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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 259

公開日:2023.11.22


今週のジャーナル

Nature  Vol.623 Issue 7987(2023年11月16日) 英語版 日本語版

Science  Vol.382 Issue 6672(2023年11月17日)英語版

NEJM Vol.389 Issue 20(2023年11月16日)英語版 日本語版








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SARS-CoV-2のモルヌピラビル関連遺伝子変異/ミトコンドリアのグルタチオン調節機構/RET融合遺伝子陽性非小細胞肺癌に対するセルペルカチニブ一次治療

•Nature

1)ウイルス学
全世界のSARS-CoV-2ゲノムにおけるモルヌピラビル関連変異シグネチャー(A molnupiravir-associated mutational signature in global SARS-CoV-2 genome
 モラヌピラビル(ラゲブリオ®)は2021年12月に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する国内初の経口薬として特例承認された。軽症から中等症Iの患者に使用されている。2段階の変化を経るプロドラックで,まずは体内で加水分解され,次にリン酸化され活性型(molnupiravir triphosphate:MTP)になる。MTPが新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のウイルス由来RNA依存性RNAポリメラーゼによりウイルスRNAに取り込まれると,新しいRNAが増幅される際にその配列にエラーが生じるメカニズムである(多くの場合G-to-AかC-to-Tであることが知られている:Fig.1)。大部分のランダムな変異はウイルスに対して有害となり多くは致死的であるため,モルヌピラビルによって誘導される変異率が高いほど,ウイルス量は減少する。実際にin vitroでの研究では24時間のウイルス増殖を880倍減少させると報告されている。しかしながら,モルヌピラビル治療を受けた患者の一部ではSARS-CoV-2感染が完全に排除されない場合があり,その際に変異したウイルスがさらに伝播する可能性があることが大きな懸念点であった。Science誌にもこの話題についての記事(“Could a popular COVID-19 antiviral supercharge the pandemic?”)が2023年2月に掲載されていた(リンク)。
 英国のフランシスクリック研究所やケンブリッジ大学からの本論文では,SARS-CoV-2塩基配列解読データベースには,モルヌピラビルによる変異誘発について多くの証拠が含まれていることを報告している。
 モルヌピラビルでの治療歴の有無の明らかな患者由来のウイルスゲノムの塩基配列のデータベースの解析では,その作用機序から予想されるように,特にG-to-AとC-to-Tの変異が増えていた。通常のSARS-CoV-2の自然変異による変化ではC-to-T変異が多いことから,G-to-A変異の増加はモルヌピラビル治療に伴う変異の可能性が高く予想されることになる。そこで1,500万人以上の国際データベースを解析してみると,ある時期からウイルスの塩基配列からみた系統樹においてG-to-A変異の高いウイルス(high G-to-A branches)が出現しており,モルヌピラビル治療が導入された2022年以降で特に観察された。さらにこの「高いG-to-A変異」を国ごとのデータを比較すると,モルヌピラビルを使用できない国では頻度が低いのに対して広範に使用された国では多くみられ,さらに優先的にモルヌピラビルの治療を受けたと推測される70歳以上の高齢の患者において多くみられた(Fig.2 c〜g)。
 G-to-A変異の変異部位前後の塩基を含めた変異スペクトラム解析を行ったところ,上記の2022年以降で出現してきたG-to-A変異の高い集団でのパターンは,それ以前で自然なウイルス変異でも観察されるG-to-A変異のパターンとは異なり,モルヌピラビルによる変異と判明している塩基配列パターンと似通ったものであった。特に変異するGは「TGT」や「TGC」の配列の部位に多いという特徴があった(Fig.3)。この「高いG-to-A変異」はオーストラリアや日本などではそれなりの頻度でみられ,アミノ酸変異を伴う変異(non-synonymous mutations)も観察されている(Fig.5)。
 さらに英国における塩基配列解析結果とモルヌピラビル治療歴を調べてみると,2022年以降にモルヌピラビル処方は0.043%の人にされているが,「G-to-A変異の高い」ウイルス感染者では31%のモルヌピラビル処方歴が確認された事からも,モルヌピラビル治療とウイルス変異との関連が強く示唆された。
 全世界の膨大な公共のデータベースから抗ウイルス薬に関連したウイルス変異について調べ上げた非常に興味深い研究である。

