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呼吸臨床
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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 234

公開日:2023.5.8


今週のジャーナル

Nature Vol.616 Issue 7958(2023年4月27日)英語版 日本語版

Sci Transl Med  Vol. 15 Issue 693(2023年4月26日)英語版

NEJM  Vol. 388 Issue 16(2023年4月20日)英語版 日本語版








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乳酸が細胞周期の調整役だった:(補)肺癌TRACERxの5報/特発性肺線維症の病因となる細胞集団/RSウイルスワクチンは有用性あり

 2023年度の呼吸器学会学術講演会も終了し,4月末のトップジャーナル論文を見直しています。細胞周期の制御に乳酸が大きく関わっている論文や,特発性肺線維症の炎症線維化を誘導する細胞集団が特定されたという論文,どれも衝撃的な素晴らしい研究成果で発展性の高い重要なKEY論文ではないでしょうか?!

•Nature

1)細胞代謝学
乳酸は分裂後期促進複合体を再構築して細胞周期を調節する(Lactate regulates cell cycle by remodelling the anaphase promoting complex
 ドセタキセル,パクリタキセルなど,肺癌治療薬として汎用されるタキサン系抗腫瘍薬(抗有糸分裂薬)は,微小管障害により細胞分裂を阻害する。この抗有糸分裂薬の効果には,細胞内の乳酸蓄積も関与している可能性があり,細胞内での乳酸と細胞周期の調節メカニズムを明らかにいた研究である。米国ハーバード大学からの報告である。
 がん細胞はミトコンドリアの酸化的リン酸化より,非効率な解糖系を用いてATPを産生する(ワールブルグ効果)。そのため,がん細胞はグルコースを大量に取り込み,解糖系の亢進によって乳酸を大量に産生する。しかも解糖系を用いたATP産生には酸素は不要であり,低酸素下でもがん細胞は増殖できる。この細胞内の乳酸蓄積がどのように細胞周期に影響するのかは,がん治療においても重要な研究である。TJ Hack #230でも紹介されているように肺癌におけるミトコンドリアネットワークに関連するホットな話題ではないだろうか。
 まず,系統的な方法を用いてヒトプロテオーム全体での乳酸により依存的に変化する3900以上のタンパク質を調べており,最も大きく変化を示していたのがUBE2C(Ubiquitin Conjugating Enzyme E2 C)である。UBE2Cは,APC/Cと呼ばれるタンパク質複合体の構成要素であり,細胞周期の最終段階(有糸分裂と呼ばれる)の進行を制御している(Fig. 1)。このAPC/Cと細胞周期の関係はCancer Research UK伊澤先生の説明がわかりやすい(リンク)。
 本研究では,乳酸がAPC/Cのタンパク質相互作用を制御しているメカニズムをとても詳細に解析している。APC/Cの再構築にはSUMOプロテアーゼであるSENP1が関与しているが,乳酸はSENP1の活性部位内で亜鉛と複合体を形成してSENP1の活性を阻害すること,そして乳酸によるSENP1の阻害は,APC4の2つの残基のSUMO化を安定化し,これがUBE2CのAPC/Cへの結合を促進することが大きい(リンク)。これらのメカニズムはこちらのがわかりやすい。
 ヒトの増殖性細胞では,この乳酸によるAPC/Cの直接的な調節が,細胞周期タンパク質の適切な時期の分解を促し,効率よく有糸分裂を終了させている。この機構は,乳酸の存在量が最大に達する有糸分裂開始時に始動する。乳酸の蓄積は,栄養素が十分な増殖期にあるという結果を伝えて,APC/Cの適切な時期の開口,細胞分裂,増殖を刺激しているが,逆に,乳酸の蓄積が持続すると異常なAPC/Cの再構築が駆動され,細胞周期停止からの逸脱(mitotic slippage)によって抗有糸分裂薬を無効化し得る可能性も指摘している。

 本研究はNEWS & VIEWでも「糖の代謝による「老廃物」が,細胞分裂を促進する」として紹介されている。乳酸とSENP1(Sentrin-specific protease 1)の相互作用が立体選択的(左手が左利き用の手袋にしか入らないのと同じように,「手応え」がある)であることを示し,これは多くの本物のリガンド・レセプター相互作用の特徴であると絶賛している。乳酸のような小さな代謝産物によるタンパク質の制御を明らかにしたこと,そしてSENP1の阻害には,乳酸の蓄積と亜鉛の存在という2つの刺激が必要であるということ,これは代謝物シグナル伝達の新たな章を明らかにする可能性があると評価されている。

