今回は3雑誌とも21世紀医学的prospectiveな論文選択となった。それだけにhackingは十分でないが,面白さが伝われば幸いだ。
•Nature
1)神経科学
運動皮質では身体認知動作ネットワークと効果器領域が交互に並んでいる(A somato-cognitive action network alternates with effector regions in motor cortex) |
「脳の中のホムンクルス(小人)」の図を知らない医師はいないだろう。手,足,口が異常に大きな歪な大脳運動野の漫画である。「一体体幹部はどこにあるんだ?」と思わせる図である。それの改訂版が報告された。
Nature Briefingメールでこの図を見たとき,原論文を読まなくちゃと思った。西川先生のAASJでも紹介してある(
リンク)。しかし分子生物学が専門の研究者がこの内容を読み解くのは難しそうである。
筆者が読みたいと思ったもう一つの理由は,最近の勤務先介護施設の出来事が契機である。介護施設生活のストレス対策にBody awarenessと座禅を組み合わせたMindfulnessを入所者に指導して2カ月,参加男性が,右脳出血による20年来の左上下肢不全に,感覚が戻ったという。まったくの驚きである。いったい大脳運動野とはどうなっているのか?
21世紀に入り脳科学解明の一大分野としてMRI,ことにfMRIはBOLD(blood oxygen level dependent)信号で神経活動を評価する方法論で論文数は激増している。しかし脳局所シグナ評価として,再現性などの疑義も多く,議論されている。
こうした研究の基礎データとして,米国Washington大学の著者らのグループは,2019年Neuron誌(
リンク)に先行論文を報告している。10人の被験者に対し,その個人差,DMN(default mode network)を確認のためRSFC(resting state functional connectivity),task activation記録等を夜間fMRIでスキャンするMSC(midnight scan club)として,被験者のfMRI基礎資料を報告している。
その
Fig.1に解剖学的,RSFC,課題下(task),その他の評価も合わせ調べる方法論を示している。これにより個人内,個人間などの再現性,シグナル陽性脳部位相互の関連性,3Dでの割面評価,ミエリン含量評価などの基礎資料が報告されている。この時運動野M1での足,手,口相当領域の評価も一部行っている(
Fig.5)。
こうした基礎データだけでもMRIを使用するコストはかなり高価なようである。
本論文に戻るが,大変難解である。
Fig.1にはPenfieldの方homunculusのM1領域をfoot:1,hand:2,head:3と記してfMRIシグナルを比べ,inter effectorとしてのfMRIシグナル領域をその間に2,4,6として示している。これらはヒトの発達では,新生児期には見られず,11カ月で見られ,9歳児はほぼ大人同様という。11カ月は二足歩行移行期で,体幹筋群・下肢筋群の連携発達を意味するのか?
M1以外のシグナル陽性大脳領域,SMA(supplementary motor area),dACC(dorsal anterior cingulate cortex),大脳基底核Putamen,そして視床Thalamus,さらには小脳でのシグナルが示されている(
Fig.2)。さらにFig.3.では2人の被験者におけるM1領域のinter effectorでのtask activationシグナル記録が示されている。
マカク猿におけるfMRIでは,M1領域で下肢,上肢,口の位置関係はヒトのそれと同様に示され,進化的な共通性が考えられる(Ext. Fig.9)。さらにヒトで見られるCON(cingulo-opercular network)的なnetworkも見られるようである。
しかしながら推計学的有意差は随所に示されるものの,これらシグナルの意義,ことに生理学的意義は今後の課題のようである(Figure legendsだけでは略語も多数あり理解するのが難しい)。
そして最後がメディアでも報道された
Fig.4となる。
Fig.4aにPenfieldのhomunculusを示し,同4bは論文タイトルどおり「運動野M1においてsomato-cognitive action network(SCAN)がeffector regionと交互に認められる(inter effectorは操り人形で表示)」図である。
さらに下肢,上肢,口の領域ではextended Fig.7.に示されるように,この部分の近位部proximalは二峰性で,手首,足首から遠位部や,舌は一峰性で記録され,Penfieldとは違う全く新たな図(concentric rings:同心円状)として示されている。
しかしそれが何を意味するかは記されていない。あるいは体幹部に近接する領域,すなわち隣接するinter effectorsとのnetwork形成を意味しているのか? この先に体幹が隠れているようだ!
