•Nature
1)腫瘍学:Article
オルニチンアミノトランスフェラーゼは膵臓癌におけるポリアミン合成を支えている(Ornithine aminotransferase supports polyamine synthesis in pancreatic cancer) |
米国のボストン子供病院からの報告である。膵管腺癌(PDA)の窒素代謝を解析した筆者らの
既報を発展させ,「ポリアミン合成につながるオルニチンは,PDAにおいて,アルギニンではなくグルタミンからde novo合成されている。このオルニチンde novo合成に重要なオルニチンアミノトランスフェラーゼ(OAT)は,KRASシグナルで発現亢進している。そしてOATを阻害することによって,PDAの腫瘍増殖は抑制されること(
News & viewsの図参照)」を示している。
15Nでラベルしたグルタミンとアルギニンを用いて調べてみると,PDAでは,膵管正常上皮細胞と異なり,アルギニンではなくグルタミンからオルニチンをde novo合成していること,そして,このような腫瘍特異的な窒素代謝は,他の癌種(乳癌,肺癌,大腸癌,前立腺癌)では認められないことがわかった(
図1)。
オルニチン代謝の上流酵素であるOATや,下流酵素であるオルニチン脱炭酸酵素1(ODC1)を
shRNAでそれぞれノックダウンしてみると,PDAの腫瘍増殖が抑制されることが,マウスの異種腫瘍移植モデルで確認された(
図2)。
PDAのほとんど(>90%)では,
KRAS遺伝子の変異が腫瘍の発生や維持に重要であることが知られている。この
KRAS遺伝子変異によって,オルニチン代謝の上流酵素OATや下流酵素ODC1の転写は誘導され,PDA特異的なグルタミン-オルニチンの窒素代謝経路が形成されていることがわかった(
図3)。
そこで,オルニチン代謝の上流酵素であるOATを特異的かつ不可逆的に阻害する5-フッ化メチルオルニチン(
5-FMO)を,PDA腫瘍モデルマウスに投与したところ,有意な腫瘍増殖の抑制が認められた(
図4)。
なお本論文では,「OATを全身性に阻害しても腫瘍免疫への影響は認められなかった」と示されている。一方で,下流のODC1を阻害することによって抗腫瘍免疫が活性化されるという報告もある。このようなポリアミン合成経路に着目した抗癌治療が,現在日常臨床で行われている抗癌免疫治療と,今後どのように関わっていくのかが注目される。
•Science
(DOI: 10.1126/science.abp9563)
1) 腫瘍免疫学:RESEARCH ARTICLE
悪性黒色腫に対する抗腫瘍T細胞の誘導(Engineered skin bacteria induce antitumor T cell responses against melanoma) |
米国カリフォルニアのスタンフォード大学からの報告である。腫瘍抗原を発現させた皮膚常在菌
S. epidermidis(死菌ではなく生菌)をマウスの鼻と耳の周りに塗ると,その腫瘍抗原を発現する悪性黒色腫に対して抗腫瘍免疫が誘導された(
PERSPECTIVESの図参照)。
筆者らはまず,
S. epidermidisにモデル腫瘍抗原として卵白アルブミンOVAを発現させる手法を開発した(
図1)。OVAを発現させるコンストラクトもいくつか用意している(
図1D)。
そして本論文では,OT-I(OVAの一部で,MHCクラスIに提示される)を菌表面に表出しているwOT-I菌とOVA全長を分泌するsOVA菌の二種類の菌を塗布するOVA群,および,wOT-I菌とOT-II(OVAの一部で,MHCクラスIIに提示される)を分泌するsOT-II菌の2種類を塗布するOVApep群で,抗腫瘍効果を証明している(
図2A)。ここではまず,マウス皮下腫瘍モデルを用いて,抗腫瘍免疫の誘導を示している。この抗腫瘍効果は,菌を熱処理して死菌にしてしまうと消失してしまった(
図2CのHK OVApep群)。また,OVApep群のOT-IとOT-IIを入れ替えて,OT-IIを菌表面に表出しているwOT-II菌とOT-Iを分泌するsOT-I菌の組み合わせでは,抗腫瘍効果が発揮されなかった(
図2FのwOT-II+sOT-I群)。すなわち,CD8陽性T細胞が認識する抗原(ここではOT-I)は
