•Nature
1)癌免疫療法
合成IL-9受容体を用いた養子免疫療法の増強(Potentiating adoptive cell therapy using synthetic IL-9 receptors) |
遺伝子操作したT細胞による癌免疫治療は血液悪性腫瘍には有効性が示されてきているが,固形癌に対してはいくつかの障壁があり,移植したT細胞が生体内で増殖しづらいことが1つの問題である。米国UCLAおよびスタンフォード大学などの本研究のグループでは,以前に変異をいれた人工的な合成IL-2(orthogonal IL-2:oIL-2,生体の正常IL-2受容体とは反応しない独立したシグナル伝達を誘導できる人工IL-2)と合成受容体(o2R)を作成してT細胞へ導入することによって生体内で移植したT細胞(o2R T細胞)のみを特異的に増殖させて抗腫瘍効果を増大させる方法を開発してきていた(
リンク)。IL-2はT細胞増殖に著明な効果が期待できる反面,Treg細胞への増殖効果や他の細胞への副作用が重大な問題になるために,抗腫瘍効果を期待できるような十分な量で刺激することが難しかったが,変異のある人工的な合成サイトカインとそれだけに反応できる合成受容体を発現する細胞を準備することで目的の細胞のみを増殖させる形で障壁を解決するという戦略であった(
図)。
今回彼らは,共通γ鎖(γc)サイトカインであるIL-4,IL-7,IL-9,IL-21の各受容体の細胞内ドメイン(ICD)に,合成IL-2受容体の細胞外ドメイン(ECD)を融合させたキメラ受容体を各々設計し,この人工的な合成IL-2サイトカインが対応する各γcサイトカインシグナルを誘導するようにした。これらの人工的なIL-4受容体(o4R),IL-7受容体(o7R),IL-9受容体(o9R),IL-21受容体(o21R)について合成IL-2(oIL-2)との反応性を比較検討した。その結果,合成IL-9受容体であるキメラ合成「IL-2Rβ-ECD–IL-9R-ICD(o9R)」を介してシグナルを伝達するT細胞(o9R T細胞)は,STAT1,STAT3,STAT5を同時に活性化する点で他とは異なり,さらに幹細胞様記憶T細胞やエフェクターT細胞の特徴を持つことが示された(
Fig. 1)。
次にCAR-T細胞と組み合わせることで抗腫瘍効果の増強を期待して,CAR-o9R T細胞およびCAR-o2R T細胞を作成した。アデノウイルスで合成IL-2(oIL-2)を腫瘍内で発現させるモデルでその抗腫瘍効果を比較すると,悪性黒色腫と膵臓癌という2つの難治性固形腫瘍同系マウスモデルでCAR-o9R T細胞でより優れた抗腫瘍効果が確認された(
Fig. 3)。さらにヒトでの応用に向けて,ヒトのサイトカインに対応したhuman orthogonal chimeric IL-2Rβ–IL-9R(ho9R)およびNYESO1抗原に対応したCAR-T細胞と組み合わせho9R–NYESO1-TCR T cellsを作成したところ,マウスと同様にヒトの合成IL-2(hoIL-2)に特異的に反応してSTAT1,STAT3,STAT5を同時に活性化し,抗腫瘍効果を示す幹細胞様記憶T細胞やエフェクターT細胞の特徴を持つことが確認された(
Fig. 4)。固形癌に対するCAR-T細胞療法の開発に向けて,いくつもの障壁を解決してきている点で興味深い研究である。
•Science
1)線維化
血球系におけるY染色体欠損が心臓線維化と心不全を引き起こす(Hematopoietic loss of Y chromosome leads to cardiac fibrosis and heart failure mortality) |
われわれの細胞では加齢とともに様々な遺伝子変異が生じ,モザイク状に拡散し蓄積していく。Y染色体におけるモザイク状欠損(mosaic loss of Y chromosome:mLOY)(
リンク)は,70歳以上の男性の40%以上で血液中の白血球に観察されることが知られている。mLOYは加齢や喫煙に関連して増加し,骨髄系細胞のクローン増殖に関係するだけでなく,固形腫瘍やアルツハイマー病などといった他の疾患や寿命とも関連することが報告されている。2014年のNature Geneticsの論文では,Y染色体欠損が見られたグループは正常と比べると寿命が5.5年短く,しかも血液に限らずあらゆる癌の発生が増えているという報告で,その理由としては体内のすべての種類の細胞で同様にY染色体がモザイク状に欠損していることが原因なのか,免疫機能の障害が生じているからなのか疑問が残されていた(
リンク)。さらにmLOYは心血管疾患との関連も知られているが,そのメカニズムについては不明であった。
米国バージニア大学および大阪公立大学の研究者からの本研究では,造血系細胞でゲノム編集技術を用いてY染色体のセントロメアを欠損させた細胞(その結果Y染色体自体が欠損している)を移植したマウス(mLOYマウス)を作製して解析している。使用したレンチウイルスの感染効率が100%ではないためにmLOYとなった細胞が49~81%という範囲のキメラになっているが,これは幸いヒト高齢男性でみられるmLOYに近い割合となっている。血液細胞系に大きな異常はなかったが,mLOYマウスでは寿命が短いことが観察され,加齢に伴って心機能の低下がみられ心筋症を呈していた(
