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呼吸臨床
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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 212

公開日:2022.11.3


今週のジャーナル

Nature Vol. 610 Issue 7933(2022年10月27日)英語版 日本語版

Science Vol. 378 Issue 6618(2021年10月28日)英語版

NEJM  Vol. 387 Issue 17(2022年10月27日)日本語版 英語版








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腸内細菌に対する免疫寛容を誘導する仕組み/癌化を促進する腸内細菌が産生する遺伝毒性物質の同定/大腸内視鏡検査による検診を一度だけ勧める効果

 今回のTJHは意図せずに腸管祭りの様相となった。腸内細菌叢に対しての免疫寛容を誘導する新規抗原提示細胞の同定,炎症性腸疾患症例の常在腸内細菌は遺伝毒性物質を産生し癌化を促進する事実,そして内視鏡による大腸がん検診のススメの有用性についてである。Nature誌,Science誌の報告は腸内細菌叢が呼吸器疾患と関わることが多方面から報告される中での1つの基礎知識となれば幸いである。


•Nature

1)免疫学:Article

RORγt陽性細胞が腸内細菌叢特異的なTreg細胞を誘導する(A RORγt+ cell instructs gut microbiota-specific Treg cell differentiation

 腸内の恒常性維持には,腸内常在菌と宿主免疫が相互作用し,細菌叢に対する攻撃性を抑制された(つまりは結果として免疫寛容を生じる)免疫細胞と細菌叢自体が共存していることが必要である。このバランスにはTregとTh17の両者が関与しており,そのバランスが崩れた結果として炎症性腸疾患が引き起こされることが知られている。しかし,どのようにして腸内常在菌に対しての免疫寛容が維持されているのかに関しては十分に解明されていない。腸管に存在する末梢性Treg細胞(pTreg)は生後早期に出現し出生後の腸内細菌叢が形成される際に,それら細菌群への免疫寛容を促進する中心的な役割を担っていると考えられている。このpTregの分化には従来より知られる樹状細胞以外の抗原提示細胞が関わることが示唆されてきた。実際に転写因子であるRORγtとMHCⅡを発現する抗原提示細胞の関与が複数の研究から報告されてきたが,その正体は不明であった。今回のnature誌では3つの研究グループがそれぞれの手法を用いて,その正体を突き止めるべく解析を進め,ほぼ共通の結果を報告している。

 トップに掲載された米国のニューヨーク大学からの報告では,多種多様な遺伝子改変マウスを用いて,腸内細菌叢のうちHelicobacter hepaticus(Hh)との免疫寛容の成立に関与する細胞群の検討を行っている。移植するT細胞側としてはHh特異的なTCRを導入したマウスからのT細胞を用いて,またCD11c-creなどを用いた抗原提示細胞を操作できるマウスをレシピエントとして実験系を組んでいる。結果としては,腸管に存在するRORγt陽性かつ胸腺での免疫寛容形成に役割を果たすAIREも発現するJanus細胞(Science immunology 2021)と,Th17炎症反応の抑制を示唆するILC3(自然リンパ球3)が,腸内細菌叢からの抗原刺激をMHCⅡを通してナイーブ細菌特異的T細胞に伝えることによりpTregへの分化プログラムを駆動し免疫寛容を誘導していることを明らかにしている。他の2つの報告でも同様の結果であり,腸管に存在すRORγt+,MHCⅡ+の抗原提示細胞がpTregを誘導し,その欠失は炎症を媒介するTh17細胞の増加と並行することを示している。それぞれの同定した細胞の呼称は微妙に異なっているものの,ほぼ同様の結果が得られており再現性のとれた真実のコンセプトなのであろう。

なお,本報告を含む3報はNews & viewsにサマライズされて取り上げられておりわかりやすい。また西川先生のAASJでも紹介されている。

•Science

DOI: 10.1126/science.abm3233

1)がん細菌叢学:Research Article 

炎症性腸疾患患者由来の常在腸内細菌は遺伝毒性代謝産物を産生する(Commensal microbiota from patients with inflammatory bowel disease produce genotoxic metabolites

 炎症性腸疾患の症例は健常人と比べて大腸癌を発症するリスクが高いとされている。当然腸内細菌との関連が想定されるが,実際に大腸菌の一部の株は低分子遺伝毒性代謝産物であるコリバクチンを産生し,DNAをアルキル化および架橋してDNA二本鎖切断を誘発することにより発癌を促進する可能性がマウスモデルでは示されている。ヒトの大腸癌でもコリバクチンによるDNA損傷と一致する突然変異が認められ,大腸癌と関連することが示唆されている(Nature 2020)。

 こういった報告は単一の細菌からの遺伝毒性代謝物だけでなく,複雑な腸内細菌叢に常在する異なる細菌でも同様の現象が認められても不思議ではない。米国Yale大学のグループは,コリバクチンの事例を踏まえ「ヒトの腸内細菌群は宿主細胞にDNA損傷を引き起こす新規の低分子を産生する可能性がある」ということを仮説として炎症性腸疾患症例から腸内細菌を用いて網羅的な解析を行い,癌化に寄与するであろう新たな遺伝毒性代謝産物であるインドリミンを同定したことを報告している(実験のあらまし)。

