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呼吸臨床
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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 107

公開日:2020.8.5


今週のジャーナル

Nature Vol. 583, No.7818(2020年7月30日)日本語版 英語版

Science Vol. 369, Issue #6503(2020年7月31日)英語版

NEJM Vol. 383, No.5(2020年7月30日)日本語版 英語版







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ENCODE Phase3:その臨床面の活用は?/長期化するCorona pandemic:その対応に必要な視点は?/コロナに先行するRSVワクチン,抗体の臨床試験2報

 コロナ感染陽性者の増加が止まらない。しかし非常事態宣言下ではコントロールできた事実をもとに,何が最も有効な防御方法であるのか,政府は明確かつ分かりやすく国民に示すべきである。一つはマスクなし状況での空気伝染が主体であるクラスタ発生環境を徹底周知し,その場所(会食,カラオケなど)の対策・使用制限等。一つにはPCR検査数のより拡大,自動化機器センター整備であるだろう。
 世界的な患者数急激増加状況に,たとえワクチンが早期導入されても,終息まで2~3年必要と理解できる。その理由はSARS-CoV-2の病態生理がなお理解不十分である点だ。今週ScienceがPerspectivesにこの点を取り上げているので紹介する。

•Nature

1)ゲノミクス 
ENCODE計画の全体像と展望(Perspectives on ENCODE
 今週の大きな話題は,表紙の図に示されるように,ENCODE Phase 3の8論文の一括掲載であるだろう。門外漢には取り付く島もない領域だが,今回はPerspectives on ENCODEとして,このprojectの歴史的経過,今回のPhase 3の位置,さらにはPhase 4への展望が述べられている。さらに念の入ったことには,News&Viewsにも日本の理研に属する研究者が概略を紹介をしている(はENCODE探索内容を一枚で示して面白い)。
 ヒトゲノム解読終了が宣言されたのは2003年であるが,その塩基配列の背景(殊に98%以上を占めるnon coding region)にいかなるbiologyがあるのか?それを明らかにするENCODE projectはその年にスタートした。
2007年にその第1回の結果がPhase 1として報告された。その内容は第一にRNAにtranscribeされるprotein codingとnon-protein codingの状況で,lncRNA(long non coding RNA)という略語が使われるようになった。第二はいくつかの細胞株を使ったDNase Iで切られる領域の探索である。
 2012年にはENCODE Phase 2としてこれらのcis-regulatory elements(CRE)の情報が,技術向上したsequencing basedで調べられた。私は退職後雑誌に連載していた時期で,「まだまだ足りない!基礎生物学新規情報への飢え-自分の臨床は本当に正しいのか?-」として紹介した。ChIP-seq(chromatin immunoprecipitation with sequencing),RNA-seqなどでhistone modification(H3K4me1,H3K4me2,H3K4me3,H3K27ac等)の1部が細胞株で報告された。
 ENCODE Phase 3は2012~2017年(今回の論文の1部は2017年に投函されている)の時期で,さらに進歩した技術を背景に,9,239実験データ(ヒト 7,495,マウス 1,744)を統合したもので,全体像はFig. 1にある。ヒトでは20225種のprotein-codingと,37,595種のnon coding genes,200万強のopen chromatin region,約75万のmodified histones,120万強のTF結合部位などが集積されたと報告されている(Fig. 2)。
 ENCODE計画ではdataの精度のためのreplicationを重視し,問題あるときはan issue was foundとマークされる。これらdata baseはもちろん研究者がアクセス可能である。また,ENCODE Projectは米国の他の巨大database,例えばNIH Roadmap Epigenetics ProgramやTCGA,最近ではHuman Cell Atlasなどの展開のprototypeとして,また相互のデータ共用としても統合化されつつある。一方,ENCODEのデータを用いての論文数も2014年以降加速している。
 もう1点,ENCODEで注目される点は,他種動物のゲノム探索である。Phase 2では線虫やショウジョウバエ,Phase 3ではmodel organismとしてmouseことに胎生期8期の経時的変化が12の組織で検討されている(Fig. 4)。このほかtransgenic reporter mouseを用いて機能も調べられている。当然これらは,進化における遺伝子発現変化の情報を含むことになる。総じてCRE等の特性はMetazoans(後生動物)で非常に保存されていると述べられている。
 ENCODE Phase 4(2017~2021年)は進行中である。重点はより正確なchromatin binding proteins,RNA binding proteinsなどの情報とともにsingle cell basedでの情報が取り込まれていく。他にはCRISPR技術によりfunctionalな側面が深められるという。
各国では巨大なGenome bankingが進行している。ENCODEのデータは個人ゲノム情報が入手できる近未来に,その解釈のreferenceとして整備されていくであろう。
 一方,臨床サイドとしては,そろそろENCODEの日本語解説書が欲しいところだ。