•Science

1)細胞生物学
ミトコンドリアにおけるグルタチオン恒常性の自己調節制御(Autoregulatory control of mitochondrial glutathione homeostasis
 グルタチオン(GSH)は生体内還元物質として活性酸素の除去といった抗酸化作用や解毒作用といった細胞にとって重要な働きをしている(Wiki)。細胞内に特にミトコンドリアに高濃度に存在するが,GSHはミトコンドリア内膜上のSLC25A39というトランスポータによって調節されていることが知られている。GSHを欠乏させると,GSHを増やすようにSLC25A39は増加するが,その詳細なメカニズムは不明であった。
 米国ニューヨークのロックフェラー大学を中心とした研究者からの本論文では,このミトコンドリア上でのSLC25A39の発現調節機構について報告している。
 OpenCellデータベース(リンク)上で調べると,mRNA発現に比してタンパク発現が少ない,すなわち転写後調節の可能性の高い分子の1つにSLC25A39が認められた(Fig.1A)。細胞株で調べてみると実際にSLC25A39の半減期は15分と短いが,GSHを減少させると半減期は5時間以上に延長し,GSH量に鋭敏に反応することが確認され,SLC25A39にはなんらかの転写後の調節機構があることが考えられた。
 まず,タンパク質構造予測プログラムであるAlphaFold 2による類似分子の構造予測からGSHを介したSLC25A39の発現調節部位としてアミノ酸42番目から106番目までの突き出たループ構造(aa42-106)を同定した(Fig.2A〜C)(ちなみにAlphaFoldについては本「ほぼ週刊トップジャーナル・ハック!No.158」でも紹介している)。この部位はSLC25A39においてGSHのトランスポーター機能には影響しないが,GSHを感知するのに必須であった。次にミトコンドリアのプロテアーゼのsgRNAライブラリーをCRISPRシステムを用いて(ランダムに遺伝子発現を低下させて目的の遺伝子を網羅的に検索する方法:リンク)検索してSLC25A39の分解に関与する分子を調べたところ,ミトコンドリアに局在するプロテアーゼであるAFG3L2を同定した(Fig.2D〜M)。AFG3L2を欠損するとSLC25A39の発現は安定するが,GSH依存的にAFG3L2に分解されるには上記のSLC25A39のループ構造(aa42-106)が重要であることも明らかとなった。この構造内には種を超えて保存されている4つのシステイン構造(Cys74,Cys78,Cys88,Cys94)があるが,これらのアミノ酸を置換してSLC25A39の機能を調べると,その中でもCys78とCys88のシステインがGSHを感知するのに重要で,欠乏時にGSHをミトコンドリアに取り込むのに必須であることが判明した。
 次にミトコンドリア内でSLC25A39を調節している分子をミトコンドリアのsgRNAライブラリーでCRISPRシステムで検索したところ,ミトコンドリアからの鉄硫黄クラスター([iron-sulfur (Fe-S) cluster])の輸送にかかわりそうなトランスポーター分子であるABCB7が新たに同定された(Fig.3)。鉄硫黄クラスターは鉄硫黄タンパク質に存在する非ヘム鉄の一種で,多くはシステイン残基のSHを介してタンパク質に結合しており,さまざまな生化学反応において電子供与体もしくは電子受容体として機能している。鉄と硫黄の数により,[2Fe-2S]型,[3Fe-4S]型,[4Fe-4S]型などがあり,最もよく知られる鉄硫黄クラスターの役割はミトコンドリアでの電子伝達にかかる酸化還元反応である(鉄硫黄タンパク質:Wiki)。さて,このABCB7を欠損させると,ミトコンドリア内に鉄硫黄タンパク質の [2Fe-2S] クラスターが集積することによりSLC25A39が安定化することが明らかとなった(Fig.4)。先にSLC25A39のループ構造(aa42-106)内の保存されている4つのシステイン構造(Cys74,Cys78,Cys88,Cys94)について述べたが,SLC25A39はこれらのシステインを介して [2Fe-2S] クラスターと反応することによって,GSH欠乏時にプロテアーゼであるAFG3L2によって分解されることから守られることで安定化していると考えられた。
 GSHは代表的な抗酸化作用という機能の他に細胞内における鉄と結合する内因性リガンドとしても重要な働きをしている。したがって鉄の恒常性維持という観点からもミトコンドリアにおける鉄/GSHのバランスはSLC25A39の安定性というフィードバック機構によって適切に自己調節されていることがわかる。Fig.5Gにわかりやすい図でまとめられている(Fig.5)。

