•Nature
1)老化
間質細胞のYAP/TAZ活性はcGAS-STINGを抑制して老化を防いでいる(YAP/TAZ activity in stromal cells prevents ageing by controlling cGAS–STING) |
イタリアのパドヴァ大学のStefano Piccolo博士の研究室からの報告で,YAP/TAZシグナルが,cGAS-STINGシグナルを抑制し,老化を防ぐ効果があることを機序の解明とともに報告している。
AASJにも取り上げられていた。Ageing(老化)は成長停止や炎症性サイトカインなどの分泌性を伴うcellular senescence(細胞老化)と関係し,老化細胞除去の報告からは老化による組織変性を治療できる可能性が示唆されたが,細胞老化がどこで始まるかはまだはっきりしていない。この研究では細胞環境である間質の重要性に注目し,近年の研究で若い間質細胞は老化した幹細胞を若返らせる効果がある一方で,老化した微小環境は若い幹細胞を簡単に老化させてしまうことから,老化に伴う生体組織の構造的,機能的な損耗は,細胞環境における機械的シグナル伝達の機能低下として再定義できるはずだと述べられている。
研究者たちは若齢と老齢マウスの皮膚線維芽細胞についてシングルセルRNA-seq解析を行ってYAP/TAZ活性が低下していることを自分たちのデータとTabula Muris Senisという呼吸臨床でも紹介されたマウスの細胞アトラス(
TJハック No.19)で確認し,どの種の細胞でも起きているわけではなくて機械刺激が関与しやすい線維芽細胞・血管平滑筋細胞・心筋細胞といった間質細胞で主に低下していることを見出した。ちなみにTabula Muris Senisはマウスだがヒト,ネズミキツネザル,キイロショウジョウバエのシングルセルRNA-seqのデータベースが存在し,以前の呼吸臨床で紹介されたOpenCell(
TJハック No.182)と同じく
CZ biohubのResourcesの中の
Tabula Projectsの中に取りまとめられており今後こうしたデータベースの利便性は高まっていくものと思われる。
さて,YAP/TAZの免疫染色をすると若齢マウスの皮膚線維芽細胞や胸部大動脈の平滑筋細胞では核に染まっているのが,老齢になるにつれ,核に染まらず細胞質が染まるようになっていた(
Fig.1)。ウェスタンブロッティングではHippo経路の活性化とは独立した現象であることを確認し,アクチン-ミオシン細胞骨格の緊張を示すマーカーとしてMLC2のリン酸化を調べたところ,老齢になるにつれて,機械刺激に関与するリン酸化MLC2の陽性細胞が減少することがわかった。
次にYAP/TAZと老化の因果関係を調べるため,成体皮膚線維芽細胞に特異的に発現する
Col1a2と同じ細胞でタモキシフェン投与後のみYAP/TAZを欠損するコンディショナルノックアウトマウス(Col-YAP/TAZ cKOマウス)を作出し,2.5カ月齢マウスにタモキシフェンを投与したところ,若齢マウスでの皮下線維芽細胞の数は減少し,細胞老化マーカーである
Cdkn1aの発現上昇やコラーゲン線維の異常,皮下脂肪の減少,毛包密度の低下といった老齢マウス(>21カ月齢)と同様の皮膚老化の表現型が確認されたことから,間質細胞におけるYAP/TAZシグナル伝達が皮膚の老化現象を抑制していることがわかった(
Fig.2)。さらに,逆の実験として,ドキシサイクリン誘導性に活性型YAPを強制発現できるマウスを作出し,老齢マウスになるまでをドキシサイクリンを少量長期投与してみたところ,老齢マウスの皮膚の老化表現型は失われ,若齢マウスに皮膚に近い表現型となった。皮膚だけでなく,大動脈壁の平滑筋細胞についても調べ,平滑筋細胞に特異的に発現する
Smmhcを利用して平滑筋特異的にYAP/TAZを欠損するコンディショナルノックアウトマウス(SMC-YAP/TAZ cKOマウス)を作出したところ,6週齢以降にマウスは大動脈解離や破裂で死亡した。そこで早めのタイミングで病理像を確認したところ,老齢マウスに認められるのと同じ中膜の肥厚や弾性線維の断裂像を認め,血管老化にもYAP/TAZシグナルが抑制的効果をもつことが示唆された。次にマルファン症候群のマウスモデルとして知られているFbn1変異マウスは大動脈瘤,中膜の肥厚,弾性線維の断裂像などの大動脈特異的な老化モデルとされているので,このマウスにおけるYAP/TAZやリン酸化MLC2の発現を調べたところ早期から発現が失われることがわかったので,血管平滑筋細胞にドキシサイクリン誘導性に活性型YAPを発現するマウスと掛け合わせたところ,大動脈老化表現型は抑制されることがわかった(