2)その他・医学研究 
肺癌における個別化治療の英国肺マトリックス試験(The National Lung Matrix Trial of personalized therapy in lung cancer
 呼吸器としては,肺癌に対するpersonalized therapyの英国の臨床試験報告が注目される。しかし2014~2017年の患者登録で,計画としては2012年前後のものと考えられ,現在では公知的内容である。この時期には並行して免疫checkpoint治療法が臨床試験,承認へと向かった。Umbrella approachとしては,さらにこの免疫療法を取り込み検討する必要があるだろう。

•Science

1)Perspectives
SARS-CoV-2はどのようにしてCOVID-19を引き起こすか?(How does SARS-CoV-2 cause COVID-19?
 冒頭に記したように,世界的にも,また日本でもSARS-CoV-2 pandemicは第2波となっている。対応する薬剤開発としてはレムデシビル,デキサメタゾンが臨床試験有効性が認められ,日本で開発ファビピラビル(アビガン),トシリズマブ(アクテムラ)は現在のところ有効性が示されていない。現場での有効性の感触と臨床試験結果の乖離はどこに原因があるのか?
 それはSARS-CoV-2よる病態であるCOVID-19が単なるウイルス気道感染のみならず,CRS(cytokine release syndrome)やpneumonitis,血栓症などの深刻な臨床病態を惹起するからである。しかしながらその病態生理が十分に理解されていない点が,臨床試験での有効性評価設定の混乱を来しているのではないか?
 そうした中,今週のScience誌,Perspectivesに表題のようなViewpoint: COVID-19が英国Cambridge大学感染免疫のMatheson NJらにより2ページに簡潔にまとめられ,何がわかっていないか? 何が問題なのか? を最近6カ月の膨大な論文の中,考慮すべき15報を引用しながらcomprehensiveな現状把握をしている。なおPerspectivesでありながら,コロナ感染症をheterogenous diseaseとして著者らがウイルス受容体の観点からまとめていると冒頭のThis Week in Scienceにも取り上げられている。

 短い内容なので通読を進めるが,まずSpike proteinと関連するhost因子を,現在病原体として知られる7種のコロナウイルス(SARS,MERS,SARS-CoV-2,HCoV-NL63,HCoV-229E,HCoV-OC43,HCOV-HKU1)での相違を議論している。ACE2を受容体とするのはSARS,SARS-CoV-2,HCoV-NL63であり,MERSはDPP4,HCoV-229ECD13を受容体とするが,それぞれがpeptidaseである意味や,host側の関与因子furin,TMPRSS2(transmembrane protease serine 2)等を加えるとさらに複雑である(一部はTJH#87でも説明)。
 またACE2の生理的な意義は何か?昇圧,proinflammatoryなangiotensin IIをさらに分解(肺血管床のACEは私の学位研究で関心のある点であるリンク)すると考えられている。SARS-CoV-2などではACE2が消費され,炎症増悪が考えられるが,そもそもMERSはACE2が受容体ではない。本来血流中のangiotensin II分解なら,なぜ気道上皮や消化管上皮にACE2が存在するのか?という疑問は当然生まれ,筆者らはACE2にはchaperon的機能があるのでないかと推論している。
一方,受容体を離れて病態進展に関しても議論している。
 SARS-CoV-2感染者は症状なく回復するのが大多数であり,症状発現前が最も感染力が強い点が封じ込め困難に直結する。一方有症状者の90%以上は発症後3~5日で,胸部CT写真にpneumonitisを認め,この段階で感染は下気道へ広がる。しかしその80%は,特に処置なく改善するが,20%前後が有症状後7~10日で急速な悪化を見る。患者自身もこの時期になり初めて医療機関を受診し,発熱,低酸素血症,CRP,IL-1,IL-6等の高値を認め,25%が人工換気が必要となる。
 では急速な悪化を来す原因は何か? それはMargo CらのTransl Res(リンク)を引用して,肺のepithelial-endothelial integrityが崩れ,capillary injuryが起こり,neutrophilの浸潤,さらにはintravascular coagulationを来す。こうした見解は最近のTeuwen LAらのNat Rev Immunol掲載のComment,“COVID-19:the vascular unleashed”にも見られると紹介する()。著者らはこの重症化変化へのinterventionが最も必要であると述べている。
 Corona pandemicの長期戦の予想が生まれる中,ワクチン,感染抑制剤開発以外に,このpneumonitisからsevereな進展阻止に何が必要か? かつて肺損傷でのHGF効果を研究していた私は高齢者の組織修復能低下を補うものとして,発癌誘発を理由に放置されているHGF等の短期使用を再検討すべきかと考える。
 本Perspectivesは現状理解に優れた内容である(は病態レベル別解説で理解しやすい)。