 最初に,二本鎖DNAに障害を与える(DSB)腸内細菌代謝産物をスクリーニングするための手法(パイプライン)を確立した(Fig1A)。炎症性腸疾患症例より単離した122の細菌分離株とプラスミドDNAを同一ウェルでインキュベーションしたのちに,電気泳動を行いプラスミドDNAの破損状況を検出する手法である。これによりDSBを示す18株を同定し,さらに各株の上清にも同様のDSB作用が存在することを確認している(Fig 1)。次にそれらの細胞株からの代謝産物を高分子,低分子に分け,Hela細胞に添加した際の作用を確認し(3種の細菌)からの低分子代謝産物がDSBをもたらし,細胞周期の停止を誘導することより遺伝毒性代謝産物を産生していることを明らかにした(Fig 2)。これらの細菌群のうちM. morganiiは,Human microbiome projectのデータでは,炎症性腸疾患令でも,大腸癌例でも濃縮して存在することが示されていることから,M. morganiiを以後の解析対象としている。続いて,高速液体クロマトグラフィとTOF-MSを組み合わせたメタボローム解析と,遺伝毒性解析,NMRを用いた構造解析を用いて,新たな遺伝子毒性代謝産物がインドリミンという物質であることを示している(Fig 3)。このインドリミンは一級アミンである。一級アミンは細菌の脱炭酸酵素を解した反応によりアミノ酸から合成される微生物代謝物であることから生成に関与する脱炭酸酵素の検察を進めている。M. morganiiのゲノム配列より推定された18の脱炭酸酵素配列のうち,過去に他の細菌で同定されている3つの脱炭酸酵素と部分的に相同性を持つ3つを候補配列として,大腸菌に導入し働きを確認したところ,そのうちの1つ(Peg1085)がインドリミン合成を可能にした。このタンパク質をアスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(AAT-Ⅰ)と命名し機能解析を進めた。M. morganiiaat遺伝子に変異体を作成したところインドリミンの産生は認められず,またDNA損傷を誘導してすることもできなかった(Fig 5)ことから,aat遺伝子が遺伝毒性の発揮に必須であることが確認された。最終的にPOCとしてマウスへのaatコロニー,aatコロニーを定着させその差を解析している。仮説通りに,aatでは腸管透過性の亢進と,腸管上皮細胞の細胞周期制御,染色体分離,DNA生合成に関わる遺伝子の発現を増加させることと,発癌モデルにおいて高度の異形性を伴う腫瘍性病変比率の増加,および腫瘍数の増加を示した(Fig 6)。以上より,①ヒト腸内細菌叢の多様な群が遺伝毒性を示すこと。②そのうちM. morganii由来の小分子であるインドリミンは遺伝毒性代謝物のひとつであること。③その生成経路にはAAT−1が関わること,が明らかとなった。


 腸内細菌叢に関する知見は呼吸器疾患に関連しても,ここ最近はさまざまな角度からの報告がなされている。本研究結果は腸内細菌叢,もしくは気道細菌叢の機能に基づく評価を行うことにより,宿主の生物学や疾患感受性に及ぼす多様な影響について新しい知見を提供できる可能性があることを期待させる結果である。


•NEJM

DOI: 10.1056/NEJMoa2208375

1)消化器:Original Article 

2022年4月から6月にかけての16ヵ国におけるヒトのサル痘ウイルス感染(Effect of colonoscopy screening on risks of colorectal cancer and related death

 少し前のTJH No.210で,デンマークにおける住民への心血管スクリーニングのススメが,その後の5年程度の観察期間では死亡イベントに有意差がなかった事が紹介されている。今回のNEJM誌では同じようなコンセプトで,ポーランド・ノルウェイ・スウェーデンにおいて大腸内視鏡検査を受診したことのないコホートを対象として,無作為に一度だけ大腸内視鏡によるスクリーニングをお勧めした群と,しなかった群の10年間でのアウトカムが報告されている。結果はResearch summaryにまとめられている。

 55歳から64歳までの住民を対象として,スクリーニングお勧め群:通常群を1:2に割り付け,スクリーニングお勧め群では11,843/28,220名(42.0%)が実際に大腸内視鏡検査を受けた。その際に62名が大腸癌を診断され,3634名に腺腫がみつかりポリペクトミーが行われた。結果として10年後までに大腸癌を診断された例は,お勧め群vs. 通常群で0.98%(259名)vs. 1.20%(622名)(リスク比:0.82,95%CI:0.70-0.93)であり,お勧めすることが有意に大腸癌の発生リスクを減少させる結果であった。また1名の大腸癌を防ぐには455例にお勧めすることが必要との試算になった。一方で,大腸癌による死亡と全ての理由による死亡に関しては有意な結果が得られなかったが,お勧め群の全員が大腸内視鏡検査を受診したと仮定すると,大腸癌の発生は推定リスク比で0.69(95%CI:0.55-0.83),死亡は0.50(95%CI:0.27-0.77)と,有意であろうことが示された。

 デザインの違いも当然あるのだろうが,心血管スクリーニングのお勧めとは異なり,大腸内視鏡での大腸がん検診のお勧めはできそうである。


今週の写真:熊本大学五高記念館

 明治22年に完成した旧制第五高等学校の本館で国の重要文化財。現在の熊本大学黒髪キャンパス(全学)内に鎮座する。ちなみに医学部は本荘キャンパスにあり,ここからは車で15分ほどの距離である。

(坂上拓郎)


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