Fig.3)。
YAP/TAZシグナルがどのようなメカニズムで老化抑制に関わっているのかを調べるため,マウス皮膚線維芽細胞におけるYAP/TAZのノックアウト後の早期遺伝子発現変化をRNA-seq解析で調べたところ,senescence-associated secretory phenotype1(SASP)として知られる炎症性サイトカインの遺伝子発現上昇が認められ,研究に広く利用されてきたヒト胎児肺線維芽細胞(WI-38)やマウス大動脈平滑筋細胞でも同様の結果だった。老齢マウスから採取した線維芽細胞を培養するとYAP/TAZは細胞質にとどまっており,YAPを発現させると細胞老化マーカーであるSASPやSA-β-Galの発現は抑制された(
Fig.4)。研究者たちはcGAS-STINGがSASPを誘導することが他の自己免疫疾患モデルで報告されてきたことに着目し,YAP/TAZノックアウト後の若齢マウス皮膚線維芽細胞と血管平滑筋細胞を採取培養して,cGASによって産生されるcGAMPを測定したところ,ノックアウト細胞では大幅に発現上昇していることがわかり,cGASを免疫染色をすると核から飛び出したゲノムDNAが細胞質と核の境界あたりに局在してcGASもそれに一致してスポット状に強く染まることがわかった。皮膚や大動脈血管壁以外にも腎臓メサンギウム細胞においてもYAP/TAZをノックアウトすると同様の減少が起きることを確認した。
YAP/TAZを抑制したヒト胎児肺線維芽細胞を用いてcGAS/STING有り無しでの遺伝子発現パターンの違いを比較したところ,YAP/TAZ欠損によって発現上昇する遺伝子群の一部にはI型インターフェロンやSASPが含まれ,cGASやSTINGに依存することがわかった。細胞レベルの検討ではYAP/TAZ抑制下でsiRNAを用いてSTINGを抑制するとSASPの発現は抑制され,YAP/TAZシグナルがcGAS-STINGを介してSASPを産生することがわかったことから,YAP/TAZ cKOマウスに不活化型STINGをホモで発現するマウスを掛け合わせて皮膚線維芽細胞・大動脈血管平滑筋細胞・腎臓間質細胞について調べたところ,いずれもYAP/TAZ欠損による早期老化は抑制された。このことから研究者らはYAP/TAZシグナルが時間と共に徐々に減弱するにつれて,cGAS-STINGが異常活性化しやすくなり,細胞老化を引き起こして老化が進むというシナリオを描いた。
ここで疑問に残るのがcGAS-STINGシグナルがどうやって活性化するのかという問題である。DNAを障害する薬剤が負荷されるわけでもなく,癌遺伝子も活性化しているわけでもない生理的な条件下でなぜ,核からDNAが飛び出してそこにcGASが局在するのか?研究者らはYAP/TAZ欠損によって核膜が不安定化しているのではないかと考えた。ヒト胎児肺線維芽細胞の細胞老化や老齢マウス線維芽細胞では核の形がだんだんねじ曲がるなどの異常を来しており,活性型YAPを発現させてみるとこれらは正常な形態に戻ることがわかった。YAP/TAZ欠損ヒト胎児肺線維芽細胞にRemodelinという低分子化合物を添加することでも核の形態は正常化し,cGAS発現を抑制してSASPも抑制されることもわかった(
Fig.5)。
さらにYAP/TAZシグナル下で何が核の形態を制御しているかの因子同定に取り掛かった。核の形態はperinuclear actin capと呼ばれるF-actinフィラメントがドーム状になった構造物で細胞骨格と核膜が接続されて制御されることが知られており,YAP/TAZ欠損線維芽細胞や老齢マウス線維芽細胞のアクチンフィラメントを観察したところ,核周辺の染まりが抜けており,老齢マウス線維芽細胞に活性型YAPを発現させるとactin capが復活することがわかった。F-actinと核膜をつなぐLINC複合体を構成する遺伝子をノックアウトしたところ,核の形態異常が誘発され,cGASの活性化,SASPマーカーの発現が再現されたことからYAP/TAZシグナルの下流に細胞骨格と核膜をつなぐ部分が関与し,cGAS-STINGシグナルを抑制していることが示唆された。