S. epidermidisの菌表面に表出しておく必要が示された。
続いて筆者らは,悪性黒色腫のマウス肺転移モデルでも抗腫瘍効果を確認し,全身的な免疫応答が誘導されていることを示している(
図3)。また同時に,OVAの代わりに,悪性黒色腫細胞(最も代表的なマウス悪性黒色腫細胞,B16-F10)特有の腫瘍抗原を用いても同様の抗腫瘍効果が得られることを示している。
最後に
図4では,抗PD-1抗体と抗CTLA-4抗体を併用すると,OVApepの抗腫瘍効果が増強されることを示している。
PERSPECTIVESでは,本論文とは逆に免疫寛容を誘導できる系が「皮膚常在菌を塗る」という手法で開発できれば,アレルギーや自己免疫疾患など用途が大きく広がる可能について言及している。「常在菌を塗るだけで?」,「卵白アルブミンOVAや研究され尽くされているマウス腫瘍細胞の抗原でうまくいっても,ちょっとファンタジー?」と,実験系がそれ程複雑でないだけに,いろいろ感じるところの多い論文である。
•NEJM
1) 血液学:ORIGINAL ARTICLE
血液ドナーの性別がレシピエントの死亡率に及ぼす影響(Effect of donor sex on recipient mortality in transfusion) |
カナダのモントリオール大学からの他施設二重盲検無作為化試験の報告である。これまで女性由来の血液を輸血すると,輸血を受けた患者に良い影響を及ぼすという
報告がある一方で,逆に悪い影響を及ぼすという
報告もあった。
そこで筆者らは,8,719名の赤血球輸血を要する患者を,5,190名を男性由来の赤血球に,3,529名を女性由来の赤血球にそれぞれ割り付けて輸血した。主要評価項目は生存である。これらの患者のうち,3割の2,942名は手術に伴う輸血であった(
サマリーの図参照)。
平均観察期間11.2カ月の間,男性由来の血液を輸血された1,712名(44%)と,女性由来の血液を輸血された1,141名(42%)が亡くなった。男性由来の血液を輸血された群をリファレンスに,調整ハザード比は0.98(95%信頼区間:0.91〜1.06)と有意差は認められなかった(
図2)。
2)環境疫学:SPECIAL ARTICLE
大気汚染と死亡率の関係を人種と収入で層別化してみると(Air pollution and mortality at the intersection of race and social class) |
先週号の「ほぼ週刊トップジャーナル・ハック!」でも取り上げられているPM
2.5について,その曝露量と死亡率を解析した,米国ボストンのハーバード公衆衛生大学院からの報告である。
筆者らは65歳以上の7,300万人を対象に,居住地の郵便番号からPM2.5の年間曝露量を推定し,死亡率との関連を調べた。
その結果,2000年から2016年にかけてPM
2.5の年間曝露量は年々減少傾向であること,白人は高収入者でも低収入者でも同じように黒人に比べPM
2.5の年間曝露量が少ないこと,黒人の中では高収入者の方が低収入者よりPM
2.5の年間曝露量が少ないことがわかった(
図1)。
PM
2.5の年間曝露量と死亡率との関係を全体でみると,年間曝露量が現在米国で安全とされる12μg/m
3以下であっても,曝露量が減少するほど死亡率が低下していた(
図2)。これに関して米国環境保護庁は,本年1月にPM
2.5の年間曝露量の基準値を9〜10μg/m
3まで引き下げることを提案している。ちなみに,
本邦環境庁の基準は年間15μg/m
3以下としており,PM
2.5の曝露量をなるべく下げようとする動きから周回遅れの状況と思われる。
さらに人種と収入で層別化してみると,高収入者では同じPM
2.5の年間曝露量であっても白人の死亡率が黒人の死亡率より低かったのに対し,低収入者ではPM
2.5の年間曝露量が同じであれば黒人も白人も同じような死亡率であった(
図3)。すなわち同じ高収入者であっても,黒人と白人とでは医療アクセスに差があることが窺える。
今週の写真:今週のNature誌にはタコの吸盤のセンサーの論文があり,表紙はタコでした。津波で甚大な被害を受けた南三陸町の名産もタコで,そのゆるキャラである「オクトパス君」は,「置くと(試験に)パス」といまや受験生の机上必須アイテムとなっています。
|
(TK)