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呼吸臨床
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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 105

公開日:2020.7.22


今週のジャーナル

Nature Vol. 583, No.7816(2020年7月16日)日本語版 英語版

Science Vol. 369, Issue #6501(2020年7月17日)英語版

NEJM Vol. 383, No.3(2020年7月16日)日本語版 英語版







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脳血液関門を介した血漿蛋白取り込みは加齢とともに低下するーALPLが関与?/髄膜播種に見られるがん細胞の鉄利用ーlipocalin2高発現/末梢血中の滑膜由来細胞で関節リウマチの増悪を予測する

•Nature

1)神経科学 
生理学的な脳血液関門を介した蛋白輸送は,加齢に伴うトランスサイトーシスの変化によって障害される(Physiological blood–brain transport is impaired with age by a shift in transcytosis
 今週も加齢と中枢神経に関する興味深い報告があったので紹介する。概要は,加齢に伴いレセプター依存的なトランスサイトーシスが低下し,血液中蛋白の脳実質内への移行が阻害されることを示したものである。わかりやすい概略図がNews and viewsに取り上げられている()。
 スタンフォード大学のグループは,血漿蛋白数百種類を蛍光ラベルする技術を開発し,静脈注射後,脳実質にどれくらい浸透するかを蛍光検出用の顕微鏡で確認している(神経細胞やミクログリアなどに蛍光が取り込まれる様子がわかる:)。この取り込みのプロセスは,脳の血管内皮細胞に特有の転写プログラムによって調節され,血管の区分(静脈細胞,動脈細胞,毛細血管)によって異なることが示されている。興味深いことに,生後12週と19カ月のマウスの脳血管内皮細胞についてRNAシークエンスを行ったところ,加齢に伴いリガンド特異的なレセプター依存的トランスサイトーシスの関連遺伝子発現が低下する一方,リガンド非特異的なカベオリン依存的トランスサイトーシスの関連遺伝子発現はむしろ上昇することが確認された。さらに,alkaline phosphatase(ALPL:Wiki)が加齢に伴う脳血管のトランスサイトーシスを修飾することが知られているため,ALPL阻害薬を高齢マウスに投与したところ,トランスフェリン受容体の発現が上昇し,レセプター依存的トランスサイトーシスが改善することが1例として示された。ALPL阻害薬は,血管の形態やタイトジャンクションの構造には影響を与えず,若年マウスではトランスサイトーシスに関して有意な変化を示さなかった。
 これまで脳実質への蛋白取り込みを評価する場合は,外来蛋白を標識して評価する系が主流であった様だが,今回の手法は,endogenousな血漿蛋白を蛍光でモニターするという画期的なテクノロジーである。このような解析のおかけで次の課題も見えている。例えば蛍光ラベルした血漿蛋白の集積が特定の領域に局在する理由は何か,どのような血漿蛋白が特に加齢によって取り込みにくくなるのか,最終的にその事象がどのような神経機能低下と関連するのか,などである。透明化,逆行性ウイルス感染,オプトジェネティクスなどともに神経機能解析のツールとして今後の活用が期待される。

2)微生物学 
COVID-19の臨床的な転帰に関わるウイルス因子と宿主因子(Viral and host factors related to the clinical outcome of COVID-19
 上海のFudan大学のグループから,上海で発生したCOVID-19の326症例について,ウイルスゲノム(94例分)および臨床経過(重症度の4段階分類,CT所見,末梢血リンパ球数,末梢血生化学,血清サイトカイン,ウイルスの検出期間などを用いて評価)について報告されている。ウイルスゲノムについては,221例のデータベース上のシークエンスと比較したところ,これまで報告と同様に(リンク)系統発生学的にclade IとIIに分類されることがわかった()。この2系統の違いは,2カ所の一塩基変異による〔ORF8(clade Iはロイシン,clade IIはセリン)とORF1ab(アミノ酸配列は変わらず)〕。臨床症状・経過に関して,この2系統のウイルスの間で有意な差は認められなかった。重症度と相関していた複数の因子のうち(),特に顕著であったのはT細胞を主体とする末梢血リンパ球数の減少で,血清IL-6/IL-8濃度ときれいな逆相関を示すことが明らかになった()。トシリズマブの投与によってリンパ球数の改善が報告されていることとあわせ(リンク),過剰なIL-6がリンパ球数減少と関連することが示唆される。しかしながら,この事象がCOVID-19重症化の原因なのか結果なのか含め,詳細なメカニズムは今後も検討が必要である。これまでの報告も含め,News and Viewsにサマリーが掲載されている(リンク)。