ヒト胎児肺線維芽細胞のRNA-seqの結果から候補となる細胞骨格や核膜蛋白質を探したところ,細胞老化によって発現が低下していくことの知られるLaminB1が有力候補に挙がった。siRNAでLaminB1を抑制するとCHCL10含むSASPの発現がcGAS依存性に亢進したが,YAP/TAZ欠損ほどのSASP発現を誘導しなかったので,他にも因子があると考えてCXCL10の発現上昇を引き起こすYAP/TAZの標的候補をsiRNAでスクリーニングしたところ,アクチンフィラメントの伸長に関係するARP2の遺伝子ACTR2を同定した。ACTR2が発現低下するとactin capが完全消失したが,逆にARP2/3に対して抑制作用を持つarpinを欠損させてみるとYAP/TAZ欠損による細胞老化表現型を相殺することができたことから,YAP/TAZシグナルがactin capを介して核膜を安定化させていることを証明した。最後にYAP/TAZが転写を介してLaminB1やACTR2を制御しているのかを調べるため,CHIP-qPCRをYAP/TAZ直接転写制御していることを証明した。
•Science
1)装着型超音波検査
長時間連続して臓器イメージングが可能な生体接着型の超音波検査(Bioadhesive ultrasound for long-term continuous imaging of diverse organs)
|
米国MITからの報告で,Makihata Engineeringという会社を立ち上げられた日本人研究者も参画して開発した画期的な装着型超音波検査方法の報告となっており,
Perspectiveにも取り上げられている。装着することで48時間以上持続して超音波検査ができるデバイスで,名付けてbioadhesive ultrasound(BAUS)と命名している。これまでの超音波検査の問題として,長時間の画像取得が難しかったこと,大きなプローブをしっかり固定して機械に接続し,患者はじっとしている必要があり何かと不便だったことが挙げられている。また,伸展可能な超音波装置が開発されて装着はしやすくなったが,画像解像度が低い問題や身体動作に伴って画質が乱れること,1時間の観察にとどまること,故障しやすい問題が解決されていないことが挙げられている。さらに,超音波プローブを皮膚にあてる時に塗布するカプラント(接触媒質)は乾燥しやすく皮膚にとどまるのは2〜3時間くらいまでが限界だったことも述べられていて,研究者たちはこれらの問題点を解決するために超音波プローブと皮膚の間を埋めるための特殊な素材(ハイドロゲルをポリウレタン製の高分子メンブレンのカプセルに閉じ込めた)を開発し,身体動作に伴う皮膚の動きを吸収し,乾燥しないように工夫をした。その結果,皮膚が動いてもプローブの素子が固定された位置を維持できるようになり,48時間以上の観察が可能になったと述べている。従来の方法との違いやBAUSの特徴が
Fig.1にまとめられており,BAUSプローブの仕様は厚さ3mm,サイズは1×2cmで,重さは10〜40gと小さくて軽いように設計されたとのことである。皮膚伸展による負荷,乾燥や濡れた環境でも耐えられるかどうかを評価して,はがれやすさについては市販のカプラント素材とも比較して優位性を確認した。装着感については15名の被験者にいろいろな部位に装着してもらって,皮膚症状を確認したところ,1名だけ48時間後にわずかな痒みの症状を訴えたとのことで,他の素材に比べてほとんど問題にはならなかったとのことである。次に性能面でBAUSカプラントの減衰は他と比べても起こりにくく,伸展型超音波装置の解像度に比べて高い解像度であることや温度安定性も確認した。
実際のBAUSの応用例について,血管,心臓,筋肉・横隔膜,胃,肺で例を示している。皮膚から6cm未満の深さの血管や上腕二頭筋は7〜10MHzで,6cm以上の深さの心臓,胃,横隔膜,肺については3MHzで画像取得し,48時間以上に渡って連続的に観察した。首を動かしてみると皮膚進展による影響を受けずに安定した血管の動きが観察されており,座位から仰臥位になると経静脈の怒張も鮮明に観察することができたので,右房圧を知りたい心不全や肺高血圧症の診断にも有用かもしれないと述べられている。また,頸動脈の血流を48時間にわたって調べることができ,運動前後の血圧変化もモニターすることができた(
Fig.3)。
肺エコーについては胸膜ラインとAライン(超音波がプローブと胸膜との間を往復することで見える多重反射像として観察される)が運動前後(