 *Nature vol.616 no.7957では世界最大の独立した癌研究組織であるCancer Research UKから,驚くことに5報も肺癌研究成果が掲載されている。これは,TRACERx(TRacking Cancer Evolution through therapy:Rx)研究に登録された患者の臨床検体による研究である。  
 各論文内容を簡潔に紹介する。①非小細胞肺癌の再発のタイミングとパターンの決定における,クローン増殖,WGDおよびコピー数不安定性の重要性を示唆したデータである。②転移播種を起こすサブクローンは,原発腫瘍内でサブクローン増殖を起こしている。未治療の原発腫瘍内での転移性クローンの進化における選択の重要性,再発部位の決定における単一クローン性播種と多クローン性播種の間の相違,早期分岐する腫瘍に対する現在の放射線学的スクリーニング手法の限界,転移播種を起こすサブクローンを再発前に標的とするための戦略開発の必要性を示している。③原発性腫瘍と転移性腫瘍を対にしたトランスクリプトームの特性解析で,転移播種の能力は,原発性腫瘍内の変異の進化状況と腫瘍増殖増と関連する。④circulating tumor DNA(ctDNA)を用いた早期肺癌の術後の転移播種を評価するものであるが,ctDNAレベルが低い場合でも,サブクローン構造を非侵襲的に追跡可能とするバイオインフォマティクスツール(ECLIPSE)を開発した。⑤内在性レトロウイルス(ERV)のエンベロープ糖タンパク質が主要な抗腫瘍抗体の標的で,ERV反応性抗体はマウスモデルで生存を延長する抗腫瘍活性を発揮し,またERVの発現はヒト肺腺癌での免疫チェックポイント阻害薬の効果も予測できた。これらの論文は転移播種の予測,早期治療の介入,そしてその治療効果の予測など,肺癌治療を大きく発展させる重要な情報と思われる。

•Sci Transl Med

1)免疫学
特発性肺線維症における炎症線維化誘導する幹細胞変異のクローニング(Cloning a profibrotic stem cell variant in idiopathic pulmonary fibrosis
 米国ヒューストン大学からの報告で,特発性肺線維症(IPF)の発症機序の根源を明確にさせたのではないか?という驚くべき内容である。従来から線維芽細胞や筋線維芽細胞の増生の根源は不明であり,分子生物学的にも肺上皮に発現する遺伝子の稀な対立遺伝子と共通対立遺伝子が加齢と重なっていることが報告(リンク)されていた。しかし,これらの原因と結果の解明は進んでいても,それを永続させる機序は不明のままであった。
 本研究でIPF患者の肺組織から試験管内で増殖する上皮細胞を樹立した成果は,驚くべき成果である。これまでIPFの病因としてエピジェネティックな変異を明らかにしても培養で異常細胞となる証明をした研究はなく,今回は樹立できたIPF肺上皮細胞を免疫不全マウス皮膚に移植させ強い線維化を誘導させることを明らかにしている。つまり,IPF誘導活性を常に保持する上皮細胞を培養させることができたことが凄い。
 IPF患者16名の末梢肺組織でscRNA-sequencingによるIPFにおける肺基底細胞の不均一性を同定し,単一細胞クローニング技術による基底膜幹細胞のライブラリーを作成している(図1) 。そのライブラリーから線維化に強く関連するクラスターを抽出し,論文中ではクラスターBと呼ばれる細胞集団が,IPFの線維化の根源であることを強調した内容である。そのクラスターB幹細胞バリアントは,IPF患者の上葉より線維化の強い肺底部に密度高く存在していること,そしてin vitroで正常な肺線維芽細胞を異常な筋線維芽細胞に変化させ,筋線維芽細胞を活性化させリクルートする能力があること等を実証している。このバリアントは,正常肺や胎児肺にも少量ではあるが存在しているらしく,臓器の線維化に関連する遺伝子の幅広いネットワークを発現している。実際に,近年同定されたCOPDの幹細胞バリアントとは異なることも確認(図2)しており,これらのバリアントの存在やパターンが様々な慢性肺疾患に関与している可能性も示唆する興味深い内容である。さらには,in vitroにて上皮成長因子受容体(EGFR)や哺乳類ラパマイシン標的シグナル(mTOR)の阻害薬には,この幹細胞バリアントは特異的脆弱性をもつことも確認している。そしてブレオマイシンによる肺線維症モデルにおいても,上皮細胞の炎症線維化誘導性にこの幹細胞バリアントが関与していることも明らかにしている。この結果からも,ブレオマイシン肺線維症モデルは,IPF発症機序の解明に適切であることを裏付けている。
 本研究により,一気にIPF発症機序の解明が進み,進行抑制ではなくIPFが寛解できる日が来ることを期待したい。
 この論文は西川先生のAASJでも取り上げられている(リンク)。

