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呼吸臨床
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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 155

公開日:2021.8.4


今週のジャーナル

Nature Vol. 595, No.7869(2021年7月29日)日本語版 英語版

Science Vol. 373, Issue #6554(2021年7月30日)英語版

NEJM Vol. 385, No.5(2021年7月29日)日本語版 英語版








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SARS-CoV-2変異株感染拡大と人の流れ/不老不死にはVEGFシグナル伝達維持が大きいかも/Covid-19治療薬としてJAK阻害薬への期待

 日本における第5波,これまで以上の感染拡大スピードで医療現場が診療逼迫している。しかしその状況下でのオリンピック開催…何が大切で何が必要なのかも麻痺させてしまう新型コロナウイルスである。そんな中,久しぶりに不老不死・長寿を期待させる宣伝広告をスポーツ新聞や雑誌で目にした。その記事にウケてしまうのは日常に疲れている私だけでしょうか。人類最大の夢・不老不死をもたらす奇跡の食べ物とは? 自然の恵みで言えば,桃はカリウム,カテキン,ビタミンB,水溶性食物繊維が豊富でダイエットにも最適。柑橘類はアンチエイジングにも効果あり。ハスカップは,ブルーベリーをはるかに上回るアントシアニンを含み,ビタミンC,カルシウム,鉄分含有量も果実の中では上位らしい。今週のScienceには,不老長寿に大きく影響しているものがVEGFシグナル伝達にあることが紹介されており,非常に興味深い。

•Nature

1)コロナウイルス
ヨーロッパでのCOVID-19再感染拡大における持ち込みと持続性の解明(Untangling introductions and persistence in COVID-19 resurgence in Europe
 2021年7月31日現在,1日のSARS-CoV-2新規感染者数は東京都4058人をはじめ全国で1万2000人を超えた。島国である本邦において,この感染拡大の理由は何か? オリンピック開催中であることが関与しているのか? ベルギーのルーベン大学微生物学公衆衛生学を専門としているグループが,ヨーロッパでのSARS-CoV-2再感染拡大を分析した研究成果が何かヒントになるかもしれない。
 ヨーロッパでは,2020年春の重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)感染の第1波がおこり,2020年8月中旬に再感染拡大が始まった。これはより致死的なもので,封じ込めがより困難であった。この第2波の駆動要因となったのは,介入措置の緩和や夏の旅行と考えられている。本研究では,ベルギー,フランス,ドイツ,イタリア,オランダ,ノルウェー,ポルトガル,スペイン,スイス,英国からの第1波と第2波から入手可能なSARS-CoV-2ゲノムデータ(合計39,812ゲノム)を用いて変異株への移行を系統地理学的モデルにより解析している。人の移動データは国際航空輸送データ,Google COVID-19 Aggregated Mobility Research Dataset,FacebookのSocial connectedness indexを系統地理学的広がりの共変量としている。
 ヨーロッパ10カ国からのゲノム,移動,疫学のデータを用いて,このモデルに情報を入力したところ,多くの国で晩夏に流行していた系統の半分以上が2020年6月15日以降に新しく持ち込まれたものであると推定された。新しく持ち込まれた系統群のその後の伝播は,この期間中のCOVID-19の局所的な発生率と負の相関を示していたことからも,2020年夏に変異株が広範囲に拡大した原因は,規制解除によるウイルス拡散の脅威を浮き彫りにしている。   
 B.1.177 / 20E(EU1)の起源はスペインが主体で英国からの普及も多いが,それはスペインがほとんどのEU国境を開いた頃(6月21日)が起源であることも推定された。また変異株B1.160 / 20A(EU2)は主にフランスから普及していたこともフロープロット(Fig.3)からよく理解できる。
 本研究の成果は,単に感染拡大を抑えるだけでなく変異株による感染拡大においても,確実に人の移動を抑えることがより効果的であることを示している。先進国日本でありながら,わが国における人流と感染拡大や変異株との分析データはないのか? 国境が海である島国日本において徹底的な協調的対策を検討しない限り終わりなきコロナとの戦いになりそうである。