Fig.4)だけでなくジョギングやサイクリング中も安定して観察できていた。将来的な応用例として肺エコーがCOVID-19肺炎の診断に有用だったとする
論文を引用して,BAUSなら病院でなくても在宅患者の肺エコーをモニターすることもできるであろうと述べられている。心臓については運動の負荷前後だけでなく負荷中の両側心房心室をモニターできるので,心筋症の診断にも役立つことが想定された。
Perspectiveには,将来的に三次元超音波検査まで装着型で可能にするにはデータ量も膨大になるので精密な構造が必要になることや,ユーザーにとってより簡便にするには人工知能も搭載して,観察したい臓器を狙ってビームを自動的に調整するといった仕組みが必要があった方が良いと述べられており,「ultrasound-on-a-chip」の開発が今後活発になっていくことが予想されている。BAUSのような装着型超音波検査が臨床現場で実用化すれば,ホルター心電図のように装着しておくだけでその場に検査技師がいなくても後で記録を解析することが可能になる。今後の疾患研究への応用が進んで,これがないと診断できないような病態が明らかになってくれば,そんなに遠くない将来に実用化される気がした。
•NEJM
1)A+AVD療法
ステージIII/IV期ホジキンリンパ腫に対するブレンツキシマブ ベドチンの全生存期間延長効果(Overall survival with brentuximab vedotin in stage III or IV Hodgkin’s lymphoma) |
ホジキンリンパ腫の抗癌薬治療は長らくABVD療法,すなわちdoxorubicin(=adriamycin),bleomycin,vinblastine,dacarbazineによる4剤併用化学療法がファーストライン化学療法として確立されていたが,比較的新しい抗癌薬であるブレンツキシマブ ベドチン(adcetris)とdoxorubicin,vinblastine,dacarbazineを組み合わせたA+AVD療法がファーストラインに勝る可能性が期待されて,未治療のステージIII/IV期ホジキンリンパ腫に対して,ECHELON-1と呼ばれる臨床治験が行われた。この第3相非盲検ランダム化比較試験では患者664名がA+AVD療法,670名がABVD療法に割り付けられた。主要評価項目の無増悪生存期間については2018年1月の中間解析結果(
リンク)で2年間の無増悪生存期間についてすでに有意に改善することが報告されていたが,副次的評価項目である全生存期間延長までは有意差を示せていなかった。今回はフォローアップ観察期間が中間値で約6年間となり,全生存期間延長においてもA+AVD療法の死亡例が39例に対して,ABVD療法の死亡例が64例であり,解析結果からは有意に勝る結果(死亡率で4.5%の差で,ハザード比0.59,p=0.009)だったことを報告している(
Figure 1)。
無増悪生存期間については,進行もしくは死亡ハザード比が0.68(
Figure 2)と前回の中間解析の時の0.77とA+AVD療法が勝っている点は変わらなかった。
ブレンツキシマブ ベドチンは抗CD30抗体に微小管重合阻害薬を結合させた抗癌薬を結合させ,腫瘍細胞内にエンドサイトーシスによって取り込まれた後,抗癌薬効果が発揮される薬剤であり(
Wiki),2010年にPhase I試験がNEJM誌に発表された(
リンク)。A+AVD療法のABVD療法との違いはブレオマイシンが不要となっている点である。ブレオマイシンは呼吸器専門医ではよく知られているとおり間質性肺炎を引き起こしやすいことが問題となってきた抗癌薬であり,A+AVD療法では肺毒性は比較的少なかったことは薬効面だけでない安全面での利点としても挙げられる。実際にA+AVD療法もABVD療法も死亡例の大部分はホジキンリンパ腫の進行によるものだったが,治療期間中の死亡例について,A+AVD療法では9名のうち7名において好中球減少症が関係していたのに対して,ABVD療法では13名のうち11名は肺毒性が関係していた。ただし,A+AVD療法では発熱性好中球減少症だけでなく末梢神経障害がABVD療法を受けた患者群より多く報告された(18.9% vs.9.0%)ことも注意が必要となっている。
今週の写真: 久しぶりに訪れた京都岡崎の蕎麦屋で休憩しました。 |
(後藤慎平)