•Nature
1)腫瘍学
(IDO1による)トリプトファンの枯渇は,トリプトファンからフェニルアラニンへのアミノ酸置換を帰結(Tryptophan depletion results in tryptophan-to-phenylalanine substitutants) |
今週取り上げるのは,Natureのサイトで,latest research articlesに3月9日にOpen accessとして出ている論文である。
私自身tryptophanとは深い関わりがあることは拙著(
リンク)で記した。学生時代のセロトニン合成酵素,大学院(中退)時代のIDO(indoleamine 2,3-dioxygenease)(なぜindoleamineという命名になったかを知っているのは,私を含め数名か?)研究である。IDOは,tryptophanとO
2からformyl-kynurenineを合成する。当初より消化管内で比活性が高く,私自身はそのマウス全身分布を検討し,生殖系副睾丸epididymis等で高比活性をみていた(
リンク)。その生理的意義は長らく不明であった。
40年後,東北大学退職の2011年に,実は癌組織でT細胞由来IFNγでIDO1(IDO1,2は遺伝子重複によるが,ほとんどはIDO1)が高発現し,反応産物のkynurenineがAhR(aryl hydrocarbon receptor)のリガンドで免疫抑制効果が示された(
リンク)。したがってICI治療が癌療法の中心となる現在,IDO1阻害薬はICI療法における併用効果が期待される。しかしその結果はnegativeである(
リンク)。
今回はIDO1を高発現した癌細胞では,tryptophanが枯渇する(IDO1のKmが20uMと高親和性によるものか?)のでアミノ酸配列のtryptophan(W)の位置に同じ芳香族アミノ酸のphenylalanine(F)が組み込まれていることの詳細な解析である。期待して通読したが,残念ながらクリアーな生物学的内容ではなかった。
オランダを中心とする研究グループの報告で,先行する2021年の論文(
リンク)がある。
データは非常に多い。melanoma細胞株MD55A3を用い,IFNγ存在下(したがってIDO1誘導下)にはモデル蛋白でW>F(著者らの記号で,Try→Phe codon reassignmentの意味)がみられ,それはrecombinant WARS1(tryptophanyl tRNA synthese)を使って,Wの代わりにFをも取り込むことを示している(
Fig.1f)。
この現象は多くの癌組織(例えば肺扁平上皮癌)に共通して見られるが,近接正常組織より癌組織で高頻度で,高IDO1発現組織でより多くW→F置換が見られる(Fig.3b)。
W→F置換で細胞表面にpresentationされるpeptideが実際に抗原認識されることも示されている。しかし残念ながらさらなる生物学的な意味は示されていない。
50年前のことを思いながら一読した。どうも2011年の癌組織Try-Kyn-AhR axisの影響が強すぎるのではないか? IDO1は筆者が見出したようにepididymisやplacentaなどの正常組織での発現の意義を再検討すべきでないか? これら組織ではtryptophan枯渇が実際起こっているのか? あるいはkynurenine代謝下流のmetabolitesの意味が大きいのか?あるいは反応で発生するsinglet oxygenに意味があるのか(
TJH #37)?
大学院時代の課題は50年を経ても,なおIDO1阻害の臨床効果が見られない等,その生物学的意義が解けていないようだ。
・Science
1)Proteome Atlas
OpenCell:ヒト細胞内オーガネラ機能の地図作成のための内因性タグ付け(OpenCell: Endogenous tagging for the cartography of human cellular organization) |
OpenCell? 何それという話題である。
ヒトゲノムプロジェクト終了後前面にでた,統合的蛋白情報による細胞理解が目的のプロジェクトの名前である(日本で“OpenCell”をGoogle検索しても,ポリウレタン素材しか出てこない)。
注目されるのはそれがMeta(旧Facebook)の傘下(?),CZbiohub(
リンク,
Wikiリンク)が中心の研究であり,Stanford大学,UC Berkeley,UCSF等米国西海岸有名大学も共同参画している(C;Priscilla Chan:Zuckerberg夫人:ベトナム難民中国人の子息として米国で育つ)。
こうした統合的なProteome研究には多くの先行研究があるが,例えば本研究の共著者 Matthias Mannらのもの(
リンク)が挙げられ,蛋白質相互接着研究など本論文でも応用されている。もう1つ付け加えると,最近のTop Journal収載論文は,データが大量でFigureは細かい。PDFをモニターで拡大する必要がある。本論文も一応図はリンクするが,拡大して確認する必要がある。
OpenCellプロジェクトの全体像は
Fig.1で示されるが,背景理解が必要である。
使用細胞株はHEK293T(ヒト胚性腎臓細胞+SV40T抗原)で,強い蛍光GFPの一種,mNeonGreen2(mNG2)の蛍光関連domain 1-10が先に遺伝子導入されている。この細胞株に目的遺伝子部分(その位置は別途選択決定している)にCRISPR/Cas9で挿入するmNG2 11domain部分をエレクトロポーレションしてTagをつける。その結果最後に組み込まれたmNG2 11domainがはじめから組み込まれたmNG 1-10と合体して蛍光を発するGFP全体をTag付けした遺伝子産物蛋白が発現される。それをAI解析も含め顕微鏡形態観察と,もう一方でIP/MSによるaffinity評価も行い,細胞内での相手蛋白との結合解析も行う。
こうした蛋白質の結合機能解析は従来酵母のTwo hybrid系での情報であったが,手作業感覚である。それを統合的に総数1757種の遺伝子にCRISPR targetを試み,画像として捕捉し得る蛋白(低発現のものもある)が1310遺伝子,IP/MS結合解析がなされた蛋白が1260蛋白(96%)でこれらを統合的に解析し得たという。1310遺伝子(ヒト全遺伝子の約7%)はgene ontogenyも考慮してバランス良く選択した。