•NEJM

1)肺癌
RET融合遺伝子陽性非小細胞肺癌に対する一次治療としてのセルペルカチニブとペムブロリズマブ併用または非併用下での化学療法との比較(First-line selpercatinib or chemotherapy and pembrolizumab in RET fusion–positive NSCLC
 2012年に非小細胞肺癌(NSCLC)においてRET融合遺伝子が認められることが日米3つのグループから同時に報告された(リンク1リンク2リンク3)。RET融合遺伝子陽性肺癌は肺腺癌の1〜2%に認められることが知られている。
 RET融合遺伝子陽性肺癌に対する治療開発は,まずバンデタニブ,カボザンチニブ,アレクチニブ,レンバチニブ,ソラフェニブといったRET阻害活性を有するマルチキナーゼ阻害薬の臨床試験が行われてきたが,その効果は限定的であった。
 セルペルカチニブ(レットヴィモ®)は強力な高選択的RET阻害薬であり,1・2相試験でRET融合遺伝子陽性進行NSCLC患者に対する有効性が示されている(リンク)。わが国では,RET融合遺伝子陽性の切除不能な進行・再発の非小細胞肺癌,RET融合遺伝子陽性の根治切除不能な甲状腺癌,RET遺伝子変異陽性の根治切除不能な甲状腺髄様癌の効能または効果で承認されている。
 本研究は日本の複数の施設も参加している国際無作為化第3相試験で,一次治療としてのセルペルカチニブの有効性と安全性を白金製剤ベースの化学療法を対照治療として比較評価し主要評価項目は無増悪生存期間としている。なお試験担当医師の判断でペムブロリズマブ併用または非併用下で対照治療は行われている。
 intention-to-treat集団全体(261例)のうち,intention-to-treat/ペムブロリズマブ集団(対照治療群に割り付けられた場合に,担当医がペムブロリズマブで治療しようとした患者)は212例であった。
計画していた有効性の中間解析の時点で,無増悪生存期間の中央値は,セルペルカチニブ群で24.8カ月(95%信頼区間 [CI] :16.9~推定不能),対照治療群(intention-to-treat/ペムブロリズマブ集団)で11.2カ月(95%CI:8.8~16.8)であった(Fig.1)。客観的奏効割合はセルペルカチニブ群84%(95%CI:76~90)に対して,対照治療群は65%(95%CI:54~75)であった(Fig.2)。セルペルカチニブは脳移行性を有することが知られているが,中枢神経系転移までの期間の原因別ハザード比は,0.28(95%CI:0.12~0.68)であった。intention-to-treat集団全体(261例)における有効性の結果はintention-to-treat/ペムブロリズマブ集団(212例)における結果と同様であり,有害事象は既報のものと同様であった(Table.3)。
 RET融合遺伝子陽性進行NSCLC患者に対するセルペルカチニブ治療はペムブロリズマブ併用または非併用下で白金製剤ベースの化学療法を行った場合と比較して無増悪生存期間が有意に長いという期待通りの結果であった。本研究内容についてはEDITORIAL SCIENCE BEHIND THE STUDYで解説されているとともに(リンク),2分間の動画,QUICK TAKEにもわかりやすくまとめられている。

今週の写真:千葉大からの秋空風景(もう冬かもしれませんが)


(鈴木拓児)

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