2)その他 
ヒト特異ARHGAP11Bは胎児マーモセットの霊長類新皮質サイズと折りたたみを増加させるHuman-specific ARHGAP11B increases size and folding of primate neocortex in the fetal marmoset
 日本とドイツのグループから,脳進化としての大脳皮質の神経細胞増殖に関して,ヒト特異,ARHGAP11B〔Rho guanosine triphosphatase (GTPase)activating protein 11B〕をmarmosetにtransgenic発現し,非投与対照に比べ,胎生101日での大脳皮質各神経細胞レイヤーの神経細胞数変化が報告されている()。
 大脳皮質というヒト認知機能の進化に関する今後の研究の1つのステップと考えられる。この論文はAASJでも取り上げられていて,その遺伝子機能の詳細を報告したNeuron論文も紹介されている(リンク)。

•NEJM

1)ワクチン

早産児における RS ウイルス感染予防のためのニルセビマブ単回投与(Single-dose nirsevimab for prevention of RSV in preterm infants

妊娠中の RS ウイルスワクチン接種と乳児における効果(Respiratory syncytial virus vaccination during pregnancy and effects in infants
 世界に広がるSARS-CoV-2に対して,ワクチン投与は大きな関心を引き,米国,中国,ロシアでも本年中の実用化がニュースとなる。しかし乳児感染が問題であるRSV(respiratory syncytial virus)の予防は,1960年代の深刻なワクチン副作用事件を踏まえ,現在に至るまで満足いく成績が得られていない。
 今週のNEJMでは,RSV感染予防に対しての2つの臨床試験,1つは改良型(血中濃度維持)monoclonal抗体,もう1つはRSV-F protein nanoparticle vaccine(これに関連しては新規合成RSV-F nanoparticleとしてTJH #96で紹介)を母体にvaccinationし,乳児における受診・入院頻度でその効果を見るものである。
 この2つの臨床試験に関しては,Editorialsにも取り上げられている(リンク)。それによると,RSVに関しては抗ウイルス薬Presatovirが臨床試験されているが,不十分な成績であった(リンク)。
 Monoclonal抗体に関しては,すでにPalivizumabがあり,1998年FDAの承認を受けている。しかし,実際に毎年RSV感染で入院となる10万人の乳児は,特段のrisk factorもなく,毎月の抗体予防注入は現実的ではなかった。この点の克服としてlong lasting抗体として,Fc fragmentにYTE変異(M252Y/S254T/T256E)を入れ,抗体のdegradationを防ぐNirsevimabが臨床試験に用いられた。2016年11月より1年間,29~34週の早産健康児においてNirsevimab群(969例)とplacebo群(484例)で行われ,医療受診でNirsevimab群が70.1%の減少,また入院では78.4%の減少が示されている。
 一方RSV-F蛋白のnanoparticleを妊娠28歳~36週の4,636例の妊婦を対象に筋注し,4,579例の出生児の経胎盤抗体移行(臍帯血および出生児の抗体価評価では,ほぼ同じレベルと記載あり)による出生後90日までのRSV感染の医療受診・入院割合を比較した。RSV-F蛋白投与群でそれぞれ39.4%,44.4%であり,残念ながら不十分なものであった。しかし,RSV-Fワクチン投与群の新生児は,わずかながら明瞭な差を認め,Novavaxでは研究を継続する意向のようである。
 毎年流行の見られるRSVに関しても,まだまだ予防実用化への道は遠い。

2)その他
SARS-CoV-2に対するmRNAワクチン—速報(An mRNA vaccine against SARS-CoV-2 - preliminary report
 話題のSARS-CoV-2に対するmRNA 1273ワクチンの45名の投与臨床試験で,安全性と中和抗体産生がpreliminary reportとして報告されている。第II相は進行中である。
 これを受け,Moderna社は7月末第III相ワクチン接種臨床試験を開始するというニュースが流れた。中和抗体産生による感染予防,また病態進行抑制にどう効果を示すか,興味もたれる。

(貫和敏博)

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