こうした全体像が理解できたところで,読み進む。しかし次のprotein interactomeのFig.2は測定原理が十分理解できなかった。その次は,mNG2蛍光Tagにより感度の良い発現蛋白のlocalizationの3次元解析である(
Fig.3)。それぞれ蛋白の細胞内organellaへの局在がよく把握できる。OpenCellのlocalizationは他のアトラス(Human Protein Atlas)のものと比較している(Fig.3B)。
さらに顕微鏡撮影した3Dデータを,machine learningの方法でencoder/decorder処理をすることで数値情報化する(Fig.3C)。これによってscRNAseqのクラスター解析同様のUMAP展開が可能となり,個々の蛋白のlocalizationにおけるorganellaごとのclusteringが可視化される(Fig.3D)。これにより細胞内局在が情報化された個々の蛋白(すなわち対応する遺伝子)名が例示されている。
こうした手続きで,逆に細胞内localizationがわかると,その蛋白遺伝子の機能(ヒト遺伝子の30%弱が機能不明)やグループが推測できる点を,機能不明なFAM241A遺伝子を例に示している(Fig.4)。
さらに著者らはproteome解析で大きなグループを形成するRNA結合蛋白(RNA-BPs)が特異なclusterを形成して存在することも示している(Fig.5)。進化的にも古いと予想されるRNA-BPsは,Perspectivesにも記載(
リンク)されている“evolvosome”の一環をなすと思われる。
最後にThe OpenCell website(
リンク)が示されいる(
Fig.6)。実際にサイトに入ると最初ページの上部にCZ biohubは“We are hiring”とある。この論文の面白さ,これから広がる統合的なgenome/proteome理解の世界に向けて,自信のある若手研究者は採用申請することだろう。このサイトをあちこち訪ね回るのも面白そうである。
以上,理解は極めて表面的であるが,OpenCellのプロジェクト全体像を紹介した。このCZ biohubという名称,すでにAlphabet/GoogleのDeepMind社と同様,米国IT大手が情報生物学に本格的に乗り出した印象をもつ。先の
TJH #158で紹介したAlpha Fold2を使って,ヒト蛋白の立体構造予想がほぼ半数で成功し,Google ColaboratoryでのPythonプログラムは研究者の使用も始まっている。今回のMeta傘下のOpenCell情報と合わせると,ヒト遺伝子発現蛋白の立体構造と細胞内localization情報を米国IT大手が一般公開することになる。これは奇しくも米国宇宙政策がNASAからSpace X社などの民間企業へ移行しているのと時期を同じくしている。
もう1点は新規教科書の必要性である。Molecular Biology of the Cellは本年7月に第7版出版が予定されているが,どこまで改訂されているだろうか? 初版は1983年で,私がNIHに留学した40年前である。初版は,それまでの生化学・代謝学を最初の数十ページにコンパクトにまとめ,残りを細胞内機能を中心に記載した斬新なレイアウトで感激した。しかし2020年前後の情報生物学の展開には,改めて新規構成企画が必要でないか? 実際のCloudデータを用いたPCプログラムによる実習も必要であり,GitHubに入ってデータ演算まで実習できるような教科書が心より待たれる。
•NEJM
1)結核
アフリカとインドの小児の非重症結核に対するより短期のレジメン(Shorter treatment for nonsevere tuberculosis in African and Indian children) |
結核予防会に3年弱勤務した経験から,結核治療の問題点は投与期間にあることは十分認識している。それを主目的とした新薬を含む治療期間短縮臨床試験の報告は多い。
今回NEJMに掲載された小児対象の結核4カ月治療が,これまでの6カ月治療に対しnon-inferiorである治験成績は,現実的な対応エビデンスとして注目される。
ウガンダ,ザンビア,南ア,インドの4カ国,体重4~25kg超の平均年齢3.5歳(内11%がHIV陽性)の計1204例の臨床試験である。
大きなポイントはprimary outcomeがunfavorable status by 72wという点である。2群は8wは標準治療(isoniazid+rifanpin+pyrazinamide ± ethanbutol)を受け,その後2剤(isoniazid+refanpin)を8wか16w続ける。結果は
Table.2である。これは一般成人でも確認試験される可能性がある。
2020年のコロナパンデミックに対するWHO,今回のウクライナ侵略へのUNの機能不全など,20世紀の遺産が機能しない現実に我々は直面している。いったい国という組織単位は,この情報化時代に役割があるのか? あるいは経済的に国を超えてビジネスを展開する巨大IT企業が(Tax節約を認める代償に),Science論文に紹介したような国組織の代わりとなる時代が来ているのか?
現状は世界の結核医療にWHOは大きく関与する。しかし,結核医療はもっと実効的innovationが可能であるという感覚を私自身は持っている。
2)Clinical implications of basic research:癌
腫瘍浸潤T細胞−ポートレート(Tumor-infiltrating T cells — A portrait) |
Nature論文とも関連し,この欄の腫瘍組織浸潤T細胞の紹介総説は,5分の通読に最適である。次の癌治療に何の情報が必要か? 癌組織の scRNAseq解析論文が多く掲載される中,まず読むべきはどれかが示されている。
今週の写真: 厳冬期蔵王の氷瀑(家内のSnap)。どこへ行くのか勤務先でYAMAPアプリ配信ルートをハラハラ追跡していたらこんな場所がGoalだった。70歳超の女性のやることか? |
(貫和敏博)