•Science

1)加齢医学
加齢に伴うVEGFシグナル伝達不足の緩和により,健康的な老化を促進し寿命を延ばす(Counteracting age-related VEGF signaling insufficiency promotes healthy aging and extends life span
 すべての体細胞は,酸素やその他の血液由来物質の供給を血管に依存しており,血管の老化自体が臓器機能の進行性の悪化に寄与する可能性がある。本研究では血管内皮増殖因子(VEGF)シグナル伝達不全が老齢マウスにおける血管機能不全の根底にあり,また循環VEGFの適度な代償性増加が血管恒常性を維持してマウスの加齢に伴う多くの病状を改善することを証明している。イスラエルのエルサレム大学からの発表で,著者らは2006年Cell掲載からVEGFシグナルに関連した研究を続けているグループである。
 血管の老化は毛細血管の希薄化,つまり適切な微小血管密度microvascular density(MVD)としてみられる。MVD低下を防ぐ重要な恒常性メカニズムは,VEGFの血管新生活性に依存しており,低酸素誘導性により血管を補充し血管供給を組織に合わせて作用する。そのため老化したマウスでの血管内皮増殖因子(VEGF)シグナル伝達の機能不全が,複数の臓器系にわたって生理学的老化を引き起こしているという仮説を検証した。
 まずマウスの老化中にはVEGF産生は有意に減少していなかったが,VEGFシグナル伝達は多臓器において著しく減少していたことを明らかにしている。これは,VEGFR1 mRNAの選択的スプライシングにおける加齢に伴うシフトおよびVEGFトラップに関与している可溶性VEGFR1産生増加と相関していた。次にトランスジェニックVEGF機能獲得システムまたはアデノ随伴ウイルス(AAV)支援VEGF形質導入を使用した循環VEGFを適度に増加させたモデルでは,より若々しいレベルのVEGFシグナル伝達を維持し,加齢に伴う毛細血管喪失,灌流障害,および組織の酸素化減少を防止していた。またミトコンドリア機能障害,代謝の柔軟性の低下,内皮細胞の老化や炎症など老化の特徴的所見は,VEGFで治療したマウスでは軽減していた。逆に,内皮細胞におけるトランスジェニックsFlt1の誘導によるVEGF機能喪失モデルでは,これらの加齢に伴う表現型の発生を加速させていた。さらに,VEGF治療マウスでは,腹部脂肪蓄積の減少,脂肪肝の減少,サルコペニアの減少,骨粗鬆症の減少,後弯症の減少を認め,腫瘍発生も軽減しており,健康期間が延長されていた。可溶性VEGFR1誘導前(コントロール)および誘導後のマウス心筋の血管キャストを見てもVEGFシグナル伝達障害下では適切なMVDが維持できないこと,そしてVEGF機能獲得および加齢に伴う変化がわかりやすく表示されている(Figure)。上記の結果はperspectiveにも紹介されており,低用量の全身性VEGFA過剰発現が老化プロセスを直接変化させているのか,他の因子が重要なのかは未だ解明されていない課題も取り上げられている。
 以上の結果は,VEGFシグナル伝達不足がマウスの臓器老化に影響を与えることを示しており,血管の老化が全体的な有機体の老化の最上級層にあることを示している。そしてこのVEGFシグナル伝達調節は,哺乳類の寿命に大きく寄与する可能性を示唆している。

•NEJM

1)コロナウイルス
Covid-19肺炎入院症例におけるトファシチニブ(Tofacitinib in patients hospitalized with Covid-19 pneumonia
 関節リウマチや潰瘍性大腸炎の治療としてファイザー社が販売しているJAK阻害薬トファシチニブによるCovid-19肺炎の臨床的効果(有効性と安全性)の結果である。Covid-19 肺炎で入院した成人を対象に,トファシチニブ 10 mg を 1 日 2 回,最長 14 日間または退院まで投与する群とプラセボ投与群に 1:1 の割合で無作為に割り付けた前向き研究である。主要評価項目は,28 日目までの死亡または呼吸不全のイベント発生で,8 段階の順序尺度(スコアは 1~8 で,高いほど不良な状態を示す)を用いて評価した。全死因死亡と安全性の評価も行っている。
 ブラジルの 15 施設で 289 例が無作為化にて登録された。全患者の 89.3%が入院中にグルココルチコイドの投与を受けていた。28 日目までの死亡または呼吸不全の累積発生率は,トファシチニブ群 18.1%,プラセボ群 29.0%であった〔リスク比 0.63,95%信頼区間 (CI)  : 0.41-0.97,p=0.04〕。28 日目までの全死因死亡率は,トファシチニブ群 2.8%,プラセボ群 5.5%であった(ハザード比 0.49,95%CI: 0.15-1.63)。 トファシチニブ群では8 段階の順序尺度のスコアもプラセボ群より悪化せず,不良となる比例オッズは14 日の時点で 0.60(95%CI: 0.36-1.00),28 日の時点で 0.54(95%CI: 0.27-1.06)であった。重篤な有害事象は,トファシチニブ群の 20 例(14.1%),プラセボ群の 17 例(12.0%)に発現していた。
 本試験は2020年9~12月に行われたもので,65歳以上が30%,44歳以下が24%,そしてBMIは29.7(IQR: 26.7-32.9)と肥満の対象者である。また発症から登録までの期間が中央値10日(IQR: 7-11)で,酸素投与もなく無治療の症例が24.6%であった。主要評価項目の累積曲線(Fig.2)をみると登録3日目以降に有意差が現れており,抗ウイルス活性ではなく抗炎症作用を発症10〜14日の時期に示している。そのリスク因子としてもトファシチニブ治療開始は発症から11日以降にてRisk Ratio(RR) 0.27(95%CI: 0.08-0.92)(Fig.3),またグルココルチコイド併用がRR 0.5(95%CI: 0.27-0.93)であることを示している。87%の症例で抗ウイルス治療はされていないので,抗ウイルス薬未治療でRR 0.46(95%CI: 0.25-0.85)であった。
 トップジャーナルハックNo. 136でも掲載しているJAK阻害薬バリシチニブ(すでにわが国においてCovid-19承認薬)は,抗ウイルス薬であるレムデシビルとの併用で高濃度酸素供給を要する中等症以上での使用(COVID-19診療の手引き5.1版:リンク)である。それに対し,トファシチニブはグルココルチコイドとの併用で軽症~中等症と使い分けていく治療方針になっていくのであろう。


今週の石井絵画は,初夏の伊勢神宮:宇治橋の大鳥居。コロナ禍以前の生活がどれだけ自由であったか,今になって気づかされる。早く元の暮らしに戻れるよう神頼みしたいが,参拝も自粛というのが現状ですね。


(石井晴之)


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