•Nature
1)化学
移動型ロボット化学者(A mobile robotic chemist)
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まずは今週号のNatureの表紙が気になったので本論文から。Robo Chemist(ロボット化学者)で,移動ロボットが人間の化学者と同じように実験をしている様子が示されている(
図)。材料研究では必要な試料の種類,操作,機器,測定が多様であるため,ロボットを広く採用することは難しいと考えられてきた。
今回イギリスのリバプール大学のグループからは,器用な自動移動するロボットを用いて,水から水素を生成するための改良型光触媒を探索した。このロボットは,8日間にわたって自律的に動作し,10変数の実験空間内で,688回の実験を行った。この自律的探索によって,最初の配合の6倍以上の活性を持つ光触媒混合物が特定され,有効な成分が選択されるとともに,有効でない成分が除外された。複雑な実験ができるように機器を自動化にするのではなく,器用なロボットを用いて研究者を自動化している点が興味深い点である。人間が行えばば数カ月間かかる実験を1週間あまりで成果を上げているようであり,今後こうした自動化が進むのかもしれない。
Nature誌の
動画(Nature video)がみられるが,ロボットの動きはとても正確そうで驚かされる。百聞は一見に如かず,で一度ご覧ください。
2)免疫学
構造細胞は器官特異的な免疫応答の主要な調節要因である(Structural cells are key regulators of organ-specific immune responses) |
ウィーンのオーストリア科学アカデミーからの論文で,マウスの脳・盲腸・心臓・腎臓・大腸・肝臓・肺・リンパ節・皮膚・小腸・脾臓・胸腺の12の臓器における「非免疫細胞」である内皮細胞(CD31
+GP38
-),上皮細胞(EpCAM
+),線維芽細胞(GP38
+CD31
-)の3種類の細胞について,遺伝子発現について実に詳細に解析している。フローサイトメトリーで各々の細胞の表現型を調べ,RNA-seq(
Wiki )で遺伝子発現を解析し(どんな遺伝子が発現しているか),ATAC-seq(
Wiki)でクロマチンの状態(ゲノム上の遺伝子発現のしやすさ)を調べ,H3K4me2に対する免疫沈降解析(ChIPmentation)(
リンク)によってプロモーターやエンハンサー領域のヒストンのメチル化によるエピゲノムの解析(遺伝子発現の調節機構について)を免疫反応関連の遺伝子を中心に詳細に研究している。研究の全体の流れが
図1に示されている。さらに定常状態の解析に加えて,実際にウイルス感染させた後(
図4)とサイトカイン刺激したときの結果(
図5)とも比較することにより,さらに詳細に機能解析している。
内皮細胞・上皮細胞・線維芽細胞は物理的な構造としての役割があるが,本研究によってさらに免疫反応の遺伝子発現について複雑に制御されていることが明らかとなった。特に12種類の臓器各々で異なる特異的な発現パターンがあり,それぞれの細胞ごとにも特異的な発現パターンがみられ,これらの細胞と免疫細胞との広範な相互作用があることを示している。さらに定常状態でもこれらの細胞は既にエピゲノム的にいざというときのウイルス感染に反応できるような機構が備わっていることを示しており,本論文は新規の有用なデータベースを提供している。News & Viewsにわかりやすい
図とともに解説されている(
リンク)。
•Science
1)老化
運動することによって加齢した脳における認知機能を改善できる血液因子の発見(Blood factors transfer beneficial effects of exercise on neurogenesis and cognition to the aged brain) |
歳を重ねても体を動かしている元気な人は,はたして体を動かすから元気なのか,元気だから動けるのか? これまでの研究成果から運動によって神経再生能力や認知機能などの脳の老化に歯止めをかけられるのではないかといわれているが,そのメカニズムについては不明であった。一方で,若いマウスから加齢マウスに血液成分を輸血することによって加齢マウスの神経再生能力や認知機能を改善することが報告されてきていた。人間では米国などでは怪しげな若返りビジネスとして一部で行われているが(
リンク),実証済みの臨床効果はないと米食品医薬品局(FDA)が警鐘を鳴らしている(
リンク)。
今回,米国サンフランシスコのUCSFの研究グループからの論文では,6週間走り続けるといった運動をした18カ月の加齢マウスの血漿を,運動していない同齢の加齢マウスに注射すること(6週間かけて8回投与)でその神経細胞新生や認知機能(学習や記憶といった脳の海馬の機能)に対する改善効果がみられることを報告している(
図1)。その効果は高齢マウスだけでなく成人マウスが運動した際にも血液中に認められる因子であり,比較蛋白解析することによって,その血漿中の因子はglycosylphosphatidylinositol(GPI)–specific phospholipase D1(Gpld1)(
Wiki )という主に肝臓でつくられるGPIを分解する酵素であることを同定した。実際に加齢マウスの運動による認知能力の改善と血漿中Gpld1濃度の上昇とは相関性があることを示している。さらに活動的で健康な人間の老人でも,動かない老人に比べて,血中のGpld1濃度が上昇していることを報告している(
図2)。
加齢マウスの肝臓で遺伝子発現させてGpld1濃度を上昇させると認知機能が改善することを確認し,さらにGPIの分解機能(酵素機能)のない変異Gpld1遺伝子発現によっては機能改善がみられないことを示している。そしてGpld1の酵素反応の標的経路としては,uPAR(urokinase-type plasminogen activator receptor)(
Wiki)によるシグナル伝達経路に関係した「血液凝固」や「補体」のシグナルと関係があることを明らかにしている(
図4)。先週のNature誌で紹介されたCAR-T細胞で老化を治療する際の標的もuPARであった点(TJハック
#103)は同じ老化研究として興味深い。