Fig.4.のlegendの中で,著者らはPenfieldと同じように,この図を“must not be over-interpreted as a precise map”と述べている。
こうしたfMRIで代表される非侵襲的検査は,21世紀脳研究には必須の方法論である。
彼等の2019年Neuron誌論文の最後には,次段階としての機械学習への応用も述べられている。今回大きな可能性が示されたfMRIのさらなる発展が期待される論文である。
〔追伸:実にNature Neuroscience誌2023年5月号にはfMRIのデータから被験者が考えている内容をデコードすることに成功したという報告がなされた(
リンク)。非侵襲的脳科学の進展は予想されているより早いのか?〕
•Science
1)Genomics
プール化単一細胞CRISPRスクリーニングによるGWAS遺伝子座の標的遺伝子と経路の発見(Discovery of target genes and pathways at GWAS loci by pooled single-cell CRISPR screens)
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今週のトップ,Research Articleに掲載されたGenomicsの論文を取り上げることにする。とてもTJHのhacking力では対応できないが,その解明は長らく頭に引っかかっていた事象である。内容はGWAS(genome wide association study)が報告する形質・疾患関連変異候補の真偽をいかに確認するかという課題である。
もう少し前置きを述べると,発見された関連変異はほとんどが蛋白コード領域ではない(考えれば当然であるが,コード領域の変位は重篤な結果を帰結する)。では,このnoncoding領域の変異は何を意味するのだろうか?多くはcis regulatory elements(CREsと省略,グループはcandidate CREsとしてcCREsと略),すなわち遺伝子発現の量的多寡に関連する。事象としては蛋白分子による核酸配列の認識機構である。これは最近pangenomeとして全体像が見えたゲノム研究の次の課題と考えられる。
Attention/Transformer理論を背景にするChat GPTが話題であるが,その理論を基にしたAlpha Fold2はアミノ酸配列で蛋白立体構造予想ができるようになった(
TJハック #158)。当然次の段階は蛋白3次元機能のもと,核酸配列の認識,さらに多数の核因子群(TF:transcription factorなどを含む)複合体形成における蛋白分子の相互認識である。おそらく将来的にはmachine learningになることは予想される。そのLLM(large language model)となる基礎データは,この論文に示されるように,少しずつ正誤を明らかにして行く必要があるのでないか?まさにそのLLM形成への第一歩というべき研究と思われる。
米国のNYUとNew York Genome Centerの研究者を中心とする報告である。想像を絶するような膨大なデータを積み上げてきた研究である。今回,彼らは結果の評価に容易な血球系細胞(K562など)を用いての第一歩である。なお血球系traitsとして,英国BioBank等から75万人のGWASデータから543 cCRE(254 loci)を対象としている。
彼らはその方法論をSTING-seq(systematic targeted inhibition of non-coding GWAS loci single-cell pooled CRISPR screens;略名のフルスペル記載が,何となく方法論を示す)と名付けた。ここでは図に示されたポイントだけを取り上げて紹介する。
Fig.1には全体像が示されている。Aではcausal variantsとfunctional genomics dataからCRISPR gRNAのデザイン。それをK562で発現して,selectionし,実際にcausative gRNAを用いたK562由来細胞で標的遺伝子発現が抑制される図を示す。BではRBC/WBC/plateletsなどの関連variant数,CはCRISPR constructを示す。
Fig.2では,GWASで捕捉されたrs4845124とrs12140898を実際にconstructでモデル細胞を作成し,近傍遺伝子でMAPKAPK2(白血球数関連?)発現が抑制されている(・・・マーク)事実を確認している。