•Science

1)腫瘍学 
髄膜転移において,がん細胞はlipocalin-2の発現によって鉄利用の効率を高める(Cancer cells deploy lipocalin-2 to collect limiting iron in leptomeningeal metastasis
 進行期の肺癌や乳癌では,脳は転移の好発部位であり,髄膜播種もしばしば経験される。がん細胞は,くも膜下腔の脳脊髄液(CSF)を介して播種するが,髄液は栄養素などの少ない過酷な環境であり,がん細胞がどのような代謝的な特徴を獲得して,環境適応しているのかは知られていなかった。
 メモリアルスローンケタリング癌センターのグループは,髄膜播種の患者5名の髄液を用いてシングルセルRNAシークエンスを行ったところ,髄液中のがん細胞では,高親和性の鉄結合蛋白であるlipocalin-2(LNC2)およびその受容体であるsolute carrier family 22 member 17(SLC22A17)が高発現していることがわかった(以下LCN2-SLC22A17と記載)。一方,同じ髄液中に検出されたマクロファージなどのがん以外の細胞成分には発現が誘導されていなかった。わかりやすい図解がPERSPECTIVEでも取り上げられている()。また西川先生のサイトでも取り上げられている(リンク)。
 LCN2-SLC22A17の様な高親和性鉄結合蛋白は,もともと自然免疫系の細胞が発現し,細菌が鉄を利用するために分泌するシデロフォア(siderophores)(Wiki)に結合して鉄利用を妨げ,抗菌作用を発揮する際に用いられる。
 3種類の細胞株を用いた髄膜播種マウスモデルでも,患者と同様に,がん細胞でLCN2-SLC22A17の発現が,元の細胞株と比較して髄膜播種病変で上昇することが確認された。細胞株でLCN2をノックダウンすると髄膜播種モデルでのみがんの増悪が抑制された(髄膜以外の部位に投与するとLCN2ノックダウンの影響は認めなかった)。また,共培養実験の結果,がん細胞のLCN2-SLC22A17は,マクロファージによる炎症性サイトカインIL-6によって誘導されることがわかった(髄液所見と同様,マクロファージ自身にはLCN2-SLC22A17は誘導されない)。結果的に髄液中の鉄が,がん細胞に奪われる状況になることから,マクロファージの貪食機能は低下し,免疫サーベイランス機能は低下することがわかった。最後に鉄キレート剤による治療が一定の治療効果を示すことを明らかにした。
 髄膜播種したがん細胞が鉄利用を高めて環境適応しているという興味深い知見である。

•NEJM

1)リウマチ病学 
前炎症性間葉細胞のRNA同定により関節リウマチの増悪を予測する(RNA identification of PRIME cells predicting rheumatoid arthritis flares
 関節リウマチは,他の自己免疫疾患と同様,寛解と増悪を繰り返すことが知られているが,増悪の分子機構について詳細は明らかになっていない。2018年の滑膜細胞を用いたシングルセルRNAシークエンス解析の報告以降,病変局所での免疫細胞や線維芽細胞の役割が徐々に明らかになってきた(リンク, TJハック No. 51)。
 ロックフェラー大学のグループは,患者に自宅で血液3滴を採取してもらい,その検体からRNAシークエンスを安定的に評価できる系を確立した。4人の患者について,1〜4年間に渡り縦断的に採血と臨床症状のモニターを行った。検体は,1例は4年間で8回の増悪中の364時点,3例は増悪中の235時点で採取された。寛解と増悪時の末梢血のRNAシークエンスデータを比較したところ,臨床的に増悪を認める2週間前にはB細胞を中心とした白血球の分化に関わる遺伝子群,1週間前には軟骨組織・細胞外基質に関わる遺伝子群が共通して増加していることがわかった。さらに,滑膜のシングルセルRNAシークエンスのデータと比較検討した結果,1週間前に上昇した遺伝子群の特徴は,炎症性滑膜線維芽細胞のプロファイルと共通することがわかった。末梢血中の炎症性滑膜線維芽細胞について,さらに19人のリウマチ患者検体を用いて評価を行った。フローサイトメトリーでCD45陰性CD31陰性PDPN陽性の前炎症性間葉細胞(preinflammatory mesenchymal:PRIME)を回収しシークエンスしたところ,増悪1週間前に上昇していた炎症性滑膜線維芽細胞のプロファイルと一致していた。解析結果のまとめが,かりやすい概略図で提示されている()。
 リウマチ患者では,臨床症状が増悪する1週間ほど前に,末梢血中に前炎症性間葉細胞(PRIME細胞)が出現することが明らかになった。さらに,これらの細胞は増悪前の数週間で恐らくB細胞によって活性化され,その後血中から滑膜に移動する可能性が示唆された。フローサイトメトリーでも評価可能な細胞集団であることから,増悪を予測するバイオマーカーとして今後の臨床応用が期待される。

(小山正平)

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