Fig.1)。心臓では線維芽細胞の増加と線維化が観察され,その他に肺や腎臓でも線維化がみられた。肺にブレオマイシンを投与した実験では,mLOYマウスでより強い線維化が示された。また,対照と比較してmLOYマウスでは短期間記憶の低下もみられ,ヒトでみられるmLOYと関連した症状の多く観察されることが確認された。
ヒトについてUKバイオバンクのデータ(フォローアップ中央期間11.5年)を用いて解析すると,白血球の40%以上でLOYのある男性では,7年間のフォローアップで41%の死亡リスクの増加がみられ,循環器疾患(高血圧性心疾患,心不全,大動脈瘤,解離性大動脈瘤)による死亡リスクは31%増加していた。
次にmLOYと心疾患との関連するメカニズムを解明するために,mLOYのマウスを用いて大動脈を狭窄させる心不全モデルで解析した。対照と比較してmLOYマウスでは,より強い心不全所見が生理学的にも遺伝子発現解析でもみられ,さらに間質や血管周囲の線維化が観察された。線維芽細胞の増殖以外には,血管内皮細胞や心筋細胞には差がなく,好中球や単球を阻害すると心不全所見が改善することから,mLOYマウスにおける心不全悪化には骨髄系細胞の関与が考えられた。心不全マウスの心臓についてシングルセルRNAシークエンスを行い,IL-1βやCCR2発現する炎症性マクロファージや,Lyve1やMrc1陽性の線維化関連マクロファージが認められ,mLOYマウスでは線維化マクロファージでTGFβ1関連遺伝子を多く発現し,炎症マクロファージではIL-1β関連遺伝子の発現は低下していることが観察された。TGFβ1の働きを抗体で阻害するとmLOYマウスにおける心不全の悪化が抑制された(
Fig.4)。
以上から,高齢者男性でみられるY染色体におけるモザイク状欠損(mLOY)が心機能低下と関連するメカニズムとして,心臓に入ってきたY染色体の欠損したマクロファージが線維化シグナルを増強して心臓における線維芽細胞の増殖と線維化を促進し心不全を進行させる機構が示された。肺線維症も含めた高齢者で見られる臓器の線維化と加齢による染色体変異の関連がマクロファージを介して生じている点でとても驚かされるとともに大変興味深い研究である。本研究はPERSPECTIVEでわかりやすい
図と共に解説されており,AASJでも紹介されている(
リンク)。
•NEJM
1)肺癌
KRASG12C変異陽性非小細胞肺癌に対するアダグラシブ(Adagrasib in non–small-cell lung cancer harboring a KRASG12C mutation) |
KRASは,カーステン・ラット肉腫ウイルス癌遺伝子のproto-oncogeneで GTPase活性をもつp21タンパク質として発見され,1983年にヒト癌細胞の活性化KRAS遺伝子および正常細胞のKRAS遺伝子とタンパク質の配列,1985年にヒト染色体上での位置が報告されたというその研究には40年近い歴史がある(KRAS:
Wiki)。KRASに対する分子標的薬の開発や臨床試験結果や耐性化については,この「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」でも繰り返し紹介してきている(
No.72,
No.80,
No.114,
No.170)ので是非御参照していただきたい。
肺腺癌におけるKRAS遺伝子変異は25~30%でみられ,KRAS
G12Cは約13%と報告されている。他のドライバー遺伝子変異に対する治療薬の開発に遅れて,日本では本年KRAS
G12Cに対してようやくソトラシブが認可された。米国ボストン・ダナファーバー癌研究所などの多施設でおこなわれた本研究は,第1/2相 KRYSTAL-1試験の第2相コホートで,白金製剤ベースの化学療法と,抗PD-1抗体療法または抗PD-L1抗体療法の治療歴のあるKRAS
G12C変異陽性非小細胞肺癌(NSCLC)患者116人を対象として1日2回Adagrasib 600mg単剤を投与し,主要評価項目として客観的奏効率(ORR),副次評価項目として奏効持続期間(DOR),無増悪生存期間(PFS),全生存期間(OS),安全性等を検証した。
EDITORIALでも解説されている。結果はフォローアップ期間中央値12.9カ月時点で,98.3%に化学療法と免疫療法の両方の治療歴があり,ベースライン時に測定可能病変を有していた112例のうち,主要評価項目である客観的奏効率(ORR)は42.9%(n=48人)を示した。副次評価項目である奏効持続期間(DOR)中央値は8.5カ月(95%信頼区間:6.2-13.8カ月),無増悪生存期間(PFS)中央値は6.5カ月(95%信頼区間:4.7-8.4カ月),全生存期間(OS)中央値は12.6カ月(95%信頼区間:9.2-19.2カ月)をそれぞれ示した(
Figure.1)。治療歴があり神経学的に安定した中枢神経系転移を有する33例では,客観的頭蓋内奏効割合は33.3%(95%信頼区間:18.0-51.8)であった(
Figure.2)。安全性として,治療関連有害事象発症率は97.4%を示し,その内訳はグレード1もしくは2が52.6%,グレード3以上が44.8%,治療関連有害事象による治療中止率は6.9%を示した。
以上から,治療歴のあるKRAS
G12C変異陽性NSCLC患者において,アダグラシブは臨床的有効性を示し,新たな有害事象は認められなかった。なお本論文を紹介した
QUICK TAKEの動画は2分でまとめられていてわかりやすい。
今週の写真:北海道富良野のラベンダー畑(ファーム富田)
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(鈴木拓児)