加齢脳における運動による認知機能改善がGpld1という血液因子を介した「肝臓と脳の連関」によることを証明した論文で,運動による他臓器に対するアンチエイジング研究の可能性や今後の臨床応用などが強く期待される研究である。元気であるから体を動かせるが,どうも体を動かせば元気でいられる可能性がありそうである。
2)免疫学
HEM1欠損による遺伝性免疫機能異常症におけるmTORC2とF-actinの機能障害(HEM1 deficiency disrupts mTORC2 and F-actin control in inherited immunodysregulatory disease)
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本論文はNIH(NIAID)を中心とした研究グループからの新たな遺伝性免疫不全症の研究で,アトピー症状・リンパ球増多症・サイトカイン高発現を示す免疫不全症の4家族5症例が解析された。その原因として造血細胞系に特異的に発現するHEM1という分子をコードするNCKAP1L遺伝子の変異とその機能解析が報告されている。細胞の基本的なダイナミックな機能として重要なアクチン細胞骨格の調節機構として,CYRIP1/2, HEM1/2, ABI1/2/3, HSPC300, WAVE1/2/3から構成されるWAVE regulatory complex(WRC)(
Wiki)が知られている(
図)。今回同定されたHEM1の遺伝子変異により,上記のWRCの機能を障害し,アクチンの重合や免疫細胞の移動やサイトカイン産生に影響を与えるために種々の臨床症状を呈するものと考えられた。
さらに興味深いことにHEM1は,これまで同定されていなかったが,mTORC2(the mechanism of rapamycin complex2)の構成成分であるRICTORとも低親和度で結合し,mTORC2を介したAKTリン酸化によるシグナル伝達やT細胞の増殖などの調節をすることにより免疫不全症状に関わることが示されている。全体的なメカニズムについて図4Gにわかりやすく図示されている(
図)。
なお同時期に複数の施設からまったく同じ研究成果が発表されることがあるが,今月のScience Immunology誌にも“The cytoskeletal regulator HEM1 governs B cell development and prevents autoimmunity”として,ウィーンのオーストリア科学アカデミーとウィーン医科大学を中心としたグループから,兄弟症例のエクソームシーケンス解析から同様の疾患の原因遺伝子として,同じくHEM1遺伝子変異の同定とそのノックアウトマウスの解析結果が報告されている(
リンク)。
3)総説
リンパ管の生物学的機能(Biological functions of lymphatic vessels) |
リンパ管についての機能や特徴そして癌における役割などが詳細にわかりやすくまとめられている。
•NEJM
1)皮膚科
瘙痒を伴うアトピー性皮膚炎に対するネモリズマブと外用薬の試験(Trial of nemolizumab and topical agents for atopic dermatitis with pruritus)
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近年,様々なサイトカインシグナルを標的とした生物学的製剤が開発されてきているが,本研究は,アトピー性皮膚炎の瘙痒と炎症に関与するインターロイキン-31受容体Aに対するヒト化モノクローナル抗体製剤(ネモリズマブ)(
Wiki)の日本からの研究成果である。京都大学のウェブサイトに研究成果が紹介されている(
リンク)。
アトピー性皮膚炎と中等度~重度の瘙痒を有し,外用薬に対する反応が不十分な日本人患者を,外用薬との併用下でネモリズマブ(60mg)を4週ごとに16週目まで皮下投与する群と,プラセボを投与する群に2:1の割合で無作為に割り付けた二重盲検第III相試験である。主要評価項目は瘙痒ビジュアルアナログスケール(VAS)スコアで,ネモリズマブの皮下投与を外用薬と併用することによって,プラセボ+外用薬と比較して瘙痒が大きく減少することが示された。注射部位反応の発現率はネモリズマブ群のほうがプラセボ群よりも高かった。今後,本剤の効果の持続性と安全性を明らかにするためには,さらにより長期間の大規模な試験が必要である。
今週号のNEJMでは他にSOD1変異による筋委縮性側索硬化症(ALS)に対するSOD1を標的としたアンチセンスオリゴヌクレオチドの髄腔内投与による臨床研究論文(
リンク),およびマイクロRNAのアデノ随伴ウイルス(AAV)を用いた遺伝子治療研究(
リンク)が掲載されていて,Editorialにも紹介されている(
リンク)。
また,依然として猛威を振るうCovid-19については,2020年5月27日にオンライン掲載の段階で本コーナー
#97で紹介した「Covid-19患者剖検肺における肺血管傷害と血栓および血管新生についての論文」(
リンク)が掲載されている。本論文はEditorialでも取り上げられており(
リンク),ARDS(acute respiratory distress syndrome)という病態自体が雑多な集団(heterogeneous)であるということや今回解析された患者サンプル数が少ないといった問題点を挙げている。解析されているCovid-19とインフルエンザA(H1N1)感染によるARDSではDAD(diffuse alveolar damage)の時期が異なることなどからも,Covid-19で多くみられた血管新生や血栓症の症状がCovid-19にどこまで特異的なのか,あるいは単なるARDSのみている時期の違いなのか,新たなエンドタイプなのかどうか,などといった今後の研究の必要性を提言している。
さらにCASE RECORDS OF THE MASSACHUSETTS GENERAL HOSPITALでは「Covid-19 に罹患したホームレスの男性(A Homeless Man with Covid-19)」として,ボストン市におけるホームレスの人々のCovid-19についての感染対策の取り組みや管理戦略,検疫や隔離のための仮設テントの様子が写真入りで紹介されている(
リンク)。
(鈴木拓児)