるオシメルチニブによる全生存期間(Overall survival with osimertinib in untreated, EGFR-mutated advanced NSCLC)
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今週号では,呼吸器としては,Osimertinibの遠隔成績を取り上げざるを得ないだろう。Median overall survivalが,38.6 Mという値は,現役の先生方の実感するところだろう。
Osimertinibは第3世代EGFR-TKIとして,irreversibleに結合し,通常のドライバー変異のみでなく,耐性時によく見られるT790Mにも効果を示す点が特徴である。
本試験は2014年12月から2016年3月まで,566人を2つのarm(Osimertinib 80mg vs Gefitinib 250mg or Erlotinib 150mg)に分けたDouble blind試験であり,EGFR変異の多いAsianとNon-Asianを1対1に分け,世界30カ国に渡って実施された試験である。
その結果はなんといってもMedian overall survival 38.6 Mの
図だろう。Median値でこの予後であるので,4年を超える患者が30%以上存在する。Supplementary Appendixには多数のdataがあるが,中でも目につくのはNon-AsianでOsimertinibの効果に顕著な良好な差が見られる点だ。この成績は何を意味するのだろうか?
Fig.3にはFirst subsequent TxとSecond subsequent Txの実態が示され,Osimertinibへの切り替えも目立つ。
Adverse effectの表に問題となるILD項目がない。Supplementを読むと,permanent discontinuationにILD(n=6),pneumonitis(n=5)と出ているが,人種の記載はない。やはり日本人特異なAdverseであるのだろうか?背景の人種データを是非知りたい。
EGFR変異陽性のNSCLCはICIの効果が弱い事は知られている。しかし単剤でもこの長期予後が見られる事実は,臨床的には十分満足すべきというべきものだろうか?
2)その他:CLINICAL IMPLICATIONS OF BASIC RESEARCH
CRISPRによる最先端の物質への道筋(A CRISPR path to cutting-edge materials)
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Crispr-Cas系の説明が臨床家にわかりやすい絵で説明されている。
(貫和敏博)