すなわちある表現型での解析でGWAS候補となっても,実際にCRISPRを作成し発現を確かめ,その関連するTF同定等はTWAS(transcriptome-wide association study)の結果なども参照して検討する必要がある。
Fig.3.では逆にC→Tのcytosine base editorのconstructを用いることにより,rs142122062を変異させ,APPBP2遺伝子発現への影響を確認している(beeSTING-seq法)。
もちろん個々の遺伝子とGWASを確認する以外に,TFは血球系細胞の多様な分化・細分類表現型に対してもグループ的に関与することが予想される。
Fig.5では骨髄由来のscRNAseqによる血球細胞クラスターと,GFI1BというTFのtrans network clusterとしてA,B,Cのclusteringと,実際の分化細胞種での発現差が示されている。
以上,まったくの概略であるが紹介した。
この論文はデータ量やその詳細な方法論理解は,臨床サイド医師には少し困難である。
研究者らは現在使用可能な技術を最大限に使って,ゲノム機能解析への遺伝子発現関与としてcCREsとTF解析を示した。
これは取り扱いやすい血球系細胞を研究対象としたデータである。通常の固形臓器ではどう研究すればいいのだろうか? こういう面ではiPS細胞によるorganoidsも再生医療以外に,ゲノムという捉えどころない宇宙解明のロマンに,表現型差を検出できるモデルとして使用できるのかもしれない。
•NEJM
1)自己免疫疾患
成人関節リウマチを対象としたペレソリマブの第2相臨床試験(A phase 2 trial of peresolimab for adults with rheumatoid arthritis) |
抗PD-1抗体はICI(immune checkpoint inhibitor)として,regulatory T細胞機能の抑制効果で,宿主抗腫瘍活性の回復,疲弊T細胞再活性等による臨床効果が,周知のように大きな領域に展開している。
このPD-1に関して,agonistic作用は逆にT細胞活性の抑制を強化し,自己免疫性疾患などへの新たな治療可能性として注目されている。すでに一部in vitroの報告もなされている(
リンク1,
リンク2)。
今回のperesolimab(LY3462817)はPD-1 agonistic作用のある抗体として開発された。しかし現時点でWeb上にこのLY3462817の情報は,PubMedを含め,基礎研究等もまったくなく,GoogleのPatentに関するdatabaseに特許文献が見られる程度である。肝心のepitopeはいかなるものか,不明である。
この第IIa相臨床試験は,2021年1月から2022年1月まで172名のeligible患者(DMARDsの効果がなくなったり,副作用のある中等から重篤な患者)の内98名を3群に分け,peresolimab 700mg群49名,同300mg群25名,プラセボ群24名に対し,4週に1回投与で12週時点で臨床評価をしたものである。
評価はDAS28-CRPと呼ばれる数字評価で,primary end pointはperesolimab 700mgとプラセボの差,secondary pointはACR( American College of Rheumatology)20,ACR 50,ACR 70,あるいはそれ以上とした。
12週での評価は,DAS28-CRP値が-2.09±-0.18 vs -0.46±-0.26,その差-1.09(-1.73~0.46,p<0.001)であった(
Fig.2)。しかしACR 20のレスポンスに止まった。問題となるAEはほとんどなかったという。
本報告は
Editorialに取り上げられている。もちろんperesolimabは免疫をリセットするものとして可能性が期待されるが,第II相であり,今後多数例,長期投与,またperesolimabの持続効果など,さらなる検討が必要と述べられている。
PD-1分子はimmune checkpointとして,その抑制,並びに効果亢進の2方向で表裏的臨床病態対応が期待されるのは,まったく21世紀医学としての大きな臨床展開である。今後さらなる開発が進むと期待される。
今週の写真:空木(タニウツギ)の花 現役時代,ATSが終わり,ようやく医局旅行で温泉,山を楽しんだ(今や絶滅,昭和mentality)。観光バスの車窓からこの時期,よく目にした東北の花である。 |
(貫和敏博)