•NEJM

1)感染症学
高齢者におけるRSVワクチンの有効性と安全性(Efficacy and safety of a bivalent RSV prefusion F vaccine in older adults
 RSウイルス(respiratory syncytial virus:RSV)感染は,高齢者に重大な疾患を引き起こす。現在臨床試験中の2価のRSV融合前F蛋白ベース(RSVpreF)ワクチンについては,グラクソスミスクライン(GSK)社〔GSK3844766A(高齢者用)/GSK3888550A(母子免疫用)〕,ファイザー社〔RSVpreF(高齢者用/母子免疫用)〕のサブユニットワクチン,およびヤンセンファーマ社〔Ad26.RSV.preF(高齢者用)〕のアデノウイルスベクターワクチンが進められていて,GSK社の治験結果はTJ Hack #225でも紹介している。
 本論文はファイザー社における現在進行中の第3相試験の結果で,成人(60歳以上)をRSVpreFワクチン120 μg(RSV A型 60μg,RSV B型 60μg)の単回筋肉内注射を行う群と,プラセボ注射を行う群に1:1の割合で無作為に割り付けたもので,世界240カ所(アルゼンチン,カナダ,フィンランド,日本,オランダ,南アフリカ,米国が含む)から登録された。主要評価項目は2つ設定しており,2つ以上の徴候または症状を伴う季節性RSV関連下気道疾患に対するワクチンの有効性と,3つ以上の徴候または症状を伴う季節性RSV関連下気道疾患に対するワクチンの有効性。副次評価項目は,RSV関連急性呼吸器疾患に対するワクチンの有効性。
 2021年8月31日から2022年7月14日までに,合計35,971人の参加者が登録され,中間解析の時点では,合計34,284人(RSVpreFワクチン:17,215人とプラセボ:17,069人)。
 2つ以上の徴候または症状を伴うRSV関連下気道疾患は,ワクチン群では11例(観察期間1,000人年あたり 1.19例),プラセボ群では33例(観察期間1,000人年あたり 3.58例)に発生し(ワクチン有効率66.7%,96.66%信頼区間 [CI] 28.8~85.8)。そして3つ以上の徴候または症状を伴うものは,それぞれ2例(観察期間1,000人年あたり 0.22例)と14例(観察期間1,000人年あたり1.52例)に発生した(ワクチン有効率85.7%,96.66%CI 32.0~98.7)。RSV関連急性呼吸器疾患は,ワクチン群では22例(観察期間1,000人年あたり2.38例),プラセボ群では58例(観察期間1,000人年あたり6.30例)に発生した(ワクチン有効率62.1%,95%CI 37.1~77.9)。試験担当医師が注射に関連すると判断した有害事象の発現率は,それぞれ1.4%と1.0%。重度または生命を脅かす有害事象は,ワクチン接種者の0.5%とプラセボ接種者の0.4%で報告された。
 本研究においても世界規模の第3相試験において,RSVpreFワクチンは,高齢者のRSVによる下気道疾患の予防に,RSVの1シーズンを通して有効であった(Fig.1)。GSK社の治験と評価項目が異なり,より多くの臨床症状・徴候をみとめる感染者増加の抑制効果を確認しているのも興味深い。しかし,80歳以上の成人や,RSV感染の重症化リスクの症例数は少なかった。またRSVpreFワクチン投与群で,ギラン・バレー症候群とミラー・フィッシャー症候群が共に1例ずつ報告あったが,因果関係は不明としている。
 今回の試験では,RSVシーズン終了後の重症RSV下気道疾患に対するワクチン効果(RSV下気道疾患に関する医療資源利用や下気道疾患発症率の低下など)の評価が行われている点や,本試験における下気道疾患の症例数は,Covid-19の大流行により,RSVおよび他の呼吸器系ウイルスの疫学的特性に影響した可能性も考慮すべき点と思われる。

今週の写真:
浅草にある老舗甘味処「梅園」の粟ぜんざい,濃厚なこしあんと粟餅がとても美味です。
(石井晴之)

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